選定
統一歴657年 3月1日 光曜日 11:00 聖王宮 アレクサンダー
入団式は滞りなく進行した。
国王であるラウール陛下の演説に始まり、騎士団長クロヴィス様の挨拶、入団した准騎士の代表者としてのアンナ様の挨拶。
全てが順調に、式典は進行している。
昨日の出来事が無ければ、俺、アレクサンダーはワクワクとした気分でこの様子を見られただろう。
だが、今の俺は、時限爆弾のカウントダウンを見つめているような気分であった。
「それでは、入団式最後のイベントです」
進行役を務める美貌の男性騎士が、落ち着いた声音でそう言った。
第3大隊の隊長であるディオン=ド・エマニュエル様の声は透明感のある美しい声音だ。
その美声が式典会場に響く度に、先程から周囲の女性従者がウットリとしたため息を吐いている。
ディオン様は男の俺が見ても、絵になる美貌を持つ男性騎士だ。
女性従者が心を奪われるのも無理は無いだろう。
「それでは入団した諸君に、我が騎士団が保有する、装着者を選定していない『名持ちのヴァンピール・アルミュール』を紹介しましょう。壇上をご覧下さい」
その言葉の数秒後、
──ブッシュゥゥゥ!!
と蒸気の音と共に、奥のステージに3体の『ヴァンピール・アルミュール』が、地下から昇降機に乗って現れた。
ドシン、ドシンと重厚感のある鋼鉄の足音を響かせ、3体の『ヴァンピール・アルミュール』は奥から手前のステージへ自発的に移動し、整列した。
傷1つ無い、3mの巨体を誇る美しい甲冑が3体も並べば壮観である。
『おお……!』
と入団したばかりの准騎士や従者が声を漏らす。
『アルミュール・ヴァンピリク』とは、蒸血機関を搭載した騎士専用の戦闘甲冑だ。
装着するだけでも騎士として最大の名誉とされる『ヴァンピール・アルミュール』。
しかし、今、壇上に並んでいる3体の甲冑は通常の『名無しのヴァンピール・アルミュール』とは訳が違う。
『名持ち』。
それは、『名無しのヴァンピール・アルミュール』と違い、意思を持った『ヴァンピール・アルミュール』を意味する。
出力性能は『名無しのヴァンピール・アルミュール』の5倍もの差を持ち、巨大化した人狼に対する切り札として、王国中から羨望の眼差しを送られる甲冑だ。
装着できたら文字通り、その騎士は王国の歴史に名を残す程の名誉を授かる事を意味する。
しかし、装着できる為には、とある難問をクリアしなければならない。
『名持ちのヴァンピール・アルミュール』には、1つの特権があるのだ。
『選定権』、──と呼ばれる特権である。
文字通り、『名持ちのヴァンピール・アルミュール』には、装着者を自分自身の意思で選択する特権が与えられているのだ。
実力ではなく、己を身に纏うに相応しい『魂』を持っているのかを、装着者の『魂』を見て判断するらしい。
どんな原理で行っているのかは不明だが、実際の所、彼らはできてしまうらしい。
その為、稼働している『名持ちのヴァンピール・アルミュール』の数は少ない。
現状、王国内で稼働している『名持ちのヴァンピール・アルミュール』は全部で6体だ。
そして、今から始まるのは『顔合わせ』と呼ばれる儀式である。
文字通り、入団したばかりの准騎士に、『名持ちのヴァンピール・アルミュール』と対面させ、装着できるかどうかを確認する儀式だ。
装着者と認めたら、『名持ちのヴァンピール・アルミュール』は選定した装着者の前で跪き、胸部装甲を解放する事になっている。
『名持ちのヴァンピール・アルミュール』との対面なんて、本来なら上級騎士の階級まで出世した騎士にしか認められない名誉な事だが、『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』では『入団式』のイベントとして採用している。
今年入団する准騎士達に視線を移すと、全員が両目を野心でメラメラと燃やしている所だった。
『名持ちのヴァンピール・アルミュール』を装着する夢に魅入られているようだ。
成程、入団式で『顔合わせ』をするのも間違いでは無いだろう。
実際、入団したばかりの准騎士達は、立身出世の闘志を燃やしているようだし、士気を高揚させるにはもってこいのイベントだ。
俺はステージの上に並んだ3体の『ヴァンピール・アルミュール』に視線を向ける。
向かって左側に立つのは、美しい青色の装甲板を持った女性型の甲冑だ。
両肩からは水色のマントをたなびかせ、突撃槍とタワーシールドを装備している。
あれが、ペルセヴェランスと呼ばれる『ヴァンピール・アルミュール』だろう。
拠点防御を得意とし、氷属性を得意とする魔法師と相性が良い、……と愛読の歴史書に記載されている。
その隣に佇むのは、異形の『ヴァンピール・アルミュール』だ。
銀色の装甲に、スラリと伸びた長身の甲冑のデザイン。
形だけ見れば普通だが、背中から伸びた追加の4本の腕が違和感を加速させている。
腕は本来あるものと加えたら、合計で6本もある。
それぞれの腕には長剣が収納された鞘が装着されており、可能ならば六刀流で戦えるとの事だ。
あれがジュスティスか。
歴史書によると、剣術特化の『ヴァンピール・アルミュール』で、以前は『剣聖』と謳われた女騎士が装着していたらしい。
そして、その隣に立つ『ヴァンピール・アルミュール』を見る。
「うわあ……」
思わず声が漏れる。
向かって右端に鎮座する白い装甲板の甲冑に、血の様に紅い関節部に、緋色のマント。
左腕には巨大な長剣を収納した巨大な盾を装備し、頭部にある黄色い二つ目が爛々と輝いて見える。
見間違える筈も無い。
あの騎士様が身に纏っていた『ヴァンピール・アルミュール』だ……!
名前は、……クラージュ。
5年前のあの日、丘の上で散った騎士様が装着していた『ヴァンピール・アルミュール』は、今も尚、装着の資格のある騎士を選定していないようだ。
「それでは、名前を呼ばれた准騎士は順番に『名持ちのヴァンピール・アルミュール』の前で『顔合せ』の儀式を行います。……、アンナ=ド・ブルイエ!」
司会を務めるディオン様が、最初に騎士学校を首席で卒業されたアンナ様を呼んだ。
「はい!」
アンナ様は凛々しい口調で返事をし、キビキビとした足取りで壇上に上がった。
壇上の端に控える『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』の幹部たちや、入団したばかりの准騎士達が固唾を飲む。
王都騎士学校を首席で卒業したアンナ様だ。
最初から大本命だろう。
カツン、カツンと落ち着いた足音を立てて、アンナ様がクラージュの前で足を止める。
「………」
クラージュは無言のまま、黄色い二つの目でアンナ様を睥睨し、ピクリとも動かない。
…………。
………。
……。
10秒くらい経過した。
それでも、白い甲冑はアンナ様に反応を示さない。
『……よろしい、アンナ卿。隣のジュスティスの前に立って』
ディオン様が、落ち着いた声でアンナ様に言外で諦めるように促した。
「く……」
アンナ様は一瞬だけ悔しい表情を浮かべた後、隣に立つ銀色の6本腕の甲冑の前に立つ。
ジュスティスは不動だ。
アンナ様を見つめてはいるが、クラージュ同様に、跪きも胸部装甲を解放する事もしない。
首席で卒業してもダメなのか。
「……アンナ卿、ペルセヴェランスの前に移動して」
「……、はい……」
プライドが砕かれたような表情を浮かべ、アンナ様は最後にペルセヴェランスの前に移動した。
今年はダメだな、という雰囲気が『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』の幹部たちから流れ始めた。
『名持ち』に選定されるハードルの高さを垣間見て、俺も苦い表情を浮かべる。
だが、数秒経過した時だった。
『……汝が魂、我が魂に共鳴せり……』
朗々とした女性の言葉が、会場に静かに響いた。
そして、ペルセヴェランスは静かな足取りでアンナ様の前まで歩き、跪いた。
──ブッシュゥゥゥ……!
蒸気の漏れる音と共に、ペルセヴェランスの胸部装甲が開く。
アンナ様が、『名持ちのヴァンピール・アルミュール』に装着者として選定されたのだ。
『オオオオオ!!』
会場に出席した騎士達や従者達が一斉に歓声を上げた。
紛れもない、歴史の1ページに刻まれる場面に俺達は立ち合えたのだ。
会場内は瞬く間に祝福ムードに包まれ、騎士団全員が拍手喝采している。
俺も拍手喝采でアンナ様を祝福した。
「……」
かくいうアンナ様は認められた事に一番驚いているのか、少し放心気味だ。
血統官であるソレイユ様に促され、アンナ様がペルセヴェランスに乗り込み、装着する。
──ブッシュゥゥゥ……!
胸部装甲を閉じ、ペルセヴェランスが静かに立ち上がり、ソレイユ様に誘導される形で壇上奥の昇降機に乗り、退席した。
残る『ヴァンピール・アルミュール』は、……2つ。
『アルセーヌ=ド・マクロン!』
ディオン様が次の准騎士を呼ぶ。
「はい!」
野心に満ちた表情の准騎士様が、堂々とした足取りでクラージュの前までやってきた。
だが、結果は予想通りだ。
クラージュもジュスティスも、その准騎士を選定しなかった。
その次の准騎士も、その次の准騎士も同じだ。
昨日の駅で揉めた、粗暴なオーバン、三白眼のボドワン、キザのセドリックも同様の結果だった。
この3人に対してはクラージュもジュスティスも見るのも嫌だったらしく、……なんと顔を背けてしまった。
会場が失笑に包まれ、3人は屈辱の表情を浮かべて壇上から降りて行った。
今年、入団した准騎士は9名の名前が呼び終わった。
だが、……今年は10人目が居る。
『アレクサンダー!』
司会であるディオン様は事前に知っているのか、落ち着いた声で、平民従者である俺を呼んだ。
「はい!」
俺は従者席の中から立ち上がり、壇上へ向かった。
式典会場がどよめいている。
『ヴァンピール・アルミュール』を装着できるのは、魔法師の血統を持つ人間だけだ。
平民の血では、血統炉は反応しない。
それは純然たる事実だ。
だが、俺は呼ばれた。
壇上にいる血統官であるソレイユ様へ視線を向けると、彼女は眼鏡のレンズをキラリと輝かせて不敵に微笑んで見せた。
仕方が無い。
俺は、勇気を出して、クラージュの前に立つ。
甲冑の兜の下にある二つの両目が、ジッと俺を見つめている。
5年前、自分を救ってくれた大きな甲冑と再会した事で、俺の胸の奥底から言語化できない感情が溢れ出る。
──ゴーン……! ゴーン……! ゴーン……!
王都の聖王教大聖堂から、鐘の音が鳴るのが聞える。
鐘の音に驚いた鳩が、一斉に羽ばたき、会場の空を舞う。
鳩の羽ばたきの音が、鐘の音と共に、徐々に遠のいてゆく。
そして、……
──ドシン……!
鋼鉄の足音が、会場に響いた。
「なんだと……!?」
「そんなバカな……!?」
「平民じゃなかったのか……!?」
それを目の当たりにした、入団式にいる全ての人間がどよめいた。
『我、汝の魂に勇気を見た。我、汝を装着者に選定する……!』
──ブッシュゥゥゥッッッ!!
クラージュは俺の前で跪き、高圧蒸気を漏らしながら、胸部装甲を解放した。
騎士様……。
俺は1滴だけ涙を流した後、5年前、自らを守ってくれた騎士様の笑顔を脳裏に浮かべながら、クラージュに乗り込んだ。
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作者のやる気に火が付きます!
来週の蒸血騎士英雄譚も、お楽しみに!




