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春の赤 と 冬の白銀  作者: よづは
9/26

語り部は語り狂い、役者は彼に導かれ舞台から降りた




 今日は曇り空だった。

 何故か昨日と同じように目が覚めた。

 早い目に目が覚めたのだから少しこった朝飯を作った。春樹は、また『何事』な顔をしていた。まあ、今度はサッカーボールキックは喰らわなかったが。

 今朝もまた、春樹はねむたそうな顔をしていたので今度は昨日のサッカーボールキックがどれだけ強烈で、どれだけ痛かったかをマシンガントークで語った。

 春樹は、黙々と朝飯を食うとさっさと寝室へと行って制服に着替えていた。

 つまり、相手にすらされなかった。





 俺の家には折り畳み傘が一本あるだけだった。だが、それを春樹は知らない。だから、俺はこの家唯一の傘を春樹に渡した。春樹は少し迷ったが受け取った。

 傘を、鞄に納めるのをきちんと見た後。俺と春樹は学校へと向かった。



 学校前の坂はかなり急だ。ここでは、幽霊が稀に見られるらしい。

 坂を上る明らかに学校関係者ではない人物は全員そういう類のものだという。だから、生徒手帳にも奇妙な事に【学校前の坂道で出会った知らない人には声をかけない。】と言う校則がある。

 実際にこの学校の人間は全員守っている。何故か、見かけるのは明らかに怪しい人間だからだ。生死は関係なく。

 

 まあ、俺がそんな事を知っている理由は一つ。


 現在俺の右側に居る害虫の所為だ。

 短い、ボサボサの茶髪。能天気な性格、ハッキリ言ってウザイ。

 小学生のときに俺を尊敬しているとか言って子分になった。だから、こいつは春樹と同じだけの幼馴染と言うことになる。必然的に春樹とも。


 右側で、何かをしゃべり続けている茶髪男は石井イシイ 直樹ナオキ。昔から、何故か情報に耳聡い。何かを聞くならば直樹はもってこいだが。どうやってその情報を手に入れているかは基本トップシークレット。

 その情報網を買われて現在新聞部の部長を務めている。今は、橘と石川に関するインタビューがしたいらしい。

 俺は今日出会って真っ先に追われて全力で逃げたが、春樹が逃げ損ねたので諦めた。何を聞きたいのか、それすらも秘密だと言い張ってくる。直樹は何を考えているのかわからない。

 直樹は橘と石川の事件の情報を事細やかに話している。

 現場に居た人間にしか、解りそうも無い事。本人を知らなければ解りそうも無い情報までも持っていた。


「で、石川 奈緒だと判明できたのは彼女は生まれたときから指が一本足りないことから。死体の状態を見てもどう見ても他殺。だけど、彼女を知るのは橘 弥生の両親とその恋人だけ、その中の誰かが犯人。てのが一番、簡単で解りやすいけど……」

 直樹は俺をちらりと見て、大仰に首を振る。

「ま、そんな事は無いかな?」

 春樹とも同級生でもあって、俺がどれだけ春樹を思っているか直樹は良く知っている。情報通であるが故に常人以上にも俺が春樹にどれほど甘いのかをそれは分厚い本が一冊出来そうななほどに。

 だからだろう、遠まわしに『もしかして春樹が犯人?』発言を否定したのは。

 俺は左側に居る春樹を見る。春樹は、そんなに身長が無いわけではない。俺とは3cmの差だ。どちらが上か? それは勿論、俺だ。だが、そうは見えないらしい。

 直樹は、俺が春樹の方を向いているのに気が付いて、わざわざその小さい身長を無理に伸ばして俺の頭をひっ掴み自分の方へと向ける。そして、何処か呆れたような顔をする。


「昨日、お前がサボったろ? そん時春樹に色々聞いたんだけど、なっかなか答えてくれねーのよ。だから昨日は諦めた。今日は西ニシ 泰祐タイスケくん? 答えてもらうよ?」


 直樹が俺の頭を放したのを良いことに直樹の言葉を無視して、俺は再び春樹を見る。春樹は、直樹を見ていた。

 何かを考えて、何かを知りたいと思っている。そんな顔だった。


 直樹は、『あの日』。俺の家に飛び込んできた男の子だった。

 直樹は『あの日』を知っている。だが、春樹の事を知らない。記憶の改善。それは深く会話しないと、わからないことだった。俺は、春樹が何かを聞いて『あの日』を思い出さないように話しかけようとした。だが、


「直樹…? 弥生のことは―――。」

 遅かった。春樹は弥生の事を聞いていた。だが、それは弥生の事をもっと知りたいということではなく。ただ、何処まで弥生の事を知っているか。それを知りたいようだった。

 春樹の言葉に、『春樹はショックで口を聞けない』事を知っていた直樹は少し感動したかのように煌いた瞳を春樹へと向けた。

「あっ、嗚呼、『弥生』ね。【橘 弥生】誕生日、血液型とかのプロフィールは良く知っているだろうから省いて。【タチバナ カタシ】と【タチバナ 恵理エリ】との間に生まれる。一人っ子、二人は中々娘の弥生には甘かったそうで、親族にも可愛がってもらっていて、かなり穏やかで優しい子に育った。特に障害とかは無し。目も悪くない、それでいて可愛い。あんまり、情報が無かったからこれだけ。役には立ったか?」

 直樹が話している間に、何時の間にか下駄箱に着いていた。春樹は、直樹が話を締めくくったのを聞いて、静かに頷いた。

 俺は、言い様の無い不安が心を支配するのがわかった。何が、なんていえるはずが無い。解っていても、認めたくないのだ。


 だが、春樹が教室へ行こうと促すのを見て、俺はそんな不安。忘れていた。



「だからなー、外部犯だったら一体誰が二人を殺すんだ? よりによって二人には関係性を多く持っている。一つ、親友だった。一つ、この学校の生徒だった。一つ、この学校で人気者だった。一つ、想い人が、同じだった。」

 懲りずにも、昼休み。そんな事を話している直樹を俺は―――――、

 

  力一杯殴った。


 一体、最後の情報は何処から来たのだろうか。

 直樹は殴られた時の勢いで倒れたまま、殴られた事と殴られて痛かったことに腹を立てて、俺を睨み、叫んでいる。だが、直樹の叫びは一つたりとも俺の耳には入ってこなかった。

 時々、直樹の無神経さに感心する。直樹は、俺に勝る無神経だった。


「直樹、結局お前は春樹が犯人だといいたいのか?」


 場の空気を凍らせるほどの低い声。その声で放たれた俺の言葉に、直樹は固まる。

 俺を怒らせると恐ろしい事を直樹は良く知っている。だからなのか、それとも単純に出された声に怯え、固まってしまったのか。一度、俺が怒ったことのある人間はこの声を聞くだけで身動きをしなくなる。まるで母親の言葉のようだと、無意識に思ってしまう。

 昼休み、中庭には何人もの生徒はいた。だが、俺の行為と声で誰一人として身動きも、声を出す事すらしなかった。いや、春樹だけ論外だった。春樹は俺の後ろで紙パックのジュースを飲んでいるのが解る。俺が、春樹に怒ることがないとわかっているからだろうか。

 ともかく、直樹は目線を泳がせて恐る恐ると言ったように口を開く。


「春樹が、近くに居るから……一応言っただけ…」

 

 直樹は、そう言った。だが、もう一つの問題に気付いていない。もう一つ、直樹は致命的な発言をしていた。

 俺は、倒れたままの直樹の前に立って直樹を見下ろす。直樹からは、俺は壁のように見えるだろう。そのための位置だ、相手を威圧される為の行為。俺は静かに言う。


「何時、橘が【殺された】んだ―――?」

 俺の発言に、直樹は慌てる。だが、【何時死んだのか】と聞かれたと勘違いしたらしい。制服を探って何を捜している。

 橘の両親に聞いた。春樹は、自分が【弥生を殺した】といっていたらしい。だから、俺は今の発言が春樹を再び絶望のどん底に突き落とすのではないのかと、不安だったのだ。


「えっと、橘は午後…」


「違う!」


 俺の叫び声に、廊下の窓から他の生徒が顔を出す。皆、何をしているのか興味があるようだ。そんなもの、気にせずに俺は続ける。


「橘は、【事故】にあったんだ――っ! 誰もっ、橘を【殺して】なんて居ない―――――っ!!!!!!」

 俺の言葉に、ようやく直樹は間違いに気付いたようだった。

 既に、全校集会で言われていた【橘の死】は、今の騒ぎの潤滑油になっていた。すぐさま噂は捻じ曲がって広がった。


【春樹が二人を殺した】と。


 早々に、その噂を知る人間が春樹にちょっかいをかけた。だが、ほとんど口を利かない。いや、口を聞けない人間を弄っても何の面白みも無いらしく、周りで勝手な噂をしていた。俺は、そんな連中を精一杯追い払った。だが、そういった輩に限ってしつこく、そして異様な数だったのだ。








 たった一日、それも半日。それだけで、春樹は疲れきっていた。



 授業も終わり、放課後になった。部活は、春樹が落ち着いてからで良いと言う。俺と春樹は暇をもてあました。その為、俺は少し強引に春樹を街へと連れ出した。

 気分転換のためだった。



 春樹は、ほとんど一人では街へ来たことが無かった。俺はそれを聞いてゲーセン、デパートのイベントなど様々なところへと春樹を連れまわした。

 春樹は回るごとに疲れていっているようだったが、疲れすらも忘れるほど楽しんでもいるようだった。


 俺は春樹を一度通りのベンチへと座らせて、ワゴンのアイスを買いに行った。

 街は既に街灯を照らし、太陽は街の端へと沈んでいた。背の高い建物ばかりで太陽の姿は既に見えないが、どの位置にあり大体の時間帯はわかった。俺は空を見て、順番を待った。もう、何を頼むかなんて解りきっているためにメニューを見る必要は無い。


「次のお客様ー、」

 店員の声に俺は意識を戻す。どうやら意識が空に向いている間に案外早く列が進んだようだ。俺は、レモンシャーベットとチョコミントをコーンで頼む。

「五百八十円です。」

 俺は用意していた五百円玉と百円玉をそれぞれ一枚ずつ、長方形の器に落とす。おつりは二十円。それを受け取り、暫くして渡されたアイスを二つ、両手に持って春樹の元へと急ぐ。

 春樹は、待たせているはずの通りの木下のベンチには居なかった。俺は辺りを見回す。何を捜しているなんて、そんなのも、決まっている。


 もしかすると、そんな思いが脳裏を過ぎる。だがそれよりも今、思考を凌駕する恐怖に駆られ、春樹を必死で探していた。そして、辺りを見回す視界に、それは映った。



 暗い、闇の影の中に、

 それは、『赤』はあった。

 馴染み深くとも、一番出会いたくない色彩に―――、俺は、自然に歩を進めた。



 そこはビルとビルの間、狭いとも広いとも言える路地。そこの行き止まりに身体を向ける、冬哉。


 …これがもし冬哉で無かったなら、何なのだろうか。明らかに異常な『赤』を髪色に持ち、闇色と言う名のふさわしい衣服を身に纏う、微かに見える頬は病的なまでに白い。

「とう、や…?」

 少し躊躇ったが、俺は声をかけた。俺の声に、冬哉は振り返る。

 そして、見せるのはやはり――――皮肉な笑み。

 まるで口が裂けているよう。三日月のよう。そんな笑みを浮かべる、これは――


「冬哉。」

 今度は、確信を持って名を呼ぶ。冬哉は微笑う。その笑みに俺は苛立ちと不安を込めて、告げた。


「あの手紙は―――何のつもりだ……」

 聞きたかったことの一つ。一体、昨日の手紙はどちらに宛てた物なのか。そして、冬哉は何処まで知っているのか―――。

 俺の問いに冬哉はのんびりと答える。時間が、非常に遅く感じた。


「手紙――、あれは、そのままだよ…? 君は、何をしているのか。と、聞いたんだ。」


 冬哉の言葉に安堵する自分が居た。『春樹宛でなくて良かった』、『春樹が俺の家に居る事を知られなくて良かった』、『何をしているか、わかっていなくて良かった』と。

 冬哉は、微かな俺の表情の変化を読んだのか。今度は無感動な、無表情な顔を向ける。


「そうか、また余計な事をするのか…? 春樹を、絶望させるような…」


 冬哉は、またそんな事を言う。『あの日』、春樹が帰ってくる前の春樹の家で。言った言葉と同じ事を冬哉は言う。

 俺はそれを否定出来ない。俺は、二度。冬哉にとって、『余計なこと』とした。



 一度目の『余計なこと』は、それをしなかったなら春樹が『あの日』に絶望しなかったかも知れない。

 二度目の『余計なこと』は、それをしなかったなら春樹が『あの日』の記憶を改善する事など、無かったのかもしれない。



 冬哉は、二度目の『余計なこと』が一番気に入らないのだ。『あの日』はまだ良かった、春樹は冬哉の事を覚えていたのだから。

 次の日から、春樹は冬哉を忘れた。

 冬哉が『あの日』、側に居た事は知ってる。だが、冬哉が春樹にとってなんだったのか。それを春樹は忘れていた。

 これほど、残酷な事があるだろうか。冬哉は、異常なほどに春樹を慈しんでいた。なのに、春樹と変わらないくらいに慈しんだ。俺に、大切な春樹から自分の存在を消されてしまったのだ。


 それを知った時、一体。冬哉は何を思ったのだろうか。



「……春樹を、救う。もう一度、『あの日』と同じように…!」


 その冬哉の言葉は俺に全てを思い返させる。俺には秘密が多すぎる。俺は隠していてはいけないような、大切な。そう、【犯罪】とも関係のある。とても大切な事。


 アイスで両手の塞がっている俺は、『あの日』の事を思い返していた。だから、行動が遅かった。いや、気付くのが遅かった。


 気付けば冬哉は直ぐ目の前に居た。そして―――、手袋の嵌めた手を……首に――…


 まるで昨日の夢だと思った。

 あの夢は夢でしかなかった。これがあると思うと、身体はその通りに反応するらしい。

 催眠術で、ただの箸を火鉢だと思わせると触れたところには火ぶくれが出来るという。それと、同じ事だった。


 アイスを放すつもりの無い俺の手はそのままだった。冬哉は、俺を壁際に寄せて全力で絞めてきた。

 圧迫感、それによる苦しみ。もう既に一度経験しているからか、慌てなかった。

 いや、もしかすると。俺はもう諦めているからかもしれない。覚悟を決めて、『真実』を隠して、そして春樹と共に居たのだから。



 酸欠で、苦しくなる。

「――っ、ぁ――!」

 どうしても、口が開き声が出るらしい。これは反射的な行動なのだろう。眼球が飛び出るような気がした。鼻血が、出るような。


 力が抜け、両手からアイスが落ちる―――。




(……アイス…)


 一線を越えたかのように、少し俺の身体は軽くなった気がした。途端に静かな気持ちになる。地面に落ちるアイスを見た。


(チョコミント、春樹のなのに……)

 もったいない。そう思って、チョコミントのほうへ手を伸ばす。冬哉は、気付いていない。


 その目は血走っていて、必死だった。



(……冬哉は、童顔なんだな……)

 俺の記憶が正しければ、冬哉は今年二十八になるところだ。だが、今の春樹にそっくりだった。



 暫くして、視界が霞んできた。俺の両手は最初から横に垂れていた。冬哉は、無抵抗のおれを如何思うのだろうか。

 だが、明らかに理性を失っているようなその眼に答えは見出せない。



 





 意識を手放す寸前に、冬哉の赤い髪が、白っぽく輝いた。





 そういうことか。


 冬哉は―――…





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