止まらない役者の即興、失われた筋書き
『あの日』、冬哉は踏み切りで『女』を殺した。
奇怪な肌色の、女。
冬哉の、春樹の、【母親】を――――。
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昔、あの朝と同じように春樹が怒ったことがある。同じ瞳に、同じ痛み。
あの時は、春樹の制止を聞かずに春樹の家に入った。同じように、春樹に引っ叩かれ、衝撃で地面に倒れた。
唖然と春樹を見詰めると春樹は冷たい瞳のまま俺を見下ろしていた。しばらく玄関でそのままで居ると、家の中から冬哉が出てきた。
上半身裸で青痣、切り傷をそこら中につけて。
冬哉は俺の存在に驚いた顔をしていたが、春樹の様子を見るとたった一言。
「出て行け」
それだけ言った。
流石に何かあると思った俺は、間違った方へと進んだ。強行手段だった。俺は靴を脱いで勝手に家に押し入った。
冬哉が出てきたであろう部屋、微かに開いていた扉に入って、見たのは――。
奇怪な肌色の裸の女だった。
肌は基本、三色だ。だが、その女はどの色にも当てはまらなかった。始めは白いと思った、いや病的なまでに白い冬哉よりもまだ白い。そう思った。だが、青白いなんて物じゃない。いや、そもそも白くなんて無かった。
青かったのだ。
絵の具の青をつけた筆を洗ったときに出る。あの微妙な薄さの色彩。それが、女の肌色だった。
赤い、色彩を掌に持って笑っていた。暗い部屋に黒い髪と青い肌、その掌に赤の――『赤』の糸を持っていた。
「とうや、とうや、真っ赤。真っ白。貴方こそ私の息子よ!」
そう、わめき続けていた。女は、覗いている俺の存在に気付くと声をかけてきた。金色に輝く瞳を向けて。
「あなた、どっちの子?」
俺には『どっち』の意味が解らなかった。暫く考えて、春樹か冬哉か聞いているのかわかった。『どっちの友達か』そう聞いているのだ。俺は迷わず口にした。
「は――っ、!」
筈だった。だが、後ろから口を塞がれてしまって、言葉に出来なかった。白く長い、大きな手。
「私の友人です。母さん。」
冬哉だった。目の前の女、春樹の母親は微笑った。とても優雅で綺麗だった。だが、その青い肌の所為でとても恐ろしい姿に見えた。
冬哉は俺を見ると、まるで何もするなというように強く睨んだ。それに春樹の母親は気付いたように声をかけてきた。
「どうしたの? こわいかお、春樹が何かした?」
俺はその言葉に、怒りに任せて叫びたかった。だが、冬哉が口を塞いだまま俺を持ち上げた所為で何も出来なかった。冬哉は母親に話しかけた。
「いえ、何もしていませんよ。『母さんは疲れているので勝手に入らないように』と言って置いたのに、この子が覗いてしまったものだから……」
冬哉の言葉に、春樹の母親は安心して手を広げていた。どうやら呼んでいる様だ。どっちなのかは解らなかったけれど。
「きみ、こっちにきて。」
俺を呼んでいた。その言葉に反応したのは冬哉のほうだった。冬哉は、俺の耳元で囁いた。下ろされ、春樹の母親の元へ行く。春樹の母親は、俺を抱きしめてくれた。
肌の色は異質だったが、心地よかった。春樹の母親は言った。
「きみ、名前は?」
俺の顔を見た、その顔は優しくて綺麗だった。俺の母親は、何時もこんな事はしてはくれなかったから、穏やかな気持ちで俺は答えた。
「泰祐…」
「そう、泰祐君」
更に俺に微笑みかける、その笑顔に釣られて俺は微笑み返していた。春樹の母親はそれが気に入ったようだ。
「春樹のこと――、どう思う?」
俺はいきなりのこの問いかけに答えることが出来なかった。扉の方を見る。冬哉はまだ俺を睨んでいる。さっき、冬哉が言ったのは『刺激するな』だった。春樹の母親は俺が扉を見ていると思ったようで安心してと言った。
「春樹はその辺で遊んでいるから」
そう、春樹は言っていたらしい。俺は反射的に、嘘を付いた。
「冬哉の友達だから、『春樹』って奴のこと知らない」
その言葉に春樹の母親はあら、と言った顔をした。
嘘だった。たとえ、俺が冬哉の友達でも春樹の事を知らないことなどないのだ。冬哉は春樹を慈しんでいるのだから。
「そう、そうよ。ね。いつか、冬哉が外へ遊びに行こうといってくれているのだけど…泰祐君も来る…?」
俺の短髪の黒髪に手ぐしをかける春樹の母親に自然と言った様子で俺は問い返していた。
「春樹、って奴は?」
「えっ?」
不意を突いた様な、そんな顔に俺は言葉を続けた。
「春樹って奴は来ないの? 冬哉は、優しいからどんな奴でも良いって言うんじゃないの? 俺、春樹のこと。知りたい。」
春樹の母親は、少し困ったような顔をしていた。だが、直ぐに言葉を返してきた。
「春樹ってね。すごくわるい子だよ? みにくいよ? それでも良いの?」
「冬哉のお母さん。春樹、つれていかないつもりだったの?」
また、驚いた顔をする。どうしようもない、女だった。春樹を息子と思っていなかったようだ。俺は、扉の冬哉を見る。少し驚いた顔をしていた。そして、舌打ち―――…
母親は俺に言った。
「だけど、四人も一緒だなんて…」
「じゃあ、俺は遠慮する。春樹って奴を連れて行ってあげて。」
母親は目を見開く、その様子に俺は更に続けた。
「冬哉の母さんみたいな美人の女の人と出かけられる、春樹を幸せ者にしたいから。」
俺はきっと、嬉しそうな顔をしていたと思う。その顔を見た母親は、少し瞼を落として。呟いた。
「……わかった。春樹を幸せものにするよ。」
母親はそれだけ言って俺に微笑む。俺は微笑み返して、部屋から出て行った。
その後、冬哉が『余計な事を』といった。だが、俺にはまだわからなかった。






