No.145 沈黙
博司が見事にブロックを決め、そのまま朱雀高校のオフェンスが始まる。亮から薫へとボールが渡されると、すぐさま黒沢高校のキャプテン阿部がディフェンスについた。
(ここまでの朱雀の得点は殆ど木ノ下薫からのものだ。ここはキャプテンとして絶対に止めないといけない!)
阿部がスリーポイントを狙ってきた薫に素早く反応する。が、薫はフェイントでそのまま阿部を抜き去った。
(だろうな!)
阿部は落ち着いていた。長い足を器用に使い、薫から離れずについて行く。そして薫がシュートモーションに入った。
パシッ!
『木ノ下が止められた!?』
阿部は見事に薫のシュートをブロックしていた。素早く攻守が切り替わる中、阿倍の心の中にはある自信が芽生え始めていた。
(俺のプレーが木ノ下薫に通用する!)
中学校時代、バスケをしていたもので木ノ下薫の名前を知らない者はいない。そう、それは古豪黒沢高校のキャプテンにまで登り詰めた彼でさえも例外ではないのだ。
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阿部、細川、鉄也の3人は同じ中学で、全員中学校時代に全中に出場を決めている。薫も出場していたはずなのに、何故2チームが出場出来ているのか疑問に思う人もいるかもしれない。
そう、彼らは薫とは違って、県外出身のプレイヤーなのだ。
小学校から高校の現在まで、鉄矢は一つ年下ではあるが、ずっと同じチームでバスケをしてきた仲間だったのである。
木ノ下薫と五十嵐拓磨、福岡誠と言えば毎年大会の期間になるとバスケットボールマガジン、通称『バスマガ』に毎回特集が組まれるほどの実力者だった。
その3人が同じチームの同じ世代にいるのだから、運命とは恐ろしい。そして全中出場を決めた時も、木ノ下薫との対戦を楽しみにしていたのであった。
しかし、憧れだった木ノ下薫とは真逆のブロックだった。何とか一回戦を突破したのだが、二回戦では運が悪く優勝候補の稲川中とぶつかってしまう。そう、稲川中とは、あの有名な稲川工業のある町にある中学校である。後に稲川工業のエースとなる平田を中心に、ポイントガードの渡会がまとめあげる強豪チームだった。
結果は惨敗。阿部と細川が得意とする『高さ』だけでは何とかなる相手ではなかった。青春の1ぺージが終わってしまった阿部と細川は、偶然会場の廊下で薫とすれ違った。
「あの…」
「?」
薫がどうやらこちらに気がついたようだ。自分たちが負けてしまった相手ではないのだが、阿部は薫に憧れていたので、是非とも勝ち上がって欲しいと思っていた。
――――応援してる、頑張ってくれ。
と、言いかけた途端、薫に向かって一人の人物が話しかけていた。
「よお薫、こんな所にいたのかよ。監督が次の試合の準備があるってよ」
「ああ」
そして薫に話しかけた人物、五十嵐拓磨は阿部と細川に向かって軽く言い放った。
「ん?君たち誰?薫の知り合い?」
「いや、彼らは…」
「まぁいいや。早く行こうぜ」
そう言って五十嵐は薫を連れて行ってしまった。阿部は軽くショックを受けていた。言いたいことが言えなかったからではない。全く覚えられていなかったことに。
確かに自分たちは優勝候補でも何でもない、目立たないチームだ。それでも、全く覚えられていないとは思わなかった。
「ちっ、あの野郎。少しバスケが出来るからっていい気になりやがって…」
細川が舌打ちをしてそう呟いていた。阿部はただ、その場に立ち尽くしているだけだった。
この時の出来事が、後の阿倍の急成長に大きく関わっているのは間違いないだろう。
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阿部にボールが渡り、再び薫との1対1となる。
(流石にディフェンスまでも一流か…)
ここまで阿部は大人しかった。それもそのはず、阿部が得点を取らなくても細川が取るほうが確実だったのだから。しかし、博司のディフェンスを警戒しなくてはいけなくなった今、他の攻めパターンが多い方がチームにとっても助かるはずだ。
阿部は中学時代から今まで磨き続けた技を繰り出す。長い手足、強いバネを利用したステップ。
一度薫にフェイントを入れてから薫の前でステップを踏み、そのままスキップのようにしてゴール側へとジャンプをする。
素早い動きだったために、薫の反応が一瞬遅れる。しかし阿部はもう既に上空で薫の体をかわしていた。
そして両足で着地をし、そのままシュートを放つ。
『ナイスシュートおおおお!』
『いいぞいいぞ阿部!阿部!』
見事に薫をかわし阿部がシュートを決めていた。朱雀高校のベンチ、そして数々の名勝負ですっかりと朱雀のファンになってしまった観客席の人々が静まり返る。
「ギャロップステップか…五十嵐の得意技だな」
森村が隣に座って観戦していた五十嵐に話しかけていた。
「俺と比べられても困るぞ?」
五十嵐は苦笑いをする。その言葉にどんな意味が含まれていたのだろうか。そして五十嵐は再びコートの方に注目する。正確には青のユニフォームの4の文字に。
「薫よぉ、お前本当に鈍っちまったのか?あんまりガッカリさせないでくれよな」
会場中が驚きを隠しきれない様子だった。