表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥田と田楽 桶狭間 全八章  作者: あっちゅ寝太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

泥田と田楽 桶狭間 第五章

第五章:泥の功名、闇の放逐

◆ 【浮野の決戦:平底船の滑走と一番槍】

 天文二十七年。岩倉城を拠点とする織田信賢のぶかたとの決戦場、浮野うきのの地は、信長にとってまさに試練であった。

 春先からの長雨で、底の見えぬ泥濘でいねいとぬるぬるした湿原が広がる難所は、敵勢にとって「天然の鉄壁」と信じられていた。しかし、その常識を打ち破ったのは、秀吉が操る平底の新造船であった。

 信長軍の兵たちが泥に膝まで沈みながら進む中、秀吉の指示で動く新造船は、滑らかな氷の上を滑走するように、抵抗なく泥海を突き進む。船上には、軽装の兵たちが乗り込み、敵の虚を突く。

「――織田三郎信長が小姓、前田犬千代まえだいぬちよ! 一番槍、頂戴する!」

 新造船の先頭から躍り出た犬千代の咆哮ほうこうが静寂を破り、敵陣へと切り込んでいく。その若き槍働きは、まさに嵐のような鮮烈さで、信長軍に勝利の狼煙のろしを上げた。泥の海でこそ輝く秀吉の「術」と、犬千代の勇猛さが合致した瞬間であった。

◆ 【普請:データベースの再現と石垣の理】

 戦後、信長は秀吉に、新たな難題を突きつけた。

「三日で、敵に破壊された那古野城の石垣を直せ」

 常識では考えられない無茶な命令に、家臣たちが呆れ顔を見せる中、秀吉は迷うことなく請け負った。

 かつて針売りとして諸国を流る中、秀吉はその鋭い眼光で各地の「理」を盗み見ていた。特に国際貿易港・堺では、異国の宣教師や商人たちが持ち込んだ「南蛮船」の構造や、波を切り裂くかいの角度、さらには瀬戸内の海賊たちが狭い岩礁を抜けるための「機動の理」を、その脳髄に焼き付けていたのである。

 また、近江の石積み集団・穴太衆あのうしゅうが説く「石の声を聴く」技法、駿河の急流に耐える護岸の積み方、そして京の洗練された美しき石組み。その歩いた距離の分だけ、秀吉の脳内には「石垣と船舶のデータベース」が、一寸の狂いもなく蓄積されていた。

 秀吉は、川並衆の持つ広大な物流網と、「石の重心」を緻密に計算し尽くした「組み木」の設計図を駆使した。三日三晩、不眠不休で指揮を執り、土と石と木が織りなす「泥の工夫」で、見事に堅固な石垣を蘇らせたのだ。

◆ 【放逐:十阿弥事件と密かなる機能】

 だがその夜、城内に激しい怒号が響いた。信長の寵臣であった茶坊主・十阿弥じゅうあみが、酒に酔った勢いで犬千代を侮辱した末、彼の逆鱗に触れ、瞬く間に斬殺されたのだ。

 信長の怒りは凄まじく、犬千代は「追放」を言い渡され、城外へと叩き出された。しかし、暗がりの中、怒号飛び交う雑踏に紛れて、信長は密かに犬千代を呼び止め、懐に一枚の紙を忍ばせた。

 そこには、信長しか知り得ない筆跡での密旨と、各地の川並衆を動かす隠し合言葉が記されていた。これは、信長の怒りによる追放ではなく、来るべき今川との大戦に向けた、密命であった。

 犬千代の背中は、信長への絶対的な忠誠と、己が犯した罪、そして今川領内へ単身潜り込むという、あまりにも過酷な偵察任務への覚悟と使命感の、複雑な「泥」にまみれて闇夜へと消えていった。信長は、敢えて犬千代を「闇」の中へと放逐することで、敵の目を欺き、自らの「理」を遂行する。その冷徹なまでの計略は、誰にも知られることなく、静かに進行していた。

【第五章用ハッシュタグ】

#浮野の戦い #前田利家 #一番槍 #石垣普請 #穴太衆 #データベース #十阿弥事件 #密命 #インテリジェンス #泥田と田楽

第五章をお読みいただき、ありがとうございます。

 今回は「技術の転用」と「情報の偽装」をテーマに据えました。

 秀吉が短期間で石垣を修復できたのは、彼が諸国を歩いて得た膨大な情報を「データベース化」していたからではないか。また、前田犬千代(利家)の追放という有名な史実の裏に、信長の「情報の網」を広げるための密命があったとしたら……。

 歴史の点と点を、生存戦略という「理」で繋いでみました。泥の中から生まれた絆は、今や闇の中へとその触手を伸ばし始めています。

 物語はいよいよ、桶狭間へのカウントダウンを始めます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ