No.118 厄介な相手
会場が静まり返っていた。やがて観客から一気に声援が沸き起こる。
『ウオォォオオッ!』
これは近江と大蔵の決めたアリウープによるものである。例年通りの城清なら、おそらくこのような攻撃パターンは無かっただろう。
「マジかよ…。ただ高く跳べるだけじゃないようだな…」
亮がエンドラインからボールをもらい、ドリブルをしながらそう呟いていた。
「1番オッケェェイッ!」
テリトリーに入ってきた亮を、石塚がすぐさまディフェンスをする。
「さっきはマグレだ。もうあのドリブルは通用しねぇ」
さきほど亮に抜かれたことを気にしているようだ。普段よりもさらに気合の入った顔になる。1メートルほど距離をとり、オフェンスに備える。
ボールが勇希に渡り、更に中へ入った博司へと渡った。
「うっ…」
立ち止まる博司に、城清の二人ががりのディフェンスが襲い掛かる。ボールを高くあげキープしていた博司だが、やがて薫に向かって苦し紛れにパスを出した。
パシッ!
そのボールを城清の4番、近江がカットした。
(やはり経験が浅いようだ。簡単な罠に引っ掛かってくれましたね)
近江がドリブルで味方コートへとボールを運ぶ。それにあわせて朱雀のメンバーがディフェンスをする。
「コッチデース」
大蔵が近江からパスをもらう。そして博司のディフェンスをドリブルで抜き去り、シュートモーションに入る。
「くっ…」
博司が懸命についていこうとしたが、大蔵が空中でボールの位置を入れ替える。そしてそのままシュートを決めたのだった。
――なっ!?
そのプレーを見た朱雀メンバーたちの顔色が変わった。そのプレーをみた城清高校の応援団のテンションは再び最高潮に達する。
「ダブルクラッチか…。 あのイメージとはかけ離れたプレーをするやつだな」
永瀬が腕で汗を拭きながら亮にそう呟いた。亮もあのプレーに衝撃をうけたようだった。
「普通にフォワードも出来そうな動きですね。人は見かけにはよらないものだ」
そして試合が再開される。朱雀高校のボールが次々にまわり始める。それにあわせて城清のディフェンスの陣形も形を変えてゆく。
「驚いたか? あれが城清の大蔵だ」
石塚が亮をマークしながら話しかける。
「ええ。よくわかりましたよ」
亮が左右にフェイントをかけるが、石塚がそれにピタリとマークをしている。
「アイツは小さい頃海外にいたんだ。海外ではあの身長でフィワードは別に珍しいことじゃねぇ。大蔵もその一人てわけさ」
石塚がそう言って不気味に笑った。そして朱雀高校がボールをキープしたまま、時間だけが過ぎてゆく。
「ちっ」
亮が苦し紛れにスリーポイントを放つが、リングに嫌われ外にとび出してしまった。
「リバウンッ!」
亮が叫んだ。やがては確実に落ちてくるボールを手に入れるために、数人がゴール下で激しいポジション争いをしていた。
「うっ…」
ボールが博司の方向に飛んでいった。だがしかし、大蔵が素早く回り込み、思いっきりジャンプする。博司も負けじとそれに合わせて跳ぶ。
――やった!
博司の方が若干有利のようだ。そして、博司自身もそのことを理解したようで、ボールをキャッチする動作に移る。
パシッ!
「えっ?!」
博司の安心したような顔が、一変して驚愕の顔となる。大蔵がわずかに指先で弾いたボールが外へととび出す。
「よくやったよ、はっはっは」
そのボールを城清のパワーフォワードの泰助がキャッチする。そしてノールックでスリーポイントラインにいた杉山にパスを出した。
杉山が得意の素早いいシュートモーションで、リングに向けてボールを放った。
「………」
すぐに薫がカバーに入った。ブロックするために伸ばした手の指先が、少しだけボールがかすめる。
薫によって、軌道を変えられたボールは、決して勢いを失うことは無く、リングへと向かってゆく。そして…。
パスッ!
辺りが静まり返っていた。やがて一気に歓声が沸き起こる。
『うおぉおおおおっ』
『すっぎやま!すっぎやま!おっ!』
これでもか、というほどメガホンを叩きつけた音が会場に鳴り響く。そしてすぐに城清のメンバー達は再び不気味なゾーンを展開していた。
「どうして…」
博司が驚きを隠せない様子だった。その様子をみた薫は博司に駆け寄り、話しかけた。
「チップアウトだな。ボールを拾おうとはせずに、外に向かって弾く技術だ。これなら身長に差があっても、少しは埋めることが可能だ。」
跳ぶタイミングはほとんど同じだったはず。ボールを『掴もう』とした者と『弾こう』とした者の差なのか。心配そうな博司に薫は続けた。
「大丈夫だ。たった1つでいい。たった1つ、相手よりも勝っている部分があれば、勝敗はわからなくなる。それがスポーツだ」
そして薫がその場から去ろうとする。
「お前の生まれ持った才能、そして、練習してきた努力を信じろ」
その様子をみた亮は、先ほどの大蔵のプレーについて考え事をしていた。
(さっきのチップアウトは弾く先を考えたプレーだな。大蔵は本当に厄介な相手かもしれない)
そして朱雀高校のオフェンスが始まった。