暗転した舞台の奈落に隠れた彼らは演じた
私のたった一人の、大切な兄弟。大切な弟。
春樹―――。
どうして春樹だったんだろう。どうして、母親はこんなにも春樹を妬むのだろう。幾ら妬んでも、意味など無いと言うのに。
日に日に傷が増える春樹が、不憫だ。
鬘を被って、私は銀髪になる。母親は―――、気付かない。
「あんたなんかっ、! いっそ真っ黒だったら良かったのよっ!」
その藍色の肌は彼女を狂わせる。この調子だと、春樹すらも狂ってしまう。
どうして、泰祐はあんなに簡単に受け入れてしまったんだ。受け入れて無かったなら、春樹はこの女の事で悩む事など無かった。貶されるのが、当然だと思っていたはずだ。
それはとても悲しい事だが、春樹が壊れてしまうよりは、よっぽど良い。
嫌われたくが無い為に、優しく、賢くなった弟。
不器用だ、と思う。だけど、それが幼い弟なりの精一杯だったのだ。
「とうや……、どうして…?」
私が庇って春樹の身代わりをしていたことに春樹が気付いてしまった。
そして、
泣かれてしまった。
どうすれば良いのだろう。春樹は母親が自分を傷つけることに病んでしまう、私が身代わりになっても同じ……それなら――…
原因を排除すれば良いことだ。
私が誘うといとも簡単に母親は外に出た。遊園地に、行くはずだった。二人で―――。
だが、泰祐が余計な事をした。春樹を、立ち合わせてしまったのだ。春樹が、来なかったなら私はこのまま簡単にこの女を殺して居ただろう。だが、春樹が隣に居た。
私は意を決して女を殺す事にした。
電車が近付き、この女を撥ねに来る。女が春樹の手を握っていた。……どうにか、離さなければ。
私が女の手から春樹の右腕を離させようとした時、女が春樹の手を離した。
私は正直、驚いた。だが、とりあえず女の様子を見ながらまだ構えていた。
電車はかなり近くなる。
もうそろそろ良いか、そう思い。女の背を押そうとした、時だった。
「春樹って、頭皮が透明なのね……ごめんね…」
私の手は―――、母親の背を突いていた。
目の前が、『赤』に染まった。
生まれつき、私の持っていた色彩と、同じ『赤』。母親が、私を大切にした理由、母親が私を喜んだ理由。春樹が―――、私の存在を理解した、象徴―――――っ!
「………冬哉、あかいね」
春樹は、笑っていた。