No.152 覚醒
キュキュキュッ!!
すぐに鉄也が反撃を開始する。先ほどは不気味な雰囲気を感じでいた亮に、今度はあっさりと抜き去り得点を決める。
(なんだ、こんなものか。考えすぎか)
試合の展開が一気に早くなった。点差を9点に戻された後、朱雀は純也を使って攻撃をするが、渡辺の手によって抑えられてしまい、そこから阿部が再び点を取り、点差を11にする。
(絶対に負けるわけにはいかない)
阿部の顔が険しくなっていた。そのほかの選手も同様、気合の入り方が凄まじい。
今度は薫が阿部をかわし、中に切り込んでシュートを決めた。やっと点差を2桁に持っていった黒沢だが、再び差を縮められる。
かと思えば、今度はキャプテンの阿部が底力を見せて、薫をかわし得点をする。この大会で薫からここまで得点出来たのは間違いなく彼だろう。点を決めたらすぐに選手に気合をかけてディフェンスに戻った。
「気に入らねぇ…」
この試合、いつもは大暴れする純也が妙に大人しかった。というか、完全に空気になっていた。しかしながら、荒っぽい純也がそんな状況に黙っている理由がなかった。
亮がドリブルをする。その時極限まで集中していたせいか、裏から入り込んできていた純也に無意識にパスを出してしまった。
(やばい!タイミングが早すぎ…)
中学時代の例の出来事が頭の中で再び再生されてしまった。自分のパスで負けてしまったこと、そしてそれをきっかけにスランプになってしまったこと。
パシッ!
(なにっ!?)
しかし、亮が驚いたことに純也がしっかりと反応していたのだった。先を読みすぎたプレーだったので、敵のディフェンスは全く反応していない様子だった。
(アイツはあのパスに反応出来るのか…!?)
そして純也がこの試合初めてとなる豪快なダンクシュートを放った。
ダァアアアン!
リングにぶら下がった純也はまるで自分の手柄のように吠えていた。
完全に相手にとっては奇襲に近いプレー。この時点では会場の誰もが『予め口を合わせていた』トリックプレーだと思い込んでいただろう。
「間違いない…」
ゾク…
黒沢高校の監督、力也に鳥肌が立った。今の亮のプレーに何かを感じたらしい。
(あのプレーを何も考えずにやっていたとしたら…)
黒沢高校のオフェンスになる。多彩なオフェンスパターンのある黒沢はじっくりと朱雀を攻める。そして再び鉄也にボールがまわったときのことだった。
ガシッ!
(なんだって!?)
この試合二度目のスティールに成功した。そのままドリブルをして敵陣に攻め入る。
(なんだろうこの違和感は。妙に周りが遅く感じる。どうやらわざとやってる訳でも無さそうだな)
この時の亮はまだ気がついていなかった。自分がおかしいのではなく『周りがおかしい』のだと。
一般的に人間の反射神経は0・2秒だと言われている。これは、その辺の一般人とボクシングのチャンピオンを比べてもそこまで変わらないらしい。では何が戦いの勝敗を左右するのか。
それは勿論、技術、経験、予測である。しかし、亮の場合は単純に、常人よりも反射神経が鋭かった。
一瞬の判断が勝敗を分ける勝負の世界において、この少しの差が決定的な差になることがあるのだ。
『人よりも反応が早い』ということはそれだけ同じ時間に入ってくる情報量も違ってくる。
相手の見ている方向、観客の目線、バッシュが地面に擦れる独特の音、周辺視野に入ってくるユニフォームの色、そして選手たちの声。
彼は常にコート上に散らばるヒントをかき集め、『他人の目』を自分の物として扱いことができる選手だった。なので、さきほど見せた真後ろにいた薫へのパスも偶然ではなかったということだ。
しかし、今まで集めてきた情報も、周りがついてこないと意味が無い。亮が現在の状況になるキッカケを掴んた理由としては、純也へとパスもあったが、『どこに出しても点を取れる』という安心感の方が強かった。
周辺視野というものは、ユニフォームの色は確認できても、選手が誰なのか、というところまでは見ることが出来ない。そこで今までの亮なら『直接見る』という動作が必要だった。この時点で『亮が常人に能力を合わせている』ということになる。
今の朱雀は違った。博司も普通に点を取れることが分かったために、一瞬の確認動作をしなくても良くなり、制限されていた亮のレベルが一気に開放される。
先日の練習での、薫さんの言葉が頭の中に再生される。
『亮、気にしなくてもいいんだ。今のお前でも十分に黒沢高校と渡り合える力がある。前から気づいていたのに伝えなかったのは申し訳ないが、正直伝えたところで、どうにかなる問題じゃないんだ』
(もしかしてこういうことなのか?)
純也が再び奇襲にも似た動きで中に入ろうとしていた。そこへ亮が勢いよくパスを出す。
『ええ!?ミスか!?』
パスを出した先には誰も居ない…はずだった。
パシッ!!
純也がそのパスをキャッチして豪快にダンクシュートを放ったのである。
ダァアアアアアアン!
今までの恨みと言わんばかりに、リングが叩きつけられた。
(そうか…純也が俺に『遅い』と言っていたのは間違いじゃなかったんだ。むしろ俺が周りに合わせて無意識にレベルを落としていたのか)
「なるほどね…そういうことか」
一度自分の拳を見つめると、亮は顔をあげた。そこ顔は先ほどの情けない表情ではなく、自信に満ちあふれた顔に変わっていた。
インターハイ予選準決勝。
ここに1人の天才が覚醒する。