No.135 遅い?
コツコツ 投稿が遅れても コツコツ
部員たちを乗せたバスが朱雀高校に到着する。選手たちは体育館に向かい、今日の反省などをお互いに話し合っていた。
暫く会話が続き、やがてキャプテンから解散の一言が告げられる。部員たちは声を合わせて礼をし、自分の荷物を取り、部室へ向かったのであった。
そんな中、一年生ポイントガードの長谷川亮が真っ先にキャプテンの木ノ下薫のもとへと向かった。
「キャプテン!」
「ん?」
後ろから声を掛けられた薫は、クルリと体を反転させる。
「実はさっき、黒沢の監督から声をかけられまして」
「ほう」
薫はその言葉を聞くと、興味深そうな顔になる。
「俺、今のチームの力を引き出せてないらしいんですよ。やっぱりそうなんですかね?」
少しの間、薫は考える素振りを見せる。
「視野の広さ、判断力、どれをとっても一年生でお前の右に出るやつはいないだろうな。俺へのアシストも文句の付けようがないよ」
「し、しかし!黒沢の監督から見れば弱点があるのは確かなことで…」
「よく聞こえなかったのか?『俺への』アシストに関しては文句がない、と言ったんだ」
「え?」
亮は何がなんだか分からない、といった表情になる。
「まだ仲間を信用しきれていないんだよ。自分ではそう思っていないかもしれないが、無意識のうちにそう思い込んでいるはずだ」
信用?亮は迷った。今まではポイントガードとしてチームが勝つことだけを考えて、試合中も常に正しい選択肢を選んできたつもりだ。その際、パスを出す相手を極端に選んだつもりはないし(もちろん薫には多くパスが集まるが)、余計な感情を挟んで得点のチャンスを逃してしまうのは愚かなことがと思っているからだ。その証拠に、試合中は普段喧嘩ばかりしている純也にも普通にパスを出している。
悩んでいる涼の姿を見て薫が部員たちに声をかける。
「よし、皆!明日の調整もしつつ軽く練習を始めよう」
試合が終わって体育館に帰ってきたばかりだが、明日の試合に勝つためには休んでいる暇など無かった。
そして薫が亮に話しかける。
「亮、いつもと違うタイミングで純也にパスを出してみろ」
「は、はい…分かりました」
亮がまだ納得していないうちにAチーム対Bチームの試合形式の練習が始まる。純也が良いタイミングで中に切り込んだのでタイミングよくパスを出した。
純也はそれを簡単にキャッチしてシュートを決めた。薫が試合を止めて純也に質問をした。
「純也、普段から亮のパスを受けていてどう思う?」
純也は「何言ってんのこいつ?」と言った後に薫の質問に答える。
「ん~、ザコにしては良く頑張ってるんじゃねえの? まぁ、スピードは遅すぎて欠伸が出るけどな」
「なんだと!?」
「あ~わかったわかった!いくらお前のスピードが遅くても、天才の俺が合わせてやるから、あんまり落ち込むなって!」
「あぁ!?」
その会話を聞いていた小田原君が純也に問いかける。
「亮が遅いだって!? そんなわけなじゃないか! 彼はどのチームの選手よりもスピードが速いと思うよ。僕が言うものなんだけど、彼の武器はスピードだと思っているからね」
「ん~…」
純也は少しの間悩んだ挙句…
「うん、ごめん、それでいいよ。説明するのが面倒っつーか、説明できないっつーか…。ま!亮がダメでも俺がなんとかするから気にすんなって!はっはっは!」
「…………」
いつもなら喧嘩に発展する純也の挑発を、珍しく亮はスルーしていた。というよりも、考え事で返事を返す余裕がないのかもしれない。そんな亮に薫が話しかける。
「亮、今の純也の言葉がただの挑発に聞こえるか?」
「やはり、何かしら俺に原因があるってことですか…」
そして再び練習が始まる。お互いに攻防を繰り返し、ダメだった点を反省しながら練習が続けられる
そして、また純也にパスを出す機会が訪れる。
(俺のパスが遅いのか?)
亮は考えいつもよりも早いタイミングで純也にパスを出した。
スカッ
ボールは誰にも触れられることはなく、体育館の壁へとぶつかってしまった。
「おいおい…いくら俺が天才でも瞬間移動が出来るわけじゃねぇんだぞ?大丈夫か?」
「ダメだ…パスが出せない…」
亮の頭の中に過去の記憶がよみがえる。
***
きっかけは1つのパスだった。
全国中学生バスケットボール大会の一回戦、相手は強豪と言われる中学だった。亮の学校はそこまで強かった訳ではないが、亮を中心に上手く連携の取れているチームだった。
しかし、天才的な亮の働きにより予想外の競り合いが続いた。
(なんだか分からないけど、今日は調子がいい! 周りがよく見えるし、相手の動きが最後の最後まで読める!)
亮は絶好調だった。そして他の選手が切り込んだところに亮がパスを出す。
逆転のパスになるはずだった。しかし…。
ゴンッ
ボールが体育館の壁へと当たってしまった。
(なっ!?)
亮だけではなく、チームメイト達も信じられないといった表情をしていた。
その後、亮のパスミスは一度も無かったが、結局チームは途中から勢いを失ってしまい全国大会では一回戦敗退となってしまったのだ。
それから亮は軽いスランプに陥ってしまう。普通にパスを出せるのだが、納得のいくプレーが出来ない。
しかし、周りからの評価は以前と変わらなかったし、自分のその後のプレーを評価してスカウトしてくれた人達もいる。
自分だけがおかしかったのか?変に考えすぎていたのだろうか?
やがて亮は「これでいいんだ」と思い込み、あの時のパスミスを深く考えないまま現在に至るのだ。
***
「よし、練習は終わりだ!」
薫が急に叫ぶ。そして力なく立ち尽くしていた亮のもとへと向かった。
「亮、気にしなくてもいいんだ。今のお前でも十分に黒沢高校と渡り合える力がある。前から気づいていたのに伝えなかったのは申し訳ないが、正直伝えたところで、どうにかなる問題じゃないんだ」
「ま、元気だせよ。明日がんばろーぜ」
純也もいつもの違う亮の雰囲気を察してか、あまりきつい言葉を浴びせずに部室へと戻っていったのだった。
(この感覚…久しぶりだ。俺は明日、本当に試合が出来るのか!?)
亮は一言もしゃべらずに我利勉と共に自宅へと帰ったのだった。




