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急転

 統一歴657年 3月5日 氷曜日 13:00

 聖王宮 訓練棟 アレクサンダー



「『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』に、アタシを超える雷属性の使い手は居ない。さぁ、一緒に頑張ろうか、アレクサンダー卿!!」


 緑色の雷光を弾かせながら、ヴァネッサ卿は不敵に微笑んだ。


「ありがとうございます、ヴァネッサ卿!」


 気が付けば、俺はヴァネッサ卿に感謝の言葉を告げていた。


 身が引き締まるような思いだった。


 『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』の第4大隊の隊長自らが、俺の稽古の為に時間を割いてくれる。


 同期と打ち解けたとはいえ、依然として『騎士団』の内部では腫れ物のように扱われる中、俺の為にここまでしてくれるヴァネッサ卿に、自然と笑みを浮かべる自分がいた。


「ふふん♪ お安い御用だよ、アレクサンダー卿♪」


 ヴァネッサ卿の情熱的な輝きを放つ琥珀色の両目は、真っ直ぐに俺だけに注がれている。


 第4大隊。


 ここに配属されるのも悪くないのかもしれない。


 俺の心の中の天秤は今、大きく第4大隊に傾いている。


「むぅ~」


 と、アンナ卿が不機嫌そうな表情を浮かべている。


 何が理由で不機嫌なのかはよく解らないが、……放置してはいけない気がするので、後で話し合う事にしよう。


 そんな事を考えていると、……


「こぉら、イチャイチャもその程度にして、そろそろ訓練を始めるよぉ、2人ともぉ!」


 運搬車の運転席から、ソレイユ卿が声を上げる。


 俺は慌ててヴァネッサ卿の美貌から視線をそらした。


「ご、ごめんなさい、ソレイユ卿! 何か、手伝おうか?」


 俺は、ソレイユ卿の告白の返事を保留している身である。


 他の女性を意識するのは不誠実だろうと思い、俺は慌ててソレイユ卿に歩み寄る。


「手伝うも何も、今日の訓練はアレクサンダー君が主役なんだよ? はやく、このベージュ色の『アノニム(トロワ)』を装着してくれるかい? 装着方法は『クラージュ』と同じだから、入団式の時と同じノリでやって欲しいんだ♪」


 俺と会話するだけで嬉しいのか、ソレイユ卿がニコニコと微笑みながら、運搬車の荷台に固定されている『ヴァンピール・アルミュール』を指差した。


「解りました!」


 俺は元気よく返事をすると、運搬車の荷台に飛び乗った。


 目の前にある2体の『ヴァンピール・アルミュール』。


 片方は緑色で、もう片方はベージュ色だ。色は違うだけで、両者の装備は標準的な盾と長剣である。


 恐らく、緑色の『ヴァンピール・アルミュール』がヴァネッサ卿の専用甲冑だろう。


 これらの甲冑の正式名称は、ソレイユ卿が言っていた通り、『アノニム(トロワ)』という『ヴァンピール・アルミュール』だ。


 通称、『名無し』と呼ばれる、量産型の『ヴァンピール・アルミュール』である。


 何故、『名無し』と呼ばれるかと言うと、『アノニム』は王国語で『匿名(とくめい)』を意味する言葉だからだ。


 『クラージュ』のような『名持ち』とは違い、量産型の『名無し』は蒸血機関の出力が数段劣るのが特徴である。


 確か、『クラージュ』や『ペルセヴェランス』の蒸血機関の出力が5000馬力に対し、……『アノニムⅢ』は1000馬力しかない。


 まぁ、1000馬力でも普通の平民からすれば十分に脅威に満ちた兵器なのは間違いない。


 蒸血機関の出力と、騎士の使う肉体強化魔法。それらが合わさった甲冑で平民を殴れば、描写するのも憚れる程のグロテスクな惨状になるのは想像に難くない。


 しかし、30mの体躯を誇る第5段階の人狼が相手となると、『アノニムⅢ』では力不足だ。


 『アノニムⅢ』が欠陥を抱えている訳ではない。


 比較対象となる『クラージュ』のような『名持ちのアルミュール・ヴァンピリク』が異常な出力を誇っているだけであり、敵対する第五段階の人狼があまりにも大きすぎるのだ。


 だが、量産型の『アノニムⅢ』にも、名持ちの『クラージュ』より優れている所はある。


 これらの甲冑は量産が可能な上に、──装着者を選定する意思も持たない所だ。


 つまり、安定した運用ができる甲冑なのである。


 運搬車の荷台に乗せられたそれらは、置物のように動かず、意思も熱意も感じられない。


「今日はよろしくね、『アノニムⅢ』」


 気まぐれで、俺は与えられたベージュ色の『アノニムⅢ』に語り掛けた。


「……」


 だが、『アノニムⅢ』は返事をしない。


 当然だ。


 前述の通り、『アノニムⅢ』にそんな機能は最初から搭載されていない。


 『クラージュ』と比べると寂しさを覚えるが、第四段階までの人狼と戦う兵器ならば、これくらいが丁度良いのかもしれない。


 いざ、装着しようとする寸前、


「おっと♪ 装着する前に、騎士服の上着は脱いでおいた方が良いわよ、アレクサンダー卿?」


 と、背後からヴァネッサ卿が話しかけてきてくれた。


「え?」


「式典では着ていないといけないけど、実戦なら脱ぐのが暗黙の了解よ、アレクサンダー卿。じゃないと、甲冑の中じゃ動きにくいからね♪」


 ヴァネッサ卿がニコニコと微笑みながらそう言うと、俺の眼の前で堂々と上着を脱いで、手近な手すりに引っ掛けた。


「緊張しなくて良いのよ? 誰だって『初めて』はあるんだから♪」


 ヴァネッサ卿はウィンクすると、胸の谷間を見せつけるようにシャツのボタンを全て外した。


 シャツの割れ目からは、豊かな胸の谷間と、黒いブラの布地が見える。


 途端、自分の頬が火照る感覚があった。


 俺は慌ててヴァネッサ卿に背を向け、


「あ、ありがとうございます、ヴァネッサ卿!」


 と言いながら、騎士服の上着を脱いで、手近な手すりに引っかけた。


「ふふふ♪ それじゃ、先に闘技場で待っているわね、アレクサンダー卿♪」


 背後からヴァネッサ卿の声が聞こえると同時に、『ぶっしゅぅぅぅ~ッ!』と蒸気が漏れる音がする。


 振り返ると、緑色の『アノニムⅢ』が鋼鉄の足音を響かせて運搬車の荷台から降りて行った。


 思わず、脳裏にヴァネッサ卿の褐色の胸元が蘇り、鼓動が高鳴る。


 悶々(もんもん)卑猥(ひわい)な事を考える思考を振り払うように、俺は頭を左右に振った。


 俺、どうしちゃったんだろう……。


 騎士団に入る前は訓練の事しか考えられなかったのに、最近は無性に女性が恋しいと考える自分が居る。


 頭の中に、ソレイユ卿やアンナ卿、そしてヴァネッサ卿が微笑む光景が思い浮かぶ。


「気合を入れろ、俺……!」


 パン、と両手で頬を叩き、俺は頭の中からピンク色の妄想を叩き出した。


 そのまま、ピンク色の光景を振り払うように、眼前の『アノニムⅢ』に歩み寄る。


「さてと、……確かこの辺りに……」


 俺はベージュ色の『アノニムⅢ』に近寄り、人間で言う所の首元にあたるレバーを引いた。


 ──ブッシュゥ~ッ!!


 軽い蒸気の漏れる音と共に、ベージュ色の『アノニムⅢ』の胸部装甲が開き、人間1人が入れる程度の隙間が晒される。


「よし」


 ワイシャツの第一ボタンだけを外しながら、俺は自身の身体を甲冑の隙間に滑り込ませる。


 ──カシャン……!


 甲冑の内部で自分の身体を固定させると、胸部の装甲板が閉じ、フェイスガードが降りる。


 そのまま、甲冑の内部の金具が俺の腰、両膝、両肘、両手首、両脚首を固定して、適切なサイズになるように内部が伸縮を始める。


 この辺りは『クラージュ』と一緒だ。


 安心していると、


 ──ブスリ!


「くッ!」


 と、首筋に鋭い痛みが走る。


 蒸血機関に必要な燃料となる血液を吸引する、真鍮製の針が突き刺されたのだろう。


 背中に搭載された蒸血機関が、『ゴゥン……、ゴゥン……』と唸るような音を立てて稼働を始める。


 その途端、魔導液晶が視界を覆うように展開され、外の様子が表示された。


 魔法エネルギーを取得して稼働できるようになった証だ。


 ずっと平民だと認識していたからか、こうやって『騎士の証明』を突き付けられる感覚に慣れない自分がいる。


 きっと長い夢を見ていて、目が覚めたら妹分のクラリスがベッドの傍にいて、食卓に行けばエプロンを着たイザベラ先生がいて……。


 そんな光景を何度も妄想したが、……目の前に表示される魔導液晶の表示は本物だ。


 若干、『クラージュ』のに比べて解像度が低いように感じるのは、量産型の甲冑だからだろうか……?


『やっほー♪ アレク君、ボクの姿が見えているかなぁ?』


 視界の中で、赤毛の血統官が可憐に右手を振りながら俺に挨拶しているのが見える。


 年上の女性に対して抱くのは失礼なのかもしれないが、とても可愛らしく思える。


「はい、バッチリ見えています、ソレイユ卿!」


 俺は元気よく返事をして、『アノニムⅢ』の顔を彼女に向けた。


素晴らしい(フォルミダーブル)! それじゃ、軽く足踏みして、稼働状況に不具合は無いか確認してくれるかい?』


 眼鏡のレンズを光らせながら、ソレイユ卿が次の指示を出した。


「了解です」


 俺は言われた通りに、その場で足踏みした。


 ドシン、ドシンと装着した『アノニムⅢ』が鋼鉄の足音を響かせ、荷台の上で足踏みする。


 総重量が2t前後する甲冑が足踏みしても、運搬車の荷台が壊れそうな気配は微塵も無い。


 それに、装着している『アノニムⅢ』の動作はとても滑らかだ。


 身体の延長線に甲冑がある事が実感できる程、動作に違和感は無い。


 量産型といえども、整備が行き届いている証だ。


 きっと騎士団に所属している整備班は腕利きの職人揃いなのだろう。


『よぉし! それじゃ、一緒に歩きながら今回の訓練内容を説明するよ』


 準備が整った事を確認したソレイユ卿が、『アノニムⅢ』を装着した俺に道を譲るように腋に移動する。


 俺はゆっくりと『アノニムⅢ』の右脚を踏み出す。


 ──ドシン!


 と、重厚感のある鋼鉄の足音と共に、運搬車から降りる。


 重量がある甲冑だが、蒸血機関から動力を得ているからか、動作はまるで裸でいるように軽い。


 そのまま、ゆっくりと闘技場のステージに向かって歩き続ける。


『さて、アレク君も気付いていると思うけど、今日の訓練は実戦形式の指導訓練だよ! 勝ち負けとかは無い訓練だから、いきなり斬りかかったらダメだからね』


「指導訓練?」


『あー、アレク君は騎士学校を卒業していないんだったよね? 指導訓練というのは、教官役の騎士が相手に戦い方を教えながら戦う訓練方法だよ。教官役の人がお手本を見せて、生徒役の人がお手本通りに技を真似る。不手際があれば、教官役の騎士が再びお手本を見せる。生徒役がお手本を真似して技を出す。これを合格点に至るまで繰り返すのが、指導訓練の大まかな流れだけど、大丈夫かな?』


 ソレイユ卿の言葉を聞いていると、脳裏にイザベラ先生との剣術訓練を思い出した。


 剣の振り方の手本を師範となる人物が弟子に見せ、弟子がその動きを真似て剣を振るう。


 まぁ、イザベラ先生の場合はスパルタで、……


『アレク、今からお前の脳天に木刀を振り下ろすから、上手く弾き返せ』


 と淡々と振り下ろすイザベラ先生の木刀に、必死に木刀を振るった毎日を思い出す。


 厳しい事ばかりを言われた記憶が蘇るが、全く苦ではなかった思い出だ。


 イザベラ先生、今頃、元気にしているかな……。まぁ、俺が居なくても淡々と授業を続けているだろうけど……。


 なんて考えながら、俺はヴァネッサ卿の実力を想像しようと頭を働かせる事にした。


 上級騎士なんだから、絶対に平民のイザベラ先生より強い筈だ。


「訓練内容は、大雑把ですけど想像できました。それで、ヴァネッサ卿ってどれくらいの強さなんですか?」


 何の気なしに、俺はソレイユ卿にそう尋ねた。


『バカ言っちゃいけないよ、アレク君? ヴァネッサ卿はキミが敵う相手じゃないよ? 何せ、入団してから2年目で第4大隊の隊長を任される『女傑』の二つ名を持つ上級騎士だ。しかも、エルメントルート流剣術の星位の段位を持つ達人なんだよ? 今まで戦ってきた准騎士とは訳が違うから、怪我をしないように慎重に戦って欲しい。今日の訓練で『ヴァンピール・アルミュール』を装着した騎士の戦い方を実感してくれたら、ボクにとってもアレク君にとっても収穫のある訓練になるよ!』


 ソレイユ卿の言葉には、緊張が孕んでいた。


 成程、確実にイザベラ先生より強いようだ。


 歩行を続けながら、自分が装着している『アノニムⅢ』の装備に初めて意識が飛ぶ。


 左腕に装備された大きな盾と、そこに収納された長剣。


 まさしく、『クラージュ』と同じ装備だ。


 恐らく、騎士団は俺に少しでも早く、『クラージュ』の戦い方を習得して欲しいのだろう。


 身が引き締まる気持ちになりながら、俺は闘技場に到着する。


 対面には、既に緑色の『アノニムⅢ』が待機している。


 装備を見ると、『クラージュ』と同じだ。


 即ち、巨大な盾とその盾に収納された長剣である。


「ソレイユ卿。ヴァネッサ卿の装備と俺の装備が一緒なのは、合わせてくれたんですか?」


『まさか。ただの偶然だよ、ぐーぜん! ヴァネッサ卿もそこまで親切じゃないよ!』


「そ、そうですか……」


『それじゃ、訓練を頑張って、アレク君!』


「了解です」


 俺はそう返事をしながら、一歩を踏み出した。


 今日の訓練は指導訓練。


 しかし、俺は盾を使った剣術を学んでいない。


 イザベラ先生は長剣のみの戦い方を教えてくれたので、防具となる盾を駆使した戦い方が解らないのだ。


 まぁ、ヴァネッサ卿の動きを真似していけば良いだろう。


 幸い、俺にはイザベラ先生から褒められる程に眼が良いし、達人の動作を真似るのは得意な方だ。


 チラリと、観客席に視線を向ける。


 第4大隊の女性陣から少し離れた位置に、アンナ卿の姿が見えた。


 仏頂面で俺に視線を投げかけているので、盾を掲げて挨拶してみる。


「プイ」


 彼女は話し掛けて欲しくないとばかりにそっぽを向いてしまった。


 どうも、今のアンナ卿は機嫌が悪い様だ。


 最近、俺と離れただけでも不機嫌そうな表情を浮かべるアンナ卿からすれば、今の状況はモヤモヤしているのかもしれない。


 確実に言えるのは、今の状況は、彼女からすれば面白くない状況なのだろう。


 けど、今の俺は彼女にどうやって接したら機嫌が直ってくれるのかが解らない。


 脳裏に、『男なら、2人纏めて嫁にする甲斐性くらい見せたらどうだい、アレクサンダー卿?』というヴァネッサ卿の言葉が蘇る。


 けど、俺は男として未熟だ。


 そして、騎士としてももっと未熟だ。


 ──ドシン! ドシン!


 重厚感のある鋼鉄の足音を響かせ、正面に緑色の『アノニムⅢ』が近づいて来る。


 体幹が鍛えられた人間特有の、重心にブレの無い隙の無い歩き方。


 ヴァネッサ卿、……若くして隊長を任されるあたり、相当な手練れのようだ。


『準備は良い、アレクサンダー卿? 『ヴァンピール・アルミュール』を装着した上での訓練は初めてだろうけど、怪我しないように集中しな』


 外部拡声器を通して、緑色の『アノニムⅢ』からヴァネッサ卿の言葉が響く。


「は、はい! よろしくお願いします、ヴァネッサ卿!」


『うん、よろしく、アレクサンダー卿♪ それじゃ、早速始めようかぁ~♪』


 ──ブッシュウウウゥゥゥ~~~ッッッ!!


 緑色の『アノニムⅢ』の背面から、緋色の蒸気が漏れ出る。


 ビリビリと首筋が震え出す。


 まずいな。ここまで強烈な殺気は久しぶりだ。


 多分、騎士団に着て初めて味わう、本物の殺気だ。


 それが、今まで親切にしてくれたヴァネッサ卿から浴びせられている事に少しだけ哀しく思いながらも、俺は剣を構える。


『それじゃ、アレクサンダー卿。普通に訓練したら面白くないから、賭けをしようか♪』


 緑色の『アノニムⅢ』は緋色の蒸気を吐き出し続けながら、そんな言葉を紡ぐ。


「賭け?」


『そう、ウチじゃよくある賭け♪ この訓練で大魔法まで習得できたら、あたしがアレクサンダー卿に夕飯をご馳走する。大魔法を習得できなかったら、アレクサンダー卿があたしに夕飯をご馳走する。どうだい?』


 明るい口調のままだが、俺の首筋の痙攣は止まらない。


 ヴァネッサ卿は大人げない事に、本気で俺に夕飯を奢らせようとしているようだ。


 正直、勝てる見込みは無い賭けなのだから、断るのが最良の選択かもしれない。


 けど、ここで断ったらどうなる?


 俺の本能は、断ったら最後、『男』として終わると告げているような気がした。


「その賭け、乗ります!」


 俺は勇気を出して返答した。


 その瞬間、──


 ──ブッシュゥゥゥ~~~ッッッ!!


 と、俺が装着している『アノニムⅢ』が緋色の蒸気をまき散らす。


 圧縮され、凝縮された魔法エネルギーが、身に纏っている甲冑に十全に行き渡るのを感じる。


 それと同時に、


 ──バチッッッ、バチバチバチッッッ!!


 空気が弾ける音と共に、水色の雷が俺の『アノニムⅢ』の周囲に満ち溢れる。


『よしよし、素晴らしい魔法エネルギーの高まりだね♪ 本当に昨日、属性魔法に覚醒したばかりなのかい、アレクサンダー卿?』


 ワクワクした口調で、ヴァネッサ卿が纏った緑色の『アノニムⅢ』が軽快な足捌きを見せながら、徐々に間合いを詰め始める。


 しかし、闘技場の観客席は想像以上に驚いているようだった。


 第4大隊の女性騎士の皆さんは、従者を含めて両手で口元を覆って驚いている。


 アンナ卿だけが、「見なよ、わたくしのアレクサンダー卿を……!」と言わんばかりに得意満面な笑顔を浮かべていた。


 と、俺が彼女に視線を向けている事に気付いた途端、「ちゃんと訓練に集中しなさい」と表情で叱られてしまった。


 嬉しいような、理不尽なような、そんな気持ちのまま、俺はヴァネッサ卿に視線を戻す。


「その、やっぱり俺の成長速度って早いんですか?」


 俺は緊張しながら、そう返答をする。


『爆速だよ、爆速♪ 普通の騎士学校の生徒なら、今のアレクサンダー卿の領域に至るのに、3年は必要だよ! 下手したら、到達できない騎士もいるんだから』


 ヴァネッサ卿に言われ、俺は観客席で驚いている第4大隊の女性騎士達の反応に納得ができた。


 なら、この調子で成長しよう。


『それじゃ、早速、始めるよ、アレクサンダー卿!』


 ヴァネッサ卿はゆっくりと剣を構えた。


『聞いていると思うけど、今日の訓練は指導訓練。あたしが手本で属性魔法を発動するから、アレクサンダー卿は真似して属性魔法を発動して♪』


「了解です!」


『良い返事♪ 属性魔法の発動方法を教えるけど、肉体強化魔法の発動の応用みたいなものだと思って大丈夫! 今のアレクサンダー卿のように属性の顕現現象が起きる状態まで魔法エネルギーを高めた状態で、専用の呪文を唱えたら発動するから。ここまでは大丈夫?』


「はい、問題ありません!」


『それじゃ、軽く基礎呪文から行くよ! ……駆けよ雷光! 『飛電刃(ラ・フードル・ラーム)』!!』


 ──バチバチバチッッッ!


 緑色の雷がヴァネッサ卿の『アノニムⅢ』の剣先に収束する。


『ふふん♪』


 と、緑色の『アノニムⅢ』が、剣先を俺に向けた。


 その瞬間、


 ──ヴァァァンッッッ!!


 轟音と共に俺が構えていた『アノニムⅢ』の盾に重たい衝撃が走る。


 2tもの重量のある『アノニムⅢ』が、思わずフラつく程の衝撃だ。


 いや待て!


 今の攻撃、目で追えなかった!?


 イザベラ先生の剣筋と同じように目で追えなかった攻撃に戦慄する俺に、


『ふふん♪ どうしたのぉ、アレクサンダー卿? やっぱり訓練やめるぅ?』


 と、ヴァネッサ卿が俺を挑発するような口調で尋ねて来た。


「や、止めません……!」


 俺は反射的にそう応えていた。


 自分にだって、男の意地がある。


『よしよし、それじゃ、さっきあたしが唱えた呪文は覚えている? 一言一句間違えずに唱えたら、同じ魔法が使えるから唱えてみて。狙いは自分の眼で集中して見ている場所に当たるようになっているから、やってごらん? 観客席に意識を向けたら、そっちに飛んじゃうから真剣にやりなよ?』


 ヴァネッサ卿はそう言って、緑色の『アノニムⅢ』の盾を掲げて見せる。


「はい! 駆けよ雷光! 『飛雷刃(ラ・フードル・ラーム)』!」


 言葉を唱えた瞬間、体中を渦巻いていた魔法エネルギーが方向性を与えられ、水色の雷が小剣の形となる。


 俺は自分の意識を、ヴァネッサ卿が構える緑色の盾に集中させる。


 その瞬間、……


 ──ヴァァァンッッッ!!


 衝撃音が響くと同時に、俺が生成した雷の小剣がヴァネッサ卿の盾に命中する。


『おっと……』


 少しだけ驚いた様子のヴァネッサ卿が装着する『アノニムⅢ』が、数歩だけよろめいた。


 闘技場に張り詰めたような緊張感が走った。


 観客席から、


「え、嘘でしょ? 『飛雷刃』をもう習得した……!?」

「早すぎじゃい……?」

「ただの偶然……? 雷属性の魔法攻撃で、狙った場所に命中だなんて……!」


 との声が漏れ聞こえる。


 だが、そんな事はどうでも良い事だ。


 今、俺は魔法の神髄に触れたような気がした。


 全身を駆け巡っていた魔法エネルギーが、呪文と共に方向性を与えられたのを目の当たりにした。


 肉体強化魔法の延長線上にある属性魔法の本質に、指先が届いた。


 そんな確信があった。


 多分、もう一度、ヴァネッサ卿の手本を見たら、……次は無詠唱で発動できる自信がある。


『やるねぇ、アレクサンダー卿♪ 本当に成長が早い……!』


 少し興奮を孕んだ声で、ヴァネッサ卿が俺に告げる。


 何時もの軽口だ。


 だが、明確に彼女の纏う空気の質が変わった。


 顔は見えないが、あの甲冑の奥にいるヴァネッサ卿は今、絶対に笑っていない。


『……ねぇ、もしかして、属性魔法の事、だいたい掴めたんじゃない?』


「買いかぶりですよ、ヴァネッサ卿」


『あっそ。……じゃ、もう一回行くよ? 疾く駆けよ雷光!『飛雷刃(ラ・フードル・ラーム)』!!』


 再び、緑色の閃光が駆け巡る。


 先程よりも速いが、目で追える。


 だが、回避は不可能なまでに速い……!


 即座に判断した俺は、背後の蒸血機関で圧縮生成された魔法エネルギーを甲冑の下半身と盾に収束させる。


 蒸血機関で繋がった甲冑と俺の身体は、もはや完全に一体化したもの同然だった。


 だから、肉体強化魔法なら呪文詠唱は不要なまでに成長した俺には、造作も無い事だ。


 そして、──


 ──ヴァァァンッッッ!!


 激しい衝撃が俺の盾を揺らす。


 よし、今度は盾で防げた……!


『……』


 ヴァネッサ卿は何も言わない。


 だが、一段と纏う空気が重たくなった。


 ヴァネッサ卿が纏う緑色の『アノニムⅢ』が、何も言わずに、静かに盾を構える。


 俺は魔法エネルギーを高める。


 もう、呪文なんて必要ない。


 魔法エネルギーはもう、俺の手足の延長線上に存在する、俺の肉体そのものだ。


「……」


 俺は無言で、右手に握った剣の切っ先を、ヴァネッサ卿が構える盾に向けた。


 刹那、──


 ──ヴァァァンッッッ!!


 と、ヴァネッサ卿の盾に、雷の小剣が激突する。


『えええええッ!?』


 盾で防いだヴァネッサ卿が、素っ頓狂な声を上げる。


 いや、ヴァネッサ卿だけではない。


 観客席からも、


「無詠唱で発動した!? 噓でしょ!?」

「2回見ただけで無詠唱習得とか、どういう事よ!?」

「いやいやいや、ありえないから!!」


 と、素っ頓狂な声が上がる。


「ヴァネッサ卿、次の呪文を教えて下さい」


 俺は静かに、そう告げた。


 頭の中は、今夜の夕飯はヴァネッサ卿に何を奢ってもらおうか、真剣に検討を始めていた。



 統一歴657年 3月5日 氷曜日 17:30

 聖王宮 会議室 ヴィクトール



「くそ!」


 オレ様、ヴィクトールは苛立たしさを隠そうともせずに、会議室の机を叩いた。


「そう怒るもんじゃないよ、ヴィクトール?」


 金髪碧眼の美男子である第3大隊隊長のディオンが、オレ様に穏やかな口調で窘める。


「怒って当然だろ! この五日間、第五段階人狼どころか、第四段階人狼も王都に出現しやがらねぇ! これじゃ、オレ様が考えた計画が台無しだ!!」


 オレ様はそう言って、会議室の椅子に腰を下ろす。


「第四段階以降の人狼は、病の進行によって出現するわ。来る時は来るけど、来ない時はこない。過去には1カ月以上も出現しなかった事があるのだから、今更、焦らなくても良いんじゃない?」


 プラチナブロンドの髪の毛をサイドテールに結い上げた女騎士、第5大隊隊長のリーゼロッテが、呆れたような口調でそう言った。


「そうそう。それより、あのアレクサンダー卿はメキメキと実力をつけているそうじゃァないか。強引に実力を試すよりも、じっくりと成長過程を見守るのも悪くないじゃァないか」


 呪文の学術書を、雑誌をめくるような気軽さで眺めながら、もう一人の上級騎士が言い加える。


 銀髪をポニーテールに結い上げた髪型に、褐色肌の優男。


 第8大隊隊長のラファエルだ。


 同期のよしみでオレ様の計画に乗ってくれた3人の大隊長だ。


 計画、といってもそんなに大層な代物じゃない。


 第5段階人狼、もしくは第4段階の人狼が出現した際は、あの平民の小僧に『クラージュ』に装着させた状態で出撃させ、あれやこれやと理由をつけて最前線におびき出し、人狼と戦わせるという単純な計画だ。


 勝てたのなら、気に入らないが『クラージュ』の眼に狂いは無かった、という事でその選定は受け入れる。


 負けたのなら、『クラージュ』を装着する資格無しという烙印を押し、早々に騎士団から追い出す算段だ。


 あの小僧が負けても、飛行船レイユ・ソレストからオレ様やディオンが狙撃すれば、たいていの人狼は屠れるので、被害は最小限に済むだろう。


 第3大隊のディオンも、第5大隊のリーゼロッテも、第8大隊のラファエルも、あの平民出身の小僧が選定された事は疑問に思っている。


 今日はその計画の定例会だが、最近の3人はどうもやる気が無い。


「なぁ、ヴィクトール。もう良いんじゃないかい?」


 ディオンがため息交じりに、オレ様にそう言った。


「何がだ?」


「アレクサンダー卿の事だよ。彼を助けた事が原因で、ベルナール卿が死んだのかもしれないが、それであの少年を咎めるのはお門違いだ。実力不足な騎士が『名持ち』を装着するのは疑問だが、彼は必死に毎日の訓練を頑張っている、……とベルティーユ卿からも報告が上がっている」


 ディオンは穏やかな口調でそう言った。


 リーゼロッテもラファエルも、ディオンの意見に同意するように頷いている。


「それに、ヴァネッサ卿の言葉通りならば、あの少年に剣術を教えたのは、『イザベラ先生』だそうだよ?」


 ディオンの言葉に、リーゼロッテやラファエルが、トラウマを刺激されたかのように、苦い表情を浮かべた。


 4期入団のオレ様達は天才ぞろいだ。


 『狙撃手』の異名を持つ、狙撃の天才であるディオン。


 『聖女』の異名を持つ、回復魔法の天才であるリーゼロッテ。


 『天才』の異名を持つ、7属性の魔法を駆使できるラファエル。


 そして、『極光』の異名を持つ、『名持ち』のヴァンピール・アルミュール『オネテェティ』を装着する、オレ様、ヴィクトール。


 黄金世代とまで持て(はや)されているが、俺達の鼻っ柱をへし折ったのが剣聖イザベラ様だ。


 当時のイザベラ様は第9大隊隊長を務め、オレ様達を徹底的に鍛えぬいた悪魔のような教官だった。


 だが、その剣聖様と、平民の小僧の師が同一人物な訳がねぇ!


「単なる偶然だろ!」


「そうかい? ヴェンデルガルト流の使い手でイザベラという名前の人なんて、あの人以外に存在しないんじゃない?」


「ディオン、てめぇ、何が言いたい?」


「単刀直入に言うよ? 計画を白紙に戻すべきだ。アレクサンダー卿を育てたのが、ボク達の知っている『イザベラ先生』なら、ボク達が介入して良い話じゃない筈だ」


「うるせぇ! ディオン、まさか、剣聖イザベラ様と、あいつの師匠が同一人物だと勘ぐってるのか!?」


「悪いけど、ヴェンデルガルト流剣術を教えられて、イザベラという名前を持っている女性なら、間違いなく彼女じゃないか?」


 ディオンの言葉に、リーゼロッテとラファエルが同意するように頷いた。


「私見だけど、剣聖様の特訓を5年間も耐えられたアレクサンダー卿には、平民だけど騎士を名乗る権利はあると考えるわ。私は、半年でもきつかったんだから」


 リーゼロッテが苦い表情を浮かべ、そう言った。


「それに、剣聖様はベルナール卿の正妻じゃァないか。ベルナール卿が命を懸けて護った命を、剣聖様は鍛えられた。それを、我々のちょっとした意地悪で窮地に追い込むなんて、陰湿じゃァないかな?」


 ラファエルが苦笑しながらそう言った。


 ったく、どいつもこいつも!


「お前ら、ベルナール卿の後釜が平民で良いって言うつもりか!?」


「後釜かどうかを決めるのはボク達じゃない。『クラージュ』だ。選定権はラウール王ですら介入できない、『名持ち』のヴァンピール・アルミュールに許された特権だよ? そして、アレクサンダー卿は平民特有の臆病さが無い。なら、年長者として見守るべきじゃないのかな?」


 ディオンは毅然とした口調で、オレ様にそう言った。


「くッ、正論すぎて、反論できねぇ!」


 オレ様は正直にそう言った。


「なら、今回の計画は中止で良いね?」


「ああ、そうしてくれ!」


 オレ様がディオンにそう言うと、リーゼロッテやラファエルが安堵の表情を浮かべる。


 その瞬間だった。


 ──ウウウウウゥゥゥ~~~ッッッ!!


 王都全域に、警報が響き渡る。


 これは、第五段階人狼出現の警報じゃねぇか!?


『総員に通達! 総員に通達! 現在、中央ルミナール駅に第5段階人狼3体の出現を確認!! 繰り返す、中央ルミナール駅に第五段階人狼3体の出現を確認!!』


 騎士団の本部に響き渡るアナウンスに、オレ様は愕然とした。


 それは、計画の中止が大隊に共有される間もなく、出撃する事を意味していたからだ。

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