No.112 それぞれの想い
「ただいまー」
家に入り私は無意識にそう言っていた。奥の扉が開き、ある人物が姿を現す。
「あら、久留美ちゃん☆合宿は終わったの?」
特徴のある高い声。寝る前だったのか、ピンクの生地のパジャマを着て眠たそうな顔をしている。。 悔しいけど私よりスタイルがいい。
……姉妹なのに。
「うん。色々あってさっき終わったとこ」
「そうなの〜。うっかり明日までだと思って、そろそろ鍵を掛けようかと思ってたわ☆」
お姉ちゃんはベットに入ってから眠るまでのスピードが早い。あと少し家に帰るのが遅れていたら……。
そんなことを考えていたとき、お姉ちゃんが急に私の顔を覗きこんだ。
「久留美ちゃん……なにかあったの?」
少し腫れた頬を見て、真剣な顔で問いつめてくる。私はすぐに誤魔化した。
「あはは…さっきよそ見して歩いてたら電柱にぶつかっちゃって!」
「……そう。昔っからドジなんだから〜この子は☆」
お姉ちゃんはそう言って近付けていた顔を私から離した。
アナタだけには言われたくない言葉だわ!
そして今度は意地悪そうな顔になる。
「あら〜? 反対側のほっぺも赤いわよ〜?」
「そ、それは…え〜と…」
お姉ちゃんは「クスクス」と笑った。
「遅刻しないように早くお風呂に入って寝るのよ〜☆」
「お姉ちゃんもねっ!」
「あらぁ意地悪ぅ」
お姉ちゃんは口を尖らせたあと、私に背を向けて部屋に移動する。
そんなに赤いかなぁ…。
私は頬に手を当てた。
私ったらなにやってんだろ…大会が近いのに! あ〜もぅ!
考えてもきりがないのでお風呂に向かった。
――――――
――――
――
***
「行ってきや〜っす」
『気を付けて行くのよ〜』
そう言って玄関から出ると、後ろから母さんの声が聞こえた。俺はそのまま家を出る。
「あら、今日も早いじゃない」
そしていつものように久留美が家の前に立っていた。
「お、おう。なんか朝になると目が覚めちまうんだよな。慣れって怖ぇ…」
「いいことじゃないの」
久留美は口に手を当てながら軽く笑った。
…あれ? なんか変だな。
「ま、まぁ朝練に遅れると薫がうるせぇから行こうぜ」
「そうね」
そして俺たちはいつもの道を歩き出した。どうでもいいような世間話をしながら歩いてゆく。
…なんかおかしいぞ。
…妙に大人っぽい気がする。
俺は違和感を感じて久留美に問掛ける。
「なぁ、お前本当に久留美か?」
その言葉を聞いた久留美は呆れた表情になった。
「はぁ〜? ジュン……昨日頭叩かれておかしくなったんじゃない? 病院行く?」
いつもの久留美だった。なんだか急に安心したような気がする。
「いや、なんでもね〜よ」
そしてまた歩き出した。再びどうでもいいような話が始まり、やがて昨日の話題になった。
「昨日は長かったなぁ」
「……そうね」
「アイツら沖さんに解散させられて…ププッ…だっせぇ」
「………うん」
久留美が次第に喋らなくなってきた。不思議に思い横を見る。
「ん? どうした顔を赤くして。風邪か? ばっかだなぁ俺に言ったくせ――」
「違うわよ! 馬鹿なこと言ってないで急ぐわよ」
久留美の歩くスピードがあがった。変なヤツだな。
歩いて十五分くらいの距離なので、すぐに学校にたどり着いた。久留美が裏門な前で立ち止まり、こちらを見ながら言った。
「えーっと……昨日は…色々と……あったけど……ゴニョゴニョ」
途中から何を言っているのかわからなくなった。それに気づいた久留美は「あーもう!」と言ってから咳払いをする。
「明日から三日間、いよいよ本番だね! 私もマネージャーとして出来ることは全部やるから、ジュンも頑張って!」
「まかせろって。俺もカズとの約束もあるしな。負けるわけにはいかねぇよ」
「そっか」
久留美がそう言って笑顔を見せる。
なんだ、わざわざそんなことが言いたかったのか。
そして俺たちは体育館に入った。
今日もいつものように練習が始まる。試合前、ということもあり、疲れを残さない程度だった。
やがて一日のメニューが終わり、部員たちはそれぞれの想いを胸に家へと帰る。
運命の三日間が始まろうとしていた。