第5話「充実」
ヴィーナとの生活が始まってから1年と5ヶ月。
ヴィントラオムとヴィーナの生活は充実していた。
ヴィーナはヴィントラオム以外の子供ともよく遊ぶようになり、お兄ちゃんとしては寂しくも、喜ばしい限りであるヴィントラオムであった。
ヴィントラオムはテイパーとも定期的に手紙でやり取りをしていて、完全に離れ離れになっているというわけではない。
最近のヴィントラオムの趣味は前世の世界の物を再現する事と、この前出てきた影の触手の研究である。
ヴィントラオムの研究の成果か影の触手も結構操れるようになってきていた、ヴィントラオムは腕一本につき、影の触手を一本操れる、つまり二本の触手を同時に操れるというわけである、この触手結構力が強く辞典の様に分厚い本でも3冊程なら重ねてちぎることが出来た。
ちなみにヴィーナはヴィントラオムの真似をして鉄板5枚を重ねてちぎっていた。
この触手、精密性もあり、布で出来た本を糸に戻して新しい服を作り出したこともある。
ヴィントラオムの最近のマイブームは昔好きだったキャラクターの服を再現することである。
今ヴィントラオムが作っているのは、人気アーケードゲーム、火天戦記のイケメンキャラ、トーパルがつけていた青いネクタイである。
「うーん、トーパルのネクタイにはvictoriaて書かれてたけど完コピもなんかなぁ……タックス!この布になんて書いたらカッコいいと思う?」
タックスは顎を触りながら考え込み、ニヤッと笑って言った。
「魔法を見せてくれれば考えてやらんでもないぞ~?」
「たく、そんなのどこで覚えたんだ……」
タックスはヴィントラオムの方を向いて言う。
「兄ちゃんだよ?」
「え?」
「この前ヒーナ姉ちゃんに言ってたじゃん、教えてほしければ……ングッ!」
ヴィントラオムは慌てた様子でタックスの口をふさぐ。
「分かった!分かったから!いくらでもなんでも見せてやるから!」
結局ネクタイに刺繡する文字は、タックスがカッコいいという理由で決めたdestroyという文字に決まった、ヴィントラオムは原作再現で言語を英語にして刺繍した。
そうして出来たネクタイはタックスにあげた、どちらかと言うとヴィントラオムが脅されて奪われたと言った方が正しいが。
「お兄ちゃん!抱っこして!」
ヴィントラオムは思う、自分の妹がとんでもなく可愛いという事は当然のことだが、自分がこの子のお兄ちゃんをやっているという事実がまだ自分で呑み込めないと。
「次は影さんで撫でて?」
「いいぞー」
シュルル……
「影さんの触手ひんやりしてる~」
(というか何でヴィーナは俺の影を影さんって呼ぶんだ?)
「今度はお兄ちゃんの手で撫でて?」
(……まぁいっか)
「えへへ~」
(あ、そろそろタックスと遊ぶ時間か……)
「ニーナを呼ぶからニーナと遊んでてくれないか?」
ヴィーナは少ヴィントラオムに抱き着いて言う。
「え~もっとお兄ちゃんと遊んでたいのに……」
「はは、人気者はつらいなぁ、イタタタ!ちょ!ヴィーナ痛い痛い!指捻らないで!」
「遊べー!」
ポキ!
「あ、」
痛い思いをすることもあるが比較的に充実した日々をヴィントラオムは送っていた、独房の中だとは思えない日々だ。
そんな充実したヴィントラオムのヴィーナと出会ってからの1年と8ヵ月、事件は起こる。
「タックスその耳……」
タックスが地面にへたり込みながら血まみれの耳を押さえている。
「痛い……痛いよぉ!」
泣き叫ぶタックスの前には、左手に肉の塊を摘まんでいる、ヴィーナの姿があった。
「タックス!何があった……今治癒魔法をかけてやる!」
ヴィントラオムはタックスの耳に手をかざして詠唱を始める。
「豊穣の名のもとに苦しみを払いのけよ、奇跡で浄化しろ!ヒーリング!」
タックスの傷口が塞がり出血が止まる。
ヴィントラオムは汗を拭い言った。
「タックス……お前は少し横になって休んでろ」
タックスを寝かせたヴィントラオムは壁の端でボーっと立っているヴィーナに言った。
「ヴィーナ……部屋で話そう」
ヴィーナはうつむきながら頷く。
そうしてこの事件は始まった。
次回「当たり前」