君へ贈る甘い菓子に、歪んだ愛情を込めて
恋人はハロウィンというイベントが好きだ。
大好きな菓子が普段より多くもらえるし、レグナが作ってくれる衣装で俺達が普段着ない服を着るから、毎年とても楽しみにしている。
けれどその大好きなハロウィンにひとつだけ。
恋人は苦手意識を持っている。
「!」
街がハロウィンに彩られ始めた十月頭。
少しだけいじわるかと思ったが、どうしても店じゃないとない商品があったのでクリスティアと共に街へ出る。
その歩いている中で、クリスティアは何かを見つけたらしく雰囲気が変わった。
そっと視線を恋人へ向けて、クリスティアを伺う。背の小さな恋人は、上からでもわかるくらい何かを睨みつけていた。
これを見るとあぁ本格的にハロウィンかと実感する。その俺の実感など気にならないくらい、恋人はだんだんと殺意を発し始めていた。それに笑いそうになりながら、クリスティアの視線の先を追うと。
水色の瞳の先に映っているのは、かぼちゃ。
もちろんただのかぼちゃではなく、ハロウィンということで顔が掘られたかぼちゃ。
そう、ジャック・オー・ランタンである。
そいつを捉えるとクリスティアは俺の腕に抱き着き、奴から離すように引っ張ってくる。
相変わらずこいつに対してはこの拒絶反応が出るのかと笑いをこらえて、クリスティアに抵抗せずそいつから離れて。
この時期になると必ず思い出す、とある出来事へと思考を飛ばした。
♦
人生を繰り返し続けてしばらく。
世の中には、悪魔のいたずらを鎮めるべくハロウィンというものができた。
元々は、悪魔の好きなものを捧げることでいたずらを控えてもらうための行事。それが時代と共に変化していって交流行事へとなり、今では菓子を渡すことが主流となっている。
そしてその時代とともに起きていった変化は、捧げものだけでなく。言い伝えまでもができていった。
とある国では、ジャック・オー・ランタンのランタンに火を灯せば死者に逢えるというもの。
またとある国では、ランタンにキスをしてしまったらジャックに魂を奪われ、この世のものではなくなってしまうこと。
多く聞くのは、この世のものではない恰好をすれば死者と交流できるというもの。
探していけば本当に数多くある。
その中で、俺達はとある言い伝えのある国へ行った。
ハロウィンまでいい子にしていなければ、ジャックがいたずらをしにくるというもの。
比較的子供が多かったところだったから、菓子が欲しいならばちゃんといい子にしていろという、一種のクリスマス的な要素も入っているんだろう。
そして見た目が子供と大差ない恋人も、街に出ればそれをよく言われた。
「お嬢ちゃん、ハロウィンまではこの街にいるのかい?」
「うん」
「そうしたら、お菓子がもらえるかもね。お嬢ちゃんがいい子にしてれば、素敵なプレゼントがあるよ」
「わぁい…」
ただし、と。
「悪さをしてしまったらジャックがいたずらに来てしまうからね。気をつけるんだよ」
ハロウィンについて語る生物は、必ず最後にそう言っていた。
そして。
「この映画よくやってんね」
「これはもう洗脳レベルじゃないです?」
ハロウィンになると、必ずジャック関連のテレビ放送が行われているらしく。
いい子にしていなかった子供たちがジャックによっていたずら――という名の神隠しにあう映画が放送されたり、その恐ろしさについて語る番組がやっていた。
これは正直ジャックがかわいそうなのではないか。
子供達が菓子欲しさに暴走しないためだとは思うが。
「……こうも悪者にされると若干不憫だな」
「ですねぇ」
「ジャックだけ、仲間外れ…?」
「みたいな感じだよね。クリスが直接逢ったらすぐ友達になれそうだけどね」
「あのネックウォーマーとかもふもふしてて好きそうですもんね」
「勇者はそうやってこの国のジャックへの偏見も変えそうだな」
「さすがに根付いたものはむずかしい…」
なんて、ハロウィンの番組を見るたび。レグナとカリナ、そしてクリスティアとそう笑いあっていた。
けれど、生物の言葉というのは何度も聞いていけば自分の知らない間に脳に影響を及ぼしていくらしく。
それは、ハロウィンが近づいてきたとある夜に起きた。
「んぅ…」
「……?」
月明りもない真っ暗な夜。
少しだけ苦しそうなうめき声に目を開けた。一瞬探したが、すぐに暗闇に目が慣れて。小さな恋人の少し苦し気な顔が視界に入る。
「クリスティア」
「っ、う」
「どうした」
ゆすりながら、夢から覚ますように声をかける。その声に、レグナとカリナも起きたらしい。
「どしたの」
「悪い、起こしたか」
「お気になさらず。クリスティアです?」
「嫌な夢でも見てるんだろう。うなされている」
その間にもクリスティアはいやいやと首を横に振って、しまいには目に涙を浮かべていた。
これは相当な悪夢だな。
「クリスティア」
「っ、やだ」
「クリスー、こっちおいで、起きといで」
「うぅ」
「リアスは目を開けたらちゃんといますよー」
たいていこういうときの悪夢は俺がいないか俺が盗られるかみたいな話が多いので、レグナ達がそう促していく。
俺もクリスティアを抱き上げて、少し強めにゆすった。
「クリスティア、俺はここだ」
「ぃ、かない、で」
「どこにも行かない」
だから起きろ、と背を叩こうとした瞬間。
「ジャック…」
そんな名前が聞こえるじゃないか。
なんだって?
思わず三人止まってしまう。
けれどクリスティアは止まらない。
「やだ、ジャック、やだ…」
いやいやと首を振って、涙を流す。
状況的に本人はとても苦しいんだろうがこちらはどうにも理解が追い付かない。
「えーと、これはジャックがなんかこう、リアスとすり替わってジャックが盗られちゃうからいやだっていう話?」
「それともジャックが迫ってきていて嫌がってる感じです?」
「どれもなくはないが……。まぁ濃厚なのはレグナの案か……」
それならば「行かないで」も辻褄が合う。
ただそれならばさすがに夢でも俺も黙ってはいられまい。
「クリスティア」
夢に嫉妬するのも馬鹿げてはいるが、俺とすり替わっているのはさすがにいただけない。ということで、先ほどよりも強めにゆすってやる。
本人も苦しい夢から起きられるし俺もその不快な状態から醒ましてやれるし一石二鳥だろうと、背を叩いたときだった。
「!!」
クリスティアがハッと目を覚ます。
そうして数度、きょろきょろと見回して。
「りあす…?」
「あぁ」
「大丈夫ですかクリスティア」
「怖い夢でも見てたんでしょ。もう大丈夫だよ」
そう双子が声をかけていけば、夢から醒めたと自覚し始めたのか、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
これはカリナの案もあながち間違えではないな?
「どうした」
まぁレグナの案だろうがカリナの案だろうがどのみち不快なことには変わりないか。ひとまず起こせたことに安堵して、今度は優しく撫でてやりながら夢の内容を促した。
「…」
「どんな夢見たんだ」
「…」
「話した方が楽になるだろ」
悪夢は話せばいいと言うし。おそらくそれは獏限定なんだろうがまぁいいだろうと今は許して。暗闇の中でもわかるくらい悲しい顔をしているクリスティアの頬を撫でれば。
「ジャック…」
「あぁ」
一瞬出た嫉妬は押し込めて、促すように頬を撫で続ける。
「ジャックがね」
「うん?」
クリスティアが抱き着いてきたのを受け入れながら。
「ジャックがリアスと一緒にどっか行っちゃった」
なんていうことを言うじゃないか。
なんだって?
「ん?」
「リアスはもうジャックがいいって」
「待て」
「ジャックがあの、想い、伝えたら、リアスも、俺もって」
待て待て待て泣き始めるな、割と重要な情報をその涙声で埋もれさせてはいけないだろう。
おい双子、肩震えてるのわかってるからな。
「そのまま、ぐすっ、リアス、ジャックといっしょに、さよならって」
そのまま大泣きし始めるかと思いきや。
「ジャックは敵だった…」
なんて言うから俺も笑いがこみあげてくるじゃないか。いきなり真顔になるのやめろ腹筋が死ぬ。
けれど本人は相当まじめなようで、テレビは間違っていなかっただとか次逢ったら斬るかもしれないとかぼやき始める。
その小さい誓いに、今日が新月でよかったと本当に思いつつ。
とりあえず、と。クリスティアを抱きしめた。
「……安心しろ、俺はどこにも行かない」
「んぅ…」
頭を撫でて、このあとどう言うかを考える。
ジャックの擁護をしてやるか。けれどそれはすぐに頭の中でノーが出た。
状況は若干不憫ではあるかもしれないが苦しめたしな、と。今回くらいはいいだろう。
そう判断して。
「俺はお前だけだ」
「…ん」
ジャックの擁護はやめて、それだけ伝えて。
双子の笑いが収まった頃あたりに、クリスティアが楽しく眠れるようゲームをして。
以降、こいつの反応が正直面白くてその誤解を解かぬまま、数千年が経った。
「…」
そのせいで今では恋人は殺意を覚えてしまった状態である。正直ジャックには申し訳ない。
「……相変わらずだな」
「あれは許せぬ…」
思考の旅から戻り、どこぞの武士のような口調になっている恋人にまた笑いそうになりながら。
「……」
「むぅ…」
ジャックから離そうと引っ張ってくるクリスティアに、そっと口角は上げる。
正直ジャックには申し訳ないことをした自覚はある。
あるが。
「……」
普段あまり愛情表現をしない恋人が、ここまで嫉妬を丸見えにしてくることは、とても気分がいい。
だから、今年も誤解は解かず。
ハロウィンのイベントには多めに貢献するかと、少しだけ上機嫌に足を進めていった。
『君へ贈る甘い菓子に、歪んだ愛情を込めて』/リアス




