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春の赤 と 冬の白銀  作者: よづは
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隠されたページを読み上げた語り部は背後の彼を振り返る




「石井、ごめん少しトイレに行ってた。」

 春樹は軽く謝るとリビングに俺を誘う。俺は素直にそれに答え、春樹についていく。

 

 春樹は冷蔵庫からジュースを出すとコップに注ぎ、俺に渡した。そのジュースを口にする。何時の間に乾いていたのか、ジュースは俺の喉を潤す。何故か涙すらも出てきた。


 俺は冷静さを保つ為に学校で聞き損ねた事を適当に聞く。


「春樹、お前告られてただろう。」

 少しからかう様にそういうと、いつもの春樹なら軽く慌てて中々に面白いのだが。


「断った。」

 冷たく返された。あまりにも早く、そして冷たい切り替えしに俺が沈んでいると、春樹の方から言葉をかけてきた。


「石井、お前。この間の噂、鎮火させてくれたんだってな。」

 俺が一言も言っていない、だが『事実』を春樹は口にする。俺は慌てて頷くと、春樹は静かに『有り難う』と言った。

 その言葉に感動に打ち震え、叫びかけたが春樹に睨まれたので萎えた。




 長い、気まずい沈黙が流れる。

 その沈黙の所為で、俺は少し慌てて昔の、『あの日』の今まで避けてきた話題を口にした。


「…そういえば、『冬哉』はまだ見つかってないんだってな。冬哉に続いて泰祐も行方不明か……」

 俺は小さく溜息をつき、のんびりと春樹を見る。すると、春樹は予想だにしない表情をしていた。


 驚いて、いたのだ。



「春、樹…?」

 俺は何故驚いているのか解らなかったからなのか、何処か不安だったからなのか躊躇いがちに声をかけた。すると春樹は問い返してくる。


「【冬哉】……?」

 俺は座っていた椅子から立ち上がる。まさか、覚えていない訳ではないだろう。


「えっ…? 冬哉だよ。『あの日』、居ただろ? お前の兄貴で『あの日』の夜に、行方不明になった―――、真っ白い肌色に真っ赤な髪色の――――。」


 春樹は、全てを驚いた顔で見ている。聞いている。全部が知らないことのように、全てが嘘だったように。

 春樹は小さく言葉を放つ。だけど、この沈黙の中だと十分な大きさだった。


「赤い男…? 『中谷 冬哉』と名乗った、石川を殺した男か―――?」


 春樹の言葉に俺は苦笑いを浮べた。それ以外にどうすれば良いのだ。春樹が―――初めから忘れていたのだ。

 己の人格を構築するための肝心の記憶。しかも、一番大事な『家族』の過去を―――。



「春樹、『あの日』に死んだのはお前の母親だ! 藍色の肌の母親だ。冬哉はお前の兄だ。お前を一番に考えて、お前を大切にしていた。『あの日』に行方不明になった。『あの日』――――っ、! 『初めての遊園地』へ行く途中でお前は母親が死ぬのを見ているんだよ! その犯人として、冬哉が容疑者になっていたことも。知っているんだよ!」



 俺は心のどこかで誰かが止めているのを解っていた。その行為は、決して望ましい事ではないということを――…。ずっと側に居た泰祐はこの事に気が付いていて、それでもなんでもないように気を使っていた。

 出来るだけ、穏やかに『真実』を知る日を迎える為に―――。


 だが、言葉は湯水のように溢れる。


「母親はお前を迫害していた。自分と違って髪色しか、それも銀髪だっただけだったから。だから母親は冬哉だけを愛した。春樹、お前を無かった事にしたんだ。だから、益々冬哉は春樹を大切にした。だから、――っ、だから冬哉は、母親を殺した容疑者になっていたんだ。電車から、踏み切りに突き飛ばした様子が見えたから―――」


 俺の言葉全てを、春樹は生気の無い虚ろな眼で俺を見ながら聞いていた。

 俺は、今さっき気付いた『真実』を春樹に問うた。いや、言った。



「春樹――…、橘を殺したのは――お前だな…」


 春樹は頭を垂れる。だが、俺は続ける。


「お前の寝室奥の部屋に橘の【補聴器】を見つけた。耳に髪を垂らしていたから気付かなかった。誰にも言わなかったから気付かなかった。橘は、あの踏切で補聴器をつけていなかったんだ。」


 春樹は下だけを見詰めて俺の言う事を聞いている。


「踏み切りで春樹、お前は何らかの事を言って橘を納得させた。そして、撥ねられた。石川の時はもっと簡単だ。お前相手ならひょこひょこと付いて行くだろうからな。親族は多分橘の遺体が焼き上がるのを待っていただろうから気付かなかったんだ。鍵は偶然開いていたか、何らかの行為をしたか。泰祐は、もうきっと死んでいるだろう。この間、お前と出かけたときに。お前、多分冬哉になりきっているんだ。あの赤い髪に視界がいって、誰も顔なんて覚えられないだろうから好都合だろう。奥の部屋で、【補聴器】と一緒に真っ赤な鬘を見つけた…………」



 俺の言葉が終わった時、春樹は既に何処にも居なかった。目の前に居たのは、真っ黒なシャツとズボンを履き『赤』い髪をした。冬哉だった。


「石井……お前も――、春樹を不幸にするのか―――?」


 声質すらも、よく似ていた。

 そう、似ている。似ているだけなのだ。これは、『赤』い鬘を被った春樹でしかなかった。





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