No.147 へなちょこシュート
試合の流れはまさに黒沢高校にあった。細川が博司に抑えられ始めたと思ったら、今度は阿部、鉄也、中野が暴れ始める。
「遅いんだよ!」
鉄也が亮をかわして得点を決めた。会場が盛り上がる。黒沢高校の鉄矢は時にはシューティングガードの動きもするために、亮とは非常にミスマッチがおきやすかった。これは、鉄也とどこでも出来る中野の起用さを活かした黒沢高校独特の攻めパターンだ。
(本当に父さんがなぜコイツにこだわっているのかが分からないね。ザコじゃん)
悔しがっている亮の横を鉄矢は鼻で笑いながら通り過ぎていった。中学3年の頃から、力也は鉄也に対してあまり褒めることはなくなった。むしろ、自分と同じポジションになりたがっている鉄也に反対さえしているようにも思えた。そればかりか、自分を差し置いて亮にばかり注目する父親に疑問を感じていた。
(ま、これで父さんも納得しただろう。長谷川亮は偶然上手くいっただけのヤツだってこと)
いつも冷静な亮は焦っていた。自分の腕では鉄也に対抗出来ないのか?そう思ってしまうほどに自信を失い始めていたのだった。
その後も少しずつではあるが朱雀も得点を重ねていく。しかし、黒沢高校は更にその上をゆく得点力でジリジリと朱雀との差を広げ始めていた。
黒沢高校のオフェンス。また亮とのミスマッチを狙い、鉄也がドリブルを始める。フェイントをかけ、抜き去ろうとした瞬間、中に切り込んできた中野にパスを出した。
中野はキレのあるドリブルであっという間に得点してしまった。黒沢高校の力也監督が『最初は中野が得点源になると思っていた』と語るとおり、彼は入学当初は新入生の中では誰よりも上手い選手だった。
そして器用さを買われ、現在のポジションにコンバート。どこでも出来るオールラウンドプレイヤーなのだ。
「彼が居てくれて助かったよ。阿部や細川にガードをやれと言われても無理だろうしね。おかげで攻撃手段の多彩のチームが作れたわけだが」
力也がベンチに座って独り言をつぶやき始めた。
「身長も高いし、その気になればフォワードでもレギュラーを取れただろうに。本当に感謝しているよ」
そして力也が椅子から腰をあげた。その顔にはうっすらと涙が浮かんでいた。きっと中野の心遣いに対するものだろう。
『お前ら!中野に続けよ!全員バスケを見せてやれ!』
力也が選手達に気合をかける。すると選手たちは自信に満ちた笑を浮かべ始めた。細川、阿部の中からの攻撃だけではなく、柔軟な鉄也、中野を使った多彩な戦術。これが世間でも白川にも対抗できると言われている『黒沢高校の全員バスケ』なのだ。今年は特に完成度が高いために、各地から注目を浴びている。
その頃監督とは正反対に中野はこんなことを考えていた。
(いや~、黒沢にきてよかったわ~。ガードたのしぃ~♪中学時代は背が高いってだけでセンターやドフォワードをさせられてたんだけど、やっぱりシューティングガードだな!色んな攻めパターンがあって楽しいわぁ~♪)
…………
普段は全くと言っていいほど喋らない選手だが、まさかこんなことを考えていたとは…。彼が卒業するまで監督には黙ってあげたほうが幸せなのかもしれない。
中野が更にペースを上げる。これでもかと言わんばかりに中野の独壇場になっていた。
(うひゃ~!楽しいな~♪ 点差いくらだっけ? まぁいっか♪)
無表情でプレイしているために、普段からそのようなことを考えているとは誰も予想出来なかった。そして中野がリズムに乗り始めると、次々と他の選手たちも得点を重ねていく。
流れはまさに最悪に近かった。抑えられている純也、自信が無くなりかけていた亮。薫と永瀬だけでは流石に流れを引き戻すのは難しい。タイムアウトを使い、悪い空気を断ち切ろうとしたが、このままでは焼け石に水だろう。
そして朱雀高校のオフェンスが始まった。
ドリブルをしていた亮に鉄也がディフェンスをする。
(もうコイツは何も出来ないだろう。後はこのままのペースを維持すれば…)
そう考えていた鉄也の横から鋭いパスがとんでいく。その先に待ち構えていたのは…。
博司だった。博司が自ら亮にパスを要求したのである。会場中の誰もが驚いたであろう。そして博司が振り向いて、そのままシュートモーションに入る。
(僕だって練習したんだ!ずっとディフェンスばっかりやっていた訳じゃない!)
(皆と一緒にシュート練習もした。練習通りにやるだけだ!)
(敵が居ない今なら大丈夫だ!)
そう思っていた博司に細川ガカバーに入ってきた。そのままブロックするためにジャンプする。
(ディフェンスは見るな!見るな!見るなああああ!)
博司の手からシュートが放たれた。細川はスタートが遅れてしまったために、ブロックすることはできなかった。
ガンッ! スパッ!
ゴール下からのシュートだったので、安定したバンクシュートを放つ。一度ボードに当たると、綺麗にリングに吸い込まれたのであった。
「よくやったぞ博司!」
「う、うん!」
亮が叫んだ!迷いなく博司にボールを出した亮も流石と言えるだろう。少しでも遅れていれば、細川のカバーが来ていたに違いない。