地味な従者は悪役令嬢を事務的に愛している
こちらは『完璧な婚約者ですか? そんな人より私は地味な従者を愛しています』の従者アルク視点の物語です。まだ見られてない方は、こちらも見ていただければ、より楽しめます。
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「アルク、人生とは効率と論理の最適化で成り立つ。感情という不確定要素は、あらゆる判断を狂わせるノイズだ。全て排除しろ」
僕、アルク・グラディスが五歳の誕生日に子爵の父から贈られた祝福の言葉は、まるで人生の方程式だった。
それを皮切りに、僕の幼年期は始まった。
笑うことも、泣くことも、父にとっては『エラー』。
叱責ではなく修正。
褒め言葉ではなく評価。
父は僕の感情を一つずつ、計算式のように切り捨てていった。
八歳になると、初めて実務訓練を命じられた。
領地の港町の帳簿の監査。赤字の原因を特定し、改善策を出すこと。他の子どもたちが木登りを覚える年齢で、僕は数字とにらみ合っていた。
机の上には父が用意した『人生のマニュアル』。
・訓練項目001: すべての物事の価値は費用対効果で判断せよ。
・訓練項目002: 感情は意思決定を歪めるノイズであるがゆえ、常に排除せよ。
僕はただ、指示された通りに動いた。
――僕という人間がどう作られたのか。
その答えは簡単だ。この二つの項目が、僕の世界のすべて。
笑うことは無駄。
泣くことは非効率。
喜びや怒り、迷いは判断を鈍らせる『誤差』。
父に繰り返しそう教えられた。
やがて僕は感情語を使わずに話すようになり、返事は最短化され、いつしか「はい」が喉に詰まり、「ひゃい」という返事が正式な応答音になった。父はそれを褒めもしないが、「揺れがない」とだけ口にした。
さらに書類に向かう時間が増えたことで視力負荷が限界に達し、分厚い丸メガネをかけるようになった。視界が歪もうとも、字が大きく見えるという一点だけで十分だ。
姿勢も効率化の結果、自然と猫背に落ち着いた。背筋を伸ばすのは見栄であり、無駄でしかない。僕は迷わず、より速く書ける姿勢だけを選ぶ。
会話は三手で終わらせる――目的、回答、終了。
それ以上の言葉は感情に属し、排除すべき無駄。
人の表情もまた、僕にとっては交渉データにすぎない。恐れも迷いも数字のように読み取り、最適な返しを選ぶだけ。
学校の講義は一度で覚えられるようになり、行動の因果は数値化した瞬間に結果が見えるようになり、周囲から「正しすぎる」と距離を置かれるようになった。
だが、孤独だと思ったことは一度もない。
そもそも、その感情を知らないのだから。
毎晩机に向かい、その日の作業効率と行動記録を淡々と記して眠る。それが僕の日常だ。
――そして十八歳になった年。
計算では処理できない運命の人に出会った。
第2話:公爵令嬢の採用面接
十八歳の春。
僕は学園を上位で卒業し、文官試験も一発で合格した。
次に必要なのは、就職先だ。
父からの指示はただ一つ。
「最も安定した貴族家を選べ。だが決して目立つな」
つまり、僕に残された道は限られている。能力はそこそこ評価されるが、優秀すぎてもいけない。地味で、効率が良くて、無難な家。
そう思っていた僕の前に現れたのが、
「フォルティア公爵家の文官見習い募集……」
掲示板に貼られた、その紙だった。
王国最大の名門。ただし、『公爵令嬢は悪役気質で恐ろしい』という噂が絶えない。
僕にとって接触リスクは極めて高い人だが、待遇は安定しているし、事務量も多い。感情を扱う仕事より、書類中心の仕事の方が向いている。
僕は応募書類を提出し、数日後、フォルティア公爵家に呼び出された。
◇
重厚な扉をノックすると、中には広い応接室があり、白いドレスの少女が窓際で書類を片付けていた。
整った金髪、赤い瞳、美しく、そしてどこか冷たい印象。
彼女こそ噂の公爵令嬢である、リリアーナ・フォルティア。
「あなたがアルク・グラディス、で間違いないわね?」
彼女は振り返るなり、真っすぐに僕を見つめた。
その視線には感情がまったく揺れていない。まるで僕の骨格の角度と呼吸回数まで測定しているようだった。
「ひゃっ、ひゃい。僕であります」
「……変わった返事ね。でも嫌いじゃないわ」
彼女はゆっくり歩み寄り、僕の手に持つ書類をひったくるように受け取った。
「学園上位卒業、文官試験も上位合格。でも交友関係はほぼゼロ。授業中も常に猫背でメガネを触っていた……?」
「ひゃい」
「そこも隠さないのね。正直なのはいいことだわ」
そう言いながら彼女は、僕の丸メガネを覗き込むように顔を近づけた。
近い。近距離での会話は余計な視覚情報が多く、非効率だ。
僕が半歩引こうとすると、
「動かないで。あなたの観察をしてるの」
「観察でありますか?」
「ええ、従者として一番大事なのは『私の感情を動かさない能力』よ」
公爵令嬢が従者に求める条件がそんなことだとは思わなかった。
リリアーナは椅子に腰を下ろし、足を組みながら言う。
「アルク、私は感情に振り回される人間が嫌いなの。特に私に気を遣って媚びたり、怯えたりするタイプは最低だわ」
(なるほど)
たしかに僕は誰に対しても感情で動かない。父から教え込まれた『無感情の最適化』の結果だ。
「聞くところによると、あなたは事務処理が得意らしいわね?」
「ひゃい、優先順位付けと時間短縮が可能です」
「褒めてもらえると思ってないあたり、本当に面白いわね。合格よ。今日からあなたは私の従者にするわ」
彼女は書類を閉じ、僕に向かってはっきりと言った。
「文官としての職務だけじゃないわ。私の『精神の安定』にも責任を持ってもらうから、そのつもりでいなさい」
「ひゃい」
攻率よく話を進めるために返事はしたが、精神の安定の関与は理解に苦しんていた。
そんな僕の眉がわずかに動いたのを見て、彼女は微笑みながら告げる。
「あなたのような揺れない人が必要なの。私は感情で先走りやすいから」
赤い瞳がほんの一瞬だけ迷いを映した。その微かな揺れは、噂に聞く冷酷な公爵令嬢とは違う。むしろ感情が強すぎて制御しきれない人の弱さのように見えた。
「アルク、あなたが私のそばにいれば、私は壊れずに済むのよ」
そう言われて、僕は初めて自分が必要とされているという感覚を覚えた。
「ひゃい」
「いい返事ね。気に入ったわ」
これが悪役令嬢と僕、地味な従者との始まりだった。
第3話:悪役令嬢と従者の最初の一日。
採用面接の翌日。
僕はフォルティア公爵家の広い敷地を歩いていた。庭園の手入れが行き届いており、装飾品も高価だが、統一された調和の取れた配置が妙に落ち着く。
効率的な動線設計。
無駄がない。
僕は自然とそんな感想を抱く。
案内役の執事が扉をノックし、僕を部屋へ通す。
「リリアーナ様。アルクが参りました」
「入ってちょうだい」
扉の向こうには昨日と同じ白いドレスを着たリリアーナ様が、分厚い書類の山に囲まれて座っていた。
「来たわね、アルク。今日から本格的に仕事をお願いするわ」
「ひゃい、業務内容の確認をお願いします」
僕がいつもの返事で答えると、彼女は微かに笑った。
「その『ひゃい』って返事、本当に癖になりそうで困るわ。とても落ち着くわよ」
「落ち着くでありますか」
僕には理解に苦しむ感情表現だが、彼女が安定を求めていることは理解できた。
「まず、これを見てちょうだい」
彼女が差し出したのは、十数枚にも及ぶスケジュール管理表、なのだが。
「全ての予定が赤字でありますか?」
「そうなの。私、感情で予定を詰め込みすぎて、夜会も舞踏会も客人の応対も全て完璧にこなしたいと思って入れてしまったの」
リリアーナ様は書類を指先で軽く叩く。
「でも結果はこの通り。破綻しているのよ」
(これは明確に予定管理の失敗だ)
僕はペンを取り出し、スケジュール表を眺めながら機械のように判断を下す。
「リリアーナ様、改善案を提出します」
「聞くわ」
「夜会は週一に制限。舞踏会は二週間に一度。客人の応対は一日三組まで。残りは精神安定のための休息時間として確保してください」
「……休息、ね」
彼女は微かに眉を動かした。
「あなたなら分かるでしょうけど……私じっとしていると不安になるの。何かをしないと心がざわつくのよ」
「分析済みであります」
胸元のノートを開き、昨日からまとめていた『リリアーナ様の感情安定の傾向と対策』のページを開く。
「それは何かしら?」
「ひゃい、リリアーナ様の行動ログであります。昨日の面接を元にしました」
彼女は目を丸くする。
「あなた、本当にそんなものを作ったの?」
「ひゃい、必要と判断しました」
リリアーナ様はしばらく読み、やがて声を出して笑った。
「ふふっ。本当におかしい人ね、あなた」
「おかしい、でありますか?」
「ええ、私の感情のためにここまで事務的に分析する人なんて初めて見たわ。普通はもっと優しい言葉や励ましを寄越すというのに」
「非効率であります」
「そうでしょうね」
彼女は楽しそうに肩を揺らす。
「アルク、あなたはわたくしが求めていた『従者像』そのものよ」
「ひゃい」
「では、あなたに一つ仕事を追加するわ。私が余計なことをしそうになったら止めること。これは必須よ」
「承知しました」
「それと――」
彼女は机の上から一通の封筒を取り出した。
「これは王太子殿下からの『夜会への招待状』。いつも面倒なのよ」
「面倒、とは?」
「殿下は私に執着しているの。優秀で相性100%なんですって。そこでアルク、私を守りなさい」
その言葉はまるで命令ではなく、淡々とした事務的な依頼だった。
「ひゃい、最優先業務として処理します」
僕が短く答えたとき、リリアーナ様の肩がわずかに緩んだ。
「あなたがそばにいるだけで心の負荷が減るわ。不思議ね……アルク」
赤い瞳が静かに細められる。その微笑は昨日見せたどんな表情よりも柔らかかった。
そして、これが悪役令嬢と僕、地味な従者との最初の一日となった。
第4話:悪役令嬢と従者の初仕事。
フォルティア公爵家に仕えて三日目。
朝の執務室に入ると、リリアーナ様は既に机に向かい、淡々と書類を振り分けていた。
「おはようございます、リリアーナ様」
「おはよう、アルク。ちょうどあなたを呼ぼうと思っていたところよ」
彼女の声はいつも通り落ち着いている。その指先が触れていた封筒を僕に差し出してきた。
「これ、夜会の招待状。昨夜全て出席で返答したわ」
「全てでありますか?」
「ええ、『断れば角が立つ』という判断よ」
彼女は微笑を浮かべ、動揺の影はない。しかし僕から見れば、十件の夜会承認は明らかに業務破綻。
「これは昨日依頼の余計なことを止める業務の対象と判断します」
「やっぱりそうなるわよね。では適切に処理してちょうだい」
驚くほど素直な依頼。彼女は自分の判断が過剰であることを理解した上で、僕に修正を任せてきた。
僕は即座に封筒を回収し、対応案をまとめる。
「六件は欠席、三件は条件付き出席、一件のみ正式参加が最適であります」
「一件だけ?」
「ひゃい、業務効率の最大化であります」
「ふふ……さすがね。合理的だわ」
怒りも落胆もない。あるのは確信と信頼だけだった。
◇
昼前。
次の余計なことが発生した。
「アルク、今日は十五名の令嬢を招いてお茶会を開くわ」
「十五名でありますか」
「いつか開く必要はあるでしょう? なら、一度に済ませた方が効率的だと思ったの」
一見冷静で論理的。だが、実行に必要な人員と準備時間は明らかに不足している。
「リリアーナ様、現状では開催が困難であります」
「そうでしょうね。あなたならそう言うと思っていたわ」
彼女はペンを置き、僕を見た。
「私は勢いで物事を決める癖があるの。わかっているのよ。でも、あなたの方が適切に判断できるでしょう?」
「ひゃい、では十三名に欠席の連絡を送ります」
「二名だけ残すのね。悪くないわ」
その判断に彼女は不満どころか、むしろ納得して微笑んだ。
◇
夕方。
突然、使用人が緊迫した声を上げる。
「王太子ディオン殿下が来訪されました!」
「……そう。今日はお見えになるのね」
リリアーナ様は驚きもしなかった。ただ机の上の書類を整え、姿勢を正す。
「アルク、ディオン殿下の訪問は危険案件よ。対応をお願いするわ」
「ひゃい」
扉が開くと、殿下は強い足取りで歩み寄った。
「リリアーナ! 君と話がしたい!」
熱気に満ちた声。リリアーナ様はまっすぐ殿下を見つめて答える。
「ディオン殿下、ご挨拶ありがとうございます。ですが現在は執務中でございます」
「執務など後回しにすればよいだけのことだ!」
殿下が一歩迫った瞬間、僕が前に出る。
「殿下、本日のご訪問は無効であります」
「……何だと?」
「来訪申請書・様式D-12が未提出であるためです」
「そんな書類などない!」
「ひゃい、本日、私が作成しました」
殿下の顔に怒気が宿る。
「従者風情が……!」
「業務の説明をしているだけであります」
殿下がさらに詰め寄ろうとした瞬間、リリアーナ様が静かに言葉を投げる。
「ディオン殿下、ここは公爵家でございます。いかに王太子とはいえ、規定なく訪問を受けることはできませんわ」
その声は落ちつきと威厳に満ちていた。
殿下は困惑したまま言葉を失う。
「っ……! 今日は退く。しかし覚えておけ!」
荒い足音を残し、殿下は退出した。
静寂が戻った執務室で、彼女は小さく息を吐く。
「……助かったわ、アルク」
「業務を遂行しただけであります」
「ええ、あなたはただ正しい手順を選んだだけ」
彼女は机に手を添え、僕へ視線を向ける。
「アルク、あなたがいると私の判断は常に安定するの。ありがたいことよ」
その言葉は温度の低い声なのに不思議と温かかった。
「ひゃい」
「ふふ……その返事、本当に好きよ」
冷静で、理性的で、美しく整った公爵令嬢。
その彼女が少しだけ柔らかな表情で僕を見つめていた。
そして僕は確信した。
――リリアーナ様は僕の冷静さを必要としている、と。
第5話:従者、主の『生活ログ』を更新する。
フォルティア公爵家の朝は静かだ。
使用人たちの声は規模に似合わず控えめで、全体が一定のリズムで動いている。この静けさは僕にとって最適な作業環境だ。
僕の部屋の机の上には、昨夜からまとめ続けている資料が積まれている。
《生活の最適化計画(第三版)》だ。
リリアーナ様に直接提出する前に、最終チェックを行っていた時、扉がノックもなく開いた。
「アルク、入るわよ」
「ひゃい」
リリアーナ様、公爵令嬢であり、僕の主。彼女はいつも静かで、必要以上に声を荒げることはない。だからこそ感情の微妙な揺らぎが分かりやすい。今日の第一印象は落ち着いている。
「その書類は何かしら?」
「ひゃい、リリアーナ様の生活の乱れの原因を、より正確に分析するための資料であります」
「生活の乱れ……?」
彼女は資料の束を手に取り、めくり始めた。
《生活の最適化計画(第三版)》 。
・午前9〜10時の集中度が最大値。重要案件はこの時間に配置。
・午後2時頃、機嫌が平均値より12%低下。
原因:空腹。軽食導入が効果的。
・夜会疲労の主因は人混みであり、夜会そのものではない。滞在時間を45分以内に設定。
冷静に読み進めているように見えるが、目の動きから判断するに驚いていると見える。
「……アルク。あなた、これ全て私のために?」
「従者として当然の行為であります」
「従者というより生活コンサルタントではなくて?」
「役職名としては妥当かもしれません」
僕は事実を述べただけだが、彼女は静かに笑った。
感情の揺れ幅は極小。良い状態だ。
「どうしてここまで?」
「リリアーナ様の感情の揺れは周囲に与える影響が大きいため、未然に防ぐ必要があります」
「つまり、私が乱れると厄介?」
「効率低下の要因となります」
彼女は微笑んだ。表情の変化が怒りでも悲しみでもないと断言できる珍しい瞬間だった。
「……ありがとう。嬉しいわ」
一瞬、ペンを握る僕の指が止まる。
「ありがとう」と、僕に対して向けられるとは想定していない言葉だったからだ。
「……」
「アルク? どうしたの?」
「……少々、ノイズが発生しました」
「ノイズ?」
「ひゃい、嬉しいという感情が処理できていないだけであります」
自覚した瞬間、胸の奥がわずかに温かくなるような、落ち着かないような感覚に気づいた。これは僕にとって未知の現象。
彼女は椅子に腰掛け、ゆっくりと僕の様子を観察していた。
「あなたでもそんな風に揺れることがあるのね」
「ひゃい、分析に時間を要します」
「急がなくていいわ。あなたが揺れるのも悪くないわ」
悪くない、と言われても基準値が分からない。ただ、否定されていないという事実だけは理解できる。
彼女は僕の資料を再び手に取り、静かに読む。ページをめくる音が心地良いリズムを刻んでいく。
書類、静けさ、机に差す光。この空間には余計な熱も甘さもない。ただ、整った秩序だけが存在する。
僕はその中で再びペンを走らせる。
『リリアーナ様は感謝を与えることで、こちらの動揺を誘発する可能性がある』。
そんな分析メモを新しく作りながら、ふと思う。
――もしかして、これは『ノイズ』ではなく、僕にとっての必要な『データ』なのかもしれない、と。
最終話:終わりに向かう業務と、一人の人としての理解。
リリアーナ様の主従契約。正確には『精神安定剤業務』を開始してから、季節が一つ巡った。
日々の予定調整、社交界関連の削減処理、精神安定プロトコルの実行。それらは全て想定通りに進んでいる。
しかし一つだけ問題がある。
リリアーナ様が以前より静かに、そして頻繁に僕を見つめるようになったことだ。
ある日の夕暮れ、僕は書類整理を終え、リリアーナ様へ日報を渡した。
「本日の報告書であります。明日の予定には休息時間を三時間組み込みました」
「……あなた、気づいているのかしら?」
「何をでありますか?」
「最近、私……あなたを見ると少し安心するのよ」
日常会話のように聞こえるが、これは『単純な感想表現』に分類されない。彼女の声はいつもより少し低く、言葉の選び方が丁寧だった。
「これは『感情共有を目的とした対話』であるため、高難度であります」
リリアーナ様は椅子から立ち、僕の正面に来る。
「アルク、あなたは感情で揺れない人でしょう? だから、ずっとそばにいると私の気持ちが整うのよ」
「ひゃい、僕の職務はリリアーナ様の感情揺らぎの最小化であります」
「そうね。でも最近、あなたを見ると『それだけじゃない何か』を感じるのよ」
「『業務外要素』のため分類不能であります」
僕は一瞬だけ視線を落とした。その動作に彼女は眉を寄せた。
「あなたは……私のことをどう思っているの?」
直球であった。逃げ場のない質問。そこで検討すべき選択肢は三つ。
・業務としての評価。
・人としての観察。
・それ以外。
しかし、どれを選んでもリリアーナ様の望む正確な答えにはならない気がする。だから僕はいつものように嘘をつかず、しかし致命的でもない範囲で答える。
「リリアーナ様は、僕にとって『扱いづらい高難度案件』であります」
「……案件扱いなのね」
「ひゃい、しかし同時に最も正確に理解したい対象でもあります」
リリアーナ様の赤い瞳がわずかに揺れた。
「理解……?」
「ひゃい、理解不能でありますが、放置も困難であります」
「……アルク、それは……」
彼女が一歩近づく。距離が近い。業務上推奨されない距離。
だが退くことはできない。
理由は分からない。
ただ、足が動かなかった。
彼女は静かに言う。
「あなたは、私を『人として』見てくれているのね」
僕はしばらく考えた。この問いには最も正確な言語化が必要だったからだ。
「分析の結果、リリアーナ様は僕にとって『業務対象』であり、同時に『業務では分類できない一人の人』であります」
その言葉を聞いた瞬間、リリアーナ様は目を見開き、頬を染めていた。彼女が微笑むのを僕は初めて綺麗だと認識した。
「……ありがとう、アルク。あなたのそういうところ……好きよ」
言語処理不能。
分類不能。
対応マニュアルなし。
つまり、これは業務外の未知領域である。
「ひゃ、ひゃい」
返事が震えた。
リリアーナ様はその震えに気づいたようで、ふっと優しく笑った。
「アルク、大丈夫よ。私は焦らないわ」
その声は、業務指示でも叱責でもない。
ただの温度だった。
僕は胸の内側がわずかに熱いことに気づく。
これを『何』と呼ぶのか、まだ分からない。
ただ一つだけ言えることがある。
――リリアーナ様は僕にとって『分類不能』であり、大切な人なのだ。
そう、業務ではなく、一人の人として。
〜完〜
最後まで読んでいただきありがとうございました!!
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また、↓リリアーナ視点をお読みでない方は、是非見てやって下さいませ。
【連載版】完璧な婚約者ですか? そんな人より私は地味な従者を愛しています
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それではまた( ´∀`)ノ




