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No.128 勇気

 試合時間は残り4分を切り、点差は6。

 

 朱雀高校のベンチは静まり返っていた。純也が悔しそうな表情でベンチに腰をかけた。

 

「ちっ…すまねぇ…」

 

 まだ納得してなさそうな様子だった。そしてタオルを手に取り汗をふく。

 

「いや、良くやったよ」

 

「同情はいらねぇぜ薫さんよ。俺はあんたに自信有り気に試合に出せと言ったんだ。それがこのザマだよ」

 

 純也は近江の狙い通りになってしまったこと、そして、自分に対して怒りを露にしていた。そんな純也に薫から予想外の返事が返ってくる。

 

「いや、お前が頑張ってくれたから、後半勝負するための土俵が整った」

 

 ほとんどのメンバーが、純也の抜けた今、オフェンスの勢いが落ちると思っていた。薫のそんな言葉に驚いた表情を見せていた。

 

「後半…ですか…」

 

 我利勉が考え込む。後半、とは言っても、試合時間も残り僅か。純也が居るなら先ほどの勢いで逆転も出来たかもしれないが、正直今の現状ではどうなるかわからなかった。

 

「後半は小田原で行く。皆、俺についてきてくれ。必ずなんとかする」

 

 薫が皆の顔をみてそう言った。それを見た永瀬が1度軽く笑い、口を開いた。

 

「ああ、3年間もついて来てやったんだ。あと少しくらい付き合ってやるさ」

 

 更に小田原が続く。

 

「任せてよ。ずっと薫を追いかけてきたんだ。そういうのは得意だからさ」

 

「信頼してますよ。先輩」

 

 そんな3年生達を亮が頼もしそうに見ていた。薫が亮の隣で肩から息をしていた博司に声をかける。

 

「博司、まだいけるか?」

 

「は、はいっ!」

 

 博司が背筋をピンと伸ばして返事をしていた。

 

「博司、ここから先はディフェンスに集中してくれ。他はとにかく走ることだ。いくぞ!」

 

『オッス!』

 

 ゲーム後半にも関わらず、勢いのある返事が体育館に鳴り響いていた。

 

***

 

城清高校のベンチでは、近江がいすに座り込むなり考え事をしていた。そこへ石塚が話しかける。

 

「どうしたんだ?ナイスファールだったぜ」

 

「ありがとう」

 

 近江は短めに返事を返すと再び考え込んだ。その様子を見ていた監督が選手達に話しかける。

 

「ここから先が勝負だな。近江、お前の考えていることは決して間違いじゃない。できればもっと点差を広げておきたかった」

 

近江は考えていたことを読まれたようで、ハッとして監督の顔を見た。

 

「朱雀の強さは後半の爆発力だ。あの6番を止めたところで勢いは変わらないだろう」

 

 近江が周りの選手達の様子を見る。いつも以上にスタミナを消費しているようだった。

 

「最後までゾーンでいかせてください! 俺達にはこの武器があるんです!」

 

 近江が監督の言おうとしていることが分かったようだ。それに石塚、佐藤が続く。

 

「このディフェンスがあったからここまでこれたんだ。最後まで貫いてやるぜ」

 

「僕らなら今のディフェンスをしながらでも点を取れます! 心強い味方がいますから。最後まで抑えて見せますよ」

 

 そう言って3人は杉山と大蔵を見る。照れくさそうに杉山が頭を掻いていた。

 

「よし、最後までしっかりと見せてもらうよ。ここから先が本当の勝負だ。決してリードしているなんて思ったらだめだ。最後まで全力で戦おう。君達ならやれる!」

 

『はい!』

 

 そして監督が笑顔になり、石塚に話しかける。

 

「石塚、怖いか?」

 

「え?」

 

 石塚はこの試合、珍しく大人しかった。ここまでの得点はほとんど杉山、大蔵、近江によるものだ。しかし、監督の先ほどの言葉には、更に違う意味が込められていたのだった。石塚はその意味を理解したようで、元気良く返事を返し、コートに出て行った。

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 後半も残り4分。近江が指揮をとり、遅めの試合運びを試みるも、朱雀の激しいディフェンスにより、プレッシャーが掛かる。

 

 城清が次々にパスを回してゆく。やが逆サイドから台形に切り込んだ石塚へと、近江からパスが出された。

 

 そこへ薫がマークをする。

 

「くっ…」

 

石塚が苦しそうな表情を見せた。

 

――――――

 

――――

 

――

 

+++

 

 

『怖いか? 石塚』

 

「え?」

 

 2年生の新チームになり、コート内で練習していた石塚に監督が声をかける。その表情には笑顔が浮かんでいた。

 

「何の話でしょうか?」

 

 訳が分からなそうにしている石塚に、監督が続けた。

 

「フォワードにはさまざまな能力が要求される。スタミナ、スピードはもちろん、一瞬の判断力、高い得点力もね。私は更に1つ、必要な力があると思っているよ」

 

「更に必要な力…ですか」

 

 監督は石塚から一度目をそらし、コート内で練習している選手に目をやる。やがて再び石塚の方を向き口を開いた。

 

「勇気…さ。中へ飛び込むとき、相手をかわすとき、そしてシュートを放つ時。それは他が思っているよりも想像以上に怖い。失敗したらどうしよう…そんな考えが頭の中を支配するのさ。当然判断力が鈍ってしまう。そして動きにも影響すると私は思っている」

 

 石塚は怖そうな外見をして、普段は気の強そうな印象を周りに与えていたが、監督には本当の石塚が見えていた。石塚は高い技術を持ちながら、中学では選手に選ばれなかった。

 

 理由は性格が災いして他の選手、監督に嫌われていたこと。そして、本当は臆病な性格で、試合に出ても大事な時にあと一歩が踏み出せずにいた。

 

「失敗したら周りの迷惑になる、とかそんなことを考えていないか?」

 

「そ…それは…」

 

 石塚が驚いた表情を見せていた。そんな石塚を見て、監督が笑顔になり語りかける。

 

「大丈夫さ。今年は近江という良い判断力を持った選手がいる。彼が君にパスをした時は信頼している時さ。迷いなく行くといい。勇気を育てるんだ」

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

***

 

――怖いか?

 

(こ…怖くねぇ、怖くねぇ!)

 

 石塚は自分をディフェンスする人物を見る。

 

 木ノ下薫。中学でバスケをしていた者で、彼を知らない者はいなかった。そんな彼が石塚をマークしていた。

 

(木ノ下薫…能力、実績…誰もが認めるバケモンだ。怖くねぇヤツなんているわけがねぇ)

 

――怖いか?

 

(怖い…逃げ出したい…こんなやつに勝てるわけがない)

 

――怖いか?

 

(でも、この時のために俺は…『勇気』を育てたんだ!)

 

「うおぉおおお!」

 

(負けねぇ! 瞬発力なら絶対に負けねぇ!! 俺だって3年間、何もしてなかった訳じゃねぇんだ!)

 

 近江からボールをもらった石塚は、一瞬で姿勢を低くしてゴールに向かった。それに薫がついていく。

 

(かわした!? いや…まだだ!)

 

 シュートモーションに入った石塚を薫がブロックする体勢に入った。

 

(くそぉおおお!)

 

 石塚が精一杯手を伸ばして、間一髪薫のブロックよりも先にシュートを放った。あまり狙いを定めることが出来なかったため、本人も入るか分からない。

 

スパッ!

 

 着地した石塚は一瞬前に転びそうになるが、すぐにゴールを振り返る。ボールはリングを通過して落ちて来た後だった。

 

『わぁああああああ』

 

『いっしづか! いっしづか! おっ!』

 

 会場中が歓声に包まれた。その様子を監督が笑みを浮かべながら見ていた。

 


 


 


 


 

 



 


 

 

 


 

 

 

 


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