彼の知らない即興は舞台の脇で進み
『泰祐?』
いきなり黙った事に母親が不思議に思ったらしい。俺は慌てて答える。
「ッん?なニッ!」
何故か必要以上に慌ててしまったらしく。声が裏返った。母親はそれには何の質問もしなかった。多分、解っているのだろう。母親は、俺にまた問いかけてきた。
『お母さんに、何贈ったの。』
これは、俺に対する『質問』ではない。俺に対する『詰問』だ。
「あの人は?」
『【真実】』
俺は父親はなんと言ったのか。そう問いかけた。俺は、車の中で最後に何故か敬語で『【真実】だ。』と答えた。それもちゃんと母親に伝わっていたらしい。
「嗚呼、確かに、【真実】だよ。」
俺の母親はこの程度で引く人間じゃない。多分直ぐに返してくるのだろう。俺に白状させる言葉を。
『嘘をつくんじゃない!』
何時聞いても、この怒声には慣れない。体が自然に振るえ、体の芯に衝撃が走る。それで、別の人間ならば簡単に隠せるところを言ってしまう。そんな勢いがあった。いや、威圧感。どの母親も必ず持っている。母親特有の威圧感を、この人はよく使う。
だけど、俺は春樹に関することは親を退けるほどの強さを持つ。
「いや、確かに本当の事だ。俺はばあちゃん家に【真実】を送った。春樹の為にね。」
『また、春樹なの!?』
母親は解っているとはいえ、自分以外である他人を優先しすぎていると言うのだろう。昔、そう言って怒られた事が在る。だが、やはりそのときも俺は折れなかった。
『春樹君が大切なのはわかってる。だけど、』
「春樹だけじゃない。【真実】は、春樹が知れば春樹が壊れる。それに、今は、まだ、他人に知られていても不味いんだ。」
俺の言葉に放ちかけていた言葉を母親は飲み込んだ。母親は近くにいるわけではない。俺の側に居て入ってくる情報も、母親は手に入れることが出来ない。だから、祖母から聞くのだ。
それに、母親は春樹が【忘れている】事を知らない。火葬場での弥生の親族のように春樹を扱っていた。
腫れ物に触るように、春樹を扱い。『あの日』の事を口にしなかった。何時しか、『あの日』を知ってる人間は『あの日』を禁句とした。春樹が、大切な事を全て忘れ都合のよい記憶に改善している事は、俺しか知らなかった。
『【真実】は、お母さんの所へ行けばわかるのかしら。』
母親はそんな事を聞く。俺は静かに、言った。
「出来れば、ばあちゃんから電話があるまで行かないで…母さん。そうしたら母さんや父さんも大丈夫だから……」
『大丈夫って、な』
チンッ、
俺は、母親が質問するのを解ってそんな事を言った。そして、強引に電話を切った。母親もこんな事を昔したらしい。『何か、守って欲しい事があったなら、強引に行動した。』そう聞いている。
「ははははっ……」
俺は笑う。考えていて、情けなくなっていた。
「おれ、二人のこと」
聞いたこと以外で、何も知らない――――
本人から聞いたことなんて、一度も無い。それが、普通だと思っていたから、悲しくも無かった。だけど。
「さみしい――――」
春樹以外に俺自身が聞いて【本当】だったモノを知らない……