No.149 連続ジャンプ
これは朱雀高校にとっても大きな賭けだった。確かに純也には外のシュートは無いが、中のシュートを持っている。我利勉は反対に中に切り込む技術が純也ほど無い。
今のままで安定させるなら確実に純也を入れておきべきだっただろう。
しかしながら、離れた点を一気に縮めるには我利勉の力が必要だった。
(僕が…こんな大舞台に立っている…。昔じゃあ考えられないことだ)
我利勉が険しい顔つきでコート上に出て行く。こんな大博打に賭けられるチャンスは殆どないだろう。そのことを思うと余計に体が震えてしまった。
そして黒沢高校からのオフェンスで試合が再開された。我利勉は純也の代わりに渡辺をマークする。朱雀はベンチの層が薄いと思われているのか、交代した我利勉のもとへ真っ先にボールがまわってきた。パスを受け取った渡辺を我利勉がマークする。
キュキュキュ!
我利勉が一定の距離を保ち、敵の進行方向を見事に塞いでいる。行き場を無くした渡辺がほかの選手にパスを返そうとした瞬間…
「!?」
我利勉は渡辺に体を寄せて、相手の膝さえも曲げさせない距離でディフェンスをする。ドリブルを警戒していた距離から一気にパスやシュートを邪魔する距離へ。敵の膝さえ抑えておけば、身長差を埋めると同時に、シュートの選択肢を無くすことが出来る。
「へぇ、やるじゃん。流石メガネ君。教科書から出てきたような動きをしやがって」
純也がそのプレーをベンチの中から見つめていた。そして渡辺が苦し紛れに鉄也にパスを戻す。鉄也はそれを軽々とキャッチすると、亮をかわして一気にゴール下まで距離を詰めた。
(我利勉さんが頑張ってくれているのに、俺が無駄にしてたまるかよ!)
亮が気合を入れてディフェンスをする…が、鉄也は身長差を活かしたシュートで確実に得点をしてきた。
『わああああああああああ』
「我利勉さん、すみません」
「いえいえ、切り替えて行きましょう。他もカバーに入るなり出来たはずですから」
この時、我利勉は亮にいつものキレが無いことに気がついていた。とにかく今は切り替える方が大事と判断して、オフェンスに向かう。
ボールを運び終えた亮に、鉄也が話しかける。
「残念だったね。君が足を引っ張っているのかな?」
「くそっ……」
スポーツにおいて精神的な強さは重要である。何故なら勝負事は相手のやってくることを沢山の選択肢の中から予測して戦うのが基本であるが、相手の感情次第ではその選択肢を極端に限定することが出来るのだ。
そして亮が珍しく取った行動とは…。
キュキュ!
鉄也に勝負を仕掛けてしまった。これに鉄也が笑う。
亮が得意のドリブルで鉄也を振り切ろうとするが、なかなかそれを許してくれない。
(何かがおかしい。この違和感は何だ?)
亮はそう感じながらも、一気に中へと切り込んだ。そして…。
パスッ!
外にいた我利勉にパスを出した。ここで感情的にならないところが長谷川亮の強みと言えるだろう。ボールを受け取った我利勉は得意のスリーポイントシュートを放った。
薫のシュートとは対照的に、美しい弧を描くシュート。ゆっくりとボールが登り終えたあとは、重力に任せて落下を始める。
ゴール下で細川、博司、阿部、『薫』がリバウンドの準備をする。
………
ガンッ!
ボールがリングにあたり、勢いよく外に呼び出した。落下してくるボールを目がけて、選手たちがリバウンドで跳ぶ。
薫の指先がボールを捉えたようで、そのままボールを弾いてリングに押し込もうとする。
ガン!
4人が入り乱れた中の不安定なプレーなのでボールが再び外に弾けとんだ。博司の脳裏に、バスケ合宿での永瀬の言葉が思い浮かぶ。
『リバウンドは一度しか跳ばないとは限らないぞ。キツイだろうが連続して跳ぶということを心がけろ』
「おおおおおおおおおおおお!」
博司が再び勢いよくジャンプをした。低姿勢から元の姿勢に戻る動作は幼い頃からの農業手伝いで散々やってきたことだ。当然細川も負けてはいなかったようで、同じタイミングでジャンプしていた。
(自分の方が早めに跳んだけど、細川さんのタイミングも早すぎてボールを掴む時間があるだろうか)
博司は急に『外』に向けてボールを弾きとばした。
パシィ!
待ち構えていた我利勉にボールが渡った。そして再びシュートを繰り出す。
(しまったっ!! せっかく作ってもらったチャンスが!)
シュートを放った本人が気づいていた。このボールは入らないと。
(負けるかああああああああああ!)
博司はそれを察してか、または本能的にか再び勢い良くジャンプをしていた。
(僕が…僕が先輩のチャンスを作るんだ!)
ガシッ!!
博司が見事にボールをキャッチした。そしてそのままシュートに行く…。
と見せかけていったんフェイクを入れた。細川が勢い余ってタイミングがずれてしまう。そして何度も練習したバンクシュートを放つ。
(ディフェンスが居ても気にするな!細川さんはさっきのフェイクで今跳んでいない!お互いに地面に足が着いている状態なら、リーチが長い僕の方が上からうてるんだ!)
下手だと分かりつつも何度も練習したシュート。練習でもほとんど入ることは無かった。そして博司の手からボールが放たれた。
ドン…
一度ボールがバックボードに当たり、方向を変える。そして…
スパッ!
そのままリングの中を通り、地面に落下していったのだった。
『わあああああああああああ!』
「や、やった!」
そのプレーをみた永瀬は、無言ではあるが博司の背中を叩き、そのままディフェンスに戻った。
(ありがとう!永瀬さん!純也くん!)
フェイクは純也が、リバウンドは永瀬が過去に教えてくれたものだった。たとえ偶然だったとしても、今の朱雀には十分すぎる一本だ。




