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春の赤 と 冬の白銀  作者: よづは
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照明を浴びた役者は舞台に慄く



 暗い。


 光があった、カーテンの向こうから差し込むものか。微かに、光が部屋に広がっている。

 だが、その光は決して太陽からのものではなく。無機質な、照らし出すだけの物。街灯からの光だった。


 その光の中、目を閉じるのは俺自身。

 眠っている、恐らく眠っている。だが、俺は見えているかのように部屋がどんな状態なのかがわかった。


 これは、夢なのだろうか。


 決して、身動き一つしない。いや、出来ない。それでも俺は俺の居るベッドから見える範囲ならば目を開かずとも解った。

 この部屋は――、形容する色彩があるのなら、まさに白だろう。

 飾るつもりがないため、一番楽で安いなのは白いカーテンだったと言うだけなのだが、その所為で何処か清楚な雰囲気になってしまっている寝室。


 別に、安い白のカーテンを選んだのは金がないわけではない。

 唸るほど金を持っている二人に頼めば幾らでも金は手に入る。だが、使う気がない。

 幾ら手に入ると言っても、それをやすやすと使えばそれが当然の事となり、使えない者の気持ちは解らないと。そう思ったから、俺は小学生の時から渡される小遣い以外、遣ったことがない。

 部屋の三分の一を占めるのは木製のベッド。その上にはふかふかとした布団。ベッドと布団は祖母が一人暮らしの祝いに買ってくれたのだ。その頭元には備え付けに見せかけた後付のスタンドと棚。設計したのは春樹だが、製作したのは俺だ。ちなみに、同じ物が春樹の寝室にもある。

 男三人がギリギリ川の字で寝る事が出来る広さの部屋だった。

 ちなみに、春樹が学校に通えてこのマンションに住んでいられるのは俺の両親が春樹を引き取ったからだ。


 ベッドの横、床には――その春樹が寝ているはずだ。

 結局、春樹は俺から離れずに俺の家に住む事になった。学校には、春樹が落ち着くまで出ないつもりだったが。春樹と一緒に休むつもりの俺の出席日数を心配したのか、明日は行くと意思表示をした。

 まだ、春樹は【西】と言う俺の苗字しか口にしない。

 俺の家は、二十七階建てのマンションだ。はっきり言えば、このマンションは背が高い内装がそれなりに綺麗なだけで大したことはない。学校と駅からも少し遠く、町へもほんの暫く歩かなくてはいけない、立派だが立地条件の悪いマンションだった。

 二十三階に俺の家、その三階上の二十六階に春樹の家がある。春樹は、天涯孤独の身の上で。本当の【一人暮らし】をしている。俺は、祖母を通じて両親からの仕送りで生活しており、かなり春樹に比べると楽だった。




 何かが、動く気配がして俺は気配の方へと意識を集中させる。

 そこは春樹が寝ているはずの床の横の部分。何かを何かが覗き込む形で『それ』は存在していた。


 『それ』は、正しく求めた。捜していた『赤』。


 憎むべき、そして尊敬するべき『赤』だった。


 『赤』はどうやら春樹を見ているようだった。

 どうやって入ったのか、そんなこと気にする必要はなかった。だって、これは夢なのだから


 俺は『赤』が春樹に何もしないことを祈った。その祈りが届いたのか、『赤』は春樹から離れ、立ち上がる。そして俺の元へと、歩み寄る。


ギィ、


 床の軋む音が、まるで現実と同じだった。俺のベッドの枕もとの床は何故か軋む。この音とそれは同じだった。


 目の前に、はらりと落ちる。絹のように細くしなやかな、『赤』の色彩を持つ髪――――。


「中谷……冬哉――――」

 俺のまるで条件反射のような呟きに、『赤』の男は口笛を吹く。

「覚えていたのか? 西ニシ 泰祐タイスケくん…?」

 俺は目を開く事もなく、部屋の様子を理解する。俺自身が驚いていることに、『赤』を持つ男、冬哉は驚きはしなかった。むしろ当然だとでも言うように口にする。


「解っていて、当然だ。そうしてあるからな。いや、そうしているこそが当然だ。かな?」

 冬哉は、俺の考えを読んだかのように言った。ただ、それは呟いただけだったのかもしれない。違和感なく、俺が答えた事に俺が何かの違和感を覚えた事を推理しただけなのかも知れない。

 理由が、何であろうが。俺が、俺自身が『読んだ』と思ったのなら、それは俺には『読んだ』ことになる。たとえ、冬哉が『予想』しただけであったとしても、だ。


「あんたは、また――」

「『春樹を不幸にするのか』…か?」

 『赤』の、あの日の記憶の一番新しい言葉―――。


『あんたは、春樹を不幸にするつもりなのかっ!』

 確か、そう言って冬哉に掴み掛かった。冬哉は『子供には理解出来ない』それだけ言って立ち去っていった。

 そうだ、その日から…


「あんたは、何処に居たんだ。」

 あの日から冬哉は消えた。春樹が捜して、俺に頼ってきたから、俺と両親が。そして周りの人間、警察までもが冬哉を捜していた。だが、見つからなかった。そんな人間が今更ひょっこりと姿を現せて、一体何をするつもりなのか。解ったものではない。

 冬哉は笑うと、俺の額に指を付けて言った。

「『記憶』の中に。」

「お前は宇宙人か?」

 名作の名台詞を聞いている気分だった。だが、この男が言うとまた違って聞こえる気がする。冬哉は、また微笑う。

「相変わらず硬いな、かけっこで一番。成績、最下位。熱血野郎の泰祐君は…」

 それは俺の小学一年生のときの成績だった。今は平均だが、小学生の時はかなり悪かった。それに比べて、春樹はそれなりに出来た。運動も勉強も、それは俺が春樹と仲良くなるきっかけだった。

「春樹が、どうして出来るのか知りたくてつけまわしたのが始まり…か?」

 俺は冬哉の言葉に頷く。もう、目を瞑っている事を忘れてしまっている。冬哉は懐かしむように言葉をつなげる。

「元々、春樹はコツさえ掴めば大体のことは出来たからな。子供が尊敬するのも解るがな………」

 冬哉は火葬場で見せた口が裂けたような笑みを浮かべる。だが、その茶色い瞳は烈火のように燃え上がる怒りを表していた。

 その『闇』を掻き集めたような服装からあまり解らない体の形が動く。手を持ち上げ、それを見詰める。

 病的なまでに白い肌。その手は長く、大きかった。

「泰祐、お前が居なかったなら。こんな思いは、しなかったんだ…………私も」

 冬哉は手で自分の顔を覆う。その言葉は荒れ狂う思いを押さえ込み、紡いだように聞こえた。いや、まさにそうなのだろう。そして、俺はその言葉の最後に疑問符を浮かべる。

「私『も』…?」

 俺の零れた言葉に、冬哉は顔を上げる。ゆっくり、俺の肩の横に膝を軽く付けると瞳を合わせる様に俺の顔を覗き込む。

「嗚呼、そうだよ。泰祐―――、春樹は。君とあの・・・を対比していた。そして、絶望していたんだ。」

 冬哉は再び立ち上がると、その身に着けた服のポケットから黒い何かを取り出した。それを手に嵌めたところから察するに、手袋のようだ。手袋を嵌めると服を身に着けている部分と同様に闇と同化する。

 身体を曲げて、冬哉は手を伸ばす。何をするのか。それを問う前に手は―――――


   首に。



「君の所為でね。」



ギッ、


 それは、冬哉の膝がベッドの端に乗り上げる音。途端に冬哉の両手に、力が入る。

「がっ、!」

 一気に、喉が潰される。苦しいがそれはまだ、酸素が足りなくて苦しいのではない。何かを、押えられて苦しいのだ。表現出来ない、この苦しみ。しばらくして、動かなかった腕が動く。

 俺は腕を、首を締め上げている冬哉の手首へと動かしその手首を掴む。外そうと、必死に引く。いや、押す。が、冬哉の手は外れない。

 益々、冬哉の力は強くなりついには酸欠となる。

「――っ!――ぁっ」

 その様子に冬哉は笑い。そして、呟く。


「春樹を―――、ぉ...


「ああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」




 叫びはベッドの横に居る春樹から。

 その叫びに俺は夢から覚める。反射的に俺は飛び起きて春樹の方を見る。春樹は、荒い息のままでまだ夢を見ている。


「…夢―――――……」

 それは確かに夢で、そして嫌に生々しかった。まるで、現実のような感覚……、――っ!


 自然に動かした手の伝わった感触は嫌に悪寒を誘う。窪んではなく、膨らんでいた。それは、強く押さえつけられたときに出来る痕。

 指先でなぞり、確かめる。それは確かに手の形。それも、大きく、そして長い手。指先はとても細く、肉付きを疑うようなそんな痕。


「居たのか――?!」

 春樹を起こさぬように声を潜めて、それでも荒立てて俺は言った。春樹は、息を落ち着かせて穏やかに眠っている。そんな春樹の様子に俺は落ち着き、一度ベッドから出る。そっと、足を伸ばして床が軋まぬように。


 夢とあまり変わらない。薄暗さ、照らすのはカーテンから差し込む街灯の光ばかり。

 俺は、あれを夢とすることにした。下手に春樹を心配させたくないからだ。冬哉のことだ、もう既に春樹と接触しているだろう。…春樹は、冬哉の事を忘れている。あの日のことはほとんど解ってない。

 何も知らないままで春樹は過ごした方が良い。真実を抱えるのは、ちゃんと支える事の出来る人間だけが知っていれば良い。


 ベッドとは反対の壁、そこの扉を開けて中に入る。中は寝室と対して変わらない広さだが、実を言うと寝室より少し狭い。それは寝室を挟んで反対の隣にある、浴室などのスペースの為だった。

 ここは俺の勉強机が置いてある。勉強だけをこの部屋に詰め込んだようなそんな室内。だが、そんな部屋の雰囲気はよく目を凝らしてしまえばぶち壊される。


 見てくれだけの勉強部屋。幼い頃からの思い出が連なる場所だった。勿論、幼馴染である春樹との思い出は春樹自身が覚えている思い出よりも多くここにある。知りたくない事知りたい事、全て。

 それだけ考えて、俺は机に伸ばしかけていた手を止める。

「中谷、冬哉…!」

 そう、冬哉だ。冬哉ならば、ここのある思い出など燃やしてしまいたいだろう。

 『あの日』から、確信めいた思いがあった。それは、冬哉は春樹を基準に全て行動していると言うことだった。冬哉のする事で、少なからず春樹が傷付いたことはなかった。


 俺は、机の上のアルバムから棚の上のものまで全て確認する。

 夢だ。夢であるはずだ。だが、あまりにも生々しすぎて、夢か現か、それすらも判別しがたくしてしまっている。

 だけども、冬哉が居る事は確かだった。火葬場で、その姿を見たのだから。



「………ぁ、」

 俺は小さく声を漏らす。それは安堵のあまり出た声だった。何一つ、足りない物はなかった。冬哉は、ここには来なかった。それは、断言して良い。俺は、壁掛けの振り子時計を確認する。祖母が、引っ越し祝いに贈ってくれたものだった。


 短針と長針がお互いを示す。それ言葉にするなら、『四時』だった。この時間なれば、祖母は起きている。俺は何処か懐かしさを感じさせる机の上の黒電話をとる。


ジィー、コッ、ジィー、コッ、


 単調で、それでいて電話をかけようとしているという安心感を持つ音か何度が響く。そして、呼び出し音。


 長い間、鳴っていたと思う。カチャッ、と言う音が鳴り呼吸音が聞こえる。


『もしもし?』

 しわがれた、それでも元気のある声に俺は反射的に言葉を放つ。

「こちら、泰祐。そちらの様子は。どうぞ。」

 祖母と一緒に見た映画にあった場面。祖母と電話するたびにそれを使っていた、今も無意識で口から出ていた。

『泰祐かい? あんた、友達が死んだそうじゃないか。ええ? それでそんな調子ってどうなんだい。』

 少し叱る様な、それでいて安堵したかのような声に俺は苦笑する。

「まあ、そういわない。春樹の方が……大変だから」

『嗚呼…』

 ある程度、知らせはあったようだ。祖母は春樹を知っている。休みのたびに祖母の家に上がりこんで春樹と遊んだ。祖母が孫の友人を気遣って何かを振舞うと、春樹は毎回何かを手伝っていた。とても、根の良い奴で年上にも評判が良かった。

 春樹が、彼女を作った。そんな知らせをしたのも俺で、その時はまるで初孫を喜ぶように電話越しに興奮しているのが解った。確か『赤飯の用意を!』なんて言っていた。

 祖母は暫くすると、質問してきた。

『こんな時間になんだい。急用かい?』

 俺は溜息をついて、そして―――微笑って言う。

「嗚呼、大切な用だよ。」


 俺は少し覚悟する。きっと、冬哉は石川を殺した。そして、そんな中俺の前に現れた。冬哉は、俺を春樹を不幸にする者として排除する気だろう。


 だけど、真実は何処かで取っておきたい。春樹が何時かは知るかもしれない真実を、今度は俺の手で穏やかに知らせたい。もし知らせるなら、『あの日』のようにではなく。春樹が受け入れられるように、虚像から引き戻したい。



「ごめん、わがままかな」

 俺は祖母に一通り伝えると、伝えながら考えていた俺自身の望みと祖母への質問としてそんな言葉を口にした。

 俺から、質問の答えは来るはずはなく。ただ、祖母の言葉を待っていた。

『…………泰祐』

 受話器越しに呼ばれた名前は、まるで夏の日の記憶。昔話を始めるときに俺を呼ぶのと同じ調子。

『お前がわがままなのはいつものことさ。』

 祖母の言葉に俺は苦笑する。この人と話すと俺は苦笑ばかりだ。


『だけど、お前の我儘は何時も【春樹】ばかり。おまえ自身が言ったわがままなんてないだろう?』

 何時から、気付いていたのか。伝えてない物も多いが俺の言った幼い我儘は春樹の為だった。縄跳び、ゲーム、釣竿、竹とんぼ、いろんな物をねだった。それらは全て、春樹と遊ぶ為のもの。


『お前のわがままを一つ言っておくれ。それで、私を困らせておくれよ…?』


 祖母の優しい、祖母からのわがまま。俺は、何処か物分りが良かった。だから祖母を困らせたくなかった。だけど、春樹の為とねだったときは祖母は笑ってくれた。それを今、思い出す。

「ばあちゃん、俺は何時もわがままだよ。春樹に、幸せになって欲しいんだ。全てを知った上で―――」


 虚像の中ではなく、真実の中で幸せになって欲しかった。だけど、俺は傷つけてばかり。俺の手で、幸せな人生を送って欲しい。


 それが、俺の償いだとしても――――


「俺の手で、幸せを贈りたい。絶望へ落としてしまった。その償いで……。わがままだろう…?」



 無言で俺の言葉を聞いていた祖母は、小さく溜息をつくと仕方ないねぇと言った。


『お前が馬鹿なのは百も承知だけど、ここまでとはね。』

「……ばあちゃん、」

 ん? そういう祖母に俺は一言かける。


「さよなら」



『………早死にする馬鹿だね』



 電話は、もうつながっていなかった。


 何時の間にか頬をぬらしていた雫を、袖で拭うと俺は立ち上がり計画を実行していた。



「ばあちゃんへの。最後のわがままだ。」


 きっと、話すのは。

 これで最後だから――――――。





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