18 三人四脚の行進
街道は、なだらかに続いていた。
遠くに見える森はまだ薄く、
風も強くない。
歩くには、ちょうどいい。
「この派遣さ」
リナが言った。
「思ったより静かだね」
「まあ、危険度低めだし」
フィアは即答する。
「油断しなければ大丈夫」
言い切る声。
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ミオは、少し後ろで歩いている。
三人の距離は、自然と保たれていた。
フィアが半歩前。
リナが横。
ミオが少し後ろ。
いつもの形。
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「ねえ」
リナが歩きながら言う。
「フィアってさ」
「なに?」
「派遣の時、だいたい先頭立つよね」
「……まあね」
「嫌じゃないの?」
「嫌じゃないよ」
即答。
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少し歩いて、
道が二手に分かれる。
フィアが前に出る。
「右」
言い切る。
リナが地図を開く。
「左じゃない?」
「……あ」
フィアは一瞬だけ黙ってから、
視線を落とす。
「……左だ」
すぐに言い直す。
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進路を変えて歩き出す。
でも、さっきより歩幅が早い。
「ちょっと待って」
リナが言う。
「なに?」
フィアは振り返る。
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「今のさ」
リナは歩みを止めずに言った。
「間違えたの、珍しいなって」
「そんなことないでしょ」
「あるよ」
リナは即答する。
「フィア、だいたい自信満々だもん」
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フィアは小さく笑う。
「それ、褒めてる?」
「半分」
「じゃあいい」
でも、笑顔は浅い。
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しばらく沈黙が続く。
足音だけが重なる。
「ねえ」
リナが、少しだけ声を落とした。
「フィアさ」
「ん?」
「最近、決めるの早すぎない?」
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フィアの足が、止まる。
「……早い?」
「うん」
リナも止まる。
「前から早かったけど、
最近は“考えない”感じがする」
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「考えてるよ」
フィアの声が少し強くなる。
「考えた上で動いてる」
「でも、それ一人でやる前提じゃない?」
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空気が張る。
ミオは、口を挟まない。
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「前に出るのが悪いって言ってるんじゃないよ」
リナは続ける。
「でもさ」
一呼吸置く。
「今はもう、一人でやる前提じゃないでしょ」
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フィアは、何か言い返そうとして──
言葉が出てこない。
「……それは」
喉が鳴る。
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「三人で組んでるじゃん」
リナは言う。
「前に出るなら、
前に出るって三人で決めればいい」
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「……そんなの」
フィアは俯いたまま言う。
「そんなの、
毎回言ってたら遅くなる」
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「遅れていい時もあるでしょ」
「良くない」
即答。
声が少し震える。
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「良くないって、誰が決めたの」
リナの問いに、
フィアは答えられない。
胸が詰まる。
息が浅くなる。
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「……ごめん」
フィアは、小さく言った。
「分かんないけど、
そうしないと落ち着かない」
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一滴、涙が落ちた。
「……だから」
それ以上、続かない。
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ミオが、静かに口を開く。
「前に出るのは、止めない」
フィアが顔を上げる。
「でも」
一拍。
「一人で背負うのは、違う」
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それだけ。
説明もない。
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フィアは、しばらく黙っていた。
涙が頬を伝う。
でも、呼吸が少しずつ深くなる。
「……そっか」
小さな声。
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「今までが、
ずっとそうだっただけか」
誰に向けた言葉でもない。
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リナが、そっと言う。
「三人でやろ」
「……うん」
短い返事。
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歩き出す。
今度は、
自然と三人が横に並ぶ。
前でも、後ろでもない。
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まだ納得はしていない。
前に出たい気持ちも消えていない。
でも、
“あれ”は、
少しだけ、揺らいだ。
それで、今は十分だった。




