No.123 すまない
城清がいつもの遅めの試合を展開する。
「野郎…つまらねぇバスケしやがって」
純也は先ほどのこともあり、イライラした様子で近江を睨んでいた。近江は一瞬目が合ったが、特に気にした様子もなく試合をコントロールする。
ボールが佐藤に渡った。純也がそれにピッタリとマークした。
「どうだい? あと少しで退場だ。怖いだろう? はっはっは」
「うるせぇ! ファールは慣れてんだよ!」
佐藤はドリブルをしながらリングとの距離を詰める。純也は強がってはいるが、強引にいけないようだった。佐藤がリングを振り向いてシュートをする。
一度ボールはバックボードにぶつかり、リングの中へと入ったのであった。
『ワァァァァ!』
シュートを決めるとすぐさま佐藤はディフェンスに戻る。
「ファール数が3と4では気持ち的にも違ってくるぞ。気をつけろ」
「わかってるよ」
薫が純也に一言告げてからオフェンスに向かう。先ほどのように返事をした純也であったが、その表情からはどこか怒りのようなものが見られた。
オフェンスになり、朱雀はコートの上の動きまわる。そしてパスが何度か渡った後に、ボールが純也の元へと渡る。
そこへ佐藤がすぐさまディフェンスを開始する。純也がフェイントを何度かかけ、抜き去ろうと試みるが、佐藤が必死にそれを抑えていた。
「ちっ…」
純也が舌打ちをする。その様子をみた亮は純也に向かって叫んだ。
(このパターンはダブルチームが来る!)
「いったん戻せ!」
亮はそう叫ぶが、純也の耳には全く入らないようだ。そして、得意の左右の素早い体重移動からのバックターンで佐藤を抜き去った。
「っしゃぁ!」
そのままリングに向かって跳んだ。
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***
「おーい近江、こっちの洗濯もやっといてくれよー」
「ギャハハ、お前マネージャーだろ?」
「家から肉持って来いよ」
「ボール拾え」
(くっ)
――本当にくだらない。こんなやつらが同じチームにいるだなんて。
僕は毎日のように雑用を押付けられていた。おかげで自分の練習の時間も削られる。中学校に入り、僕が無口で気が弱いのを良いことに、コイツらは散々えばり散らしていた。
多少あつかましい方が、部活動も仕事も成功しやすいとは言うが、この場合はまさに悪い意味でその通りだ。中途半端な能力だが、他人の足を引っ張り、そして図々しいくらいの監督へのアピール力でレギュラーを勝ち取っている。大会では2回戦がいい所という結果を見れば、彼らがそんな人間ということは明らかだ。
『近江、今日はお前がガードだ。頑張れよ』
「は、はい!」
ある日突然監督は俺をスターディングメンバーに起用した。周りから驚きの声があがる。その中、いつもの不良たちは気に入らなかったようで、ずっと不機嫌な顔をしていた。
そして試合が始まる。3年生になってようやく出場した試合だった。
(なんでだよ…)
不良たちはボールを手にすると、考えもなしにリングにつっこんで自滅する。
(なぜ指示通りに動いてくれないんだよ!)
フリーになった近江にパスがこない。そして相変わらずNBAの選手のプレーを真似したような似ても似つかないシュートで自滅を繰り返す。
(こんなのバスケじゃない…。ただの個人技だ)
そして、時折近江の方を勝ち誇ったような顔でチラチラと見てくる。
(つまらないバスケをしやがって)
コイツらがストリートバスケをやっていることは僕は知っている。イベントなどで素人相手に勝っていい気になってるような奴らだ。
試合は当然のように負けてしまった。当たり前だ。相手が組織的に攻めてくるのに、こっちが中途半端な能力で動きもバラバラでは勝てるはずがない。
翌日、監督は僕を職員室へと呼び出した。昨日の試合で怒られてしまうのかと思い、正直ウンザリしていた。
職員室に来た僕をみて、監督が頭を下げる。
「すまない」
「え…?」
僕は訳が分からなかった。そしてその出来事から数日後、監督はバスケの監督をやめてしまった。 その後、僕が中学で試合に出場することは無かった。
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――
「おーい近江、お前どこの高校に行くんだ?」
「え、あ…城清だけど?」
不良たちが突然そんなことを聞いてきた。近くにいた別の人物が近江を馬鹿にしたように言い放つ。
「やめとけやめとけ、近江みたいなガリ勉は進学校に行くに決まってんだろうが」
「ははは、聞くだけ無駄だったな」
そう言って不良の集団はどこかへ行ってしまう。
「違うよ…」
僕は急に嬉しくなった。全身から笑いがこみ上げてくる。必死にこらえようとしたが、顔に出てしまう。
「ふふっ…」
そしてヘラヘラと去って行く不良たちの後ろ姿を見る。なぜが涙が出てきた。
――僕は『バスケット』をしにいくんだよ?
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――
***
「ファール!!!」
観客がどよめいた。純也の目の前に、再び倒れている近江がいた。シュートモーションに入った純也の死角から近江が飛び出してきたのだ。
「ナイス近江!」
石塚が近江とハイタッチする。そして純也に近づいて一言、
「あと1つです」
そう、純也は罠にはまってしまったのだ。純也は悔しそうに地面を蹴る。それと同時に朱雀のタイムアウトで試合が止まった。
ベンチに帰るなり、薫が純也に言った。亮もそれに続く。
「挑発に乗りすぎだ。いったんべンチで頭を冷やせ。交代だ」
「なんのためのガードだよ! 俺が場所的にも1番見えてるんだ。無視するんじゃねぇ」
純也は深呼吸をして一言。
「ぜってぇ交代しねぇ! これで冷静になったぜ。俺としたことが我を忘れていたようだな」
そして薫を睨んで一言。
「ここで交代すると一生恨むぜ、薫さんよぉ」
薫はため息をつく。そして間を空けて口を開いた。
「わかった。どうせあと1つだ。控えには小田原君がいる。好きにしろ」
「しゃあ!」
純也はガッツポーズを繰り出した。
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――
この試合を観客席からずっと眺めている人物がいた。
「やはり私は間違っていたようだ」
その人物の目にはかすかに涙が浮かんでいる。
「近江、自分の居場所を見つけたな」
(すまなかった…)
決してストリートをけなしている訳ではありません。誤解してしまった方、申し訳ございません。のちの展開に繋ぐためです。