属性解放
統一歴657年 3月4日 地曜日 13:10 聖王宮 訓練棟 アレクサンダー
「要点を纏めると、俺とソレイユ卿が魔法訓練をサボって『ロマンス』しないか、監視役としてアンナ卿が居る訳だよね?」
俺は、教室の席にアンナ卿を座らせ、そう尋ねた。
「そ、そうです!」
廊下で注目を浴びた事を恥じているのか、アンナ卿は頬を染めながら俺にそう言った。
「ベゼくらい良いじゃんかぁ! それに、ボク達は成人しているんだから、『ロマンス』したって良いじゃん! 騎士団の内部は自由恋愛だって、規則に書いてあるんだぞぉ!」
「く、訓練をサボって『ロマンス』する事を問題視しているのです……!」
「ははーん、それじゃぁ、訓練が終わったら良いんだよね? アレクサンダー君、今夜はボクの部屋に来ない? 良かったら、一緒に暮らそうよ~♪」
挑発的な笑みを浮かべたソレイユが、俺に微笑みかけた。
俺が返事をするよりも前に、
「な、何を言っているのですか、ソレイユ卿! に、にに妊娠したらどうするつもりなんですか!?」
アンナ卿の言葉を聞いた瞬間、ソレイユがニンマリと微笑んだ。
「えぇ~? だってぇ、妊娠しない為の避妊具を、アンナ卿が外に投げ捨てたんじゃないかなぁ~? ムフフ♪ い~けないんだぁ、いけないんだぁ♪」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
何となくだが、今のソレイユ卿の中に、アンナ卿を恐れる気持ちは無いらしい。
だが、これでは俺の魔法訓練は進まないし、このままアンナ卿を挑発し続けたら暴力に訴えるかもしれない。
ゴッドフリート卿のように仲裁を試みてみよう。
「そこまでにして下さい、ソレイユ卿、アンナ卿。……2人の気持ちは、よーく解りました!」
俺はそう言って、2人の間に立つ。
「まず、ソレイユ卿。ソレイユ卿が俺の事が好きなのは、俺も嬉しいし、俺自身も、ソレイユ卿とベゼがしたいのも山々だけど、……俺は童貞だから、恋人になっても貴方をリードできない。それに、今の俺は魔法を習得していない状態だ。このまま魔法を習得していない状態で、騎士団から准騎士としての給料を頂く事も、ソレイユと『ロマンス』な関係になるのも不道徳です。だから、俺が自分の気持ちを整理する為の時間と、魔法を習得する時間が欲しい。俺の為に、待ってくれるよね、ソレイユ?」
俺は今の自分の気持ちを正直に言葉に変換してソレイユに伝えた。
ソレイユを女性として愛しているか、と聞かれたら「多分……」という曖昧な言葉しか出てこない。この感情を分解していけば、きっと最後に残るのは、「可愛いから『ロマンス』してみたい」という最低な欲望しか出てこないだろう。
俺の初恋の女性は遠い故郷にいるし、……たぶん、この恋は実らないのは自分が一番理解している。
そして、自分の中にあるソレイユへの気持ちも曖昧だ。
ただ『ロマンス』をしたいのか、それとも人格を好きに成ったのかは別問題である。
その答えを出す為にも、俺には時間が必要だった。
「解ったよ、アレクサンダー君。ボクは年上の女だから、キミの我儘くらいは受け止めてあげる。だけど、必ず答えを出して欲しい。ボクだって、いつまでも子供を産める年齢で居られる訳じゃないからね?」
そう言うソレイユの姿は、初めて大人の女性に思える程に美しく見えた。
脳裏に、眼鏡を外した可憐な姿が蘇る。
サファイアのように深い青色の瞳を持つ、精巧な白磁の人形のように可憐な顔立ち。
多分、あの素顔を見たから、俺はずっとソレイユ卿に惹かれているのだろう。
けど、女性の外見だけを好きに成るのは騎士じゃない。
女性の内面まで愛し、相手の人生に責任を持つのが男性じゃないか。
俺の誠意は伝わったのか、ソレイユ卿から飢えた狼のような雰囲気が納まったように見える。
俺は微笑んだ後、今度はアンナ卿に顔を向けた。
「アンナ卿。俺はアンナ卿と仲良くしたいし、それ以上に軽蔑されたくない。アンナ卿はペルセヴェランスに選定された立派な騎士です。だから、これからも仲間として仲良くして欲しいです!」
正直な自分の気持ちを伝えたが、アンナ卿は不機嫌な表情を浮かべた。
ソレイユ卿が背後で「うしし♪ 勝ったぁ♪」と喜んでいる気配がある。
またビンタされるかな、と俺は身構えたが、アンナ卿はため息を吐いた後に、口を開いた。
「解りました。アレクサンダー卿。本日より、貴方はわたくしの戦友と認めましょう。貴方の騎士道を体現しようとする生き方、傍で見守らせて頂きます」
アンナ卿はそう言って席から立ち上がると、俺に右手を差し出した。
「えっと……?」
「仲直りの握手です。……断りますか?」
アンナ卿は上目遣いで俺に問い掛けた。
彼女のあまりの可愛さに、ドキン、と俺の胸が高鳴った。
「いいえ!」
俺は思わず、アンナ卿の右手を掴んでいた。
彼女の右手を掴んだ瞬間、そこは武器を握り続けた人間だけが持つ『硬さ』があった。
それはつまり、それだけの間、アンナ卿が武器を握り続けて来た証である。
俺は、彼女が実力者である事を理解した。恐らく、剣を握った時間ならば、俺よりも長い筈だ。
それは、アンナ卿も同じだったのか、彼女も静かに微笑んでいた。
「硬い手の平ですわね、アレクサンダー卿……。血のにじむような努力を感じます……」
「アンナ卿も、相当に努力したのですね……」
「ありがとう、アレクサンダー卿。……何となくですけど、今、自分の気持ちが見えてきました」
「自分の気持ち?」
「はい。貴方の手を握って、アレクサンダー卿は……素晴らしい男性である事を理解できました。わたくし、この戦から逃げません」
「へ……?」
「わたくし、逆境に燃えるタイプですので、よろしくお願いしますね、アレクサンダー卿?」
アンナ卿はそう言って、魅力的にウィンクした。
ドキン、と再び俺の胸が高鳴った。
統一歴657年 3月4日 地曜日 13:00 トルヴェール村 イザベラ
今日一日の全ての授業を終え、私、イザベラは生徒達を家に帰した。
「イザベラ先生さよーならー!!」
子供達が笑顔を浮かべて運動場を駆けてゆく。
あの様子では、通学路にある露店で買い食いしてから帰りそうだ。
「寄り道しないで帰るんだぞー」
私は無駄とは解っているが、そう言って、生徒達を送り出した。
現在のクラスの生徒達は7歳から10歳。全員で16名。男の子が4人、女の子が12人。
年長者だったアレクが卒業したからか、子供達は時折、寂しそうな表情を浮かべのるが気掛かりだ。
だが、今週は特に問題も起こさず、元気にやっている。
「……」
私は無言で、運動場の外に広がる村へ視線を移す。
5年前は壊滅的な打撃を受けていたトルヴェール村も、現在は復興が進み、徐々に様々な施設が増え始めている。
村役場、郵便局、消防署、市場。
復興が軌道に乗りつつある。
それを実感しながら、私は職員室へ戻る。
だが、私にも寂しさもある。
「アレク……」
思わず、声が漏れた自分に驚き、周囲を見回す。
よかった、誰も居ない……。
最近、アレクが居ない事で、娘のクラリスも寂しがっている。
今日も学校が終わると学校の生徒達と遊ばず、アレクと修行した裏山へ直行している。
今頃、木刀で剣術の練習をしているのだろう。
母の私から見ても、クラリスはアレクに惹かれている。
だから、少しでもアレクと共に過ごした思い出の場所に居たいのだ。
私も同じだ。
血のつながりは無いが、あの子はもう、私の息子だ。
その息子が独立し、王都へ旅立ってしまった。
子育てが終わった世の中の母親というのは全員、こんな悲しみを抱きながら生活を続けるのだろうか。
……よし、決めた。
今週の質曜日からの3連休はクラリスを連れてアレクに会いに行こう。
あの子もアレクと会えると知れば、きっと元気になる筈だ。
闇曜日の夕方に汽車に乗って、闇曜日の夜にアレクと合流しよう。
ホテルにチェックインしてから、クラリスと一緒に家族3人で王都を観光するのも悪くない。
家族水入らず。
三日間を王都で満喫した後は、夕方に王都を立てば、明日の光曜日の授業には間に合うだろう。
「ふふふ♪」
アレクとクラリスの3人で過ごせる週末を想像するだけで、私の気持ちが弾む。
気分はまるで、ベルナールと初めてデートをする前夜のようだ。
さて、と。予定は決まったのだから、早く準備を始めよう。
まずはアレクに手紙を書かないといけない。
それと、王都のホテルにも予約の手紙だ。今から質曜日の予約は間に合うか微妙だが、もしもの時は実家の別邸が王都にあるから、そこに泊まろう。アントワーヌ子爵家の別宅もあるだろうが、ベルナール亡き今、未亡人の私が宿を求めるのも図々しい話だろう。……うん、決めた。ホテルがダメな時は、実家の別宅で泊ろう。
私は週末の予定を考えながら、ガラ、と職員室の扉を開けた。
その途端、私は不機嫌な表情を浮かべた。
職員室には、誰もいない。
普通の人間なら、視界には何の変哲もない職員室が広がっているのが見える筈だ
しかし、私の視界には明確な闇魔法の気配が感じ取れた。
「何か用、ダミアン卿?」
私は気配のする方向に視線を向けたまま、話し掛ける。
視線の先には観葉植物と、その床には窓から差し込む光で影が出来ていた。
一見、何の変哲もない部屋の中の光景である。
だが、次の瞬間……
──ずぶ……
と生々しい音を立てて、その影の中から、1人の男が浮上する。
黒髪をショートテールに結い上げた髪型に、線の細く、整った顔立ち。
スラリと伸びた長身痩躯の身体に、漆黒のローブと革鎧を身に纏って佇む姿からは歴戦の猛者のように隙のないオーラを放っている。
『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』の斥候騎士ダミアン。
斥候騎士は主に密偵や偵察を行う騎士だが、状況が合わされば『人狼』の暗殺も行う騎士である。
その中でも、恐らく斥候騎士という分類の中では王国最強とされているのが、目の前のダミアン卿だ。
隠れていた事を看破された彼は、何とも居心地の悪そうな表情を浮かべている。
無理もない。
過去、何度も不意打ち可能な屋外実戦訓練で私は彼を素手でボコボコにしている。
なので、彼はすっかり私に対して苦手意識を持つに至っていた。
「流石ですね、剣聖イザベラ様。ご無礼をお許し下さい」
ダミアン卿は苦い顔を浮かべながら、頭を下げる。
「世辞は結構。今更、トルヴェール村に何の用だ?」
ダミアン卿に対し、私は不機嫌に満ちた声でそう尋ねる。
「ラウール王から手紙を預かっています」
「陛下が? あの方は、まだ私に騎士団の復帰を要請しているのか?」
「いいえ。私がラウール王から預かったお手紙は、剣聖イザベラ様が育て上げた、アレクサンダー『卿』についてのお手紙です」
ダミアン卿の言葉を聞いた瞬間、私は眩暈を覚えた。
「何を、……何を言っている、ダミアン卿……?」
自分でも驚くくらいに、掠れた声が出た。
アレクサンダー。
我が愛弟子は、自分の中でも想像できない程に大きな存在になっていたようだ。
「この期に及んで白を切るのはおやめください、剣聖様。……アレクサンダー卿は平民に非道を働こうとした准騎士に立ち向かい、打倒しました。それだけではありません。その後、准騎士3人と同時に『手合わせ』し、ヴェンデルガルト流剣術を駆使して打倒しました。現在、騎士団の中で、アレクサンダー卿を剣聖イザベラ様が育てた事を把握しているは、陛下と私のみです。そして、それが上級騎士達に露見するのも時間の問題でしょう」
ダミアン卿の言葉に、私は再び眩暈を覚えた。
アレクの馬鹿!
無闇に剣術を披露した愛弟子の迂闊さに、流石の私も渋い表情を浮かべる。
「更に、アレクサンダー卿の血液から『魔法エネルギー』の反応を検出しました。血統は『アントワーヌ子爵家』でございます」
畳みかけるように、ダミアン卿が私にそう言った。
ゆっくりと、丁寧な所作で彼は王族の家紋である薔薇の刻印が押された封筒を手渡す。
王族専用の手紙だ。
ラウール王は私の友人としてではなく、『ヴァンピール・シュバリエ・オルドル』の創設者としてでもなく、リュミエール王国の王として、私に手紙を出したのだ。
受け取らないのは、……不敬罪を問われてもおかしくない程の暴挙だ。
ラウール王……、あなたという人は……!
「……、ありがとう、ダミアン卿。陛下からの手紙、謹んで受け取るわ……」
私は、掠れるような声で、手紙を受け取った。
「受け取って頂き、ありがとうございます、剣聖イザベラ様。……、それでは、明日、返答用の手紙を受け取りに参ります」
ダミアン卿は丁寧にお辞儀し、闇魔法を使わず、その足で職員室から出て行った。
ラウール王。
穏やかだが、彼はやると決めたら絶対に実行に移す王だ。
私は自分の机の上にある便箋に視線を移す。
アレクへの手紙を書こうと思っていた便箋は、陛下宛の返答として使われそうだ。
「アレクの馬鹿……」
私は静かに呟きながら、ラウール王からの手紙を読む事にした……。
統一歴657年 3月4日 地曜日 13:15 聖王宮 訓練棟 アレクサンダー
「さて、そろそろ2人とも離れてくれるかな? ボクは答えを保留されている事、アレクサンダー君もアンナ卿も理解してよね!」
頬を膨らませたソレイユ卿が、ソプラノ声で抗議した。
確かに、握手するにしては長すぎる時間だったろう。
俺達は手を離した。
「それじゃ、これから魔法訓練を始めるけど、アンナ卿にも手伝って欲しいんだ。良いかな?」
「わたくしが居ても、よろしいのですか?」
「ふふん♪ ボクは恋のライバルには寛容なのさ♪」
ソレイユ卿の言葉に、アンナ卿は静かに微笑み、頷いた。
どうやら、魔法訓練はこれからアンナ卿と一緒に行えるようだ。
何故か、俺の心はウキウキとし始めた。
「よーし、それじゃ、今日も訓練前に採血させてもらうよ、アレクサンダー君♪」
ソレイユ卿はそう言って、鞄の中から注射器を取り出した。
「よろしくお願いします」
俺は苦笑しながら、左腕を差し出した。
採血が終わってから、アンナ卿が俺に尋ねる。
「どうして採血をするのです?」
「えーと、訓練とは関係ないらしいんだけど、俺が『突然変異体』だから、ってソレイユ卿から説明されたよ? 『突然変異体』の血のサンプルって、血統官からすると、とても貴重らしいんだ」
「成程、そうだったのですね……」
アンナ卿がじー、とソレイユ卿を見つめている。
「と、取り敢えず、訓練を始めるよ、アレクサンダー君……! さ、まずは着席して板書の用意!」
アンナ卿の視線に居心地を悪くしたのか、ソレイユ卿がアタフタとした様子で黒板に向かい、チョークを握る。
俺は慌てて鞄からノートと鉛筆を取り出し、板書の準備を始めた。
「それでは、今から黒板に書く内容をきちんと板書してね」
俺に勉強の準備が整った事を見届け、ソレイユ卿が黒板に『属性魔法』、と大きな文字で書き込んだ。
初めて知る言葉に、心がワクワクして来た。
「もうその段階に進んで大丈夫なのですか?」
アンナ卿が少し驚いた声を上げる。
「ふふん♪ アレクサンダー君は天才だからねぇ♪ 何せ、昨日の段階で『魔法始動可能状態』まで状態を変えられるようになったんだ。お陰で半年くらいは予定が短縮できたよ♪」
ルンルンと上機嫌に、ソレイユ卿がそう言った。
「それじゃ、授業に戻るよ? ボク達、魔法を使える貴族は、とある『魔法』の才能が血液の中に眠っている。それが、『属性魔法』という分野なんだ」
「『属性魔法』とは、肉体強化魔法とは別の系統なんですか?」
「うん。むしろ、ここから『魔法』が複雑になってくる所だよ。だから、心して聞いて欲しい」
「はい!」
「よろしい。それでは続けるよ? 『属性魔法』というのは、読んで字の如く、『属性』という形で細分化された『魔法』の事だよ。今から、その『属性』の種類を黒板に書くから、ちゃんと板書してね?」
「は、はい……!」
俺の返事を聞き届けて、ソレイユ卿が淡々と黒板に属性を書き始めた。
『光』、『雷』、『炎』、『地』、『氷』、『風』、『闇』と記載してゆく。最後に、離れた場所に、『質量』、『引力』、『時間』の3つを書き込んだ。
「見ての通り、現在、王立学術院で観測されている『属性魔法』は向かって左側にある7つと、右側にある3つだ」
「左は兎も角、右は何なんですか?」
「文字通り、『質量』、『引力』、『時間』のそれぞれの物理法則に干渉し、掌握する事を可能とする『属性魔法』だよ。けれど、これの使い手は殆ど、お目に掛からない。一応、今上陛下であるラウール様が『質量魔法』の使い手だけど、この使い手は本当に希少なんだ。だから、王立学術院でも文献が無いし、この才能を開花する為の資料が圧倒的に不足している。まぁ、この3つの属性は、頭の片隅に置いておく位で問題ないよ」
ソレイユ卿が右側の3つの『属性』についてそう説明し、再び左側に視線を向ける。
「むしろ、覚えておいて欲しいのはコッチの7属性だよ。『光』、『雷』、『炎』、『地』、『氷』、『風』、『闇』。文字通り、それぞれの『属性』に分類される魔法を行使する事ができる。そして、『属性』は本来なら1人につき1個だけだ」
「1個だけ? 『炎』と『氷』を同時に使う事はできないんですか?」
「基本的に不可能と思って欲しい。一応、第8大隊長のラファエル卿は7属性の魔法を行使する事ができるけど、……アレは例外の中の例外だ。参考にしちゃダメだし、目標にする事もダメ」
「な、成程……」
さすが、王国最強の騎士団だ。
規格外の天才はゴロゴロいるらしい。
「まぁ、才能なんて人生を左右する要因にならないよ、アレクサンダー君♪ 才能なんて知識の前ではただの情報でしかないんだから♪」
唖然とする俺を慰めるように、ソレイユ卿はそう言った。
彼女なりの気遣いに、俺も少しだけ気持ちが楽になった。
そうだ。
まずは魔法を習得しよう。
「じゃ、続けるよ? 騎士にとって、自分の『属性』を知る事は、今後の進路にも関わって来る重要な事だ。何せ、これを理解しないと訓練方針の組み立てができない程に大切な事なんだ」
「ふむふむ」
俺はノートに慌てて『『属性』は基本的に1人1個』と、『自分の『属性』を知る事が訓練方針を決める』と記入した。
その上で、じーっと10属性を眺めていると、俺はある事に気付いた。
「あの、この10属性って、もしかして曜日と何か関係があるんですか?」
俺がそう言った瞬間、ソレイユ卿はニマニマと微笑んだ。
「ほほーう♪ やっぱり気が付いたね、アレクサンダー君♪ キミの言う通り、『属性』は全て、ボク達が普段使っている曜日に割り振られているのさ」
ソレイユ卿はそう言って、教室に貼られたカレンダーを指差した。
今日は3月4日の地曜日。
王国の暦は、1年が360日。
その360日を12の月で分割すると、各月は例外なく30日となる。
その30日を3つの10日間という1週間で区切る。
1日から10日を『上の週』。
11日から20日を『中の週』。
21日から30日を『下の週』とする。
更に、その10日間の週に曜日を割り当てる。
即ち、『光曜日』、『雷曜日』、『炎曜日』、『地曜日』、『氷曜日』、『風曜日』、『闇曜日』、『質曜日』、『引曜日』、『時曜日』である。
基本的に『光曜日』から『闇曜日』の7日間は平日。『質曜日』、『引曜日』、『時曜日』の3日間は休日とされている。
平日と休日の線引き。
それはまるで、『属性魔法』の説明と綺麗に付随していた。
そうか。
魔法の情報は身近に存在していたのだ。
曜日と紐づいているなら、この10属性も簡単に覚えられる。
そして、この曜日の中に、俺の中に眠っている属性があるのだろう。
「それで、どうやって属性を調べるのですか?」
俺はカレンダーを見ながら、ソレイユ卿に尋ねる。
「ここだと、いざという時に火事になってしまうかもしれないから、闘技場を使わせて貰おう。幸い、今の時間帯は誰も使っていないみたいだからね。さ、荷物を纏めて、ボクについてきて♪」
ソレイユ卿が苦笑しながらそう言った。
火事……?
ソレイユ卿は俺の『属性魔法』が『炎』だと確信しているような口ぶりに、少しだけ違和感を覚えた。
統一歴657年 3月4日 地曜日 13:30 トルヴェール村 イザベラ
陛下からの手紙を読み終えた私、イザベラの気持ちは、安堵と憂いが半分半分で埋め尽くされていた。
手紙の内容は、『アレクの血統が騎士団の上級騎士全員に露呈している件の報告』『アントワーヌ子爵家に露呈した場合、アレクサンダーの身柄は拘束される可能性がある事』『そうならない為、早急に対応を協議したい』という3点だった。
ベルナールの実家にして私、イザベラが嫁いだアントワーヌ子爵家は、多くの騎士を輩出した武断派の貴族だ。
そして、不幸な事に、アントワーヌ子爵家には世継ぎとなる男児が居ない。
そこに、アレクというベルナールの血統を受け継いだ男児が現れた。
息子の二の舞にはすまい、とばかりにアントワーヌ子爵家はアレクを拘束するだろう。
「アレクの馬鹿……」
せっかく、娘のクラリスを政略結婚の魔の手から逃す為、騎士の身分を捨てて野に下ったのが水泡だ。
だが、私のアレクをアントワーヌ子爵家に奪われるくらいなら意地なんて張っている場合じゃないだろう。
手紙の内容に、私は再び視線を向ける。
ラウール王はトルヴェール村の基礎学校に後任の教師を派遣する事を約束してくれている。
この学校を離れても、生徒達の心配はしなくて大丈夫との事だが、……あの子達を残して王都へ行くのも胸が痛い。
せめて卒業するまで、……。いや、そんな事をしている間に、アレクはアントワーヌ子爵家に拉致されるだろう。
事、世継ぎとなる男児を確保する為である、とマクシム様が言い張れば、騎士団もその横暴を止める事は出来ない筈だ。
何せ、世継ぎとなる筈だったベルナールは殉職した。
世継ぎがいなければ、当主が無くなった瞬間、子爵家は取り潰しになってしまう。
領地は近隣の貴族達によってパイを分配するように切り裂かれるのは、目に見えている。
「仕方がない」
自分の身勝手が招いた事だ。
アレクを詰るのも筋が違うだろう。
そう決心した所で、職員室の扉が開いた。
「お母さん……?」
そう言って、職員室に入って来たのは、娘のクラリスだった。
今年で10歳。
栗色の髪の毛をボブカットにした髪型に、紫水晶のように輝く円らな瞳。
愛くるしい顔立ちの私の娘は今、不安げな表情でこちらを見ていた。
「どうしたの、クラリス?」
「うぅん、ごめんなさい。闇属性の魔法の反応があったから、何かあったのかと思って……」
クラリスはそう言って、不安げな表情で周囲を見回す。
我が娘ながら、魔法感知に掛けては天才的な才能をもっている。
育てた私が言うのも変な話だが、クラリスに隠密行動が看破されるようでは、ダミアン卿も形無しだ。
「気にしなくていいよ、クラリス。お母さんの昔の仲間が来た。特に喧嘩もしていない」
「そう……」
クラリスは不安げな表情を崩さない。
そうか。
私が今、不安な表情を浮かべているから仕方ない。
私は深呼吸してから笑みを作る。
「ねぇ、クラリス? 今週末、お母さんと一緒にアレクに会いに行かない?」
アレクの身柄を守る為、私は娘にそんな提案をした。
統一歴657年 3月4日 地曜日 13:30 聖王宮 地下闘技場 アレクサンダー
闘技場は、先日、あの3馬鹿と戦った場所だった。
ドミニク卿とクレイグ卿が激闘を繰り広げた闘技場も、あの激闘が幻であったかのように、今では綺麗に整備され直されている。
「それじゃ、アレクサンダー君♪ 昨日と同じように、『魔法始動可能状態』まで、魔法エネルギーを高めてくれるかな?」
対面に立つソレイユ卿が小型の消火器を構えながら、そう言った。
やはり彼女は俺が『炎』の『属性魔法』の使い手だと確信しているようだ。
血液を検査して、ある程度の『属性』の予想というのを絞っているのかもしれない。
「解りました、ソレイユ卿……」
俺はそう言って、脳裏に記憶の中で出会った人狼の姿を思い浮べる。
11歳の頃は無力で泣き叫ぶ事しかできなかったが、今の俺ならば『立ち向かう』という選択肢がある。
──ドックンッッッ!
困難に立ち向かおうとする『勇気』が、俺の血を昂らせる。
体温の上昇を感じ取り、思考が徐々にクリアなものとなってゆく。
昨日、肉体強化魔法を使った状態にまで、『魔法始動可能状態』にまで、魔法エネルギーを体内に循環させる。
アンナ卿は少しだけ目を見開いて、「ほう……」と感心したような声を漏らした。
「ソレイユ卿、ココからどうするんですか?」
俺は目の前にいるソレイユ卿に尋ねた。
「んー? 何も無いな……? アレクサンダー君、もっと魔法エネルギーを高める事ができる? 本来なら、そろそろアレクサンダー君の周りで『属性魔法』に相当する現象が起きている筈なんだけど……」
むむむ。
どうやら、今の状況はソレイユ卿でも想定外のようだ。
「わ、解りました! 少し、待って下さい……!」
俺は焦りを覚えながら、魔法エネルギーを更に高める。
だが、パチン、パチンと小さく何かが弾ける音がするが、炎の痕跡は見えない。
「うーん……。アレクサンダー君の魔法エネルギーなら、ここまで高まっていたら『属性』の顕現化が起きても良い頃合いなんだけどなぁ……。……アンナ卿、アレクサンダー君の近くで何か火の玉みたいなの見えない?」
「いえ、火の玉は見えませんけど、『属性』の顕現化は既に起きていますよ?」
アンナ卿が不思議そうな口調でそう言って、俺のすぐ近くに歩み寄った。
「アレクサンダー卿。自分の腕を良く見て下さい」
「腕……?」
俺は言われるまま、自分の右腕に視線を注いだ。
──バチンッッッ、……バチチチチッッッ!!
俺の腕の周りを、青白い雷光が一瞬だけ駆け巡った。
ああ! これって、俺の静電気現象じゃないか!?
「か、『雷』だって!? ど、どうして『炎』じゃないのさ!?」
ソレイユ卿が素っ頓狂な声を上げて走り寄り、俺の腕や身体に走る稲妻を注視する。
そして、彼女は苦い表情を浮かべながら、俺に視線を向けた。
「機嫌が悪い時とか、怒った時、静電気みたいな現象とか起きていた、アレクサンダー君?」
「あぁ、ありましたよ、ソレイユ卿」
「ソレだよ、ソレ! 何だ、ボクが教える前から、アレクサンダー君は『属性魔法』に覚醒していたんだよ! キミの属性は『雷』! 今後の訓練の方針はコレで決まりだね!」
ソレイユ卿は早口でそう言いながら、「ベルナール卿の血はもしかして関係ないのかな……」と、微かな声で呟いていた。
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