No.126 絆
「まさかゴール下以外のシュートを持っていたとは…。やられたな」
石塚が城清のベンチに座り、近江にそう話しかけた。近江はなにやら考えていた様子だったが、やがて石塚の声に気がついた。
「いや、今大会でもジャンプシュートを決めたのは初めてですよ。偶然かもしれません。それよりも…」
(あの6番の動きが変わった途端、相手チームの連携が急に良くなった)
現在44対43で、城清が辛うじてリードしているのだが、先ほどの終盤での敵の動きを見る限り、近江はかなり不安だった。
「彼は危険だ…」
近江がそう呟いた。そして監督がメンバーが座っているベンチの前へと歩み出た。
「どうだ? 朱雀さんは強いか?」
監督は微笑んでいた。この名将の目には、一体どのような試合が繰り広げられているのか。そしてこの笑みは何を意味するのか。近江が呼吸を整えながら答える。
「正直、予想外でしたね。ここまでやるとは思いませんでした。」
何が予想外だったのか、近江はいえない様子だった。監督はそれを察していたようでそのまま頷いた。そして選手たちの目を見る。
「あの時と同じ目をしている」
『え?』
近江、石塚、佐藤の3人はなにやら理解していない様だった。
「私も驚いているよ。正直ここまでこのディフェンスを操ってくれたチームは初めてだ」
そして更に続けた。
「君たちの絆は絶対に負けていない。どこのどんなチームよりも深いはずだ。それは君たち自身が分かっているはずだ」
メンバー達はお互いの顔を見る。そして近江が真剣な目つきで監督に言い放った。
「監督、僕たちは勝ちますよ」
***
近江、石塚、佐藤が私の方を見ている。あの時と同じ目だ。
そう、私がこのゾーンを諦めようとしていたときに、声を掛けてくれたときの目と同じだ。
私は監督失格だよ。本気でここまで出来るとは、心のどこかで信じていなかった。選手たちは私を信じ、慕ってくれたというのに。
今までのチームが、このディフェンスをうまく扱えなかったのは私の責任かもしれないな。この選手たちは大事なことに気づかせてくれた。
申し訳なさと同時に愛しさもこみ上げてくる。自然と笑みがこぼれてしまっていた。
(さあ、最後まで見せてもらうとするよ。君たちならやれる)
***
一方朱雀高校のベンチでは――。
「………」
いまだに薫以外のメンバーが目を丸して、純也を見続けていた。
「………」
「てめぇら、ワザとやってんだろ!」
純也は当然のように怒っていた。それを見た薫は落ち着いた様子で会話に入ってくる。
「練習の成果が出ていたな。良いシュートだった」
「へ、俺が本気をだしたらこんなもんよ」
その会話を見た亮も、さすがに観念ようで素直に純也を褒めた。
「ナイスシュートだったぜ」
「亮くんは随分と大人しいみたいですなー。はっはっは」
純也が態度をでかくして笑った。これは照れ隠しも含まれていることだろう。
「あーやめだやめだ! 褒めるとすぐに調子に乗りやがってこの猿野郎!」
「はっはっはー。今日もうちの犬がよく吠えますなー」
その会話を無視するように薫がみんなに話しかけた。
「よくここまで我慢して持ちこたえてくれた。ラストはこちらから仕掛けるぞ」
「そういえば我慢とか言ってたな。結局いい作戦があるのか?」
純也が聞き返した。薫はハーフタイムの時のように速攻で答える。
「無い。だが…」
薫の次の言葉を待ち、選手たちが唾を飲む。
「そろそろ城清のスタミナも切れてくるはずだ」
「そういうことでしたか…」
亮がなにやら納得している様子だった。そして口を開く。
「あちらは最初からずっとマッチアップゾーン。あんなに動き回ってたら、当然スタミナ消費も半端じゃないでしょうね」
「その通りだ。集中力も切れやすい。最後まで走り続けよう。競り負けないようにな」
『オッス!』
選手たちの声が鳴り響いていた。