No.113 チャンス
「いよいよだな」
アップを終えた朱雀高校部員たちは、控室で薫の周りに集まっていた。
「おそらく今までの戦いでは一番きつい戦いになるだろうが、やるだけのことはやってきた。名門とはいえ、同じ高校生だ。自信を持っていこう!」
『オッス!』
そして純麗の口からスターティングメンバーが発表される。
全ての選手が読みあげられ、選手たちの表情が気合いの入ったものに変わる。
「行くぞ!」
『オッス!』
選手たちは控室を後にした。
――――――
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――
「さぁ、そろそろ時間ですよ」
城清高校の控室にて監督が部員たちに向かってそう言った。
「近江、表情が硬いぞ。珍しく緊張か?」
スキンヘットが特徴の7の背番号を背負った石塚哲平がキャプテンの近江に話し掛けた。近江は眼鏡のズレを人指し指で直してから口を開く。
「いや……ちょっと考え事をしていて…」
そして部員全員を見渡す。
「バスケットは団体競技です。今まで通りいきましょう。そして…初の優勝を目指して!」
『はい!』
この県では12年連続で白川第一高校がインターハイ出場を決めていた。なので城清、黒沢といった名門校は打倒白川、と日々練習に励んでいるのである。
――今年がチャンスなんだ…。大蔵や杉山、泰助君や石塚君が揃った今年のチームこそが……
――チャンスなんだ!
――――――
――――
――
審判による礼で試合が始まる。さすがにベスト8の試合というだけあって、観客はいつもの倍以上だった。
『城清! 城清!』
『キャー永瀬くーん』
『朱雀応援してるぞ!』
『無名校なんかに負けるなよー』
応援団の数はやはり城清が多いようだ。今年のチームは特に期待されているようだ。
センターサークルに博司が入る。そして大蔵も同時に中へと入った。
「負けマセンヨ」
「こ、こっちこそ!」
大蔵の気合いの入った声に、博司が負けじと返した。
スターティングメンバーは…
朱雀高校
4番 木ノ下薫
5番 永瀬勇希
6番 石川純也
8番 長谷川亮
11番 大山博司
城清高校
4番 近江隆志
5番 佐藤泰助
6番 大蔵・ソニン・裕康
7番 石塚哲平
9番 杉山健祐
お互いに今まで通りのメンバーでのスタートとなった。それぞれがマークをする。
「なんだ、思ったより小さいな。これはよかった。はっはっは」
佐藤泰助が純也の近くでそう呟き、笑う。
「あぁ? すぐに泣かせてやるから待ってろ」
佐藤泰助の身長は178センチ。他のチームのパワーフォワード比べて決して大きい訳ではない。しかし、純也は更に下の170センチだった。泰助は今までの相手よりも小さくて驚いたのだろう。
審判の手からボールが上空へと放たれる。それに向かって博司と大蔵の二人が跳んだ。
パシッ!
博司の方が10センチ上なのだが、勝負は互角だった。
二人によって弾かれたボールがサークルの外へとびだす。
「チャンスです」
ボールをキャッチしたのは城清のキャプテン近江だった。
ボールをすぐ前にいた石塚に出し、自ら走る。
石塚には薫がマークしていた。そのままゴール下に向かうと思いきや、
「杉山!」
反対サイドにいた杉山にパスを出した。そしてツーハンド気味のデタラメなフォームから素早いシュートが放たれる。
選手たちはボールの行方を追っていた。
「リバウンドッ!」
薫が叫び、博司と純也、泰助、大蔵は陣を奪い合う。
『スパッ』
しかし、杉山の放ったシュートは綺麗にリングにおさまりこれがオープニングショットなった。
『ウワァァァッ!』
歓声が沸き起こる。城清が3点先取した。
「これは大きいです。ナイスシュートが! 戻ります!」
『おう!』
近江が指示を出すと城清のメンバーが味方コートに戻った。最初の得点は気持ち的にも大きい。
試合の様子を笹岡監督が笑顔で見ていた。
城清をここ数年で名門と呼ばれるまでにした名将である。監督の指示はまだ無い。
「やってくれますね」
「よし、いくぞ」
亮が薫からボールを貰う。そしてボールを運んだ。
城清メンバーが不気味な陣形で待ち構える。
「これがマッチアップゾーン…」
ドリブルをしていた亮にすぐさま近江が指示を出してマークをする。
「ディナイです!」
選手達が組織的に動いた。
(うおっ……マジでパスコースが少ねぇ…それなら!)
亮がフェイントをかけて近江をかわす。しかし近江も簡単には抜かせない。
「僕の取り柄はこれだけなんだ! 死んでも抜かせません!」
「亮! こっちだ!」
亮は薫にパスを出した。
キュキュッ!
再び敵のディフェンスが不気味に動く。
(今だ! 純也!)
そのままローポストにいた純也にパスを出した。
「やぁ、君か。はっはっは」
「ちっ…」
純也に泰助がマークをする。
「泣きわめいてもしらねぇからな!」
そう言って純也は力を入れる。そして驚きの顔へと変わった。
(なっ、動かねぇ…)
「ん〜? どうしたんだい? もっとドーンと来いドーンと! はっはっは」
「てめぇ…」
相変わらず余裕な表情をみせる泰助に純也は苛立ちをみせる。
『純也っ! ボケッとすんじゃねぇ! 動けって言われたろ!』
急に亮が叫んだ。
「なにっ!?」
純也は知らないうちに石塚とダブルチームされていた。
「コーナーにつめろ!」
「了解! はっはっは」
そして純也は苦し紛れに突破しようとする。
ドンッ!
(しまった…、この気持ちわりぃやつ《泰助》の圧力に慣れちまってたから…)
純也は勢いで石塚を吹っ飛ばしていた。
ピィィイッ!
『ファウル青6番!』
『ウワァァァ!』
『ナイス!』
歓声が沸き起こった。
「くそがっ!」
純也はイライラした様子で手をあげた。
「まだ始まったばかりだ。焦るな」
「わかってるよ…」
薫の言葉に返事をする。異様なムードが漂っていた。