第3話「暗闇の中の色」
「ほぉーら、この手にご注目!何もない手のひらから水が噴き出しますよ……3,2,1」
プシャァァァ
「わぁぁぁぁ!ねぇもっと!もっとやって!ヴィンおにいちゃん!」
今、少年は目をキラキラと輝かせている赤髪の少年タックスに手品……と言うか水魔法を見せている。
少年がこの世界に生まれてから5年が経った。
少年はこの5年間で様々なことをテイパーに教わった。
この世界の言語や魔法学、それらの専門的な知識に加えて、少年自身の事についてもテイパーは少年に話してくれた。
テイパーによると「お前は総魔学会と呼ばれる魔法を神として崇める頭がイかれた組織の施設で、マリアンヌ・シュピーゲルという女性から生まれた」と言う
それを聞いて少年が最初に気になったのは、少年が今いる施設についてだった。
少年が施設についてテイパーに聞くと、テイパーは少年にこんなことを教えてくれた。
「ここは、大罪を犯した魔法に秀でる者や、その他様々な専門知識を持つ者たちを強制的に収容し管理する場所、とそう言われてはいるもののその実、此処はそんな正当性のある場所でもない。この施設は世界最大級の迷宮「リリス迷宮」を総魔学会が開拓、改築した場所で、迷宮に多数存在する、とても強力な魔法が記されている魔導書や、その他歴史的価値のある文献を、強制連行した学者達に強制的に研究させるための施設なんじゃ。さらにこの施設にいる人間のほとんどが何かしらの理由で学問を捨てた者で、そういった者たちが集められている理由はワシもわからん、そして悲惨なことに研究を拒んだ結果は……」
そこから先を話そうとしたテイパーは「やっぱりやめた!」と言って喋るのをやめてしまった。
ただ一つ教えてくれたのは少年の母親もその研究を拒んだ者の一人だったという事だけであった。
このことに関してはテイパーもそれしか少年に教えなかった。
少年もそのことに関して、知りたいことは山ほどあったが、教えてくれとは言えなかった。
なぜならその時のテイパーの表情が少年には前世の母親が死ぬ直前に見せた表情と似た表情をしていたからだ。
少年はこの5年間で色々なことを知ったが、まだまだ知らないことが少年には山ほどある。
テイパーの身の上や外の世界の事、人間以外にどんな生き物が居るのかも、少年はまだ知らなかった。
でも、少年は(知らなくていいのかな)と思っている。
なぜなら、少年はこうして隣の部屋の赤髪の少年と戯れているだけでも、十分に己の人生を楽しめているからである。
「タックスは元気だな!よし今日は特別に火炎も出してやろう!いくぞ~!」
「コラ!」
ガン!
老人の打撃とは思えない重い一撃が、炎を出そうとした少年の頭に炸裂した。
「痛!なんだよ!」
「火は危ないから出すなと言っておるじゃろう!まったく……」
少年がテイパーにこっぴどく叱られていると、赤髪の少年、タックスが思い出したように「あ!」と言った。
「僕そろそろ部屋に帰らないと!テイパーお願い!」
タックスの言葉を聞いたテイパーはコクリと頷き水路へ向かうと水路に流れている水に手を入れた。
「全てを屈服させろ!凍てつけ!フローズンオーラ!」
テイパーが唱えると水路の水が凍って隣の部屋に続く簡易的な橋になった。
「よいしょっと」
少年はタックスを持ち上げて氷の上に置いた。
「またね!ヴィンおにいちゃん!」
タックスが手を振ってきたので少年も振り返した。
「次は炎を見せてやるよ!」
少年の言葉を聞いたテイパーはやれやれと言った様子で首を振る。
「今日はもう飯にしよう、俺も明日からはこの部屋に居れなくなるからな」
テーブルの上にテイパーがカビたパンを置く。
「あぁ、そういえばそうか」
少年が目線を下にやるとテイパーがポンッと少年の頭に手を置いた。
「心配するな、準備が終わりさえすれば、ここを出られる、そうしたら一緒にこんなカビたパンじゃない、うまい飯でも食おう!そのために3年程、待ってくれないか?」
「はぁ……わか……」
「ヴィンおにいちゃーん!大変だー!」
少年が返事をしようとしたその時、タックスが声を荒げながら部屋に入ってきた。
「いきなりどうしたタックス?」
テイパーの問いにタックスは答える。
「そこの氷の中に女の子が!」
タックスが氷を指さす、一見何もない氷の中を少年はよぉーく見てみると、そこにはタックスの言う通り少女が埋まっていた。
「テイパー!!」
少年が叫び終わるより先にテイパーは水路の氷を溶かして少女を救い上げていた。
テイパーは少年に背を向けて、少女を降ろした後、少年の方を見て言った。
「ヴィン!残ってるポーションをありったけもってこい!」
少年はコクリと頷き、棚の上に置いてあるポーションを取ろうとした、が届かなかったので仕方がないからテイパーにやってもらおうと少年が声を掛けようとしたその時だった。
テイパーが叫んだ。
「何だ!何が起きてる!!」
少年がテイパーの方を見ると、そこには地面にできた、まん丸の黒い穴から出ている黄金の鎖に縛られて動けなくなっているテイパーとテイパーの腕の中で黄金の目をキラキラと輝かせている少女の姿を少年が確認する。
少女の姿を確認した少年は少女の息が既に止まっているという事を理解し、その次に今すぐ処置をしなければ取り返しがつかなくなる状況だという事を少年は理解した、しかし肝心のテイパーは動けないし、ポーションに手は届かない、少年は完全にパニック状態になり呼吸も苦しくなってきた。
(どうしよう!!やばいやばいヤバイ!)
「ハァ……ハァ……」
胸を押さえながら何もできなくなっている少年に、動けないせいで現状を理解できないテイパーが困惑した声で叫ぶ。
「おい何やってる!早くしろ!!」
(無理だ……俺にはどうにもできない!誰でも良い!誰か助けて……)
少年が心の中でそう思った時、いきなり、少年の影から黒い触手の様な物が飛び出した、黒い触手は棚の上のポーションを勢いよく絡め取りヌルヌルとした動きで、少年のの手元まで運んできた。
その後、触手は少年の影の中に入って消えていった。
少年が今起きた事を理解できずにいるとテイパーが再び叫ぶ。
「早くしろと言っているだろう!ヴィン!!」
その言葉を聞いて少年の目は完全に覚めた。
少年はポーションを少女のもとへ運び、動けぬテイパーの代わりに少女にポーションを飲ませようとした。
しかし上手く飲んでくれず、少年が手こずっていると、テイパーが静かに話しかけてきた。
「まずソイツの体を横向きにしろ、それからだ、ポーションを飲ませるのは」
少年は頷き、言われたように少女を横向きにした後、ポーションの瓶の口を少女の唇に当て、ゆっくりと傾けた。
ゴク……ゴク……
「飲んでる!」
少女の頬に血の色が広がってゆく。
「よ、よかっ……」
バタン!
少年が横に倒れて静かに目を瞑る。
(あれ……なんか体が動か……な……)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うぅ…」
少年がゆっくりと目を開ける。
少年はダイニングテーブル兼ベットに横たわっていた。
「うぷっ」
「起きん方が良い」
テイパーがパンをむしりながら言う。
(なんだか体が重い……なんだ?)
少年が体の重みに苦しんでいると、その重みが一瞬ふわっと消えて、再び落雷が落ちたかのような衝撃が少年の体を貫いた。
「おきた?おきたよ~」
今度は可愛い幼い声が少年の耳に響き渡った。
少年は声の方を見た、そこには、天使の様な笑顔をしている少女がいた、黄金に輝く瞳で少年を見つめる白髪の少女が。
次回「俺は救えるか」