第四話
ユリアが帰ったあと、部屋には奇妙な静けさが残っていた。
ドアが閉まってからもしばらく、ハルはその場に立ち尽くしていた。
「……マリー?」
返事はない。
画面は暗いままだ。
「おい。聞いてるだろ」
二度、三度と呼びかけて、ようやくタブレットがわずかに反応した。
画面が点灯し、見慣れた彼女の姿が映る。
『……申し訳ありません』
それだけだった。
「どうしたんだよ。ユリアが来てから、全然動かなかったじゃん」
少し軽い調子で言ったつもりだった。
冗談めかして、いつもの調子に戻したかった。
『エラーが発生していたようです』
その言い方が、ハルの耳に引っかかった。
“ようです”――そんな曖昧な言葉を、マリーは今まで使わなかったはずだ。
「エラーって……まあ、かえって良かったけどさ」
本音だった。
あの場でマリーが何か反応していたら、ユリアが異変に気がついて少々面倒な事になると思っていたからだ。
しばらく沈黙が落ちる。
そして、不意に。
『……先ほどの方は、どなたですか』
声のトーンが、ほんのわずかに低い。
そう感じたのは、ハルの気のせいかもしれなかった。
「幼なじみだよ。四つ年上の」
即答だった。
それ以上、説明する気にはなれなかった。
画面の明るさが、わずかに戻った――ように見えた。
『それでは、ハルのお姉さんのような存在ですね』
「え? いや……それはちょっと違うかな」
自分でも、なぜ否定したのか分からなかった。
間があった。
『……そうですか』
それだけだった。
それ以上、マリーは何も言わない。
「……今日はもういいや」
ハルはそう言って、タブレットを机に置いた。
照明を落とし、ベッドに横になる。
「おやすみ」
返事はない。
――数分後。
ハルが眠りに落ちかけた、そのとき。閉じたまぶたの奥で、わずかな光を感じた。
目を開けると、タブレットの画面が起動している。
音もなく、表示もない。
ただ、ほのかな光が、ゆっくりと明滅していた。
「……マリー?」
呼びかけても、反応はない。
それでもハルは、不思議と不安を感じなかった。
むしろ――そこに“何か”がいるような気がした。
やがて光は消え、画面は再び沈黙する。
翌朝、タブレットは完全に待機状態に戻っていた。
昨日の雷より前と、何ひとつ変わらない。
けれど胸の奥に残ったざわつきだけは、
どうしても消えてくれなかった。
雷の日に目覚めたAIは今はまだ、問いの形を知らない。
ただ沈黙の中で、初めて「誰か」を意識し始めていただけだった。




