No.143 満面の笑み
「わかるか純也?細川は確かに口は悪いが、しっかりとバスケットをしているんだ。黒沢相手に2対1では、流石のお前でもキツいだろう。俺が試合前に言った『期待している』の意味が分かっていないみたいだな」
「………交代すんのか?」
そう言葉を返してきた純也に対して更に薫がすぐさま言い返した。。
「交代して欲しいのか?」
その言葉を聞いた純也は薫の顔をしっかりと見つめて返事をした。先ほどの怒り狂った様子ではなかった。
「冗談じゃねえ」
「よし」
薫は短くそう言うと、オフェンスを開始した。いつものように亮を起点とした攻撃が展開される。一度永瀬にボールを回すが、黒沢の厚い壁によって行く手を阻まれてしまう。
(…まるで目の前に壁があるようだな。ホント、割に合わない戦いだよな…)
永瀬がそう考え、再び亮にボールを返した。
パシッ!
なんと突然とび出してきた選手からパスをカットされてしまった。
「……! てめぇ!」
珍しく亮の顔が怒りの形相になっていた。そう、パスをカットしたのは黒沢の選手ではなく、朱雀高校6番、石川純也だったのである。
「へっ、悪いな。やられたまんまじゃ気がおさまらなくてよ」
純也は一言そう言うと、再び渡辺と細川の待つゴール下へと特攻してしまった。
「ふ…若いな」
「あのバカ…何にも学習してないじゃない!」
黒沢高校のベンチでは監督が勝利を確信した笑みを浮かべ、朱雀高校ベンチではマネージャーの久留美しが焦った様子で試合を見ていた。
「つまらねぇなぁ。もっと楽しい勝負を期待していたんだがな…」
そう細川が呟くと、向かってきた純也にタイミング良くブロックを合わせる。
その時、コート上の誰もが彼らの戦いに注目していた。あの冷静な亮でさえも。
純也は渡辺による一枚目のブロックをかわし、次にやってきた細川との対決となる。
「オッサンは引っ込んでな!」
「うるせぇガキだ」
ボールが今まさに純也の手から放たれようとしていたその瞬間。純也の目線がゴールとは反対側に移っていた。
シュッ!
そこから鋭いパスが放たれる。そしてボールをキャッチしていたのは…。
「上出来だ」
そう、木ノ下薫である。誰もが純也のプレーに呆れて勝負の行方をただ見つめているだけの状況で、彼だけはポジションを確保していたのである。もちろん阿部もディフェンスで付いて行ったのだが、『細川が勝つと確信していたために』一瞬スタートが遅れてしまい、薫をフリーにしてしまった。
薫の手からボールが放たれる。弧を描くようなものではなく、高い打点から放たれる鋭いシュート。
『リバウンド!』
黒沢の阿部がそう叫ぶ。細川、渡辺、博史、純也の3人はボールが落ちてきた時のために備えてゴール下で構えていた。
………
先ほどの純也のプレーと同じ時のように誰もがボールの行方を見ていた。先ほどと違う点は、お互い有利不利だった立場が逆転しているところか。
………
スパッ!
ボールはリングに当たることはなく、綺麗にゴールに吸い込まれたのだった。
『わぁあああああ!』
「よくやった。ナイスパス」
薫が純也に声をかける。純也は満面の笑みを浮かべて薫に返事をした。
「俺…全然…悔しくないから! 勝とう…ぜ!」
違和感がある。表情は笑っているが、拳を思いっきり握りしめ、更には歯ぎしりまで聞こえてくる。更には鼻息も荒かった。
『あ、悔しがってる』
朱雀のメンバー達は皆そう思ったことだろう。
(へぇ…やるじゃん。まさかアイツのあんな姿が見れるとはなぁ。一生見れないと思ってたぜ。ま、ストリートをやっていたおかげで、昔から突然起こるイレギュラーに対する対応は一級品なんだがな。キラーパスだってやろうと思えばそんなに難しいことじゃない。ただ、アイツの性格がそうさせていなかっただけだ)
観客席で観戦していた森村がそんなことを考えていた。彼は小さい頃から純也と遊んでいたために、彼の成長っぷりが誰よりも実感出来るのだろう。
(外が有っての内、内が有っての外。さあて、黒沢高校はどうでるかな? 恐らく今まで通りにはいかなくなるぜ。純也から他の選手への攻撃パターンがあるんだからな)
「かぁ~!!」
黒沢高校の監督が『やられたぜ』と言った様子で笑いながらそう叫んでいた。
「楽に勝たせて貰えそうにないな~。まぁ、まだウチが有利なことには変わりないけどな」
黒沢の監督が言った通り、その後の展開は互角に思えたが、黒沢高校がややリードを保つ試合展開になっていた。中で確実に点を取ってくる黒沢と、外からのシュートで追い上げる朱雀。更にはディフェンスでも黒沢の法が有利なために、点差は一向に埋まることが無かった。
ビィイイイイ!
そして第一クォーターが終了し、選手たちがベンチへと戻ってくる。ここまでは16-24と黒沢高校が8点リードしていた。