「貴方が代わりに嫁げ」と言った王女様と、それを望んだ母は二度とわたくしの前に現れないで下さいませ。
「そう、またお母様はメラウニア王女様の傍にいらっしゃるのね」
レディアーネ・ブラウ公爵令嬢は、メラウニア王女が大嫌いだ。
言い方を控えるのなら、好ましく思っていない。
言い方を過激にするなら、今すぐ死んで。だ。
それ位、メラウニア王女が大嫌いだった。
あの王女は自分の従姉だ。レディアーネ17歳。メラウニア王女18歳である。
母はアラド王族の元王女で、ブラウ公爵家に嫁入りしてきた。
現国王陛下は母の兄である。
王妃はメラウニア王女が生まれてすぐに亡くなってしまって、現在、側妃の間に息子が2人いる状況だ。
歳の近いメラウニア王女。金の髪の青い瞳の彼女はとても美しい。
生まれた時から母がいないメラウニア。だから、メラウニア王女は寂しいのか、よく叔母に当たるブラウ公爵夫人であるレディアーネの母を王宮に呼びつけるようになった。
母も、メラウニア王女を可愛がっており、呼ばれればすぐに王宮に駆けつけて、メラウニア王女の話し相手をしたりして共に過ごしたりしていた。
レディアーネにとっては迷惑以外の何物でもない。
呼ばれればすぐに王宮へ行ってしまう母。
レディアーネのお誕生日会の時も、メラウニア王女が呼んでいると言えば、誕生会の途中でも母は抜け出して王宮に行ってしまう。
どんなに寂しい思いをしたか。
お母様はわたくしの母なのに、あの女が何度も何度も呼びつけて。
我儘放題。母に甘えて。
わたくしはいつも寂しい思いをしてきたわ。
レディアーネは成長するにつれて、メラウニア王女に憎しみを持つようになった。
貴族なら誰しも行く王立学園。
メラウニア王女とは一学年違うので、顔を合わせる事はめったにない。
同じクラスだったら、レディアーネは憎しみを抑えきれず何をするか解らない。
そう思っていた。
だから学年が違って良かったとそう思っていた。
そんなとある日、顔も見たくない女がわざわざ取り巻き達と教室に訪ねてきたのだ。
「ごきげんよう。レディアーネ。貴方にお願いがあってきたの」
「これは王女様。わたくしごときに何のお願いがおありなのでしょう」
嫌な予感しかない。
王女はにこやかに、
「わたくし、今度、隣国へ嫁げと言われていますの。両国の絆を深める為に、向こうのレドル王太子殿下に嫁げと。貴方、代わって貰えないかしら。ほら、貴方のお母様も王家の血を引く王女だったじゃない。だったら、貴方だって王家の血を引いているわ。わたくしの代わりを務められるのは貴方しかいないの。ねぇ。お願い。わたくしの代わりに嫁いでよ」
酷い事を言うものだ。
レディアーネには二年前から、婚約者がいた。
同い年のアレクトス・ハレイド公爵令息である。
ハレイド公爵家の次男で、婿入りする予定だった。
アレクトスは黒髪碧眼の美男で、レディアーネとの関係は良好だ。
とても紳士的でいつもレディアーネを立ててくれる。
隣国のレドル王太子の歳は30歳。王太子妃の女性が3年前に病で亡くなってしまった。現在、側妃は2人いて、子もいる。
レディアーネはメラウニア王女に、
「わたくしはブラウ公爵家を継ぐことも決まっておりますし、婚約者のハレイド公爵令息と婚約もしております。王女様の代わりなんて務まりませんわ」
メラウニア王女はにこやかに笑って、
「わたくしはブラウ公爵夫人と親子のように仲がいいのよ。お母様がいないわたくしの傍でいつも母のようにわたくしに付添ってくれたわ。だから、わたくしがブラウ公爵家を継げばいいと思うの。アレクトスと結婚してね。王家の血を引いているわたくしですもの。ブラウ公爵も公爵夫人も否とは言わないわ」
「それでも、血というものは大切ですわ。わたくしはブラウ公爵家の血を継いでおります。ですからわたくしが正統な公爵家の跡継ぎですわ」
「煩いわね。わたくしがアレクトスと結婚したいのよ。アレクトスはとても美男で素敵じゃない。この国を離れて隣国で歳の離れた王太子の妻になんてなるのは嫌。貴方、譲りなさいよ。わたくしがアレクトスを貰ってあげるわ」
「お話になりません。お断り致します」
頭に来た。
何でわたくしが隣国に嫁がなければならないの?
わたくしはブラウ公爵家を継ぐのよ。それなのに。
家に帰って両親にその話をした。
母ジュリアが、
「ああ、王女様はわたくしと離れるのが寂しいのね。だったら、貴方が隣国へ嫁げばいいじゃない?レディアーネ」
と、とんでもない事を言い出した。
怒ったのは父だ。
「何を馬鹿な事を言っているんだ。ジュリア。我がブラウ公爵家の血をどう思っているんだ?何の血の繋がりもない王女を迎えてどうしろと?私を馬鹿にしているのか?」
母は、父に向かって怒って、
「わたくしは貴方と結婚するのが嫌だったのに、嫁入りしてやったのです。可哀そうなメラウニア様のお気持ちを考えた事があって?」
レディアーネは、母に向かってにこやかに、
「お母様。ブラウ公爵家の事を王家に馬鹿にされたようで、わたくしは嫌です。アレクトス様と結婚し、ブラウ公爵家を継ぐのは、父の血を継ぐ、このわたくしですわ」
「可愛げがないわね。それに比べてメラウニア王女様はなんて可愛らしい。わたくしからも王家に働きかけましょう。メラウニア王女様がアレクトスと婚姻しこの家を継げるように」
母はメラウニア王女の事しか考えていないのだ。
わたくしの事なんて少しも考えてくれないのだわ。
そもそも、母は王族の血を誇りに思っていた。
だから父の事を嫌っていた。
父は確かにブラウ公爵家の血を引いているが、父の母親は市井の娘だったのだ。それを祖父が気に入って妻に迎え、父が生まれた。
祖父は父しか子に恵まれなかった。
だから、母は父を嫌っていたのだ。
市井の下賤な娘から生まれた男。そんな男にわたくしが嫁がなければならないだなんて。
高貴な血のメラウニア王女様がこの家に入れば、下賤な市井の血がなくなっていいじゃない?
それが母の考え方だった。
レディアーネはそんな母の考え方が許せない。
それは父も同様だろう。
父に書斎に呼ばれた。
「我がブラウ公爵家を馬鹿にしおって。父が手に付けた市井の娘、私の母は優秀な女性だった。それを……どうしてくれよう」
「お父様。わたくしはこの家を継ぎたいですわ。アレクトス様と一緒に。ですから、国王陛下に抗議を致しましょう。同じ派閥の貴族達の署名を集めて。よろしいですわね?お父様」
「そうだな。私が抗議をする。我が娘とブラウ公爵家を馬鹿にしすぎている。私に任せておいてくれ」
ブラウ公爵はさっそく同じ派閥の貴族達の署名を集めて、国王陛下に抗議をした。
「メラウニア王女様が我がブラウ公爵家を継ぎたいと言っております。隣国へ嫁ぐのを我が娘レディアーネに代わってくれと。我がブラウ公爵家の血をどう思っておいでです?王女様の我儘を私は受け入れる事はありません。もし、受け入れろと言うのなら、私は剣を持って王家に抗議したいと思います。我が派閥の貴族達も同様の意見です」
国王陛下は頭を抱えた。
「メラウニアは可哀そうな娘なのじゃ。母という者を知らずに育つ所をジュリアが付き添ってくれて。ジュリアと離れたくないのじゃろう。どうじゃ?レディアーネの方がマナーもしっかりしていて、隣国に出しても恥ずかしくない。わしは良い案だと思っておるのじゃがな」
「国王陛下。私の話を聞いておりましたか?聞いていないでしょう。私は断固として、レディアーネを代わりに隣国へ嫁がせる事は反対致します」
国王陛下に署名を提出した。
国王陛下は渋々受け取ったが、明確な返事はしなかった。
父はレディアーネに、
「絶対にお前を隣国に行かせはしないから安心するがいい」
と言ってくれた。
レディアーネは父の言葉がとても嬉しかった。
数日後、父が、思い切った行動に出た。
母を離縁したのだ。
母に向かって、
「そんなにメラウニア王女様がいいのなら、隣国へ嫁ぐメラウニア王女様についていくがいい。離縁の手続きはすんでいる」
母ジュリアは焦ったように、
「何故、わたくしが隣国へ?メラウニア王女様をブラウ公爵家に迎えればよいでしょう」
それを聞いていたレディアーネはきっぱりと、
「お母様。わたくしは家を出る気はありません。どうぞ、メラウニア王女様と共に隣国へ行って下さいませ。王女様も喜ばれることでしょう。大好きな叔母様がいつも一緒にいて下さるのですもの」
「わたくしはこの家の夫人よ。ブラウ公爵夫人よ。わたくしがいなくなったら困るでしょう」
侍女頭が、
「恐れながら。奥様は公爵夫人としてのお仕事をやっておられましたか?お嬢様の誕生会も、貴族達を招くお茶会も。奥様はメラウニア王女様の事ばかり気にしていらしたので、わたくしとお嬢様が相談して準備を行っておりました。公爵夫人として他の家に書く手紙や、家の事も全て。奥様がやってこられたのは着飾って夜会に出席することと、メラウニア王女様に付添われることだけでございます」
ブラウ公爵は頷いて、
「だからお前は出て行って構わない。我が娘レディアーネとブラウ公爵家の血は私が守る事にする。早々に王宮に帰るがいい」
そう言って、母を馬車に押し込めて王宮へ強引に送った。
レディアーネは父に向かって、
「お父様。わたくしを守って下さり有難うございます」
「我が大切な娘だからな。当然だ」
父が頼もしくて、それが嬉しくて。
学園で婚約者のアレクトスが心配して声をかけてきた。
アレクトスは、
「あの我儘王女が隣国への嫁入りを嫌がって、君に押し付けようとしたんだって?そんな事が許されるのなら、貴族達は誰も王家に忠誠を誓わないだろうよ」
「本当に。ブラウ公爵家の血を何だと思っているのかしら。メラウニア王女様にブラウ公爵家の後を継がせたいと。貴方と結婚したいと言っておりましたわ」
「はぁ?私とメラウニア王女様と?あの我儘王女?学年が違ってよかったけれども、先輩方と乗馬する機会があってね。凄い悪口を言っていたよ。自分本位の我儘王女だって」
「そうでしょうね。わたくしの母は父に離縁されて王宮に帰りましたわ」
「ブラウ公爵も我慢の限界だったか」
「ええ、母も、王家の王女様でしたもの。プライドだけが高くて」
そんな話を二人でしていたら、向こうから噂のメラウニア王女がやってきた。
レディアーネの前に立つと、
「貴方、わたくしのお願いを聞いてくれなかったでしょう。どういう事よ。わたくしは王女よ。高貴な血を引いているのよ。そんなわたくしのお願いが聞けないというの。さっさと隣国へ嫁入りしなさいよ。わたくしはアレクトス様と結婚してブラウ公爵家を継ぐのよ」
アレクトスが一言、
「私はメラウニア様と結婚するのは絶対に嫌です。顔を見るのも嫌です。結婚を強要するなら、真っ白な結婚にしたっていい。それに私はレディアーネの事を愛しています」
レディアーネは驚いた。
今まで愛しているだなんて言われた事がない。
彼とは順調に交際を続けてきたけれども。
アレクトスはレディアーネの手を両手で握り締めて、
「ああ、美しき私の女神よ。私の愛の全ては君に捧げている。愛しているよ。レディアーネ」
「ま、まぁ、なんて嬉しい。なんて幸せな」
怒ったのはメラウニア王女である。
「何よ。わたくしの方が美しくて高貴でしょう。王家の血よ。王家の。この女は下賤な血が混じっているのよ。わたくしの方が断然いいでしょう」
アレクトスはちらりとメラウニア王女の顔を見て、
「王家の血が混じっているのはレディアーネも一緒でしょう。それに何よりも、ブラウ公爵家の血を持っているのはレディアーネです。レディアーネが後を継ぐのが当たり前の事。
王女様はそんな事も解らないんですか?子供からやり直した方がよろしいのでは?」
「なんて無礼なっ。わたくしに向かって」
「王女としての役目も果たさない。隣国に嫁いで王太子妃として、我が王国の王族の役目を果たすのが貴方の仕事でしょうに。それを私と結婚したい?ブラウ公爵家を継ぎたい?やはり子供からやり直す方がよろしいかと」
メラウニア王女は烈火のごとく怒りまくって、アレクトスに、
「貴方なんて、誰が結婚するものですか。えええ。こんな男願い下げだわ。お父様に言いつけてやるから」
怒り狂った王女は背を向けて行ってしまった。
レディアーネは嬉しかった。
アレクトスは、
「ブラウ公爵に今日の事を至急話して、対策を練った方がいい」
「そうね。お父様に至急ですわね」
二人は学園を早退して、屋敷にいたブラウ公爵に今日あった出来事を話した。
ブラウ公爵は怒りまくって、
「貴族達を引き連れて、国王陛下に再度抗議をする。王女の横暴を許してはおけん」
派閥の貴族だけでなく、対抗派閥の貴族達も聞きつけて、協力を申し出たので、皆で、再度国王陛下に面会を求めた。
出てきたのは16歳のカイデル王太子殿下と、14歳のミルド第二王子殿下だった。
宰相閣下も付き添っている。
カイデル王太子殿下は集まった貴族達に対して、
「姉上は、隣国の王太子殿下に嫁入りすることは、もはや決定事項だ。皆の者。安心するがいい。父上もそうおっしゃられている」
宰相閣下もにこやかに、
「国王陛下においては、腰痛が悪化してベッドでお休みになっておいでです。ですが、今回の件については誠に申し訳なかったと。ブラウ公爵家の血はブラウ公爵家の血筋の者が継ぐがよいとおっしゃっておいででした。ここに正式な謝罪文がございます」
ブラウ公爵はその文を受け取って、
「確かに、謝罪文を受け取りました。レディアーネが我がブラウ公爵家の後継者という事でよろしいとの事、しかと受け取りました」
他の貴族達も口々に、
「本当に王族の我儘で後継者に割り込まれては」
「困りますな。王女様は教育を誤ったのでしょうかね」
「まぁ今回は謝罪文が出たと言う事で、我らの王家に対する忠誠はこれまで通りで」
宰相閣下も王太子殿下も第二王子殿下も安堵したようだった。
事の次第を屋敷で聞いたレディアーネも、アレクトスも安堵して、
「これで、安心してこの家を継げますわ」
「良かった。あの女と絶対に結婚なんてしたくなかったからな」
本当に、殺したい位、憎い女だった。
でも、隣国に嫁入りすれば二度と顔を見なくてすむわね。
お母様と一緒にどうぞ隣国にさっさと行って下さいませ。
わたくしはこのブラウ公爵家をアレクトス様と盛り上げていきますわ。
レディアーネはその後、アレクトスと無事、結婚した。
元ブラウ公爵夫人は、戻りたいと度々手紙を送って来た。
彼女はメラウニア王女に付き従って隣国へ行ったのだ。
メラウニアは名ばかりの王太子妃で公式の場以外は離宮に閉じ込められて生活しているらしい。
「わたくしは、ブラウ公爵夫人として華やかに生きていくはずだったのに」
と、毎日、泣いているとか。
度々、母から手紙が来る。
レディアーネは母から来た手紙を、そっと暖炉に放り込んだ。
― 母を見捨てるのですか?わたくしは貴方達と暮らしたい。国に帰りたいのです。国王陛下に頼んで、わたくしだけでも帰れるように手配しなさい ―
貴方は母だった事がありますか?わたくしの母らしい事をしましたか?
そう言ってやりたかった。
メラウニア王女の事は憎い。殺したい程に。
だが、もっと憎かったのは自分の母だ。
アレクトスが、肩にそっと手を添えて、
「もう、手紙が来ても君に渡さないようにするか?」
レディアーネは首を振って、
「いえ、あの女の叶わない願いの手紙を捨て続けるのが、このわたくしの復讐ですの。ですから、必ず、わたくしの手に届けて頂戴」
そう、二度と、貴方とは会いたくないわ。お母様。
貴女の願いを叶えない事、それがわたくしの復讐。
手紙を書き続けて下さいな。お母様。
わたくしは何度でもその手紙を捨てますから。
どうか泣きながら、もがいていて下さいね。




