EPILOGUE
大城四紋の死、珠水鳳凰の壊滅から1週間後。大城が経営していたSHプロダクトは完全に倒産し、社長の座を引き継ぐ者がいないのもそうだが、奴が社長を務めていた事実がリークされていたため会社の存続自体が絶望的だった。それでも残された社員たちに罪はないため、Rose OrangeとRedEYEが資金援助し、次の就職活動をサポートすることになった。そして、それぞれの執行人は戦いを忘れて生活していた。
その日。パンプスにレディーススーツを着こなした神戸真美はある会社で
「よし皆聞いてくれ!こちら今日から入った神戸さん!」
「本日からお世話になります。神戸真美です!よろしくお願いします!」
パチパチパチ!
彼女は悩みに悩んだ結果、兄の川崎弘達が立ち上げた会社、その名も株式会社グランドマーミンに入社していた。Rose Orangeを脱退しての社会復帰。皆から背中を押され社員に歓迎されるほど嬉しいことはない。EPISODE15でも書いていたが彼女の役職は秘書。ただ今都内に日焼けサロンと脱毛サロンの店舗が展開されるため、忙しくなるが再び社会で働けることが嬉しくて仕方ない。
「本当にいいんですか?」
「真美なら働いてくれるって信じてたよ。仕事中は神戸さんって呼ぶけどな」
2人が兄妹であることは社内では内緒にするようだ。
「これから店舗展開で秘書の君も忙しくなると思うけど、全力でサポートするから心配しないでくれ。でこれがスケジュールとマニュアル」
分厚い資料を渡されるとやはり「私にできるのかな?」と不安が襲う。元々彼女は仕事をすることが好きなためそこは心配ないだろう。資料に目を通す彼女を見て改めて
「真美…!」
「はい?」
ハッとした表情で見詰められながら
「ありがとな…!」
兄にとって自慢したくて仕方ない妹。人を殺害した事実はあっても、彼女は裏社会に入りながら巨大な権力を持つ珠水鳳凰を滅ぼした。彼にとって妻を殺された敵であったからこそ、妹には感謝してもしきれない。
「お礼を言うのは私ですよ。こんな私を雇ってくれたんですから…」
「そんなことで礼を言われる義理じゃないよ。ただ俺は真美と働きたいだけなんだからさ!それに働いてくれてありがとうってことだよ」
お互い、社員たち含め感謝する気持ちを忘れない会社なら強い絆を持って突き進むだろう。
「明日から早速やってもらうから…お昼持ってくるの忘れるなよ?」
「はい!」
久しぶりに見た部下…いや妹の笑顔。今思い出してみると彼女が結婚してから笑顔を失い、怯える姿しか見ていなかったかもしれない。
「なぁ…ちょっと兄ちゃんに抱っこさせてくれないか!?」
「抱っこですか!?私重いですよ…」
「いいじゃないか!初めて赤ん坊のお前を見たとき…ずっと抱いてみたかったんだ」
すると彼女の両脇を掴みたかいたか~い!のように抱っこした。
「ハハハ重たいな!大きくなったな真美!」
「フフフ…ありがとうございます…お兄ちゃん!」
今こうして幸せに笑い合えるこの瞬間…明美さんに幸人、知沙さん…そしてお兄ちゃんが私を支えてくれたからこそ今がある。神様はいないかもしれないが、傍で支えてくれる皆を神様と呼んでいいかもしれない。支えてくれた皆のためにも、これから頑張ることを心に誓うのだった。
その日の昼間。水瀬幸人はある場所へ向かっていた。そこは
高橋 知沙
と刻まれた墓だ。すぐ隣には彼女が手を掛けてしまった息子の翔星、夫の正悟の墓がある。同じ墓に入ることはできなかったが、傍に愛した家族の墓があることが彼女にとって救いにはなっただろう。彼はまず翔星と正悟の墓に手を合わせ、最後は知沙の墓に手を合わせた。彼女は母親としてあまりにも破綻していたかもしれないが、誰よりも翔星のことを愛していた。彼が手を合わせているそのとき
コツコツ…
「水瀬さんもいらしてたんですね?」
「白石さん!ご無沙汰してます」
「こんにちわ!」
彼女の墓参りには白石親子も訪れていた。白石親子だけではなくEPISODE15で救出された人たちも訪れることがある。母の佑美は指を切り落とされたが玲乃の尽力によって完全にくっ付き、仕事にも復帰して家族幸せな生活を取り戻した。
「ねぇ見て!お姉ちゃんがやってたキック!えぃっ!」
「最近ずっとこればっかで…」
「ハハハ…!」
あの手榴弾キックがとても格好良かったようで、家でも彼女のキックを真似しているみたいだ。彼女の姿を見ていつか空手を習いたいらしい。
「水瀬さんも本当にありがとうございました!今娘とこうして生きているのも、水瀬さんたちのおかげです」
「僕はそんな感謝されるほどじゃないですよ」
「いえ、水瀬さんたちがいなかったらあの後(ガラスから脱出した後)生きてません」
「まどかね!あのお姉ちゃんみたいに強くなるんだ!お姉ちゃんの名前は何て言うの?」
「お姉ちゃんのお名前は、知沙さんって言います」
「知沙さん?」
「そうよ。知沙さん、高橋知沙さん」
まるで書類の記入などの見本例にありそうな名前だが、彼女の名前は偉大であることに違いない。
「知沙お姉ちゃんね!まどかもお手て合わせる!」
まどかに続いて佑美も手を合わせた。きっと知沙は皆を助けられたこと、最後に人間らしいことができて満足だろう。そして多くの人が供養してくれることを天国で見ている。
「(知沙さん…皆さんを助けてくれてありがとうございます。僕も知沙さんみたいに強くなってみせます…!)」
きっと天国で彼のことを見守っている。幸人の中には知沙がいる。彼の首にかかるネックレスがその証拠だ。
16時頃。Rose Orangeのアジトには
バタンッ…!
「明美さんいますか!?」
「ちょっと大声出さないでよ…私熱あるんだからぁ…」
アジトにいたのは玲乃だった。どうやらカプセルの除去と立て続けに手術を引き受けたことにより体調を崩してしまったようだ。
「明美さんならイタリアに一人旅よ」
そういえば行く予定があると言っていたことを思い出した。墓参りの帰りに買ったお土産を渡したかったが取り敢えずメンバーの皆に分けよう。すると
バタンッ
「はぁ〜緊張した〜」
「真美さん!」
「幸人も来てたのね?」
「スーツ似合いますね?」
初めて見るOL風の真美。
「ちょっとニヤニヤしないでよ」
思わずニヤニヤしてしまった。けど彼が笑う場面はあまり見たことがない。
「けど本当似合ってるわよ…」
喉を痛そうにしながら褒める玲乃。新しい門出を迎える真美と体調が良くない玲乃を見て彼は
「今日は僕がごはん作りますね」
「マジで?私オムライス食べたい!」
「私はお粥…でも味なしはダメね」
「よし!了解です」
作るメニューはオムライスと中華粥。真美は初めて彼と会った日以来ずっとオムライスが食べたかった。玲乃の場合お粥といっても味付けされていないお粥はダメ。彼は器用に2品以上同時に作ることができるが、作り方の行程的に先に完成したのは中華粥だった。鶏ガラベースと塩麹、野菜をいっぱい入れたお粥だ。
「先玲乃さんから。熱いですよ?」
「いただくわ…」
ふ〜ふ〜パクッ…
「熱ッ…!」
玲乃が食べ始めて10分くらいすると
「完成です!」
「わ〜美味しそう!いただきます!」
パクッ!
「美味しい!初めて食べたときと同じ味だわ!」
「気に入ってくれて何よりです。僕も食べますか」
彼が食べるメニューもオムライス。3人で食事をしながら
「私も料理の一つくらい覚えようかな?」
そうは言っても彼女は本来料理が得意だ。ただ結婚生活では食い尽くされていたため自分が作った味を忘れている。
「でもお兄さん言ってましたよ。真美さんのクッキー美味しいみたいじゃないですか?」
「あれは渋々作っただけで…」
「今度僕にもくださいよ?」
「気が向いたらね!」
悪夢のような結婚生活から脱した直後に地獄の戦い。彼女は自分自身を取り戻しながら正義を貫いた。そんな彼女だからこそこの先も強く生きていけるだろう。本来ならこの世に幸人や明美など執行人は必要ない。だが彼らでなければ裁けない悪も存在する。彼は警察を辞め、これからはRedEYEから与えられる任務を遂行する執行人としての活動に専念するようだ。
「そういえばこの辺でたい焼きが美味しいお店知りませんか?」
「たい焼きか〜?」
「たい焼きなら駅前のお店が美味しいって有名よ」
調べてみたらあんこだけじゃなく、カスタードクリームやチョコクリーム入りのたい焼きも売っているようだ。何故たい焼き?かと思うかもしれないが、明日は母の見舞いに行くためだ。母はたい焼きが好きで一緒に食べたことが彼の幼い記憶にあった。明日お見舞いに行く前に何種類か買っていこう。きっと喜んでくれるはずだ。
「ごちそうさま!美味しかったわ!」
「元気出たわ…!」
彼は食器を片付けて洗い物へ。鍋にフライパンも使ったため少し多い。すると真美が歩み寄り…
シュ…
「ありがとうございます」
彼女はブラウスの袖を腕捲りして洗われたお皿を拭く。何故か洗い物をする彼を見詰め…
「ねぇ幸人…」
「はい?」
「私の人生ってクソみたいだったけど、諦めなければ幸せって訪れるんだね…」
「そうですよ…僕も子供の頃、何で生まれてきたんだろうって毎日疑問に思っていました…高校生の頃までは」
「高校生?何かキッカケがあったの?」
「速水佑香さん…」
「ん…?」
「初めてこんな僕を愛してくれた方です…」
速水佑香とは彼が高校1年生から卒業まで交際していた女性だ。同時に彼に浮気を疑われて体育館で30分以上質問責めされた張本人でもあるが、それでも卒業するまで愛し合っていたという。
「あの方は僕のこんな傷を見ても嫌いにならず愛してくれました。それで僕は独りじゃないって感じたんです…」
彼が女性に優しい理由も頷ける。誰かを愛せる喜び、愛される幸せ。速水佑香との出会いは彼の人生を大きく変えた。
「じゃあ今は、幸人が誰かを幸せにしてるんだね…?」
「そんな大層なこと…」
洗い物を終えた2人は冷えた缶ビールで乾杯。
「私本日付けでRose Orangeを脱退するの…だからしばらくお別れかな?」
「喜ばしいことです…真美さんは社会で生きていくことが一番ですから」
「でもやっぱ…明美さんたちには世話になったから寂しいな…幸人とも会えなくなるし」
結局幸人と真美はくっ付かなかった。彼は執行人で彼女は元執行人。やはり2人は交わってはならない。
「真美さんにはこれから沢山の幸せが待っています…だから、外道退治は僕に任せてください」
「幸人がいれば世界は平和ね」
「そんなこと…ハハ…」
「フフフ…」
ゴクゴク…
「一つだけお願いしてもいい?」
「お願いですか?できることなら何でも」
彼女は飲み終えたビール缶を置くと彼の両肩を掴み
「もう一度だけ、キスしたい…」
何だそんなことか…お願いごとが何となく彼女らしい。
「僕でよければ…」
「じゃあ…」
チュ…チュ…!
「やっぱ甘酸っぱいんだね…」
「その感想は恥ずかしいですよ…」
翌日。彼は早速駅前のたい焼き店を訪れたが
ゾロゾロゾロ…
「こんな人気店なんですね…」
流石は人気店なのか平日なのに長蛇の列だ。すると前に並んだ中年男性が
「ここ毎日混んでるから早く来た方がいいよ?俺も早く並んだけどこの通りだ…」
「そうなんですね…」
「でもな、この店の店主さんがとにかくベテランでな!これだけ並んでてもあっという間に自分の番来るぜ?ほらっ?」
一歩進んでまた一歩進んだらまた一歩。おじさんが言う通り本当あっという間に自分の番が来そうだ。後ろに並ぶお客様のためにも買うメニューを決めておこう。
「チョコクリームは絶対買った方がいいぜ?娘が大好きなんだ」
この店の人気No.1はチョコクリーム。2番目にあんこみたいだ。やっぱりチョコクリームは2個か3個は買っておこうかな。僕も食べたいし…
「次のお客様どうぞ!」
「はっ…はい!」
買うものを悩んでいたら長蛇の列があっという間に過ぎ、自分の番が回った。選んだのはチョコクリーム2個、あんこ2個、カスタードクリーム2個とそれぞれ2個ずつ。お目当てのたい焼きも買えたしこれでお見舞いへ行こう!
「おっ…水瀬君じゃないか?」
「坂本さん?」
「水瀬君もそこのたい焼き好きなんだな?美味いよなぁ」
「はい…」
食べたことないがここは知っているフリをした。
「ありがとう…」
「えっ…?」
「君のおかげで世界の脅威がなくなったよ。本当に、お疲れさん…」
彼はたい焼きの袋を持ったまま狼狽えた表情をする。褒められたり、尊敬されたとしても自分は何人も殺してきた身。本来敬われる資格などない。
「言ったろ?君は護り人だって…俺は水瀬君のことを誇りに思う…自慢の部下だよ」
「僕が…」
「君は孤独と戦いながら誰よりも強くなって、優しくなったんだ。だから自分のことを無価値だったり、無意味な存在だと思い込むな?」
トントン…
坂本がしてくれる肩タッチはいつも優しい。
「また俺にも笑顔見せてくれよ…?じゃあな…幸人君…」
相変わらず妙なことを言ってくるが、やはり坂本らしい言動だ。それに思わず
「前見せたじゃないですか…」
彼は坂本の背中に向けて微笑んだ。
葉琉州総合病院の5階。患者名"水瀬千草様"と書かれている病室へ入る。
「母さん!今日は母さんの好きなたい焼き買ってきましたよ」
「たい焼き?ありがとう!」
「食べましょう!」
母親の蕁麻疹は完全に消え、全身打たれた釘の傷も少しずつ回復しているが、あと1週間は入院になりそうだ。幸い梅毒などの性病は陰性であり、蕁麻疹は大城が原因によるストレスだった。退院後は幸人のマンションで同居する予定であり、入院中はまだ刑が執行されていない。彼と一緒に住んでからが刑執行だ。言っても一緒に暮らすということが有罪判決だが。
「あんこにカスタード、あとチョコがあります。僕はあんこで…」
「じゃあチョコ!」
「流石母さんお目が高いです!人気No.1商品ですから」
中身は半分に割らなくても生地から見える色でどれかわかる。チョコのたい焼きを渡すと
「そういえばたい焼きって頭と尻尾…どこから食べるの?」
「僕は…背骨?」
「真ん中でいいでしょ…ママは頭から」
パク…モグモグ…
あれ?僕はあんこで母さんはチョコクリームだが
「ん?ちょっとこれあんこ…ってつぶあんじゃん!?てか幸人のがチョコじゃない!?」
「あっ…チョコでした…」
「ちょっとぉ〜!もぉ〜らいっ!」
パクッ…!
「ママはこしあん派だからつぶあん食べて!」
「つぶあんも美味しいじゃないですか?」
こしあん派というのは初めて聞いた。それでもチョコクリームを気に入ってくれたようだ。
「美味しいね!」
「美味しいですね!母さん僕もチョコ食べたいです」
「じゃあここ…」
「もう尻尾しかないじゃないですかぁ?ですが…まだ1個あります!」
「それもぉ~らい!」
「あぁ〜!母さんだけズルいです!ハハハハハ…!」
「ハハハハ!」
結局彼はチョコクリームのたい焼きを一口しか食べれなかったが、初めて満面の笑みを見せた。きっと全力で笑う姿を坂本は見たかったのだろうが、やはりまだ見せられるのは母親だけのようだ。だがきっと彼なら、いつか本当の笑顔の意味をわかるときが来るだろう…何故なら、彼の心には知沙がいる…そして真美や明美が教えてくれた愛が胸の中にある。
「ねぇ幸人…」
「はい…?」
「…大好き!」
「僕もですよ…これからは僕が傍にいます…」
オレンジが甘酸っぱく美味しいときこそが自分自身を取り戻したとき…もし今オレンジを食べたのなら、絶妙に甘酸っぱくて美味しいに違いない…
完