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No.140 眼鏡反抗期

試合開始前の黒沢高校控え室。こちらでも朱雀高校同様に作戦会議が行われていた。監督の力也が部員達に話しかける。


「関東大会ではウチらが勝ってはいるが、恐らく今日の朱雀さんはスターティングメンバーが前回と違うだろう」


「あの6番…ですか?」


キャプテンの安倍雅人がそう答えた。


「そうだ。彼が居る朱雀高校は全く別のチームだと思って望むことだ。ゴール下は絶対に負けてないけないぞ。外の撃ちあいはただでさえこちらが不利だからな。取れるところで確実に得点してくれ」


『ウス』


そのセリフを聞いた6番の細川は鼻で笑うようにしてその場で呟いた。


「6番ねぇ…。俺は周りにハエが飛んでいたとしても怖くはねぇけどな。来たら適当に打ち落としてやればいい」


自信たっぷりに言い放ったこの男の名前は『細川啓志』。身長198cmの巨漢に恥じぬ動きで、荒々しいラフプレーは勿論、高校生らしくないヒゲなど生やし、非常に威圧感のある選手である。


「まぁ、相手の6番が今までどおりの動きなら全く問題ないんだが、敵の亮君とかみ合い始めたら注意が必要だ。これは俺の『勘』だがな…」


「わかりましたよっと」


細川は面倒くさそうにそう言い放つと、椅子に座って膝のサポーターの位置を調整し始める。そして哲也が細川に代わり監督に言った。



「まだ8番のことを警戒しているのかい?父さん、大丈夫だよ。俺が絶対に止めてみせるよ。そして…」


哲也が不気味な笑を浮かべて話を続けた。


「今度こそ再起不能になるくらいに…ね…」


「…………」


監督は何を思ったのか、無言で考え込んでしまった。やはり何か気になることがあるようだった。





――――――


――――


――



数分前の出来事にさかのぼる。


我利勉は自室のベッドの上でただひたすら思考を停止しようとしていた。頑張ってはいるのだがどうしてもバスケのこと…そして純也の言葉が頭から離れなかった。


『親がどうこうじゃなくてな!お前の気持ちはしっかりと伝えたのかよ!!』



『そんな中途半端な気持ちで来られたとしても足引っ張られるだけなんだよ!勘違いすんなよ!?本気で戦う気のあるヤツしかいらねーんだからな!』




(違うんだ…! 俺は部員達のことを思って…)




『たった一言もいえねーくれぇの根性だったのかよ!』





――――お前にとってバスケってのはそれだけだったのかよ!!





(……!!。自分にとってのバスケット…)




――――――

 

――――

 

――




*****



一年以上も前。我利勉が部活動の見学で大恥をかいてから数日後の出来事だった。「もう二度とスポーツなんてするものか!」と心の中では思いつつも、密かに青いヘッドバンドの先輩のことを調べていた。



一年生の頃からチームのエース的な存在、で中学生時代には全中制覇にも貢献している有名人、木ノ下薫。先輩、後輩からも慕われる存在。



「ほら、やっぱり「出来る人間」は最初から決まっているんだよ。練習じゃどうしようもならないさ」



我利勉は必死に自分にそう言い聞かせていた。しかし本心はそうじゃなかった。


人間は簡単に自分の限界を認めたくないのである。


(次で最後にしよう…)


今度は練習に誘われないようにコッソリと体育館の中を見ていた。新入生と思われる人たちも既に練習に参加しているらしく、それでも明らかに自分よりも上手い。こんなに差が付けられているんじゃ無理だよなぁ、と我利勉が再び落ち込む。



「やあ、君は…」



「え!?」



コッソリ隠れていたはずなのに、急に後ろから話しかけられた我利勉はその場で飛び上がった。派手なリアクションだったために、思わず話しかけた人物でさえびっくりしてしまった。


「あ、あなたは!」


そこには木ノ下薫が居た。


「す、すみませんでした!」


また我利勉は急いでその場を立ち去ろうとする。


「練習はしていかないのかい?」


「ええ…特に興味は無いので…」


薫がその言葉を聞いて笑う。どうやら本心を読まれているらしい。


「上手いですね…あなたも…新入生の皆も…」


「?」



薫は我利勉が急に言い出したことの意味がわからない様子だった。



「やっぱり自分は才能ないのかなぁ…ハハハ。実は今までずっと勉強しかしてなくて、高校に入ったら何かやってみようかなと思ったんですけど諦めました」


そう言って我利勉は『ハハハ』と軽く笑う。それを見た薫は真剣な顔で答えた。


「まだ始めてもいないのに諦めるのか?」



「それは…」


(薫さんが言いたいことは分かる。でも…)



「それは…上手な人の意見ですよ…。僕はずっと昔から体力がなくて運動も苦手で。運動神経があったらなぁって何回も思いましたよ」


「ふむ」


薫は少し考えた後、我利勉に言い放った。



「君の人生だ。どんな選択をしようが君の自由さ。だがこれはあくまでも自分の意見なんだが…」


我利勉は薫のセリフを『どうせまた似たようなことを言うんだろうな』といった気持ちで聞いていた。もう分かったから聞きたくない、というのが本音だろうか。



「人間もそうなんだが、生き物って進化し続けるよな。ずっと姿を変えてきた者もいれば大昔から姿が変わらない者も居る。姿が同じ者は、大昔から『完成されていた』と言われれば話は別だが、ほとんどが『これでいいんだ、今のままでも十分にやっていける』と思ったんじゃないかな。」


「…………」


「スポーツにも当てはまると思っている。上達したい、もっと上の環境に対応したい!と思えば成長し続けるし『考えることだけは絶対にやめない』ことが大切だと思う。俺には君にその素質があるように見えるし、部活動見学で『あんなこと』があっても、ここに再び来ている時点で諦めも悪いように見えるけどね」


薫はそう言って笑った。クールなフリをして割と毒舌らしい。しかしながら、この人の言い方には刺が無いように思える。



(考えることが出来ても運動神経が悪いんじゃあ――――)



「おっと、勿論考えてばかりじゃダメだよ。それでも思考停止して同じことを繰り返しているだけの人よりは遥かにマシだし『武器になりうる』ってだけさ。君が成長する『キッカケ』は、もう十分にある」


薫が我利勉の心を見透かしているようにしてそう発言した。




「おっと、変な話をしてすまなかったな。」



薫がこのような発言をするのは珍しいことだった。自分らしくないな、と思ったのか薫はそう言うと直ぐに練習に戻ろうとした。


「あ、あの!」


「ん?」


それを我利勉が引き止める。



「バスケが上手いって、どんな気持ちなんでしょうか?」


そのセリフを聞いた薫は『ん~~』と少しの間考える。そして…



「それは分からないな」


と言って笑顔を見せた。とても冗談で言っているようには思えなかった。この人は本当に分からないのだ。だからこそ『もっと進化したい』と願うし『諦めない』のだろう。



――――――


――――


――



*****


そして我利勉は親には内緒で部活動に入部してしまう。その後、母親には何度もやめさせられそうになったが、我利勉の努力により学校の成績も上位をキープしていたおかげで今の今まで続けてこられたのである。



(自分にとってのバスケは…変わりたいと思っていた自分へのキッカケだった…)




(そして沢山の仲間が増えて、笑うことも多くなったし、それと同じくらい悔しい思いもした)



(そして一年前と比べて、明らかに『変わった』のが分かる……でも…)





「嫌だ…まだ分からないことがあるんだ…! 知りたかったことがあるんだ! ここで終わるのは絶対に嫌だ!!」


我利勉は勢いよくベットから体を起こして母親のもとへと向かった。



「母さん! 聞いて欲しいんだ!」


「ど、どうしたの!?」


険しい顔付きで現れた我利勉に母親が驚いた様子だった。



「自分は上手く言いたいことが伝えられない。でもバスケがしたいんだ!もっと成長してみたい!」


「だめに決まってるでしょう! あぁ、これも学校のせいだわ!PTAに連――――」


またヒステリック気味になった母親に我利勉は言い放った。


「今日の試合を見て欲しい! 自分の出番はないかもしれないけど…それでも見て欲しいんだ! それでも何も感じなかったのなら僕はバスケをやめていい。変わった自分を見て欲しいんだ!」


「…………ええ」



母親は我利勉の勢いに圧倒されていたようだ。特に反抗期もなかった我利勉が、急にこのようなことを言い出したので内心パニックになっているかもしれない。


我利勉が勢いよく家を飛び出すと、そこにはなんと…


「やあ、お迎えにきましたよ」


純也の友達のバンドマン柿崎優がバイクを支えて待機していた。



「え!? お願いしましたっけ!?」


「純也だよ。我利勉が勢いよく家を出るようなことがあれば体育館まで送って欲しい…ってね。さっきメールが来たんだ」



(純也…あんなに酷いことを言ってしまった僕のために…。一瞬でも仲間を捨てようとした自分が恥ずかしい)



「我利勉さん悪いけど泣いている暇はないぜ!時間がないんでとばす事になるが、しっかりつかまっててくださいよ!」


「……ああ」



我利勉はフルフェイスのヘルメットがあったことに感謝しつつも、すぐにバイクに乗り込んだ。



「よーし! 行くぜー!」




我利勉を乗せた優のバイクは体育館へと向かったのであった。

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