EPISODE10 償い
川崎優子の遺体がバラバラにされる前日、その日彼女は仕事が休みで帰って来る夫と娘のために晩御飯の支度をしていた。今日は何を作ろうかな?と冷蔵庫の中の食材と相談していると
カシャン…
「…?」
一瞬物音がしたのを感じたが何もない。そうだ何作ろうか?取り敢えず野菜と肉を出して冷蔵庫の扉を閉じた瞬間…
「見ぃ付けた…」
「誰!?ムゥ…!?」
いきなり屈強な大男に襲われ首を絞められる。強すぎる握力に抵抗ができず意識が徐々に薄くなってくる…そして意識を失った頃
「さぁて運びますかね?」
「ええ…」
後ろにもう一人の男が。その男は少しロン毛気味で静かな声ながら戦闘者の雰囲気を感じさせる。大男の方は性欲にまみれてズボンを脱ぎかけているが、体液一つすら証拠は残せない。川崎宅には防犯カメラが仕掛けられていたが、一切映っていないのは当然の如く全て計算し尽くされたためだ。
彼女は奴らが持つ処理場に拉致された後、大男に陵辱されて最後は首を切られて殺害された…その後段ボールに血が滴らないように血抜きされ、遺体はロン毛の男によって切り刻まれたのだった。
「やっぱり人間を切る感触は堪らないですねぇ…!」
ギコギコギコ…
「では予定通りRose Orangeに送ってくれたまえ…」
「かしこまりました…ですがぁ…もう少し切らせてくれますか?」
「好きにしろ…」
後ろから現れた男は大城四紋だ!やはり奴が全てを動かしていたのか?まず問題のロン毛男の正体は珠水鳳凰の一人、トライバル(コードネーム)。そして性欲にまみれた大男はカリド本山。珠水鳳凰ではないが大城の趣味である地下闘技場の看板選手だ。
「これで綺麗に入りましたねぇ…」
とても人間のすることじゃない…切り刻んだ肉体全て段ボールにぴったり入れる…殺害しろと命令したのはEPISODE8で水瀬千草と言われていたが、真実は大城四紋本人。正確には千草を名乗ったメールアカウントで大城が殺害命令を出していた。千草の命は大城が握っていると言っても過言ではないからな…命令した理由は真美含むRose Orangeに所属する関係者の女性を惨たらしく殺害して挑発する目的だけ。随分と大胆な挑発をしているが、この行動が"怪物たち"を覚醒させることを知らないのだろうか…?
「川崎さん…私…Rose Orangeって所にいながら奥様を守れませんでした…!」
「神戸さんが謝ることじゃない…俺が一番悪いんだ…!」
優子の死をキッカケに妹と顔を合わせることになるとは…彼女が目の前にいる状況だが真実はいつ切り出せばいいのか?と頭の中は真っ白だ。見るにまだ幸人からも真相を聞かされていないだろう…
「話は全部水瀬さんから聞いたよ。やっぱり君が旦那を殺したんだね?」
「そうです。私は人殺しです…!もう3人は殺してます…」
彼にとって厚手のジャンパーを羽織っていない彼女を見るのは久しぶりだ。身体にあった傷もなくて痩せすぎだった体型も少しずつ肉付きが良くなっている。表情は前よりかなり暗くなっているが…
「私たち総出で犯人を追っています。無関係な人間を殺すなんて許せません…ところで監視カメラに何か映ってませんか?」
「それが何も映ってなかったんだ…おそらく庭の方から入って連れ去ったんだろうが、カメラあるの玄関だけだったしな…」
「手掛かりなし…」
珠水鳳凰を動かしている人間がわからなければ実行犯はよりわからないが、幸人なら早く情報は掴んでいるかもしれない。だがそのとき
「実行犯なら私が知ってるわ」
「あなたは?」
「神戸さんとは初対面だったわね」
2人の前に現れた女性は瀬戸百花(32)。Rose Orangeに所属する前までは探偵という異色の経歴を持っていた女性だが、その才能に魅了された明美に雇われた。組織にいる女性では珍しく殺人を犯したことがない。
「情報なら元探偵の私にお任せってね」
百花が出したのは2枚の写真。かなり危険な行動をしたのだろうか、写真には百花のと思われる血が付着している。
「まず川崎さんの遺体をバラバラにした男がこのロン毛髪のトライバル。あと遺体には微量の精液が付着してたんだけど、地下闘技場のカリド本山のDNAと一致したわ…」
「精液だと…!?よくも優子を…!」
「落ち着いてください…!じゃあこの2人が犯人で間違いないんですか?」
「間違いないわ…カリド本山って男なら今頃死んでるかもだけど…」
「どういうことですか?」
「それはあれよ?YUKIHITO、幸人君よ!」
意味を聞いて2人は顔を合わせて「あ〜?」の表情。やはりあの男に目をつけられたら未来はないだろう。真美の場合主役を奪われているが…
「あなたのことは僕に守らせてください…例え政財界が敵でも僕は絶対に守ります…!」
「ずっと母さんを…この手で抱いてみたかった…!」
昨日息子が母親の自分に言った言葉を思い出す。我が子を愛する親はいくら会いたくないと強がったとして、溢れ出る愛情を閉じ込めるなんて誰ができる?毎日会いたい…一緒に暮らしたい…そんなことを考えれば仕事に集中できないこともあり
「聞いてる?」
「ハッ…!あらごめんなさい…!ちょっと酔ったみたいです」
「何か元気なさそうだね?」
今は仕事!幸人のことを考えている場合じゃない!そういえばメールに「野暮用で今日は行けません」と書かれていたな…今日は諦めよう。彼女はベテランキャストだが指名のお客様が特別多いわけではない。それでも指名被りとフリーの接待で大忙し。そんなとき
「さあこのジョッキに入ったウイスキーイッキ飲みしろ!」
無茶な要求が聞こえてきたのは隣のテーブルから。派手なスーツを着た30代くらいの男性客が大ジョッキに度数37.5%あるウイスキーのイッキ飲みをキャストに強要している。
「冗談やめてください…こんなの飲めませんよ…!」
「散々シャンパンも開けてやったんだ!俺の言うことは聞けよ…」
「う〜わ…何だこの客ぅ…無視しようぜ?」
「そうね…」
ウイスキーをイッキ飲みなんかしたらいくら酒に強くても危険な行為だ。弱い人がそんなことしたらどうなるかは言うまでもない。
「ほら飲め!」
何度も言われキャストはジョッキに口をつけて飲もうとした。だが
「やめてあげてください!」
「あぁ~?確かさゆきって言ったか?」
「そうです。お願いですから飲ませないでください」
「じゃあさゆきが飲めよ!俺に指図するくらいならそれぐらいできるよなぁ!?」
派手なスーツと大柄な肉体、大声で怒鳴られても彼女は一切動じていない。彼女は元々Rose Orangeのリーダー。度量は並大抵なもんではない。
「いえ…飲むのはお客様になりそうですね」
すると彼女は鋭い視線を男に送った。その睨みつけた視線は息子に酷似したとても冷たい目。「明美ほど強くない」と語っているが彼女は何人も殺害した断罪人。底知れぬ殺意なのか狂気を感じたのか男は…
「ちっ…今日はこの辺にしてやるわ!」
男はお釣りを気にせず現金だけを置いて店を出て行った。
「ありがとうさゆきさん!」
「いいよそんな?あんな量飲んだら本当死んじゃうわ…」
手荒なことをせずに事は済んだが、今厄介事を起こして大城四紋の機嫌を損ねてしまったらどうなるかわかったもんではない…それに奴が提示した「契約」に違反してしまった。その契約内容とは「息子の水瀬幸人に会うのは契約違反。もし違反したらRose Orange以外の無関係な女を殺す」だ。そもそも契約違反する前に川崎優子を殺しているだろうが…これ以上犠牲は出せない。元々大城はミソジニストであり、奴の中の偏った好みや嫌悪感で好きな女性と嫌いな女性を極端に分けている。奴の好みは彼女そのものだろうが、とことん女性の弱みに入っていき、そして何もかもボロボロにする…それが大城四紋だ。いつもなら毎日のように来店しているが2日連続で来ていないことから、おそらく幸人が来店して接触したことに気付いたのかもしれない。一人で幸人と遭遇してしまったら命が幾らあっても足りないと思っているだろう。だが彼一人で奴らを全員殺すのは無理だ。幸人、明美、そして千草。力を合わせれば奇跡を起こせるのだろうか?とはいえ男は一人しかいないのか…
チン!
とある地下闘技場ではゴングが鳴る。看板選手であるカリド本山の肉体は極限まで鍛えられているのか腹筋バキバキで全身の筋肉がとにかく凄い。対戦相手も負けず劣らずの肉体で胸を目掛けて渾身のストレートを喰らわすが…
「痛くも痒くもねぇな雑魚!」
「グワッ!」
ドスッ!ドスッ!
体格からは想像もできないほど速すぎる打撃に反撃するタイミングすら掴めない。ここは生死問わず時間無制限ルールなしの地下闘技場だ。奴に殺されたファイターは3桁にものぼる。ゴングが鳴ってから5分も経たないうちに
カンカンカーン!
「流石強いぞカリド本山!一方相手の方は〜?うん…顔面完全に潰れてる…!これで135連勝だぞカリド本山!」
試合を監視室から眺めている人物に大城がいた。監視室なら入口から裏口、細かな範囲まで監視カメラが設置されている。いつもなら客席から観ているが今回は監視室。その理由とは
「やはり来たか…?」
入口から堂々と入ろうとしている一人の男。帽子とサングラスをしているだけの変装だが正体は水瀬幸人だ。やはり千草と接触したことも気付いており、Rose Orangeには凄腕の情報屋がいることも知っている。それにしても彼の行動が予想よりも早い。
「ちょっとすいません。会員証見せてもらえますか?」
「はい…」
勿論拝借した会員証だ。対戦相手として潜り込む前に大ごと起こしてバレてしまったら何もかもパーだ。
「どうぞ…」
取り敢えず闘技場に侵入することには成功。事前にターゲットとなる男のことは百花から聞いている。この時間だと次の試合まで休憩しているはずだ。万全じゃない相手と戦って勝つのは彼の美学に反する。フルパワー状態の奴と戦いたいもんだ…だが奴の試合が始まるまでせいぜい1時間。始まる前に何とか衣装を拝借しなければ!
例の地下闘技場は意外にも広い設計ではなく、練習の風景も客席から観れる位置にある。彼は聴力を集中させ
「お前今日の対戦相手カリドだろ?大丈夫か?」
「大丈夫なわけねぇだろ…」
彼の聴力は微かな音でも聞き取れる。勿論会話の内容も丸聞こえだ。早速拝借させてもらうか
ドン!
「ワッ!?って誰だ?」
彼は客席から飛び降りて着地。
「僕にその衣装貸してくれませんか?」
高身長だがカリドほど肉体が分厚くない男が突然飛び降りてきた。てかイケメンだな…
「何言ってんだ?」
「対戦相手がカリド本山なようで?」
「それがどうしたんだ?」
「ちょっとそのカリドって男に用がありまして」
試合が始まるまで時間がない。できるなら確かに代わってほしいが…
「僕が代われば死なずに済みます…」
「本当か…?」
「信じてください」
「わかった…」
彼はワイシャツだけ脱いで男から拝借したマスクのみを被る。幸いにも傷が残る肉体がファイターの風格を出している。
そして数分後。
「さあ始まりましたデスマッチ!これまで135試合全勝利の無敵の男カリド本山!さて今回はどんな熱いバトルを繰り広げてくれるのか!?」
リングに堂々と立つカリド本山。
「そろそろ女相手にしてぇな!」
どうやら対戦相手が女性の場合、圧倒的パワーで陵辱して殴り殺しているらしい。だが奴の夢は今日で終わる…
「今回の対戦相手はゴードン(本来戦うはずだった対戦者)!」
「何だ…?随分弱そうじゃねぇか?こりゃ骨がねぇな!」
135連勝している上圧倒的体格差。奴は絶対に勝てるという確信を持っている。
「死ぬのはお前だ…」
「あん…?」
彼が微かに言い放つ。
チン!
地下闘技場チャンピオン カリド本山
「ちゃちゃっと死んでくれやァー!」
彼が放った死刑宣告を聞き取れず奴はいきなりトドメを刺そうと顔面にパンチをする。
ドスッ!
!?何故だ!?彼は一切避けなかった。だが
「よくこれで人を殴り殺せたもんだ…」
「何…!?(コイツ耐えやがった!?)」
彼は唇から血を流しているだけだった。そもそも彼の首の強さは異次元の強さだ。
「僕の番…」
ドスッ…!
「グワッ!?(動けねぇ…!!)」
腹に突き刺したのはパンチ。何とこの一撃で奴は動けなくなる。
「まだだぞ…!!」
だが奴も戦闘者だ。
「首折ったらぁ!」
奴は彼の頭を掴んで一気にへし折ろうと力を込めるが
「それで全力か?」
「ウォ…!?」
何と腕を一握りで骨ごと握り潰してしまった。そしてあっという間に両手両足の骨をへし折り
「何やってんだカリド!?」
客席からはブーイングの嵐。すると彼はマスクを取り
「僕が誰だかわかりますか…?」
「お前…水瀬幸人…!?」
奴は彼の顔を見た途端青ざめた。裏社会界隈では知らぬ者はいない。
「お前が川崎優子さんを殺したそうだな…何故殺した!?」
彼は容赦なく全体重で奴の腹を踏みつけ、連続で踏まれ続けた奴は吐瀉物を撒き散らす。
「そろそろ汚ねぇ物見たくないな…さぁ答えろ!」
「確かに拉致はした!殺したのはトライバルって奴だ!バラバラにしたのもその男だ…!」
「お前も罪人なんだよゴラァ!」
ブスッ!
「ガァァァ…!?」
容赦なく眼球を指でくり抜く。光を奪われた上圧倒的な力で殴られ続ける。
「あの女の中に出した…それが最高だったんだよ…!」
その答えを聞いた彼は遂に怒髪天を衝いた!
「貴様…!」
彼は奴の顔面の原型がなくなるまで踏み潰す。最後は口も鼻もわからなくなるほどミンチになって死んだ。彼の怒りを買ってしまったら、人間の形で死ぬことができるなど大間違いだ。
「終わったかしら?」
ザシュ…!ザシュ…!
「どうやら千草を操る奴は逃げたようね?」
試合を眺めていた闘技場の警備員は一人残らず明美に刀で斬り殺された。
「わ〜お!流石は千草の息子ね…!容赦ないったらありゃしないわ」
「それはあなただって同じはずです…」
刀からまだ流れる血が止まらない。それにあの斬撃はまるで侍のようだ。
「それより出るわよ…そろそろ警察が来る」
どうやら彼女が根回しして警察を呼んでいたようだ。その後闘技場は違法格闘技を行なっているとして摘発されたが、まだ黒幕の正体はリークできたわけではない。一刻も早く突き止めなければ。
「幸人君疲れてるだろうから今日は栄養たっぷりの作ってあげよっかな」
知沙は買い出しに出ていた。勿論闘技場での事は済んだとメールを受けている。何買おうと悩みながら行きつけのスーパーに向かっている途中
「キャアー…!」
「…!?悲鳴…!?」
周りの人は悲鳴に気付いていないが明らかに女性の悲鳴が聞こえた。彼女はダッシュで悲鳴が聞こえた方向へ向かった頃には、時既に遅しだった。
「とことんやってくれるわね…!?」
20代と思われるOL風の女性が全身を刺されている。だが…
「はぁ…はぁ…」
「…!?まだ息がある…!」
虫の息だがまだ生きている!今救急車を手配して間に合うかわからない!女性を応急処置し、怪しまれないよう血を隠しながらおんぶをしてRose Orangeに急ぐ。組織のメンバーには元医師もいる。
バタン!
「知沙さん!?その人は?」
「玲乃ちゃんいる!?」
「いるわよ!」
「この子をお願い!全身刺されてるの!」
医療用手袋をしながら現れたのは元医師の熊谷玲乃(37)。数年前担当した患者が学生時代に陰湿なイジメをした元同級生だったが、本来救うはずの命を「医療ミス」と称して殺害した過去がある。
「10分で助ける…!」
おそらく女性を刺したのはプロではなく素人だ。全身を刺したのに命を奪えていないことから想像できるが致命傷であることに変わりはない。取り敢えず今は女性の命が最優先だ。しかし
「どうしたの真美ちゃん!?」
「また新たな犠牲者が…!」
「何ですって…!?」
何とまたバラバラにされた女性の遺体が送り付けられた!とことん彼女たちを挑発している…身元はまだ不明で誰も見覚えがない。
「絶対許さない…!」
「知沙さん…」
「ようやく私をキレさせた…」
知沙の眼は既に鬼になっていた。真美は恐がる心を抑えながら
「私も行きます!」
「あなたは残ってなさい…まだ私ほど」
「明美さんに散々鍛えられました!それに川崎さんの奥さんを殺した犯人が許せないんです!」
必死の訴えを聞いて知沙は
ペロッ…
「くすぐったい…」
首元の汗を舐めて覚悟を確かめる。男性の汗だけじゃなく女性の汗でも嘘がどうかを見破れるのだ。
「わかったわ…けどこれから行く先はくすぐったいで済むほど甘くない…」
汗を舐めたのは覚悟を確かめるためでもあり、避けるか避けれないかを試すためでもあった。避けれなければまだ真美は未熟だ。
「せめてもの償いなんです!私は川崎さんを守ります!」
「良い決心だわ。けど、ずっと私が守ってくれるなんて考えないようにね…?」
「はい!」
今回の敵はどうしても譲ることができない。川崎さんを絶望に落とした奴を許せない!犯人は同じようにバラバラにして滅多刺しにしてやる…!待ってなさい…トライバル!