ロマンスの条件
統一歴657年 3月4日 地曜日 6:00 聖王宮 グラウンド アレクサンダー
「はぅ……」
頬にガーゼを貼り付けた状態のまま、俺は朝のランニングを行っていた。
今も頬がズキズキするのは、アンナ卿のビンタはそれだけ強烈な勢いだったからだろう。
治療を担当した医師長のカリーナ卿は淡々と完璧に治療を施すつもりだったらしいが、連行されたアンナ卿が事情を説明した途端、
「んー、成程ねぇ。じゃ、この辺にしておいてやるかぁ……」
と、治療を中断してしまったのだ。
お陰で、頬がまだ痛い。
うぅ、理不尽だ……。
また、……昨日の出来事(ソレイユ卿とベゼした事)は騎士団の内部では知れ渡っているらしく、
「ヒューヒュー♪」
とグラウンドを走っている騎士達から口笛を吹かれて囃されている始末だ。
俺の立場からすれば、血統官であるソレイユ卿にいきなりベゼされた挙句、同期のアンナ卿にビンタされたのだ。
そりゃ、教室で抱き合って、ベゼしたのは本当だけどさ、何も肉体強化魔法を使ってビンタする程じゃないじゃないか!
俺が! 俺が、何をしたんだよぉ!
と、心の中で叫んで鬱憤だけ晴らす。
「よッ、アレクサンダー卿♪ 今日もやっているねぇ!」
と、昨日と同じように空からヴァネッサ卿が舞い降りて並走を始めた。
「ヴァネッサ卿……」
「はっはっはっ♪ 派手に頬をビンタされたようだねぇ、大丈夫かい?」
「何ですか。笑いに来たんですか。笑えばいいじゃないですか」
俺は拗ねた気分のまま、ヴァネッサ卿にそう言った。
「はっはっはっ!」
「笑わないで下さいよ!」
「おやおや? 笑えばいいって、アレクサンダー卿が言ったじゃない♪」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
「そう怒るな、怒るな♪ 折角のイケメンが台無しだぞぉ?」
ヴァネッサ卿は向日葵のように微笑みながら、俺の肩をツンツンと指先で突っ突いた。
「揶揄わないで下さい。俺、今の状況が呑み込めずに混乱しているんですから……!」
「ははぁ~ん? さては恋愛初心者か、アレクサンダー卿?」
「そうですよ! 悪いですか! 俺は純潔の童貞です!」
「はっはっはっ! 王国の男女比の割に珍しいねぇ♪」
ヴァネッサ卿は快活に笑いながら、俺を茶化した。
ヴァネッサ卿の言葉はその通りで、王国の男女比はどういう訳か、1:3で圧倒的に女性が多い。
人口の75%を女性が占めているのだ。
それ故に、恋愛となるとこの国の女性は餓狼のように男性を求めてしまう傾向にある。
実際、故郷のトルヴェール村では、13歳から15歳の段階で未婚の女性と『ロマンス』をして童貞を卒業する少年が多数いた。何せ、女性からしたら男性は自分達の3分の1しか人口がいない。
つまり、早い者勝ちなのだ。
だが、俺の場合は恋愛とは無関係だった。
放課後は育ての親であるイザベラ先生と剣術訓練に明け暮れていたので、クラスの女子達はちっとも俺に近寄って来なかった。そして、俺はイザベラ先生が原因で年上の女性がタイプになってしまったので、クラスの女子に小指の先ほども興味は湧かなかった。
何せ、イザベラ先生は男女を問わず、気後れする程の美貌の持ち主であったからだ。
まぁ、俺も初恋のイザベラ先生の傍に居られたので役得と思えるぐらいに能天気な方の人間だ。
童貞を代償に初恋のイザベラ先生から剣術を教えて貰えるのなら、安い買い物だろう。
「焦らない、焦らない♪ 男なら、2人纏めて嫁にする甲斐性くらい見せたらどうだい、アレクサンダー卿? アンナ卿も待ってるんじゃない?」
そんな俺に、ヴァネッサ卿がニマニマと微笑みながら、そう言った。
実際問題、実は重婚はリュミエール王国では推奨されている婚姻関係だ。
男女比が1:3である以上、伴侶を獲得できなかった大勢の女性は社会的に結婚できなくなる上、人口も先細りになるのは目に見えている。
よって、人口を維持する為には重婚制度はむしろ国家レベルで推奨されているのが実情だ。
リュミエール王国の初代王である聖王テオドール陛下も、3人の女性を妻に迎えた事で有名である。
『男は女性を3人娶って1人前』といったマチズモめいた言葉が平民にまで浸透している程、重婚は国民に受け入れられた婚姻制度なのだ。
「あのですね、俺とソレイユ卿が結婚するのは解るとして、どうしてそこにアンナ卿が入って来るんですか? 相手はブルイエ公爵家の令嬢ですよ?」
「ふーん。つまり、アンナ卿の事は好きじゃないんだ、アレクサンダー卿は♪」
「好きとか嫌いとか、同期なんですからそういう関係に当てはめるものじゃないでしょ? 俺とアンナ卿は、……その、……何と言うか? その尊敬する人? みたいな?」
「ンフフ♪ それじゃ、ダメだよ、アレクサンダー卿♪」
「え?」
「男と女の関係は、好きか嫌いかの二択しか無いんだよ。好きに成ったんなら、結婚して人生に責任持つのが男の責務だよ!」
ヴァネッサ卿は背筋が凍る程に妖艶な笑みを浮かべた後、跳躍する。
「じゃぁねー、アレクサンダー卿♪ 恋愛相談したくなったら、何時でも第4大隊においでー♪」
さっき見た妖艶な笑顔が幻であったかのように、ヴァネッサ卿は天真爛漫な笑顔を浮かべ、ビルの屋上に戻って行った。
──ドックン!
跳躍して遠くなってゆくヴァネッサ卿の背中を眺めながらも、俺は自分自身の鼓動が高まる理由が解せないでいた。
年上の女隊長に振り回されている。
それなのに、俺はヴァネッサ卿の声や笑顔に、胸を高鳴らせている事に戸惑っていた。
統一歴657年 3月4日 地曜日 9:00 聖王宮 訓練棟 アレクサンダー
「お、おはようございます、アンナ卿……」
「プイ」
朝の講堂で挨拶しても、アンナ卿は平然と俺を無視した。
ヴァネッサ卿はまるで『脈がある』みたいな事を言っていたが、俺からすれば取っ掛かりすら見えない絶壁を前にしている気分だ。
うぅ……。
けど、俺はどうしてアンナ卿と仲良くしたいんだろ?
こんなに冷たくされるんなら、お望み通りにこっちも無視してやれば良いじゃないか。
一昨日なんて、3馬鹿をけしかけてきた、心無い女性の印象しかない。
だが、そう考えると、胸の奥がモヤモヤとした気持ちが湧いて来る。
「さて、講義を始めます。全員、着席しなさい!」
そうこうしている内に、ベルティーユ卿が講堂の中に入って来た。
何時にもまして、機嫌が悪そうだ。
俺は慌てて、空いている席に腰を降ろす。
「けっけっけっ♪」
「くっくっくっ♪」
「ふっふっふっ♪」
粗暴なオーバン、三白眼のボドワン、キザのセドリックが俺に嘲笑の視線を向けている。
どうやら、彼らは昨日の顛末を知っているのだろう。
くそう、他人事だと思って馬鹿にしやがって。
少しだけ屈辱を覚えながら、俺は鞄からノートと鉛筆を取り出し、視線を黒板に向ける。今日の講義の科目は『医療』だ。
『人狼』との闘いで怪我をする人間は居ないので、この講義は真面目に聞かないといけない。
そう思っていると、
「ギロリ」
と、ベルティーユ卿が俺を睨んだ。
「ひっ」
と、思わず悲鳴を上げる。
普段は優しい印象を与えるベルティーユ卿が、今日は憤怒の表情で俺と、……アンナ卿を睨んでいる。
対するアンナ卿は「わたくし、関係ありませんから」と涼しい顔をしている。
どういう面の厚さだ、アンナ卿!
そうこうしている内に、ベルティーユ卿はチョークを握り、
「全員、黒板に注目なさい!! 今日の授業内容を書きます!!」
と叫び、黒板に大きな文字で、……『性病』と書いた。
『ガハハハハハハハハハハッッッ!!』
と、俺とアンナ卿以外の同期メンバーがゲラゲラと笑い出した。
ひどい! ゴッドフリート卿まで笑っている……!
「今日の講義の内容は『性病』についてですッ! 各自、よく聞くようにッ! 無責任な性行為の果てに待っている事を、今回の講義でしっかりと学んでもらいますッ! 特にアレクサンダー卿ッ!」
「は、はい……!」
「この講義の後、テストを出します。結果次第では、午後のソレイユ卿の訓練には行かせませんからね!」
「は、はいッ!」
理不尽な叱責に心の中で涙を流しながら、童貞の俺は授業を真剣に聞くのだった。
統一歴657年 3月4日 地曜日 9:00 聖王宮 執務室 ソレイユ
「ふむふむ」
ボク、ソレイユ=ド・ダルクの目の前で、ラウール王は上機嫌にボクが作成した報告書に目を通している。
ここは聖王宮の中にある、ラウール王の執務室だ。
政務を始める前の僅かな猶予があるので、昨日の訓練の詳細を報告するよう、事前に通知は来ていた。
噂通り、陛下は分野を問わず、知識を蒐集するのが趣味なようだ。
アレクサンダー君の血液の情報は、ラウール王の知的好奇心を満たすには十分な内容だったのか、口元には笑みすら見える。
国王陛下に献上する以上、齟齬のある報告書は作成できない。
ボクは血統官のプライドに従って、噓偽りのない正確な報告書を作成した。
その報告書はラウール王の欲求を満たすに十分だったのか、
「ほほぅ……」
芸術品を鑑賞するように、陛下は最後の報告書を黙読する。
今回の報告書は入団式の後の緊急会議に報告した内容の補足点を纏めた形だ。
まず、入団式前日の段階でボクはアレクサンダー君の血液に『魔法エネルギー』の反応を確認した。
三流の血統官なら『突然変異体』と判断するだろうが、『お手付き』の可能性がまだ残っている。
血液からどの血統に属する人間かは簡単に検査が可能だ。
血液の成分表から導き出されたのは、『アントワーヌ子爵家』の血統に連なる者という結果。
そこで現在のアントワーヌ子爵家の男児のいずれかの私生児かと考えたが、16年前に生存しているアントワーヌ子爵家の男性は現当主のマクシム様、そして殉職したベルナール卿である。
アレクサンダー君が誕生した時期のアントワーヌ子爵家当主の年齢は50歳。ベルナール卿の年齢は14歳。
貴族の身体的常識を踏まえた上で思考すれば、マクシム様もベルナール卿も平民女性を無理やり妊娠させる事は可能だろう。
だが、彼ら2人の遺伝子と、アレクサンダー君の遺伝子的に繋がりはなかった。
アレクサンダー君の遺伝子は紛れもなく彼の両親から引き継がれた遺伝子情報だった。
遺伝子的に繋がりはないが、血統的には繋がりがある。
そんな摩訶不思議な事実に混乱しながらも、ボクはアレクサンダー君の人生とアントワーヌ子爵家の人間の接点を探した。
そして、意外にも簡単に情報は見つかった。
5年前のドルヴェール村の惨劇だ。
その報告書には、クラージュからの証言もあるように、出血多量で死にかけていたアレクサンダー君を、ベルナール卿は輸血する手段で救護した。
血統がアレクサンダー君に発現したのは、間違いなくその瞬間だろう。
まったく。
貴族の血を平民に輸血を実行した貴族なんて、有史以来、ベルナール卿だけだろう。
そんな訳で、ボクはとある実験を昨日の夜に実行した。
即ち、ボクの従者であるアリーダに、自分の血を輸血させてみたのだ。
アリーダはボクが幼い頃から仕えている平民出身の下級メイドだ。今も結婚もせず、ボクの為に従者にまでなってくれた。
アリーダはもはや、ボクにとっては血を分けた姉も同然の女性だ。
彼女には全てを打ち明けた上で、その時の状況を再現する為に魔法エネルギーを高め、輸血を試みた。
結果は当然のように失敗だった。
いや、アリーダが魔法エネルギーを生成する才能が無かったのかもしれない。貴族の私生児にも魔法エネルギーが発現しない子供が、おおよそ3割弱の可能性で産まれる。
「そうか、失敗したのか……」
ラウール王はボクの実験結果を見た上で、そう口にした。
余程、残念に感じているようだ。
階級社会が崩壊しかねない情報なのに、ラウール王はそれを望んでいるのだろうか……?
それを確かめる程、ボクにそんな度胸は存在しない。
「まだ、最初の実験です。回数を重ねれば結果が変わるかもしれません」
ボクは血統官として、そう言った。
我々の世界は、観察、仮説、実験、考察の連続だ。
一度の失敗でクヨクヨしているようでは、学者は務まらない。
「よろしい。そのまま実験を続けてくれ、ソレイユ卿。必要な予算があれば、気兼ねなく申し出ると良い。……それと、別件だが、アレクサンダー卿がアントワーヌ子爵家の血統を得ている事を、マクシム=ド・アントワーヌに伝えたか?」
マクシム=ド・アントワーヌというのは、現アントワーヌ子爵家の当主だ。
アントワーヌ子爵家はベルナール卿の実家であり、五大公の1つである、ルクセンブルク公爵家の派閥に連なる軍閥貴族である。
「いいえ」
ボクは真実を口にした。
正直、この情報をマクシム様へ伝えた場合、あの当主様は即座にアレクサンダー君を拉致してでも身柄を確保するだろう。
巷では男女の出生率比が1:3とされているが、血統官の肌感覚だが、実際の貴族社会限定で1:5の割合で女性が多い。
そして、現在のアントワーヌ子爵家には世継ぎとなるベルナール卿が殉職し、男児はいない。
貴族は原則、男性が後継者となる事が義務付けられている。
これには男女差別ではない明確な理由があるのだが、……今のボクならそれが何となく解ってしまう。
女が領地のトップに君臨するのは危険極まりない事だ。
それ故に、貴族の世継ぎは男性でなければならない。
そして、アントワーヌ子爵家は現在、世代交代ができない事を意味している。
それだけ、世継ぎの男児というのは、貴族社会では貴重な存在だ。
「ふむ、そうか。賢明である」
ラウール王は感情の読み取れない声で、そう言った。
陛下の頭の中では、きっと色々な政治的な駆け引きが行われているのだろう。
五大公の派閥。
輸血の実験。
階級社会の崩壊の可能性。
解っているのは、陛下は王国の全ての臣民の為に働いているという事だけだ。
3秒後、
「ところで、アレクサンダー卿と昨日ベゼした件は本当か、ソレイユ卿?」
ラウール王は何時もと変わらない口調で、そう尋ねた。
「ノーコメントです、陛下!」
ボクは頬を熱くしながら、そう返答した。
統一歴657年 3月4日 地曜日 13:00 聖王宮 訓練棟 アレクサンダー
「はぅ……」
トボトボといった足取りで、俺は昨日と同じ空き教室に向かう。
少し遅れたのは、『性病』のテストの合格点のラインが100点満点だったからだ。
クラミジア感染症やら、梅毒やら、淋病やら、馴染みの無い言語の洪水に俺は戸惑う事しかできなかった。
だが、
「けっけっけっ♪」
「くっくっくっ♪」
「ふっふっふっ♪」
粗暴なオーバン、三白眼のボドワン、キザのセドリックの3馬鹿が、軽々と満点を叩き出したのが、余計に腹が立つ。
アンナ卿は涼しい顔をして満点を叩き出し、悠々とした所作で講堂を後にする背中を見送り、俺は必死に板書したノートの内容と睨めっこする。
「頑張れよ、アレクサンダー卿。女性文官とのロマンスは騎士の本懐だぞ!」
と、ゴッドフリート卿は卑猥なハンド・ジェスチャーをして、ドミニク卿やクレイグ卿を大爆笑させていた。
うぅ、余裕に満ちたゴッドフリート卿が羨ましい。
そう。
授業終わりのテストを俺以外の准騎士全員が一発で合格したのである。
お陰で、合格点を獲得する為に昼休みは完全に消滅してしまった。
それはベルティーユ卿も同じだったのだが、彼女は空腹よりも俺の性病に対する理解を優先した。
騎士団としても、性教育が浸透していない俺がソレイユ卿と『ロマンスする』事は憂慮すべき事案なのだろう、とこの段階で俺は思い当たり、クリアな思考で集中する事にした。
ソレイユ卿は年上の女性だが、……どう考えても男女の関係をリードする事はできないのは目に見えている。
聞いた所によれば、彼女は今年で20歳だが、子供のように天真爛漫で、自由奔放な人だ。
恥ずかしい話だが、騎士団は俺にソレイユ卿をリードできる騎士になって欲しいのだろう。
そんなこんなで、俺はようやく満点を叩き出し、ベルティーユ卿から解放されたのだった。
「厳しい事を言いましたが、それは、貴方が正しい性教育を受けて居ないからです。責任の取り方も解らないのに衝動的に行動するのなら、私は今でもあなた達の関係に反対です。しかし、節度ある男女関係でいるのなら、私は貴方達を応援していますからね。さぁ、アレクサンダー卿、これを受け取りなさい」
ベルティーユ卿はそう言って、俺に箱詰めされた大量の避妊具を手渡した。
どういう感情で受け取ったらいいのか解らない俺は、
「あ、はい……。大切に使わせていただきます……」
と、頭からプスプスと煙を立ち昇らせながら、そう言うしかできなかった。
俺はもう思考がぐちゃぐちゃな状態だった。
だが、空腹を堪え、ソレイユ卿が待っている教室にたどり着く。
色々あったけど、今は彼女の顔が見たい一心だった。
教室の扉を開ける。
「やぁ、アレクサンダー君、お疲れ様ぁ♪」
眼鏡を掛けたソレイユ卿が、ニコニコと微笑みながら俺を出迎えた。
まるで飼い主を見つけた仔犬のようで可愛らしい。
今日は一日中、理不尽な目に合ったけど、ソレイユ卿の笑顔を見たら綺麗に吹き飛んでしまった。
色々と自由奔放な人だが、魅力的な女性である事に変わりは無いのだ。
「ソレイユ卿、やっと会えた……」
俺はそんな彼女の身体を衝動的に抱きしめようとした所で、……
「待ちなさい、アレクサンダー卿」
と、背後から俺の襟首をムンズと掴んだ女性が声を掛ける。
振り向くと、
「げぇ、アンナ卿……!?」
「げぇ、とは何ですか、失礼な!」
「ご、ごめんなさい!」
「うむ、素直で宜しい」
アンナ卿はそう言って、俺の襟首をつかむ手を離した。
「いや、こっちはよろしく無いんだけど……」
「そうだよぉ! どうしてボク達の逢瀬の時間に、アンナ卿が割り込んで来るんだよぉ!」
教室の入り口で、俺とソレイユ卿がそれぞれアンナ卿に抗議した。
そんな俺達を、
「ギロリ! 黙りなさい、2人とも!」
と睨みつけた。
ソレイユが慌てて俺の背中に隠れたので、取り敢えず俺は盾に成る為に前に出た。
妙なモノで、何故か魔法エネルギーが昂ったのを、「おいおい、今じゃ無いだろ、今じゃ」と心の中で呟きつつ、口を開く。
「午後の訓練はどうしたのですか、アンナ卿。真面目な貴方が、訓練をサボるとは思えないので、理由の提示を求めます」
と、俺は准騎士として尋ねた。
「ふふん♪ この書類をよく見なさい、貴方達?」
アンナ卿はしたり顔で、懐から分厚い羊皮紙を取り出し、俺達に見せ付けた。
『アンナ=ド・ブルイエ卿を、10期入団准騎士部隊の風紀委員長に命ずる』
と、その羊皮紙には記載されている。
恐ろしい事に、注釈書きに、10期入団の部隊の風紀を守る為ならば、訓練よりも優先して行動が許される、と記載されていた。
任命者は、……騎士団長クロヴィス卿だ……!!
「えええ!? クロヴィス団長が任命!?」
「な、何て奴を風紀委員に任命しているんだよぉ、あの情熱野郎ぅ!」
俺達は同時に素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「ふふん♪ 実家に頼んで騎士団に圧力をかけさせて頂きました。これで名実ともに、わたくしは貴方達が不埒な行為をしないよう、監視ができるのですわ! おーっほっほっほっほっほっ♪」
ハイテンションとなったアンナ卿が、右手で狐を作りながら高笑いする。
どう見ても、少女小説に出て来る悪役令嬢そのものである。
「えっと、その……アンナ卿? 俺、別に不埒な真似なんてしないよ? 今日はちゃんと魔法の訓練を受けに来たんだから……」
「嘘おっしゃい! さ、先程、べ、ベゼをしようとしていたではありませんか! アレクサンダー卿のド・ペルヴェール!」
「えぇ……。そこまで怒らなくても……」
「それでは、持ち物検査です! 鞄の中身を見せて貰いますよ!」
「あ、ちょっと待って……! あ……!」
茫然としている内に、アンナ卿は俺の鞄に手を突っ込んだ。
次の瞬間、
「こ、コレは何ですか、アレクサンダー卿!?」
赤面したアンナ卿が、箱入りの避妊具を掴み、俺達の眼前に晒した。
「やぁん、アレクサンダー君のド・ペルヴェール……♡」
ソレイユが顔を真っ赤にしながら両手を頬に添え、モジモジし始めた。
ドン引きするどころか、とっても喜んでいるように見える。
が、対するアンナ卿はそれどこじゃない様子だ。
アンナ卿は赤面しながら、
「あ、アレクサンダー卿のぉぉぉ、……ド・ペルヴェールッッッ!!」
──ばびゅ~ん!!
折角ベルティーユ卿から貰った避妊具を窓の外に放り投げてしまった。
肉体強化魔法を使ったからなのか、箱入りの避妊具は凄まじい速度で青空の中を突き進み、……『キラーン♪』と星になって消えた。
「あー、風紀委員が窓の外に避妊具を投げたー♪ いーけないんだー、いけないんだー♪ だーんちょーに言ってやろー♪」
ソレイユがケラケラと笑い出しながら歌い始めた。
何だろう。
だんだんとアンナ卿を揶揄う楽しみを理解し始めているようで、非常に危険に思えて来た。
「黙りなさい! ぺ、ペゼどころか、遥かに一線を越えているではありませんか! ド・ペルヴェール!! ド・ペルヴェールすぎです、アレクサンダー卿!! そういうのは、結婚してからにしなさいッッッ!」
顔を羞恥で真っ赤にしたアンナ卿が、俺を怒鳴り飛ばした。
「と、取り敢えず、落ち着こう? ほら、俺は逃げたりしないからさ……」
俺は勇気をもってアンナ卿に説得を試みながら、教室の中に入る様に誘導した。
アンナ卿もようやく冷静になったのか、廊下に他の講堂から准騎士や従者から視線が向けられているのを気付いたようだ。
「うう……!」
「はい。続きは教室の中! そこでなら、幾らでも話を聞くから!」
俺はそう言って、アンナ卿の背中を押して、教室の中に入って行った。
やれやれ、疲れるよ。
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作者のやる気に火が付きます。
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