No.137 運動音痴
え!?この小説(と呼ぶのは失礼かもしれませんが)もう7年も経ってたの!?ほんとすっとろくてすみません…。でも7年って言えば小学生が中学生になるくらいの時間なんだよなぁ。あれ…『全然成長してない私がいる(笑)』
試合当日の朝。体育館に集まった選手たちを見て薫が口を開いた。
「…という訳で我利勉の参加が難しい」
体育館の中が静まり返る。
「彼が抜けた穴は大きいが、その分ほかのメンバー達も全員で戦う気持ちで試合に臨んでくれ」
『オッス!』
部員達が薫に合わせて返事をする。その時だった。
ドォオン!!
急に鈍い音が響き渡る。皆がその音がした方向を振り向いた。
「純也…どうかしたのか?」
どうやらその音の正体は、純也が思いっきり地面に蹴りを入れた時の音だった。そして体育館の入口に向かって走り出した。
「気にいらねぇなぁ!あんの我利勉野郎!とうとう頭ん中までメガネに侵食されたってかぁ!?」
「ちょ、ちょっと!どうする気!? 今更我利勉君の家に行っても、お母さんがいるんじゃあ、ややこしくなるだけだわ!」
「ああ!? 誰も『物分りの悪ぃオバサン』を説得しようなんざ思ってねーよ!んなもん時間の無駄だ!俺は腰抜けの情けねぇメガネ坊ちゃんに一言、言ってやりてぇだけだ!」
どうやら熱くなっているらしい。これから試合があるという事も忘れてそうな勢いだった。心配になったマネージャーの春風久留実も慌てて純也の後を追いかける。
「すみませんキャプテン! 絶対に大会には間に合うようにしますから!」
「キャプテン!俺たちも説得に行けばきっと――――」
「ダメだっ!!!」
亮がセリフを言い終える前に、薫が叫んだ。クールな薫がいきなり叫んだので、辺は急に静まり返ってしまった。
「今はパニックになったら試合にならない。俺たちは2人が戻るのを信じて準備を進めよう。小田原君もスタメンの可能性が高い。今はただ、出来ることを全力でやるしかない。始めるぞ!」
『オッス!』
そして部員達は練習に取り掛かる。しかしながら、どこか不安そうな顔をしていたのは当然のことであった。
*****
「どう?美味しい?」
「う、うん」
我利勉が母親の作った朝食を口に運んでいた。会話が終わるとすぐにTVの音声だけが流れる気まずい空間。
「これでよかったのよ。将来バスケットで食べていける訳ないんですからね。プロの選手だって引退後は就職先が無くて困っている時代ですもの」
「…………」
(僕は…何をしているんだろう…。部員にまで迷惑をかけて最悪じゃないか…。自分が欲張ってバスケを続けたいと思ったばっかりに亮君や薫さんにまで…)
(あああ! ダメだダメだ! 忘れるんだ! 自分が部に戻るとまた迷惑が掛かるんだ! 忘れろ忘れろ!)
――――――
――――
――
*****
「部活…どうしようかなぁ…」
入学式を終えた我利勉は次々とやってくる部活動の勧誘を避けながらも、そんなことを考えていた。勉強しかしてこなかった小中学生時代。特にそれで不満は感じなかったのだが、毎日放課後に残って体を動かしている他の生徒に憧れを持っていたのも事実だ。
「でも、高校から始めたとしても、小さい頃からやっている人達には敵わないよなぁ。また文化部でも探そうかな…」
そう言ってトボトボと家路を歩く。とても寂しそうな背中だった。
「…………」
(ちょっとだけなら…いいよね…うん、見るだけなら…)
好奇心というものはなかなか捨てられるものでは無い。特に今まで文化部しか経験してこなかった彼にとっては、とても魅力的なものに見えていたのだ。そして我利勉は再び学校へ戻った。
なんとなく入った体育館ではバスケットボールというスポーツが行われていた。他にも見学者が居るらしく、コートの中で行われているプレーを皆で見ているらしい。
(よく分からないけど、レベルが高いんじゃないのかな…)
この時の我利勉はバスケットについてあまり知らなかったために、コートの中で行われている試合は「なんとなく」でしか分からなかった。実際プレーしていた人物は木ノ下薫と永瀬勇希だったため、我利勉の考えは正しかった訳だが…。そんなことも分からずにボーっとプレーを見つめていた。
「じゃあ、新入生も一緒にやってみよう!」
急に背の高いヘッドバンドをした人物が自分たちに向かって話しかけてきた。周りが一気にどよめいた。
(えええ!? シロートですけど!?)
「あわわわわ!」
あまりにも突然の出来事だったため、我利勉は声を出すことができなかった。半ば強制的にゼッケンを着せられて、試合形式の練習が始まる。
「7番!ボールが行ったぞ!」
「へ!?」
ドン!
我利勉の顔面にボールがあたってしまう。しかし我利勉は直ぐに起き上がると再びオロオロしはじめた。
「7番走っている方向逆だぞ!」
『わはははははははは』
会場の皆が笑っていた。隣のコートで行われている他の部活動の人たちもこちらに注目している。
「すみません!自分スポーツとかやったことなくて…すみません!」
我利勉はそう言って何度も頭を下げると体育館の入口へと走って行く。その姿は文化少年の哀れな末路だった。
(ダメだ! やっぱり才能のないヤツがこんなことを考えちゃダメなんだ!大人しく帰って勉強しよう…)
「もう帰っちゃうのか?」
話しかけられた方向を向くと先ほどのヘッドバンドをした長身の男が立っていた。
「最初は皆あんな感じだよ。練習しないと上手くはならないさ」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
我利勉は半分パニックになっていたために、再び頭を深く下げるとそのまま走り去ってしまった。
「違うんだよ。世の中にはどうしようもない人だっているんだ。あれはきっと上手くいった人の考えだ!」
初めてスポーツに触れた少年は半泣きの状態で、今日で二度目になる自宅への道を歩み始めたのだった。