狂わせた舞台の筋書きを語る彼は声を亡くした語り部を捨てた
「石井…、お前が居なかったなら、春樹は私を忘れてなんて居なかった……」
何処か悲しげで、冷たい声が俺の鼓膜を振るわせる。目の前に立つ、『冬哉』は春樹だった。三人の……―――、自分の恋人と恋人の親友と、親友を殺したのは、春樹だった。春樹自身だった。
『冬哉』、春樹は真っ赤な鬘を被っている。恐らく、自分を『冬哉』だと思い込んでいるのだろう。
「何で、そんな格好をしているんだ。」
俺は少しは覚悟していたのか簡単に言葉が出てきた。俺の言葉に『冬哉』は解らないとでも言うように首を傾げるが、『冬哉』は全てを解っているのかそれとも、春樹が無意識で理解していたのか、口を開く。
「冥土の土産に、教えてやる」
何処か古い言葉。冬哉の使う言葉は何処か古かった、それは『冬哉』も同じだった様だ。俺は身構え、全てを聞こうとする。『冬哉』は一歩、俺に近づく。
「春樹が、母親。『弥生』に虐待されていた事知っているな。」
俺は春樹の母親の名を始めて知った。何故、春樹が女遊びをしながら弥生を好いたのか、解った気がした。俺の表情の微妙な変化に『冬哉』は気付いたようだ。
「さすが、情報通だ。元の姓は『橘』と言う、春樹が弥生と付き合っていたのはそういうことだ。女遊びをしていたのは、母親に愛されなかったから。だが、確かに春樹は『弥生』を愛していた。愛して―――、しまっていた。母親の大きな、そして無償の愛を与えられなかった分、他の女から与えられようとした。そして、その女遊びのときに、石川に出会った。これが、石川を殺した理由の一つだ。他に、弥生の陰湿な虐めをしていたという事もあるがな。そして、母親の虐待の恐怖。それは心の奥底にまで刻み込まれていた。その為に現れたのが私だ。」
つまり、春樹は愛情を求めて女遊びをし。虐待の恐怖から逃れる為に『冬哉』を作り出した。というのか。
そして、石川は弥生に陰湿な虐めをしていた。その上、女遊びのときに出会った春樹にはまり込んでいたのだろう。それが、石川の殺された理由。
『冬哉』は続ける。
「春樹は、私に守られていなければ不安定になる。私、『春樹に扮した冬哉』に――! あの日、ようやく出会えた春樹は私を忘れていた。私は、絶望した。『あの日』には確かに覚えていた。もし、原因があったなら、それは。母親が死んだ事、そしてそれを知らせた。無理やりに理解させた泰祐の所為だ! 無論、『あの日』現場に泰祐を呼び寄せたお前の所為でもある! 私は、私のことを思い出させようともした。だが、春樹は――っ、『 』っ!」
「なっ、!」
「弥生のときはもっと簡単だ。弥生は、見てしまったんだよ。春樹が私を『 』!」
俺は、三人の事件の真相どころか『あの日』から続いていた事件の『真実』を知った。『冬哉』は、手で顔を伏せながらまた俺に近づく。俺は条件反射でそれに合わせて下がってゆく。だが、やはり『冬哉』もその分だけよってくる。
近付いて、遠のいて、近付いての、繰り返し。
暫くして、俺は脚を踏み外した。
冷たい石の感触に頬を撫でる風、踏み外した足が痛かった。
俺は開いていたベランダの段差に足を踏み外していた。『冬哉』は徐々に近付いてくる。
俺がベランダの手摺りにぴったりついたところで、『冬哉』が開いたガラス戸に立ちふさがった。
俺はそれを見て覚悟を決めた――――――。
そして手に持つのは、俺が大切にしている小さな機械。泰祐と春樹には無縁の小さな、それでいて厄介な電子機器。
(泰祐は……、あの時…既に覚悟していたのか…?)
泰祐は、俺なんかよりも春樹と冬哉の事を良く知ってる。たとえ、春樹が『冬哉』であると知らずとも『冬哉』が冬哉と同じなら、泰祐はどんな目に合うのかは解っただろう。
『冬哉』は俺の直ぐ目の前に立つ、そして俺の肩を掴むと持ち上げる。
小柄で、軽い俺は『冬哉』にとっては楽だろう。恐らく、『冬哉』は俺をここから突き落とすつもりだ。
…そうして俺を突き落とした事で、春樹は幸福になれるのか。殺人鬼として、生きていかなくてはならなくなるのではないのか。
だが、俺は全てを悟って何も話さなかった。
『冬哉』は笑っていた。嬉しそうに、三日月のように口をゆがめて。
「………春樹…、お前は――同級生の『橘』を愛していたのか――…?」
突き落とされる寸前、俺は『冬哉』に向かい春樹に言った。『冬哉』は気に入らないように眉を顰めたが、春樹は――――、悲しげに顔を歪ませた。
『『あの日』と同じように、私を殺した―――』
初めから、壊れてしまっていたのは春樹だったのかもしれない。
グシャッ、