発動条件
統一歴657年 3月3日 炎曜日 13:30 聖王宮 研修棟 アレクサンダー
「あの、ソレイユ卿? この状況を説明して欲しいのですが……」
俺は困惑しながら、背後にいるソレイユ卿に問い掛けた。
「何言っているんだい? これぞ由緒ある魔法訓練だよ、アレクサンダー卿♪」
背後にいるソレイユ卿が嬉々とした口調でそう言った。
今の状態を端的に言い表すならば、二人羽織状態と言った具合だろう。
俺の背後に重なり合う形で、ソレイユ卿の身体が縄で固定されている状態だ。
固定している部位は両手首、両足首、そして、腰だ。
ソレイユ卿の膨らんだ乳房が俺の背中に押し付けられて、非常に、……何と言うか、……色々な場所が、居心地が悪い……。
「えーと、貴族や騎士の皆さんは、魔法訓練にこんな方法をするんですか?」
「ハハハ♪ 母親が貴族や騎士なら、こんな事はしないよぉ、アレクサンダー卿♪」
「え、そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。母親が貴族や騎士なら、へその緒を通じて胎児へ魔法エネルギーが循環させられる。だから、母親が貴族や騎士なら、その子供は感覚的に魔法エネルギーを感知できるようになるから、こんな訓練は必要無いんだよ♪」
「えーと、それじゃ、どの辺りが『由緒ある魔法訓練』なんです?」
「あぁ、うん。『お手付き』っていう言葉の意味は解るよね? 男性貴族や騎士が平民女性に『お手付き』した場合、母親は平民だよね?」
「アッハイ……、失礼しました……!」
俺は自分の短慮を恥じるように、話題を切り上げた。
そりゃそうだ。
男性貴族は戯れで平民女性を妊娠させる事ができる。
その場合、王国の法律で男性貴族は妊娠させた平民女性の生活費とその子供の養育費を支払う義務が生じるのだ。
だが、母親が平民の場合、その子供は胎児の段階で才能があったとしても、へその緒を通じて魔法エネルギーを感知する事ができない。
つまり、平民の母親を持った貴族の子供は、胎児の時点で普通の貴族や騎士の子供達と同じスタートラインに立つ事さえできない。
生れながらに、彼らは格差を与えられているのだ。
その子供が魔法を使えるよう、キチンと訓練するのなら、確かにこうやって肌を重ねるように二人羽織状態になるしかない。
幸いと言っては問題あるかもしれないが、俺とソレイユ卿の体格はほぼ同じだ(若干、ソレイユ卿の方が、背が高いかな)。
「それじゃ、ボクが『魔法始動可能状態』にまで魔法エネルギーを高めるから、アレクサンダー卿は肌でソレを感じてね? あ、スケベな意味じゃないよ?」
「解ってますよ、もう!」
「よしよし♪ それじゃぁ、行っくよ~♪」
お気楽なソレイユ卿のソプラノボイスが聞えた瞬間、背中を中心に熱を感じ取った。
……温かい……。
それはまるで、寒い冬の夜、イザベラ先生とクラリスに包まれて眠った日を思い出す。
とても心地が良い温かさだ……。
そんな感想が芽生える程に、ソレイユ卿の魔法エネルギーは温もりに満ちていた。
訓練も忘れて、少しだけ気持ちが緩んでしまう。
今、背中で感じ取っている温かさ。
これが、『魔法エネルギー』を肌で感知する事なのだろう。
「どうだい、アレクサンダー卿? ボクの魔法エネルギーは感知できたかな?」
二人羽織状態のまま、ソレイユ卿が俺の背後から問い掛ける。
「はい、背中が温かいです! どうやっているんですか?」
「感情を昂らせれば良いんだよ、アレクサンダー卿♪ 喜びでも、怒りでも、何でも良い! 自分の心を平常な心じゃなくて、気分を高揚させた状態にするんだ! そうすれば、キミの血はキミの感情に応えて、熱く滾ってくれるよ!」
ソレイユ卿が、少しだけハイになった口調で伝える。
「あの、……ソレイユ卿は今、どういう気持ちなんですか?」
「な、何だい、キミ? 藪から棒に……?」
「いえ、気分を昂らせる参考を聞きたかったんですけど……」
「なぁんだ、そんな事か……」
二人羽織状態のまま、ソレイユ卿が俺の背中に密着させるように身体を押し付ける。
自分の背中に、左右の乳房が押し潰されるような感触があるが、それ以上に彼女がもたらす温かさが心地よかった。
トクン、トクンと彼女の鼓動と俺の鼓動が重なってゆくような感覚が広がる。
まるで、母親の愛情に包まれているような感触だった。
「たぶん、ボクの方法は参考に成らないと思うから言わない。だから、アレクサンダー卿は自分自身で自分の気持ちを昂らせる方法を模索してごらん? 怒りかな? それとも好きな人と居る時かな? ゆっくりで良いから、自分の気持ちに問い掛けてごらん? 大丈夫。時間はたっぷりとあるよ?」
「……はい、解りました……」
俺は目を閉じる。
自分が最も、心が昂る状態を模索する。
精神が昂ったのは何時くらいだろう?
怒りという観点なら、昨日の『手合わせ』の時だろうか……?
粗暴なオーバン、三白眼のボドワン、キザのセドリック、そして意地悪なアンナ卿の顔を脳裏に思い浮かべる。
ダメだ。
あの4人に対して、怒りや軽蔑の感情は芽生えたが、精神の昂ぶりには程遠い。
記憶を更に遡る。
最も、精神が昂ったのは、何時だ。
記憶を遡る。
そうだ。
王都の中央ルミナール駅のホームの出来事だ。
あの小さな子供を庇う平民の母親。あの親子を守る為に立ち上がった気持ちを思い出すんだ……!
その情景を思い出した瞬間、……記憶に刻まれた騎士様の面影が、俺を肯定するように微笑んだような気がした。
……騎士様……!
「……うおおおぉぉぉッッッ!!」
──ドックンッッッ!!
気合一閃、……俺の全身が火照った。
今まで、意識しなかった『勇気』の熱。
それが、エネルギーを帯びて体内を駆け巡る感覚を感じ取る。
──ドックンッッッ!! ドックンッッッ!! ドックンッッッ!!
自分の心臓が力強く脈打ち、熱が全身に行き渡る。
病気になった時と同じ位の体温の上昇を感じ取る。だが、不思議と頭は冴えているし、意識もハッキリしている。
そうか。
俺は『勇気』を出す時に、魔法エネルギーが昂るのか……!
「すごい! すごいよ、アレクサンダー卿! これだけの短時間で、『魔法始動可能状態』まで成長するなんて!」
背後にいるソレイユ卿が、歓喜した声を上げる。
今や俺は、ソレイユ卿に負けない程の熱を全身に纏っていた。
自分でも、驚く程に、最初の関門はクリアする事となった。
「それじゃ、この状態でボクが魔法を使うから、感覚で理解してくれるかな?」
「は、はい……!」
「天翔ける戦姫よ、我が身に宿り、力と成せ、……『ラ・ゲリエール・ヴォロンタント』!」
呪文詠唱を終えた瞬間、
──ドビュンッッッ!!
俺とソレイユ卿が突風となって教室を駆け抜けた。
二人羽織状態のまま、机と椅子を蹴散らしながら教室の後方に向かって突進する俺とソレイユ卿。
「はわわわぁ~!? と、止まらいよぉ~!?」
背後からソレイユ卿がパニック状態になった声を上げる。
彼女からすれば、ほんの一瞬だけ、足を踏み出しただけの感覚だったのだろう。
だが、肉体強化魔法された踏み出しは、想像以上の一歩となって跳躍してしまったのだ。
視界に、教室後方の壁がグングンと迫って来る。
まずい……!
このままじゃ、2人そろって大怪我してしまう……!?
「天翔ける戦姫よ、我が身に宿り、力と成せ! 『ラ・ゲリエール・ヴォロンタント』!」
俺は咄嗟に、ソレイユ卿が唱えていた呪文と同じ呪文を唱える。
──ブォン……!!
呪文の詠唱が終わると同時に、体内を循環していた魔法エネルギーの総量が減ったような感覚が生じ、そして……、
「え……?」
俺は驚いた声を上げた。
周囲の光景が、ゆっくりと進んでいるように見える。
極限まで集中した視界よりも、更に周囲の世界がゆっくりと動いているように見える。
これが、騎士が戦闘中に見えている世界なのか……!
視界の中で、ゆっくりと迫って来る教室後方の壁が見える。
「うおお!!」
気合の掛け声と共に、俺は二人羽織状態のソレイユ卿を巻き込む形で、四肢を迫りくる壁に向ける。
そのまま、
──ビタァン!!
と、俺は教室の壁に自身の四肢を使って着地する。
「え、嘘……」
背後に引っ付いていたソレイユ卿がびっくりした声を上げた。
壁に激突すると思ったら、俺が見よう見まねで肉体強化魔法を習得し、壁に着地できてしまったのだ。
イザベラ先生との特訓で鍛えた身体能力の下地が無ければできなかった芸当だが、何にせよ、ソレイユ卿が無事で良かった。
「は~……、ビックリしたぁ……」
ずるずると脱力しながら、俺は教室の床にうつ伏せになりながら倒れ伏した。
「だ、大丈夫かい、アレクサンダー卿!? 待って、今、縄を解くから……!」
脱力した俺を気遣うように、ソレイユ卿が腰、両手首、両足首を固定したロープを魔法で解く。
「ゴメンよ、アレクサンダー卿ぉ。怪我は無いかい? 痛い所があったら言って!」
縄から解放されて仰向けになると、ソレイユ卿が必死になって俺に怪我が無いかを調べ始めた。
こんな丁寧な魔法の操作が出来るなら、最初の肉体強化魔法の所で見せて欲しかったが、……、もしかしたらソレイユ卿は運動音痴なのかもしれない。
思えば、歩き方からして重心がブレブレだったし、身体は運動の形跡が見られないレベルでガリガリだ。
けど、
「ゴメン! ごめんなさい、アレクサンダー卿ぉ……!」
涙声で謝罪するソレイユ卿を見ていたら、ストンと心に沸いた怒りが何処へ消えてしまった。
「あぁ、安心して下さい、ソレイユ卿……。俺、無事ですし怪我もしてません……。ちょっと、魔法が使えて驚いていただけですから……」
「うぅ、アレクサンダー卿ぉ……! 無事で良かったよぉ!」
感極まったのか、ソレイユ卿が俺に抱き着き、縋るように泣き出した。
まったくもう。
血統官は文官だから荒事には向いていないとはいえ、彼女もパニックだったのだろう。
俺は小さい子供を慰めるように、ソレイユ卿の背中を優しく撫でてあげた。
その途端、
「ごめんなさい、アレクサンダー卿……!」
彼女は童女に戻ったかのように、俺の胸に顔を埋め、強く抱き締める。
しばらくの間、落ち着くまでこのままで居よう。
「大丈夫。大丈夫ですよ、ソレイユ卿……」
俺は優しい口調でそう言って、年上の血統官の背中を優しく撫でてあげた。
何となくだが、妹分のクラリスと過ごした過去がフラッシュバックした。
イザベラ先生に怒られた彼女を、こうやって慰めてあげていたな……。
イザベラ先生、クラリス……。
2人共、元気にしているかな……。
統一歴657年 3月3日 炎曜日 13:40 王都ルミナール郊外 山岳訓練所 アンナ
「教官殿! 課題が終わりましたわ!」
訓練が始まって5分。
わたくし、アンナ=ド・ブルイエはそう言って、教官である男性騎士にそう告げる。
今日の午後は、魔法攻撃の訓練です。
場所は、王都郊外にある森の中。
この授業の課題は、1km先にある標的を己の属性魔法で打ち抜く事でした。
標的は全部で100。
全てを魔法で撃ち抜くまで、帰れないと言った教官は気の毒ですが、わたくしにとっては造作も無い課題です。
標的である二足歩行の人狼の形をした木の板は、既にわたくしが射出した氷の槍によって爆発四散しています。
「見事である、アンナ卿!」
目標達成を確認した教官は感嘆の声を上げた。
『おおお!』
同期達が誰よりも課題を速く終わらせたわたくしに感嘆の声を上げます。
あのゴットフリート卿も称賛するように拍手しています。
ふふん♪ 当然の結末ですわ。
わたくしは得意満面の笑顔を浮かべながら、
「課題を終わらせた以上、ここに残る意味はありません。わたくし、先に騎士団本部に帰還してもよろしいでしょうか?」
と、尋ねる。
今日は夕方まで、魔法訓練の科目として割り振られていましたが、課題を終わらせた以上、ここに残る意味もありません。
「アンナ卿、1人で下山する気か? 危険だ。止めておいた方が良い」
「ご心配には及びません。王都はこの場所から見えています。肉体強化魔法を使えば、騎士団本部まで片道10分くらいですから、問題ありません」
わたくしは丁寧にそう言って、教官を説得した。
「しかし……」
「明日の訓練の為にも、寮に戻って自習したいのです」
「むぅ、解った。……何かあれば、無線で連絡するように」
教官はそう言って、余った魔導無線機をわたくしに手渡しました。
わたくしはそれを「ありがとうございます、教官」と言って受け取り、一目散に駆けだした。
アレクサンダー卿……。
速く戻って、昨日の事を謝りたい。
わたくしは、その一心で、王都に向かって駆けだしていました。
統一歴657年 3月3日 炎曜日 13:50 聖王宮 訓練棟 アレクサンダー
暫くの間、泣き続けたソレイユ卿がゆっくりと顔を上げた。
「ごめんね、アレクサンダー卿……。ボク、魔法の凄さを知って欲しくて、つい……」
涙声で伝える彼女の姿に、何処か保護欲を駆られながらも、俺は彼女を慰めるように背中を撫でて上げた。
「もしかして、肉体強化魔法を使うのは苦手だったりするんですか?」
「うん。ボク、運動音痴だから……」
「無茶し過ぎですよ、ソレイユ卿」
「うん。けど、いつもよりも魔法エネルギーが強く生成されたのも原因だったのかな……」
「え?」
「キミと二人羽織状態になって、ボク、いつもよりもドキドキしていたんだ。多分、自分でも気づいていなかったけど、今、自分の気持ちが解ったよ……」
ソレイユ卿はそう言って、分厚い眼鏡を外した。
サファイアのように青く澄んだ、円らな両目が露わになる。
精巧な人形のように可憐で整ったソレイユ卿の美貌が、俺だけを見つめていた。
「ボク、アレクサンダーの事が大好きだ……♡」
ソレイユ卿はそう言って、俺の唇に、自分の唇を重ねた。
自分の唇にソレイユの柔らかい唇の感触が触れた瞬間、
──ずどぉぉぉん……!!
空き教室に隣接しているグラウンドから、大きな地鳴りが響いた。
俺達はその地鳴りによって正気に戻ると、慌ててベゼを解いて視線をグラウンドに向けた。
モクモクと煙が立ち上るグラウンドのすぐ傍では、ギロリと俺を睨みつけるアンナ卿の姿があった。
何だろう。
すごく怒っているように見える……。
「なぁんだ、アンナ卿かぁ。人狼が空から攻めて来たと思ったよぉ♪」
丸眼鏡を掛け直したソレイユ卿が、能天気な口調でそう言った。
その瞬間、──
──バビュンッッッ!!
そうこうしている内に、ギロリ、と目を剥いたアンナ卿が肉体強化魔法を使って教室のベランダまで一瞬で跳躍した。
「うわぁ!?」
「ひぇ!?」
一瞬で数百メートルの距離を詰めて来たアンナ卿の跳躍力に、俺とソレイユ卿は同時に素っ頓狂な声を上げて驚愕する。
「良い御身分ですわねぇ、アレクサンダー卿……? 魔法訓練にかこつけて血統官とロマンスですかぁ? べ、べ、べ、ベゼまでして……! このドスケベ!」
心の底から軽蔑した眼差しを俺に向けて、アンナ卿が感情の無い口調でそう告げる。
何で!?
何で俺は、犯罪現場を押えられた犯罪者みたいに追い詰められているんだ!?
「え、いや、さっきのベゼは、その……」
「わたくし、昨日の事を謝ろうと思って、頑張って訓練を終わらせてきたのですが、気が変わりましたわ。わたくし、……一生、謝りませんからね!」
「あ、アンナ卿? と、取り敢えず、落ち着こう? ね?」
「そーだよ、アンナ卿! ボク達はお互いに成人しているんだから、ロマンスしたって良いじゃないかぁ! これから毎日、ベゼするからね!」
ソレイユ卿が所有物を主張するかのように、俺の身体を抱きしめて抗議する。
その瞬間、
──ブチッ!
とアンナ卿の額に血管が浮き出るのを、俺は確かに見た。
「最ッ低!!」
──ビタァン!!
アンナ卿は肉体強化魔法を使って、力の限りに俺の頬を引っ叩いた。
「ぐへぇぇぇ~~~ッッッ!?」
ビンタされた勢いで、俺は空中で3回転しながら情けない声を上げた。
「アレクサンダーくぅん……!!」
薄れゆく意識の中、ソレイユ卿の悲鳴だけが、俺の耳に届いていた。
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作者のやる気に火が付きます!
それでは、来週の蒸血騎士英雄譚をお楽しみに!!




