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 統一歴657年 3月5日 氷曜日 6:00 聖王宮 グラウンド アレクサンダー



「……ふむ……」


 肉体強化魔法を駆使しながら、俺はグラウンドを走っていた。


 ジョギング程度の速度を意識しているが、実際の視界を流れる風景は汽車に乗っていた時と同じ速度で流れている。


 頬を流れる風の強さ。


 視界を流れる風景の速さ。


 想像以上の速さと、……想像以上の身体の負担の軽さに、使っている自分自身がとても驚いている。


 肉体への負担に関しては、疲労すら感じていない程だ。


 10分くらいで、今日のジョギングの日課である10㎞は終わってしまった。


 呪文を詠唱する必要があるのだが、これはとても便利な魔法だ。


 魔法の素晴らしさを実感していると、


「おはよう、アレクサンダー卿! 今日もやってるねー♪」


 騎士団本部のビルからヴァネッサ卿が猫のように着地し、俺の隣に並走を始めた。


「あ、おはようございます、ヴァネッサ卿!」


 流石に今日で3日目だ。驚きはしないので、俺は余裕の笑顔で応対する


 だが最近、日に焼けた小麦色の肌を持つ彼女の美貌を見ていると、胸の鼓動が早まるのが気がかりだ。


「もう、肉体強化魔法を習得したの? 想像以上に早いね!」


 ヴァネッサ卿は向日葵(ひまわり)のように眩しい笑顔を浮かべながら、俺と並走を始めた。


 正直、朝の日課のランニングは終わっているのだが、もう少し、彼女と話がしたい欲求が勝った俺は、汽車と同じ速度で走り続ける事にした。


「まだまだ強化されたこの動きに馴れていないですけどね。あの、俺の成長って早いんですか?」


「うん、爆速♪ あたしだって、肉体強化魔法を使えるようになるまで、3週間は必要だったんだよ?」


 ヴァネッサ卿に言われて、俺は彼女の姿勢に視線を向ける。


 安定したストロークを繰り返す長い手足に(よど)みは無い。


「それって何時ぐらいの話なんですか、ヴァネッサ卿?」


「えーと、11歳の頃だから、今から10年前かな?」


「11歳……」


 俺が人狼によって負傷した頃だ。


 俺は少し不思議な気持ちで隣を走るヴァネッサ卿を見つめた。


 今、目の前にいる大人の女性にも過去があって、少女だった時代があったのだろうと思いながらも、別の事が気になった。


「『突然変異体』の俺が言うのも変ですけど、貴族や騎士の家系の子供達は、何歳から魔法の勉強を始めるんですか?」


「そりゃ、ある程度の身体が出来上がった16歳くらいの年齢から始めるよ。だから、戦闘で使う魔法関係は、普通は騎士学校に入学してから勉強を始めるものよ」


 11歳から魔法の勉強を始めたというヴァネッサ卿が、明朗な口調で貴族社会の常識を説明してくれた。


「ヴァネッサ卿は例外だったんですか?」


「まぁねぇ♪ アタシ、天才だったしぃ♪」


 ヴァネッサ卿は得意満面な笑顔を浮かべた。


 憎たらしいまでに可愛いと思ってしまう自分が居た。


「けど、どうして普通は16歳からなんですか? もっと早い段階で習得したら便利そうですけど?」


「理由は2つ。主に、肉体強化魔法の感覚に使っている貴族の方が適応できずに大怪我をする可能性があるから。アレクサンダー卿だって、今の速度で子供が転んだら、骨が幾つか折れちゃうのは分かるでしょ?」


 ヴァネッサ卿にそう言われて、俺の背筋が泡立った。


 そうだ。


 俺はイザベラ先生に鍛えられていたから、すんなりこの速度で身体を動かせても順応できたが、何も知らない子供にこの魔法を使わせて転んでしまっては、最悪、死亡事故が起きかねない危険な行為だ。


「た、確かに危険ですよね……」


「そそ。普通の家庭ならば、まずは肉体強化魔法に対応できるよう、自分の子供達を最寄りの剣術道場に通わせて身体作りから始めるの。その点、アレクサンダー卿はイザベラ先生にバッチリ身体を鍛えて貰っているから、すんなり成長出来た訳♪」


 カラカラと笑いながら、ヴァネッサ卿が俺のイザベラ先生の教育方針を褒めてくれた。


 何だかくすぐったい気持ちだ。


「えーと、2つ理由があるという事は、もう1つ理由があるんですよね?」


「うーん。まぁ、コレに関しては男の子特有の問題なんだけど、……最低限の倫理観を植え付けて魔法を教えないと大変な事になるの」


「倫理観?」


「今、アレクサンダー卿が動いている速度で魔法が使えない平民とぶつかったらどうなると思う?」


 ヴァネッサ卿が真剣な表情を浮かべ、俺に尋ねた。


 そう言われて、俺は静かに納得した。


 俺自身、今は肉体強化魔法で汽車と同じ速度で走っている。街中で使えば即座に平民にぶつかり、……その後は考えたくもない程の大惨事が待っている筈だ。


 倫理観の無い人間に魔法の知識を与える危険性は、俺が想像している以上に大きい。


 騎士団が俺に魔法を教えるのも、クラージュに選ばれただけでなく、恐らくは中央ルミナール駅での一件から最低限の倫理観は持っていると騎士団が判断してくれたからだろう。


「そうですよね。魔法の行使には、責任が伴いますね……」


 俺はそう言って、ゆっくりと走る速度を落としていった。


 脳裏に、粗暴なオーバン、三白眼のボドワン、キザのセドリックの3人のように倫理観を持たずに魔法を習得した事例は王国史に枚挙の暇が無い程にある筈だ。


「フフフ♪ 理解が早くて助かるよ、アレクサンダー卿。……それでさ、少し相談なんだけど、良いかな?」


 俺と走る速度を合わせるように、ヴァネッサ卿が俺に尋ねる。


「相談? それって、俺に対応できる相談なんですか?」


 俺はやや警戒しながらヴァネッサ卿に尋ねた。


 准騎士になったとはいえ、騎士団の中では孤立ぎみな俺である。二階級も上の騎士の相談に乗れる人脈も権限も無い。


「うん、すっごく簡単♪」


「簡単?」


「うん♪ 今日の午後の訓練、アタシも教官として参加させてよ♪ ソレイユ卿には話を通しておくからさ♪」


 ヴァネッサ卿は向日葵のような笑顔を浮かべ、俺にそう言った。



 統一歴657年 3月5日 氷曜日 6:00 聖王宮 血液分析室 ソレイユ



 今、ボクが居るのは『オルデン・デュ・ヴァンピール・シュバリエ』の血液分析室だ。


 文字通り、この部屋は血統官が騎士の血液を分析する為の研究室である。


「うーん……?」


 ボクは分厚い眼鏡のレンズを光らせながら、眼前に並んだ試験管に、そっとスポイトで薬品を垂らした。


 ピチョン、と微かな音と共に、細長い試験管の中に満たされた血液に薬品が1滴だけ落ちる。


 血液で満たされた試験管には、『アレクサンダー』というラベルが張られていた。


「さて、……」


 ボクは期待に声を弾ませながら、試験管に注目した。


 数秒後、アレクサンダーの血液が沸騰したかのように泡立ち、……それはオレンジ色に変化する。


 オレンジ色。


 貴族の血液に、この薬品を投与してオレンジ色になった場合の属性は、……雷だ。


「血液反応の結果を見ても、アレクサンダー君の属性は雷かぁ……」


 ボクはそう呟いて、不機嫌に手元の書類に目を落とす。


 手元の書類は血統書と呼ばれる証明書だ。


 入団式の前日に、ボクが調べたアレクサンダー君の血液から割り出した、どの貴族の血統に連なる存在かを証明する書類。


 サンプルとして採取した血液を情報分析した結果、ありとあらゆる資料がアレクサンダーという少年の血統を『アントワーヌ子爵』に連なる者として証明している。


 騎士の一族として誉れ高い『アントワーヌ子爵家』。


「だからこそ、解らないんだよねぇ……」


 ボクは不可解な事象に対し、不機嫌に唇を結ぶ。


 『アントワーヌ子爵家』の血統に連なる貴族や騎士は、例外なく属性魔法は『炎』だからだ。


 色々な遺伝子が混ざり合う貴族の子弟にとって、属性魔法はそれこそ虹のように7種類の属性が発現する。


 だが、例外も幾つか存在する。


 それが、『緋焔七家』と呼ばれる7家の血統だ。


 どういう原理か不明だが、この7つの血統に連なる貴族に産まれた子供は例外なく属性魔法が『炎』となる宿命を持っているのだ。


 そして、アレクサンダー君の血統が属する『アントワーヌ子爵家』は勿論、『緋焔七家』の1つである。


 『緋焔七家』に生まれたのなら属性魔法は『炎』で定義してもよい。それは、血統官の間では有名な話だ。


 600年以上にわたる血統の歴史の中で、一つの例外もなく、その家に連なる貴族達の属性は『炎』だったからだ。


 だからこそ、入団式の前日に採取した血液サンプルから割り出した血統を知った時、ボクはアレクサンダー君の属性を『炎』だと確信していた。


 だが、結果は……『雷』。


 この分析室で再度の薬品検査をしても、結果は『雷』であった。


「もしかして、アレクサンダー君が魔法に覚醒したのはベルナール卿の血液だっただけで、元々、別の魔法の素養があったのかな……?」


 ボクはそう呟くと、眼鏡のレンズを輝かせた。


「あり得ない話ではない、か……」


 ボクはそう呟く。


 少なくとも、『突然変異体』という存在は王国史に100年に一度の割合で現れるが、それが原因で情報というのが極めて少ない。


「やれやれ。もっと調べないといけないね、アレクサンダー君……♪」


 辟易としながらも笑顔を浮かべ、ボクは手元のノートに情報を書き足していった。


 脳裏に、真面目な印象を与える凛々しい顔立ちの少年を思い浮べる。


 今は、それだけで鼓動が高鳴る自分に、もう戸惑う事はない。


 ボクはアレクサンダー君の事が大好きだ。


 女として愛してしまった少年の正体を調べるのは、血統官であるボクの役目だ。



 統一歴657年 3月5日 氷曜日 11:50 聖王宮 訓練棟 アレクサンダー



「それでは、今日の講義で学んだ事を総括します。皆さん、黒板に注目して下さい」


 教官であるベルティーユ卿がそう言って黒板に記載された表を指差した。


 『人狼病の病理段階』と黒板には記載されている。


 今日の授業の内容は、『人狼病』に関してであった。


 『人狼』。


 それは、『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』が組織された最大の要因にして、俺達騎士が人々を護る盾として立ち向かうべき存在だ。


 今から10年前の統一歴647年。


 突如として人間が狼となって、他の人間を食らい始める奇病が発生した。


 当然、その対策を主任務とする『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』では、どの組織よりも『人狼病』の情報が更新されているようだった。


 まず、『人狼病』には段階があるという情報だ。俺は今日、初めてそれを知った。


 俺は黙って、自分が板書したノートに視線を向ける。


『第一段階:言動が狂暴化し、攻撃的になる。安静にして入院すれば、一般の病院でも治療は可能。』


 改めて認識する。


 俺達が戦う『人狼』という存在が、元は普通の人間であるという事が。


 最近の王国内では、粗暴な人間は病院での検査を勧められる程に、王国民は『人狼病』を恐れている。


 俺はチラリと粗暴なオーバンに視線を向ける。


 意外にも彼は黙々と板書を続けていた。


 まぁ、粗暴な性格のオーバンだが、『人狼病』には感染しないだろう。


 この奇病が蔓延して10年。


 魔法が使える貴族や騎士が罹患した例は1件も無いのだ。


 貴族や騎士と比べると、平民の免疫力が劣っているのは事実である。


 むしろ、貴族や騎士はウイルス系の病気に感染しても熱が出ないのだ。


 王国学術院の発表によると、この『人狼病』という病はウイルスでもなければ病原菌が原因でもなく、何らかの『魔法』的な作用が原因との事だった。


 『魔法』による干渉ならば、常時、魔法エネルギーが生成できる貴族や騎士からすれば、克服は造作も無い事だろう。


 『人狼病』は、貴族や騎士は罹患しない。


 その事実が、この国の権力者である大半の貴族が、この『人狼病』に関心を示さない理由である。


 だが、魔法エネルギーを生成できない平民に『人狼病』の克服は不可能だ。


 なので、現在の治療法は、安静にした状態で興奮状態を落ち着かせる薬を飲んで症状を和らげる対処療法しかない。


 で、第一段階があるという事は、次があるという事だ。


 俺は視線をノートに再び向ける。


『第二段階:全身が黒い毛に覆われる。第5大隊でなら治療は可能』


 この症状が出始めると、素人でも理解できる変化だ。


 王都から離れた地方では、こういった平民が見かけられると、即座に騎士が殺処分に動く。


 悲しいが、平民はそれを受け入れるしかできない。


 『人狼病』は治療不可能な病気だからだ。


 だがしかし、『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』の医療騎士だけで編成された第5大隊ならば、治癒魔法で治療は可能との事だ。


 それも今日、初めて知った。


 第5大隊は医療騎士だけで構成された騎士団の医療を司る大隊である。


 医療魔法のエキスパートが揃っているからか、この辺りの研究も進んでいるようだ。王都の平民からすれば第5大隊の存在はありがたいだろう。


 俺はノートの次の項目に視線を移す。


『第三段階:頭が狼となり、人間を食べ始める。噛みつかれたら、そこから感染が広がる。治療不可』


 ここからが、人狼の危険度が加速度的に上昇する段階である。


 何せ、文字通り頭が狼になる。


 王国のおとぎ話に出て来る『人喰い狼』のようになったその存在は、当然のように人間の捕食を始める。


 身体能力も上昇し、戦闘訓練を受けた貴族や騎士でないと対応は難しいだろう。


 この辺りから、『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』の出番だ。


 相手が第三段階の『人狼』の場合、王都を空から監視する第3大隊による狙撃によって手短に処理されるので、問題は大きくならないそうだ。


 だが、問題が大きくなるのはココからだ。


 俺は、ノートの次の項目に視線を移す。


『第四段階:身体が2倍になる。(3m~4m)。ありとあらゆる通常武器ではダメージが通らない。第三段階と同じく、治療不可』


 この段階まで病状が悪化すると、第3大隊長ディオン卿の狙撃でも仕留めるのは難しい。


 人を喰らう事で成長した第四段階の『人狼』の獣毛は硬質化し、大抵の蒸気兵器や魔法による攻撃が意味を成さないからだ。


 ここまで来ると、戦闘技術を身に着けた『上級騎士』の出番となる。


 第3大隊の拠点となる飛行船『レイユ・ソレスト』から、突撃騎士で構成された第1大隊や第2大隊に対応依頼が出される事となる。


 実際、第1大隊長アルフレッド卿は騎士団の内部でもトップクラスの第四段階『人狼』の撃破数を誇る。


 結局のところ、正面から強さで圧倒するしか、第四段階の『人狼』は処理できない。


 そして、第四段階の『人狼』が人を喰らい続けると、……


『第五段階:身体がさらに10倍になる。(30m~40m)。攻撃対象から人間から文明へと変更され、さらに暴れる。ありとあらゆる魔法攻撃が軽減されてしまう為、並の騎士では対応不能。第三段階の『人狼』と同じく、治療不可』


 ノートに板書した内容に、複雑な感情が芽生えて来る。


 故郷のトルヴェール村を壊滅させた『人狼』。


 騎士様の命を奪った、憎い存在。


 全長が30mから40mとなり、当然ながら防御力は第四段階の『人狼』とは比べ物にならない程に硬くなる。


 処理するには『名持ちのヴァンピール・アルミュール』の出力でしか立ち向かう事しかできないとの事だ。


 そうだ。


 俺やアンナ卿、その他、騎士団のトップクラスの騎士が立ち向かわなければならない存在だ。


 ふと、視線を感じたので隣を見る。


「……大丈夫ですか、アレクサンダー卿?」


 アンナ卿が俺に気遣うように声を掛けてくれた。


 トルヴェール村での出来事は、昨日の訓練が終わった後に彼女に話した。


 何故か、俺は自分の全てを彼女に知って欲しいと思っていたし、アンナ卿も俺の全てを知りたがっていた。


 過去の出来事を話したら、彼女は涙を流して3馬鹿の『手合わせ』の件を謝罪してくれた。


 それ以来、ずっと俺を守るように隣に立ってくれるようになった。


 今日の講義も、当たり前のように俺の隣の席に陣取ってくれている。


 ありがたいやら、こそばゆいやらだが、……悪い気はしない。


「大丈夫。ありがとう、アンナ卿……」


「はい……」


 アンナ卿は慈しむような笑みを俺に向けた後、視線を再び黒板に向けた。


 その凛々しい横顔が、とても美しく思えた。



 統一歴657年 3月5日 氷曜日 13:00 王都ルミナール 某所 ???



 ランタンによって照らされた薄暗い独房の前で、フードを目深に被った男は「くくく……♪」と喉を震わせて微笑んでいた。


 1番から5番と記載された扉の向こう側からは、……今は何も物音がしない。


 だが、肉が腐敗した匂いと、……禍々しい気配が扉の向こう側から漏れ出ていた。


 物音はしないが、飢えた獣の気配は間違いなく扉の向こう側に存在していた。


「素晴らしい仕上がりだな。5体の同胞なら、幾ら『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』でも対応できまい……」


 薄汚れた口から白い吐息を吐きながら、フードを被った黒髪赤眼の男は満足しながら、そう呟く。


「えへへ♪ ディートハルト様も王都が陥落したら喜ぶだろうね♪」


 フードを被った少年が無邪気な声でそう言った。


 陰気な気配の青年はそんな少年に優しい笑みを浮かべた後、


「陛下の名前は迂闊に口にするんじゃない」


 と、優しい声で叱った。


「えへへ♪」


 フードを被った少年はそれでも人懐っこい笑みを浮かべた。


「マリウス、時限爆弾を設置したら、ここを退避するぞ」


「爆発時間は何時にする、兄貴?」


「今日の夕方、17時にしろ」


「何で?」


「同胞がここから外に出て、地上にたどり着くまで1時間を想定している。すると、18時になる。ここの真上は中央ルミナール駅だ。帰宅する人間どもで混雑した駅前には、さぞかし餌が多いだろうよ」


 陰気な雰囲気の男は喉を震わせて微笑んだ。


「さっすが兄貴! オイラ、考えもしなかったぜ!」


「ちなみに、マリウスは何時にしようと考えていたんだ?」


「えーと、深夜の1時くらい」


「人族どもの寝込みを襲う選択は悪くない。だが、それじゃ、人はほとんどいないな。同胞にはもっと沢山、人族を食べて貰わないとな」


「うん♪」


 2人は朗らかに、だが極めて邪悪に、笑みを浮かべるのだった。



 統一歴657年 3月5日 氷曜日 13:00 聖王宮 訓練棟 アレクサンダー



 午前の授業が終わり、昼休憩。


 当然と言うべきか、アンナ卿は俺と一緒に食事をとった。


 ゴッドフリート卿はそんな俺達を爽やかな笑みを浮かべて一瞥した後、残りの同期を引きつれて別のテーブルで食事を始めた。


 どうやら、気を使って貰ったようだ。


 後でお礼を言っておこう。


 対するアンナ卿は俺の隣で食事するのが当然のような振る舞いを続け、食事を終えた。


 で、午後の訓練となると俺は他の同期の准騎士達とは別の訓練となるのだが……


 教官であるベルティーユ卿には、


「今後、『ペルセヴェランス』と『クラージュ』は一組で出撃する機会が多くなる筈です。わたくしとアレクサンダー卿の連携は騎士団の戦力増強として必要不可欠ですので、今後は彼と行動させて下さい。……当然、拒否すればブルイエ公爵家に相談いたしますわよ?」


 と、半ば脅迫しながら俺との行動権を獲得した。


 もっとも、ベルティーユ卿は最初からそのつもりだったのか、


「勿論です。騎士団としても、アンナ卿とアレクサンダー卿の連携力が強化される事に異論はありません。私からもお願いします」


 と、苦笑しながらそう言ってくれた。


 アンナ卿と一緒に行動できる。


 それを実感できただけで、俺の心は何故か踊った。


 ウキウキした様子で闘技場に到着すると、既に本日の特別教官が向日葵のような笑顔を浮かべて待っていた。


「ヴァネッサ卿!」


 俺は手を振って褐色の女騎士に挨拶した。


 その様子を見ていたアンナ卿が、不機嫌そうな表情で、


「どうして第4大隊の隊長がここにいるんですか?」


 と、ヴァネッサ卿に直接問いただした。


 ピリピリとアンナ卿が警戒しているのが肌で感じ取れる。


 最近の彼女は、俺を傷付けようとする存在は可能な限り排除しようと企んでいるようにも見えて、非常に怖い。


 実際、俺に見知らぬ人間が近づくのすら怒りを覚えているようだ。


 まるで、トルヴェール村の近くの山の中で出会った子育て中の母熊のようである。


「フフフ、初めまして、アンナ卿♪ 今日から教官として、アタシがアレクサンダー卿を鍛えるから、よろしくね♪」


 対するヴァネッサ卿は飄々とした様子でそう説明した。


「あの、ヴァネッサ卿? 俺の為に教官をしてくれるのはありがたいのですけど、第4大隊は大丈夫なんですか?」


「うん。第4大隊は防衛部隊なの。だから、第五段階の『人狼』が暴れて避難勧告が発令されない限り、ウチらは暇だからね。部隊の面々もあそこにいるよ♪」


 ヴァネッサ卿はそう言って、闘技場の観客席の一角を指差した。


 俺が視線を向けると、観客席には多くの女性騎士や女性従者がワクワクした視線で俺達を見つめていた。


 まさか、第4大隊の騎士や准騎士、従者まで今日の訓練を見学しに来たの!?


「あの人達って、もしかして第4大隊の……」


「そう。将来の、アレクサンダー卿の仲間たちだよ♪」


 ヴァネッサ卿はニコニコと微笑みながらそう言った。


 どうやら褐色の女騎士は、本気で俺の採用に動いているみたいだ。


 観客席の様子を見る限り、他の女騎士の人達からも俺に対して拒否感が無いように見える。


 確かに、他の大隊で腫れ物のように扱われるより、第4大隊は居心地がよさそうだ。


 そう思っていると、ビリビリと首筋に痛みが走る。


 恐る恐る斜め後ろにいるアンナ卿に視線を向けると、


「ムムム……!」


 と、不機嫌そうな表情を浮かべていた。


 どうやら、アンナ卿は俺が第4大隊に入隊するのは反対のようだ。


 当然のように、


「ヴァネッサ卿? 何時からアレクサンダー卿が第4大隊の配属が決まったのです? もっと相応しい大隊があるでしょう?」


 と、アンナ卿が抗議するようにヴァネッサ卿へ詰め寄った。


「んー? 今のところ、アレクサンダー卿が欲しいと手を上げているのはウチの第4だけだから、このままいけばウチが獲得するよ?」


 アンナ卿の言葉に対して、ヴァネッサ卿は飄々(ひょうひょう)とした様子で応対する。


「何ですって……!?」


 アンナ卿が不機嫌そうな表情を浮かべた。


「アレクサンダー卿が配属されたらあの『クラージュ』も戦力として加えられるのに、どうして他の大隊は彼を引き抜きたがらないのです?」


 アンナ卿が不機嫌そうな表情を浮かべた。


 勿論、今度の不機嫌の矛先は『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』全体だ。


 どうも、俺の事を高く評価しているようだ。


 何となく、くすぐったい気持ちだ。


「さぁ? そこはアタシ達(第4大隊)とは関係ない話だよ。大方、『突然変異体』のアレクサンダー卿をどう扱ったら良いのか解らないんじゃないのかい? 勿論、アタシ達は遠慮する気は無いよ、アンナ卿。アレクサンダー卿はウチで育てるから!」


 ヴァネッサ卿は挑戦的な笑みを浮かべながら、アンナ卿にそう告げた。


「むむむ!」


 アンナ卿は唇を『へ』の字にして、挑戦的な笑みを浮かべるヴァネッサ卿を見つめた。


「はーい、そこまで! とりあえず、訓練をしようよ! 俺も早く騎士団に貢献できるように強くなりたいからさ! ところで、ソレイユ卿はどちらに?」


 俺は間に入ってそう言って、話題を変えた。


「そろそろ来る頃合いだよ、アレクサンダー卿♪」


 腕時計に視線を落とした後、ヴァネッサ卿がそう応えた。


 そのタイミングで、闘技場の大型扉が『ブッシュゥゥゥ!!』と蒸気の漏れる音と共に左右に開いた。


「やぁやぁ、お待たせぇ、アレクサンダー君~♪」


 扉の向こう側から、蒸気運搬車を運転しながら、ソレイユ卿がやって来た。


 運搬車の後方には2機の『ヴァンピール・アルミュール』が鎮座している。


 最新量産型の『ヴァンピール・アルミュール』で、『アノニム(トロワ)』と呼ばれる最新鋭の甲冑だ。


 片方はカスタマイズされていないベージュ色の基本スタイル。もう片方は緑色のパーソナルカラーに塗装された専用機のようだ。


「ちょっと待って下さい! 『ヴァンピール・アルミュール』で実戦形式の訓練を始める気ですか!?」


 アンナ卿は抗議するようにヴァネッサ卿とソレイユ卿に尋ねる。


「過保護だなぁ、アンナ卿は♪ その為のヴァネッサ卿が居るんじゃないか♪」


 運搬車から降り立ったソレイユ卿が朗らかな口調でそう言った。


「ヴァネッサ卿が居るから大丈夫って、どういう事?」


 ソレイユ卿の言葉に俺は首を傾げながら尋ねた。


「それは勿論、アタシが雷属性の使い手だからね!」


 ヴァネッサ卿が右手を握りしめると、拳に『バチバチッッッ!!』と弾ける音と共に緑色の雷光が走った。


「『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』に、アタシを超える雷属性の使い手は居ない。さぁ、一緒に頑張ろうか、アレクサンダー卿!!」


 緑色の雷光を弾かせながら、ヴァネッサ卿は不敵に微笑んだ。

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