16 それは誰への言葉?
朝のギルドは、
昨日より少し静かだった。
掲示板の前に人はいるけれど、
派遣の紙を囲む輪は、もうできていない。
「昨日の話さ」
リナが言う。
「派遣、受ける人、そろそろ決めるって」
「そっか」
フィアは短く答えた。
声は普通。
特別元気でも、沈んでもいない。
でも、
反応が少し遅い。
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「一か月くらいだっけ」
「うん」
「戻ってくる前提、ではあるけど」
「……うん」
会話は続く。
でも、フィアからは広がらない。
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ミオは、
その様子を横で見ていた。
昨日みたいな、
不自然な明るさはない。
その代わり、
感情の起伏が薄い。
悪いわけじゃない。
ただ、
“動いていない”感じがした。
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「どうする?」
リナが聞く。
「行く? 行かない?」
即答はない。
フィアは一度、
視線を落とした。
それから、
いつものように前に出る。
「……行こっか」
声は落ち着いている。
無理に作った明るさも、
ない。
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「三人で?」
「うん」
「大丈夫?」
「……多分」
その“多分”に、
リナは少しだけ眉を上げた。
でも、何も言わない。
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派遣の手続きを終えて、
ギルドを出る。
風が冷たい。
「一か月かあ」
リナが言う。
「まあ、悪くないよね」
「そうだね」
フィアは頷く。
それだけ。
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歩きながら、
フィアは前を見ている。
足取りはしっかりしている。
でも、
どこか“確認”を探しているみたいだった。
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「……ねえ」
フィアが、
急に言った。
「ミオ」
「はい」
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「派遣中さ」
一拍、置いて。
「私、前に出ると思う」
「……はい」
「それは、やめない」
それは、
宣言みたいだった。
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「でも」
フィアは、
少しだけ声を落とす。
「判断は……
あんまり信用しないでほしい」
ミオは、
歩くのを止めた。
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「私、たぶん」
フィアは続ける。
「正しいことと、
早いことと、
怖くないことを」
「ごちゃごちゃにする」
笑って言う。
自嘲ではない。
事実を、
そのまま出した声。
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「だから」
フィアは立ち止まって、
ミオを見る。
目は、
まっすぐだった。
「止めて」
「私が突っ込みすぎたら」
「判断、変だったら」
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それは、
助けを求める言葉じゃない。
責任を投げる言葉でもない。
役割の確認だった。
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ミオは、
少しだけ考えてから答える。
「止めます」
「理由は聞かずに?」
「はい」
「必要なら、
引き戻します」
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フィアは、
しばらく何も言わなかった。
風が吹く。
通り過ぎる人の足音。
「……それでいい」
小さく言う。
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「信じてる、とかじゃないからね」
念を押すみたいに言う。
「今は、
そういう余裕ない」
「分かっています」
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フィアは、
少しだけ笑った。
昨日ほど不自然じゃない。
でも、
完全に楽そうでもない。
「一人で決めなくていいなら」
「……行ける」
それだけ言って、
また歩き出す。
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ミオは、
少し後ろを歩いた。
背中を見る。
前に出る背中。
でも、
一人で背負っている感じは、
少しだけ薄れていた。




