17 後ろ向きに前進
朝のギルドは、少し騒がしい。
依頼の張り紙の前に人が集まって、
受付の声が重なって、
いつもの空気が流れている。
ミオたちは、奥のカウンターに向かった。
「派遣、でしたよね」
受付の女性が確認する。
「一か月ほど。行き先は──」
淡々と説明が続く。
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フィアは、少し後ろで聞いていた。
腕を組んで、
視線は張り紙の方。
危険度は低い。
距離は少しある。
悪くない条件だった。
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「三人で、問題ないですね」
受付の言葉に、
リナが頷く。
「はい。大丈夫です」
ミオも短く答える。
一拍遅れて、フィアも言った。
「……うん。行けるよ」
声は明るい。
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書類に名前を書く。
インクが乾くのを待つ間、
フィアはペンを置いたまま、
少しだけ動かなかった。
「フィア?」
リナが声をかける。
「え? ああ、ごめん」
慌ててサインをする。
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「準備期間は今日まで」
受付が言う。
「明日出発でも大丈夫です」
「分かりました」
ミオが答える。
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手続きは、それで終わりだった。
拍子抜けするほど、簡単だった。
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「……決まっちゃったね」
ギルドを出てから、
リナが言う。
「決めたし」
フィアは即答する。
「今さらでしょ」
「うん、そうなんだけど」
リナは少し笑う。
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ミオは何も言わない。
決めた、という事実だけを受け取る。
理由は、まだ揃っていない。
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「ねえ」
リナが、歩きながら言う。
「派遣、嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ」
フィアは前を向いたまま答える。
「……嫌じゃない、と思う」
言い直した。
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「“思う”なんだ」
リナはそれ以上突っ込まない。
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フィアは、無意識に歩調を速めた。
前に出る位置。
いつもの場所。
でも、
今日は少しだけ、間を取っている。
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「フィア」
ミオが言う。
「無理なら、言って」
それだけだった。
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フィアは、振り返らない。
でも、
歩く速度が少し落ちる。
「……うん」
短く返事をした。
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決めた。
行く。
理由は、まだ全部揃っていない。
納得も、していない。
でも、
一人で決めたわけじゃない。
それだけは、確かだった。




