第29話「同況」
「……ヴィーナ?っ!何言ってんだ俺!」
それを聞いた少女はキョトンとした顔をした後、全てを理解したように微笑む。
ヴィントラオムがうつむき、頭を抱えているといつの間にか少女がヴィントラオムの背後に移動して妖麗に言う。
「そう……私はあなたの最愛の人、ヴィーナだよ」
優しい声にヴィントラオムは目を尖らせて言う。
「違う!!!」
ヴィントラオムはいつの間にか影の触手を少女の方に伸ばしていた。
まるで、何かを掴もうとするように。
「絶対に違う……ヴィーナは死んだんだ……確かに顔は似てるけど……断言できる…お前は絶対ヴィーナじゃない!!」
少女は何食わぬ顔で、ヴィントラオムの頬を彫刻のような美しい純白の指で撫でる。
「本当に死んだって言いきれる?本当に死体を見た?」
ヴィントラオムはぬかるみに足を持ってかれたような顔をする。
(死体を見たかって……確かに…俺はヴィーナが殺されたところをハッキリとは見ていないし……死体だって……あれが本当にヴィーナだったのかなんて分からない程にグチャグチャだった……)
ヴィントラオムの瞳に涙が溢れる。
ヴィントラオムは息を整えながら少女の方を向いて言う。
「もしかしてほんとに!!」
少女はクスクスと笑って可愛らしい少女の笑顔を見せると小さな声で言う。
「フフッ……ジョークです……フフッ……どう……ですか?笑えてもらえました?」
ヴィントラオムは唖然とする。
「この前、同じようなジョークをお兄様にも見てもらったのですが……その時、お兄様泣くほど笑ってくれて!」
ヴィントラオムはそれでも笑顔で和やかに言う。
「ごめん…俺は笑えないな……多分…それはしちゃいけないジョークだ……」
少女の顔は不安でいっぱいになり、声も震えている。
とてつもない量の涙が目からあふれ出している。
「そんな……でもお兄様は……」
「もしお前の兄貴がそれで笑っていたとしても、そのジョークはしちゃいけない……お前そもそもしちゃいけないって言われたこともないだろ?」
「だって…私、悪いことをしたことが無いですもの!」
ヴィントラオムは少女に背中を向けて言う。
「あぁ……大丈夫……俺は知ってる……お前は何も悪いことはしていない……してるのは大人の方だ………お前いつからここにいる?あったことのある生物は?」
「え?……えーと……400年ほど前、ここで生まれた時から……あったことのある生物は、お父様とお兄様とお母様です」
ヴィントラオムはそれを聞くと、静かに頷き言う。
「教えてくれてありがとう……ちょっと用事が出来たから外に出るよ……すぐ帰るから……」
ジャキジャキジャキィン!!
ヴィントラオムが影の触手で扉を切り刻む。
少女はそんなヴィントラオムを見て思わず感動の声を漏らす。
「うわぁぁぁあ……」
部屋から外に出ると、横を向いて壁に寄りかかっている男女に、ヴィントラオムが声をかける。
「……聞いてたのか……べゾルバ……リディア……」
べゾルバが【ディミ・シングロ】を素振りして言う。
「はよ行こうで」
リディアがナイフを回しながら言う。
「とっとと屑どもを殺したい気分だ……」
立ち去ろうとするヴィントラオムを少女が止める。
「あの!お名前を!!」
ヴィントラオムは振り向いて言う。
「ヴィントラオムだ」「べゾルバだ」「リディアだ」
名乗りが被った。
目を見開き、口を手で覆う少女を背に3人は薄暗い通路を歩き始めた。
そんな3人の後ろを少女が心臓の音すらもかすめて尾行していく。
今夜は波乱が予想されるだろう。
タイトルの同況は彼女の現状がヴィントラオムの前世と近しい状況にあるからですね。