No.148 メガネ出陣
博司が奇跡のジャンプシュートを放った直後に、第二クォーターの終わりを告げるビザーが鳴り響いた。会場の興奮がまだおさまらない中、選手たちはベンチへと帰って行く。
ここまでの結果は30対46と黒沢高校が大きく引き離している。その割には黒沢高校は微妙な空気に包まれている。
「監督、やっぱり中のシュートがあったじゃないですか」
細川が力也に向かってそう言った。
「いや、仮にシュートが出来たとしたら、既にやっているだろう。多分あれは朱雀の賭けだな。見事に一本持って行かれた訳だが…」
「でも流石にこれ以上ノーマークは危険ですよね?」
「そうだな。細川は相手の11番をマークしてくれ。そして渡辺は1人で6番を頼む」
「はい」
渡辺が椅子に座りながら返事をした。そして力也は更に続けた。
「ここからが勝負だ。決してリードしているとは思わないほうがいい。特に鉄也、8番を頼んだぞ」
「………」
鉄也は監督の言葉に返事はしなかったが、ジュースを飲みながら小さく頷いているだけだった。『もう必要ない』と感じているのだろう。
朱雀高校のベンチでは、16点差で負けているのにも関わらず、妙に盛り上がっていた。それもそのはず、あの博司がシュートを決めたのだから、盛り上がらずにはいられないという訳だ。
「お前のシュートの真似!」
純也がからかい半分で博司のシュートモーションの真似をしている。
「もー! やめてよ純也くん!」
笑いながら恥ずかしそうに怒っている博司。そんな中、亮が博司に話しかけた。
「博司、よくやった。次も自信はあるか?」
「練習通り頑張るよ」
「よし」
亮は博司の返事を聞いて安心したようだった。
「無理はしなくていい。だが『お前を無視すると痛い目に遭う』ことだけは常に敵にチラつかせてくれないか?次からはどんどんパスを回すぞ」
「分かった!頑張るよ!」
ベンチで休んでいる永瀬に薫がからかい半分で話しかける。
「今日は随分と大人しいじゃないか」
それを聞いた永瀬は少し苦笑いをして『ヤレヤレ』といった様子で答えた。
「黒沢のディフェンス相手にその言葉は厳しいねぇ」
そしてひと呼吸してから、話を続けた。
「まぁ、ここから先は俺らの仕事だろうな」
「ああ、間違いなくそうなるだろう」
お互いに今どのような状況に置かれているのか理解しているらしい。2人は軽く笑うと、そのままベンチで休憩をする。
そして折り返しの第三クォーターが始まろうとしていた。いつものようにセンターサークルで博司と細川がにらみ合う。
審判からボールが放たれると、今度はタイミングよく博司がボールを弾いていた。
ボールを受け取った亮がそのまま速攻をかける。しかし、鉄也によって阻まれてしまった。
「はい!」
博司がボールをよこせと叫ぶ。それと同時に切り込んできた永瀬に向かってパスを出した。永瀬はそのまま素早くシュートを決める。
『わぁあああああああ!いいぞおおおおお!』
博司に注意が引き付けられることにより、ほかの選手のオフェンスパターンが増えていたのだ。
しかし、それは黒沢高校も同じことが言える訳で、今になってようやく点差が離れることだけはなくなったという状況だ。
薫、永瀬、亮が得点すると、黒沢高校は阿部、細川、中野、鉄也が確実に得点してくる。一向に逆転の兆しは見られなかった。その時、朱雀高校のベンチの中に、見慣れた姿の男が混じっていることに気がついた。薫は試合を止められるタイミングが来ると、すぐさまタイムアウトを取った。
「我利勉さん!」
亮が嬉しそうに叫んだ。そう、あの我利勉が会場に来ていたのだ。そして観客席を見ると、優と須藤京介の姿があった。
「おう、ありがとよ」
純也は優に礼を言うと、そのままベンチに座ってしまった。
「どうしたんだい純也くん?まだ試合は終わってないんじゃ…」
「メガネ君のスリーが必要なんだよ。言わせんな」
そう言って純也は拳を突き出した。我利勉はそれを理解したのか、同じように拳を合わせる。バトンタッチを意味しているのだろう。
「純也くん、さっきはすまなかった」
「はいはい、そういうのは後でお願いね~。それに俺はまだ諦めたわけじゃねぇからよ。頑張って繋いでくれよ」
「わかった」
我利勉の表情が変わった。普段からは想像出来ないほど気合が入っている。
我利勉に薫が状況説明をする。
「…こんな感じだ。追いつきさえすれば、まだまだチャンスはある。」
「わかりました」
頭の良い我利勉はすぐに状況を理解したようだ。そして、純也と交代した我利勉は準決勝という大舞台に向かって歩いて行く。
その後ろ姿は、普段よりも数倍たくましく見えた。