第4話「頼み」
少年は子供を可愛いと思ったことがない、よだれを垂らしながら地面を転がりまわり、気に入らないことがあれば泣いてどうにかしようとする。
言動はいつも意味不明、何を考えているのか見当もつかない。
おまけに守ってあげなければすぐに自壊してしまう、そんな脆くて、面倒臭い子供が、少年は嫌いだった。
「おじぃちゃーん、起きたよー!ねぇねぇ、だいじょうぶ?」
そんな少年がこの少女を世界一可愛いと感じてしまったことは不覚としか言いようがないだろう、それもそのはず、こんな可愛い少女を目の前にしたら誰だって目をハートにしてこう言うだろう。
「可愛い…」
パッチリとした金色の瞳に、将来美人になることを約束されたようなものであろう顔、サラサラのロングヘアーの上には真珠の様な白色が乗っている。
これを可愛いと思えない奴は恐らく目が潰れていると言っても過言ではない可愛さであった。
此処が薄汚い書斎の形をした独房だという事を忘れさせるほどのそのオーラはまさに女神の発するものであろう。
「おぬしが寝てから丸一日程経ったかのう、そやつずっとおぬしの横におったぞ」
「丸一日も経ったのか?!」
少年はテイパーの言葉を聞いて飛び起きた。
「作戦はどうなったんだ?まさか中止とか!」
テイパーが立ち上がって言った。
「いや、今日からじゃ、と言うか今からじゃな」
「それってどういう……」
「5年後にある、研究結果の提出日もとい脱獄作戦決行日に間に合わせるには、本来今日から準備せねばいかん、それを延期している今、一刻も早く準備に参加しなければいかんのじゃ、言っている意味がおぬしならわかるだろう、ヴィン」
(まさかそれって……)
「こいつの世話はおぬしがしてくれ、ヴィン」
少年は何も言えない、声が出ない。
「1日調べて分かったのじゃが、そやつはどうやら孤児らしい、いろいろな部屋で盗みを働いて飯を食ってたらしくての、ここらじゃ有名な奴だそうじゃ……そういう趣味の奴の間でも……」
「ッ!」
少年が感ずくとテイパーが机の上に大きな袋をドスンと置く。
「1日だけじゃが、ワシはそやつの親になった、なぜだかわからんが他人の娘だとは思えんくてなぁ」
「……」
「そやつを頼んだぞ」
テイパーが腹の底から声を出した、その声はまるで針のように、少年の鼓膜を刺した。
テイパーが腹の底から声を出した、だからヴィントラオムもそれに応えるように言った。
「あぁ、任せろ」
少年の声に反応してかいつのまにか寝ていた少女が起き上がりテイパーの方を向いた。
少女は眠そうに目をこすりながら言う。
「いってらぁしゃぁい」
テイパーがその言葉を受け取ると一瞬困惑したもののすぐに冷静になって、自然に返した。
「行ってくる!」
シュバ!タタタタタタタ………………
テイパーは勢いよく水路の氷に乗り、大した別れの挨拶もないまま行ってしまった。
老人の出発を見送った後に少女は部屋の隅の木箱の上に乗ると切なそうに言った。
「テイパーいつ帰ってくる?」
少年は少女に向かって笑顔を作り出し、晴れやかに言った。
「テイパーは……俺が10歳になる頃に帰ってくるよ、俺の誕生日を祝いにな!」
少女は困惑した顔で言う。
「たじょうびってなに?」
こうして少年及びヴィントラオム・シュピーゲルはこの少女の兄となったのであった
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「あ、あのぉ……ヴィ、ヴィンってさ好きなお花ある?」
隣の隣の部屋に住んでいるヴィントラオムの幼馴染ことヒーナ・ブラッドレイが問いかけてきた。
「おはなってなに?」×2
タックスとヴィントラオムの妹ヴィーナがほぼ同時に聞く。
「え、えーと、お花っていうのは……」
花について説明しているヒーナを見ながらヴィントラオムは思う。
(……う~むこう見ていると、ヒーナって胸デカいよな……まだ俺と同じ5才だろ……将来有望どころの話じゃないぞこりゃ)
「ねぇねぇお兄ちゃん!」
不純な思考を巡らせていたヴィントラオムにいきなりヴィーナが声をかける。
「ヒーナお姉ちゃんがくれたこの本面白いよ!特に面白いのがねぇ……」
ヴィーナが結構分厚い本をパラパラとめくると、隅に298と書かれているページで本をめくるのをやめた。
そのページには美しい花の絵が描かれている。
ヒーナがそれを見ると、驚いたように言う。
「ヴィーナちゃん、その本今の一瞬で全部読んだの?!」
「うん!すっごく面白かった!」
ヴィーナと過ごした1年間でヴィントラオムは何万回もヴィーナに驚かされていた。
1ヵ月で部屋にある1000冊程の本はすべてヴィーナに読み尽くされた、しかもただ読み尽くしただけではない、本の内容についてヴィントラオム質問するとその内容が書かれているページをめくって見せる事が出来る様になる程にヴィーナは読み込んだのだ、それだけではない、ヴィントラオムが教えた言語は2ヵ月あればマスターした。
今に至っては、もはやヴィントラオムの知らない言語にまで手を出している。
魔法もヴィントラオムが教えたものはもちろん、基本的な魔法は詠唱短縮または無詠唱で発動させてしまう。
ヴィーナは天才も天才、大天才だった。
趣味がアダルトなビデオ集めだった低俗なヴィントラオムとは月とスッポンどころじゃない太陽とオタマジャクシみたいなものだった。
パラパラパラパラ
ヒーナが本をヴィーナに見せながらページをすごいスピードでめくっている。
「これも読めるの?!えぇ?!これもぉ!?」
(いつも大人しいヒーナがはしゃいでる……)
珍しいものを見たと思うヴィントラオムであった。
次回「充実」