No.142 帰れ
純也が黒沢高校の守護神『細川』に止められてしまった。そのままボールが進藤に渡り敵の速攻が始まる。
キュキュッ!
亮がセーフティに入っていたために、見事に速攻を防ぐことに成功した。再びお互いに様子を窺うような状況になる。
ボールが一旦中野に渡り、その後インサイドに上がっていた細川にパスを出した。
(負けるもんか!)
博司の顔が気合を入れて細川にディフェンスをする。細川は一旦姿勢を低くした後、勢いよく博司を押しのけた。
(くっ…!)
少し実だが確実に博司がゴール側へと押されていく。
「シロートがこんな場所に出てくるんじゃねえよ。皆が迷惑すんだろ?」
「なっ!?」
そう言って細川はディフェンスをしている博司の上から全力でゴールに向かってダンクシュートを放った。
ダァアアアン!
姿勢を保てなくなった博司はそのまま後ろへと弾き飛ばされた。
「きっとてめぇの味方も思ってるぜ?『もっと強い奴が味方だったらな…』ってな」
「……!」
優しい博司を戦意喪失させるには十分すぎる言葉だった。先ほどのオフェンスの場面でもそうだったが、博司はこの試合全く相手にされていないのが分かる。心のどこかで感じていた負い目を細川につかれてしまったということだ。心配した亮が博司に話しかける。
「ヤツの言うことなんて気にするな。切り替えていこう」
「う…うん」
そして再び試合が再開される。薫のマークは黒沢高校のエース阿部。お互いにエースの動きが制限されているような状態だった。亮は永瀬に渡したほうが確実と判断して、彼にパスを出した…つもりだった。
何故かそこに待ち構えていたのは純也だった。先ほどやられてしまった怒りなのか、顔つきがいつもよりも険しい。
純也にすぐさま渡辺がマークする。
「ザコは相手じゃねぇんだよ」
純也はいつものように素早い動作で渡辺をかわす。そして細川が待ち構えているであろうゴールに向かって思いっきりジャンプした。
「なに!?」
敵の細川はジャンプなどしていなかった。その代わりに不気味な笑みを浮かべていた。
パシッ!
純也の手から放たれたボールが見事にブロックされてしまう。純也を止めたのは細川ではなく渡辺だった。その様子をベンチから見ていた進藤監督は純也に聞こえないような声でつぶやいていた。
「技術はあるようだが、所詮はまだ一年生だな。俺の考えすぎだったか。亮君以外の一年はウチらの敵じゃないな」
ブロックされてしまった純也はとても悔しそうな表情をしていた。そこへ細川が得意のトラッシュトークで追い打ちをかける。
「お前バカだろ。部員数が何十人もいる黒沢高校で、ディフェンス能力を買われてレギュラー入りした渡辺がどれくらい凄いのかわかってないんだな。もうてめえら一年は試合以前のレベルだから、さっさと家に帰って寝てろよ」
「てめぇ!!」
「おっと、俺は本当のことを言ったまでだぜ。朱雀はお人好しの木ノ下と無口の永瀬じゃあ、言いたいことは言えて無いんだろ?優しい俺が代わりに言ってやるよ」
そして細川は純也に背中を向けてオフェンスに向かう。
「レベルが違いすぎて試合にならねえんだよ」
そう言い放った細川の姿が遠くなっていく。
「てめぇ待ちやがれ!!」
進藤からボールが細川に渡る。そして再び朱雀の弱点と見られる博司に対して勝負を挑んでいた。先ほどのように博司が少しずつではあるが、確実に押され続けていた。そして振り返ってシュートモーションに入る。
「へっ! 楽勝だぜ!んなヘナチョコシュート打ち落としてやらぁ!」
純也がカバーリングで細川に向かってジャンプしていた。いや、カバーというよりはただの個人的な恨みだろうが。
細川はディフェンスの陣形が小さくなっていたのを見逃していはいなかった。アウトサイドに居た中野に向かってパスを出す。そして中野が放ったのは勿論…。
スパッ!
スリーポイントの定評のある中野は確実にシュートを決めてきた。
「フン」
細川は純也を見下した態度でそう呟くと再びディフェンスに戻っていったのだった。その様子を観客席から見ていた白川のキャプテン、森村はどうやら呆れた様子だった。
「あいつ…試合前に俺が言った言葉を忘れてんじゃねえか…」
隣にいたエースの五十嵐が言葉を返した。
「所詮ストリート上がりってヤツじゃねぇのか?」
「それは俺に対して言ってるのか?」
森村が笑いながらそう返事を返した。五十嵐は特に慌てた様子でもない。
「おっとお前は特別だぜキャプテン」
(純也…俺たちがやっていた世界とは少し違うんだ。なぜお前にマークが2人付けられているのかを考えるんだ)
不安な様子でかつての戦友の戦いを見つめている森村であった。