No.133 バトンタッチ
試合後、城清高校控え室では、なんとも奇妙な光景が見られてた。
杉山含む1、2年の後輩たちが涙を流し、石塚を除く、他の3年生には笑顔が見られていた。杉山が近江達の近くに歩み寄り、鼻をすすりながら必死に喋る。
「ひぐっ…すみませんでした…。俺がもっと得点していれば…」
その様子をみた近江は優しく肩に手を置く。
「ありがとう。君がいてくれたおかげで今日みたいな勝負が出来たんだ」
「でも…!俺、先輩達が居ないとっ!俺っ!」
***
中学時代、俺「杉山健佑」は地元の稲川工業からオファーが来ていた。全国で数々の伝説を残したこの高校から招待されることは、中学でバスケットをしていた俺にとってはとても嬉しいことだった。。
それとほぼ同時に知らされた父親の転勤。稲川実業は寮制も完備されていて、親は「自分のことは気にしなくてもいいから行っといで」とは言ってくれた。
しかしながら、バスケット選手にとって強豪からオファーがあり、それが名誉だと思うのは必ずしも1人1人に当てはまるとは限らない。
稲川実業は公式の試合に2チーム出場する権利を与えられている。わかりやすく言えば1軍と2軍というワケだ。2軍までならまだ良い。なんとこの高校には4軍まで存在していた。更にはあまり知られていないが「草むしり」と言われ馬鹿にされているボールにも触れないような『5軍』まで有るというのだから驚きだ。
スポーツなんだから争いごとは絶えない、と言われればそれまでだが、どうも個人的な意見としてはそんな場所が好きにはなれなかった。
そんな訳で、俺は親の転勤先の高校に進学することにした。いくつか強豪校が存在する中、なぜこの高校を選んだかと言えば、笹岡監督が指揮する特殊なディフェンスが気になったからである。ここなら自分ののプレイスタイルを活かし、更には好きなバスケットができると考えたからだ。
入学してからというもの、俺は「東北訛り」がひどく、何を言っているのかわからないと言われ友達もなかなか出来なかった。
部活では習得するまで時間のかかるディフェンスということもあり、レギュラーメンバーは全て3年生。2年生になればまともな練習に参加させてくれるものの、1年生のやることと言えば雑用や基礎的な物ばかりであった。
『ここではいくら実力があっても上にはいけない』
その時、俺はこれからもだらだらと続くであろう平凡な毎日に絶望していた。これなら実力主義の強豪の方がよかったのではないだろうか。
――――くそっ…無条件に俺の1年を無駄にしてたまるか!そんなに待てるかよ!
俺は中学時代、ぶち当たった壁を乗り越えた時の同じように、部活の終了後、市民体育館へと向かっていた。
体育館へ入った先に見た光景とは。
「やあ、君は確か新入部員の…」
そこには2年生に近江先輩がいた。2年生とは言え、本格的に練習出来ていないために部活が終わってもここで練習していたのだろう。
「あの…おれ…なんも練習させてくんねぇがら、一人で練習しにきたんだけども…」
2年生達は俺の言葉が終わるのをただ立ち尽くして見ていた。
やっぱりここでも邪魔なのだろうか。他を探そう…。
「先輩だぢの邪魔になるとおもうので、帰りますね」
その言葉をきいた近江は慌てた様子で背中を見せた俺を呼び止めた。
「ちょっと待ってよ。誰も邪魔なんて言ってない」
「え?」
意外なセリフに俺は固まった。
「ここに来た理由は知っている。僕らもそうだったからね。『バスケット』をしに来たんですね?」
そう言って近江先輩は俺に向かってパスを出した。俺は無意識にそれをキャッチする。
「ここはいつも君みたいな人が集まって練習をしている場所さ。とは言っても4人しかいないけどね」
そう言って恥ずかしそうに近江が笑った。
「そうなんデスヨー!近江、頭イイネ! 難しい日本語おしえてくれマス!大好きね!」
最初は3人だったらしいが、途中から近江先輩に懐いた大蔵先輩も練習に参加していたらしい。
近江先輩が大蔵先輩の突進を素早くかわして再び僕に語りかけていた。
「確かに3年生しか試合に出られない。でもバスケットはどこでも出来ますよ?」
それからというもの、俺も毎日先輩達に混じって練習を始めた。近江先輩はこれからも公式で一緒に試合をすることは無いであろう、学年の違う俺にディフェンスについて詳しく教えてくれた。更には部活内でも変化が見られたのだった。
「はぁ、こわいなぁ。汗かいたべ」
「え!? ご、ごめん!」
杉山に話しかけられたほかの1年が申し訳なさそうな顔をする。
「ん?どうがしたが?」
『ははははは』
その様子をみた近江が、相手の1年にフォローを入れる。
「東北では疲れたを「こわい」と言うそうですよ。誤解しないようにしてくださいね」
「そうだったの!? いつも近くで練習していると「怖い」って言われてたから、邪魔に思われてるのかと思ってたよ!避けてごめんね!」
「ま、まじがぁ!」
先輩達に合ってからは充実した1年だった。バスケットが前よりも好きになっていた。
そして今年俺は2年生になり、先輩達は主役となる3年生になった。先輩の力になれるならBチームだろうがなんだろうがやってやる。そんな風に考えていた俺に予想外の言葉が監督からかけられる。
「杉山、お前は今年からレギュラーだ。自信をもって戦え」
「え!?」
------
----
--
『僕達には杉山の力が必要なんです!いつも一緒にディフェンス練習をしていたので、すぐに練習に加わることができます!部活後の練習にも毎日欠かさずに参加してくれました!よかったら1度見に来てくださいよ!」
------
----
--
なんと、密かに近江先輩を含めた他の先輩方が俺を監督に推薦してくれていたのだ。
「で、でも!他の3年生はたちは…」
「大丈夫だ。いつの間にか3年生しか試合に出られないという風潮があったみたいだが、それはあくまでもディフェンスを覚えるまでに時間が掛かりすぎるからだ。君は十分に条件を満たしているよ。」
戸惑う俺の肩にそっと手が置かれる。振り返るとそこには先輩達が居た。
「今年は勝ちますよ。『僕らの』世代の始まりですよ」
俺は涙を流した。最初からこの人はそのつもりだったのだ。学年の違う俺を仲間だと思って、一緒に試合に出ることまで考えながら練習に付き合ってくれたのだ。
「がん…がんばります…」
前が見えねぇ…。
***
終わったんだ。もう先輩達はいない。
「先輩がいないど…」
「『そういえば』君はまだ2年生でしたね。僕らからすれば学年が違ってもかけがえのない仲間でしたよ。『3年の』時代は終わりです。バトンタッチですよ」
そう言って近江は杉山に握手を求める。杉山は手を握ることが出来なかった。
「本来なら送別会で次期キャプテンを決めるのが伝統ですが、僕はこの場で次期キャプテンを杉山に任せたいです。他の方はどうでしょうか」
『おお! 杉山なら文句ねーぞ!』
『俺も杉山先輩みたいになりたいっす!』
誰も反論する人はいなかった。
「いいですよね?監督」
近江と目が合った監督は笑みを浮かべながら返事をする。
「ああ、そのつもりだよ」
「監督の下、最後まで自分達の戦い方を貫くことが出来てたのはとても嬉かったです。しかし、結果は負けでしたので、来年以降のプレイスタイルは監督にお任せします」
「ああ、もちろん…」
監督がすべて言い終えるまでに1、2年生の口が開かれる。
『僕らも先輩達みたいになりたいので、今までどおりでお願いします!』
『どんな練習にも耐えて見せます!お願いします!』
近江が杉山の近くに歩み寄った。
「見てください。これでもまだ無理と言えますか? もう1度バトンタッチです」
「最後まで…すみません…」
今度はしっかりと近江の手を握ったのであった。