97話 醤油
「とても可愛くていいですね!」
「気に入ってくれているのでしたら、渡したこちらも嬉しく感じます」
私が返した反応を聞き、リンネさんとソロさん、銀髪のお爺様は何やら微笑ましそうな表情でこちらを見て来ますが、私はそれをスルーしてちょっとだけ気になったことを聞いてみます。
「というか、こんなレアそうな装備をもらっても良いのですか?」
「大丈夫ですよ。ここにその装備を使える者は誰もいないので、レアさんに使ってもらった方がその装備も嬉しいでしょうしね」
私の言葉に、リンネさんは微笑みを浮かべてそう返してきました。
使う人がいないのですか。なら、無駄に遠慮をしてないでしっかりと使わせてもらいますか!それにこの装備の見た目はとても気に入りましたし、ロールプレイもしながら使ってみるとしましょう!
「では、遠慮なく使わせてもらいます!」
「はい。是非とも使ってあげてください」
「わかりました!…それでは、私はこの辺でお暇させてもらいますね!」
今の時刻はもう少しだけ十一時になるところですし、早めにログアウトをして現実世界で料理を作る必要があるので、そろそろ戻った方が良さそうなのです。
そんな私の言葉を聞いた大人組の三人はそれぞれの言葉を返してきたので、私は三つの装備をインベントリに仕舞った後に手を振って別れの挨拶を済ませてから肩にいるクリアと共に教会から離れ、初期の街の広場まで向かいます。
「いやー、お礼とはいえこんな素晴らしい装備をいただけるなんて、嬉しいですね!」
「……!」
私の嬉しそうな感情にクリアもつられているのか、クリアも肩付近で楽しそうに震えているのを感じつつも私は歩き続けます。
ひとまずは現実世界に戻ってご飯などを済ませてはきますが、その後は悪魔のクエストが始まる前に行こうと思っていたあの屋台のお兄さんの元へ向かい、醤油について聞きましょうか。
「あ、そういえば港町で買った本をソロさんに見せるのを忘れていましたね。まあそれはまた今度でもいいですね。時間もかかりそうですし」
それとアリスさんたちとのユニーククエストで手に入れた本についても、ご飯の後の午後に確認しましょうか。
そして手に入れた黒影宝石についてもですね。こちらも午後にでもレーナさんのところに持ち込んでみますか。
そうして歩いていると初期の街の広場に着いたので、一度クリアを送還してから私はメニューを開いてログアウトをします。
そこから現実世界でのお昼ご飯などの諸々を済ませてきた私は、再びゲーム世界に戻ってきました。
今の時刻は十二時くらいなので、時間はたくさんありますね。なら、早速屋台のお兄さんのもとへと向かい醤油について聞いてくるとしましょうか。
「ふんふーん」
私はその道中で鼻歌を歌いつつ、屋台のお兄さんと出会ったところまでプレイヤーたちからの視線を浴びながらも歩き続けていると、前と同じ場所でお兄さんが屋台をやっていました。
今は特にお客さんもいないようですし、大丈夫そうですね。
「お兄さん、すみません」
「ん?ああ、お前さんはあの時の嬢ちゃんか。どうしたんだ?」
私のかけた声にそう反応したお兄さんに向けて、私は醤油のことについて聞いてみます。
「この串焼き肉に醤油が使われていませんか?」
「お、よく知っているな?そうだぞ、醤油を使ったタレにしているからな」
やはり、思った通り醤油が使われているみたいですね。なら、それがどこで手に入れられるかについても聞いてみましょう!
「それってどこで入手出来ますか?」
「それなら、この街の東にある商業ギルドに売っているはずだ」
「商業ギルドですか?」
どこの場所にあるかわからない私に向けて、お兄さんは続けて商業ギルドの場所についても教えてくれました。
マップに記された場所から考えるに、ここと同じく東側にあるようでそう遠くはないようですね。それでしたら、この後すぐに行きましょうかね。
「教えてくれてありがとうございました!」
「はは、別にこれくらいは大丈夫だ。気をつけて行くんだぞー」
私はお兄さんに見送られながらも、今度はマップに示された商業ギルドへと足を動かしていきます。
「それにしても、商業ギルドですか」
そういうギルドがあるのは知っていましたが、そこに行くのは初めてですね?
商業系のギルドということですし、きっと大きさも職人ギルド並みにはあるのかもしれませんね。
そんな思考をしつつも街中の道を歩き続けていると、視線の先にそれらしき大きめの建物が見えてきました。
目の前に着いたので確認をすると、そこは前に見た職人ギルドと同様に結構な大きさをしているようで、なかなか立派です。
そのせいか少しだけここに入ってもいいのか心配になってしまいますが、ここで立ち往生をしていてもアレですし、さっさと入りましょうか。
「…中も外観通り広いようですね」
私の呟いた言葉通り、中は職人ギルドの本部のように広々としており、同様にたくさんの個室などに続いているとおもしき複数の扉も存在しています。
唯一違うところがあるとするなら、カウンターの数とテーブルと椅子の有無でしょうか。それとプレイヤーも中にはあまりいないみたいですが、中にいる商人らしき数名の住人からの視線が私に集まってきています。まあ私の見た目はドレス姿ですし、気になるのも仕方ありません。
っと、そんな観察はいいとして、さっさとカウンターに行きますか。
「…すみません」
「はい、どうされましたか?」
「あの、ここで醤油が買えると聞いて来たのですけど…」
「申し訳ありません。ただいまは売り切れております」
醤油についてカウンターのお姉さんに聞いてみると、なんと今は売り切れのようでした。うーん、買いたかったですけど、ないなら仕方ないですね。残念ですが、今は諦めるとしましょう。
「ここでは売っていませんが、もしかしたら港町になら売っているかもしれませんよ」
残念そうにしている私を見て、カウンターのお姉さんはもしかしたらと言った私にそう教えてくれました。
なるほど、港町ですか。それなら、この後に港町に寄って醤油を探してみますか。まあ別に今すぐに欲しいというわけでもないですし、ゆっくりとで良さそうですけど。
あ、それと商業ギルドに寄ったんですし、いいタイミングなので私が使わなそうな素材やポーションを売り払ってしまいますか。
「教えていただきありがとうございます!あと、ついでに素材の買取もお願いしてもいいですか?」
「もちろん構いませんよ。では、あちらで買取をしますので、少々お待ちください」
カウンターのお姉さんはそう言って一つの扉を示したので、私はわかりましたと言ってからそちらの扉を開いて中に入ります。
中は意外と広さがあり、綺麗な木目調の木で出来たテーブルや革製らしきソファなどもあるおかげで落ち着いた雰囲気を感じられますね。
そして私はおずおずとそのソファに座り少しの間待っていると、扉をノックする音が聞こえた後に扉が開かれ、一人の女性職員さんが入ってきました。
「お待たせしました。それでは素材の買い取りですね。出してもらってもよろしいですか?」
「わかりました」
その女性職員さんの言葉を聞き、私は今まで溜め込んできていた無数の素材たちと使わないポーションなど、本当にたくさんのアイテムたちをテーブルの上へと出していきます。
あ、食材系は別ですよ。それについては料理で使うだろうとは思うので売りません。
そんな思考をしていた私を尻目に、女性職員さんは私の出した物をテキパキと鑑定していき、最終的には200,000Gになりました。凄まじい金額ではありますが、私の出した素材たちは質も良く数も多かったので、そのおかげででしょうね。
今のところは特に使う予定はありませんが、たくさんお金が手に入れれたので使う機会があるまではコツコツと貯めておきましょうか。
そうして素材の買い取りも済ませた私は、続いて港町へと向かいます。
港町には転移で行けるのですぐ着きますし、着いたら早速探しに行きましょう!
「ふんふふーん」
私はルンルンと楽しそうな雰囲気を出しながら、今いる商業ギルドから街の中心にある広場へと歩いていき、街の広さは迷宮都市などとは違って大きいわけではないのですぐに着きます。
その後はすぐに転移を行い、すぐさま視界が変わって港町へと到着しました。
「よし、それでは醤油を探しに行きますか!」
そう声に出し、私は早速とばかりに街の中を散策していきます。
「前に来た時はしっかりと散策はしてませんでしたが、こうして見ると結構オシャレな街並みですね」
初めて街並みを見た時と同様に基本は石造建築が多めではありますが、それでも海と馴染むような外観が多くて見ているだけでも意外と楽しいです。
そう景色を見ながら歩いていると、ふと一軒のお店が目につきました。
そのお店は周りの石造りの建物とは違って全体が木で出来ているようで、それだけでも目につきます。しかしそれらよりも私の目を引いたのは、その扉の上についている暖簾に書いているこの世界の文字です。
「す、寿司…!?」
そう、寿司と書いてあったのです。これは日本人ならば誰もが目を引かれる文字ですよね!
私はそのお店に吸い寄せられるかのように近づいていき、そのまま暖簾を潜って扉を開け、中に入っていきます。
「らっしゃい!」
中に入るや否やそんな声が私にかけられます。
お店の中はどうやら、現実でもあるかのようなテーブルカウンターと椅子が並んでいる内装となっており、寿司を作っているところを間近で見ながら食べられる感じになっているようですね。
ですが、そんな綺麗でワクワクしそうな内装にも関わらず人が一切いないようでがらんとしています。
「お、嬢ちゃんは始めてだな?」
「はい、お店の前の暖簾が気になって寄らせてもらったのです」
私の返した言葉に、カウンターの内側に立っていた身長170cm後半くらいで青い髪と瞳をした猫の獣人らしき男性がニヤリと笑みを浮かべます。
「お、それが読める人か!それなら、ここは何の店か知ってるな?」
「はい、寿司ですよね」
「おう!俺様の手にかかれば、嬢ちゃんは天にも昇る美味しさを味わえるぜ!」
こちらの世界で寿司を食べるのは初めてですが、この自信の持ちようなら期待はしても良さそうですね!
それに港町にあるということは魚も取れたて新鮮だとは思いますし、これは隠れた名店や気もします!
「ふふ、それなら俄然楽しみになってきました!あ、それとよければテイムモンスターの子にも食べさせてあげてもいいですか?」
そんな良さそうなお店ですし、クリアにも味合わせてあげたいと思って男性にそう声をかけると、大きすぎなければ問題ないとのことでしたので、許可を貰い次第クリアを呼び出します。
クリアは呼び出された場所が見慣れない場所だからか不思議そうにしてましたが、私がここはご飯を食べれる場所ですよ、と伝えるとクリアも食べるのが楽しみと感じているのか、プルプルと震えながらワクワクした感情を伝えてきました。
「…じゃあ嬢ちゃん、まずは何がいいか?」
「そうですね、ならお兄さんのオススメを少しだけもらえますか?そこまでお腹が空いているわけではないので、色々と楽しめるとよいのですけど…」
「任せとけ!なら、量は少なめに五貫をだすがそれでいいか?」
「はい、お願いします」
そしてお兄さんはテキパキと寿司の材料を用意したと思ったら、すぐさま手を動かしていき、私がそれを見ているとすぐに出てきました。
「へいお待ち!」
そう言って小さめの寿司下駄の上に五貫の寿司を乗せ、私とクリアの前へと出してきました。
「これは右から順に、マグロの中トロ、サーモン、ハマチ、ウニ、そしてエビだ」
「すごく美味しそうですね…!それでは、いただきますっ!」
「……!」
私は説明してくれた言葉を聞き次第、ワクワクを隠さずに割り箸を手に取って食べ始めます。
そうですね、楽しみは最後にとっておくとして、初めはハマチから行きますか!
「んー!適度に脂がのって、プリッと身の引き締まった味わいが感じられてとても美味しいですね!」
「……!」
私は思わずそう感想がこぼれましたが、それを見たお兄さんはくくく、と少しだけ笑いつつもこちらを見つめてきます。
お、美味しすぎて感想が漏れてしまいました…!ま、まあそれはスルーして、次はエビにしますか!
「うんうん、エビも濃厚な甘みとぷりぷりとした食感が感じられ、酢飯の酸味と甘エビの甘さが調和してとても美味しいです!」
「……!!」
エビは私も好きですが、この様子を見るにどうやらクリアは先程のハマチよりも甘いエビのほうが好きなようですね。
やはり前にも思った通り、クリアは私と同じように女性よりの性別のようです。
「それは置いといて……次はウニですね」
ウニについてはちょっとだけ私は苦手ですが、出されたものを返すなんてことは失礼なのでやらず、思い切ってパクっと口の中に入れます。
「…この口の中に広がる磯の香りと、とろける食感で濃厚なクリーミーの味わい。ちょっとだけウニは苦手でしたけど、これはとても美味しくて簡単に食べられますね!」
「……!」
クリアも一緒に食べてはいますが、クリアにはあまり合わなかったようで少しだけ苦手そうにプルプルと震えています。
まあ甘いのが好きなようですし、これは好き嫌いが分かれるので仕方ないですね。
「嬢ちゃんはウニが苦手だったのか?」
クリアを見ていた私へとお兄さんはそう聞いてきたので、隠すのもアレなので私は素直にそれに答えます。
「はい。ですが、このウニはとても美味しかったので問題ありません!」
「そうか、それならよかったぞ!」
では最後は、お楽しみとしてとっておいたマグロとサーモンです!これは一番好きなネタなので、さっそく食べましょう!
「うんうん、マグロも適度な脂ののりと赤身の旨みがバランス良く調和していて美味しいです!サーモンもとても柔らかく、濃厚な味わいでこれまたすごく美味しいですね!」
「……!」
クリアもエビに続いてマグロとサーモンも気に入ったようで、美味しさを味わうかのようにとても興奮しながら震えています。
今回は少しだけしか食べてませんが、お兄さんが作ったお寿司はどれも美味しかったので、かなり当たりのお店ですね!今度機会があったら、兄様たちも連れて食べにきたいですね!
「ふぅ、とても美味しかったです!」
「そうかそうか、そう言ってくれると俺様もありがたいぜ!」
お兄さんも私の感想に嬉しいのか、少しだけ照れつつもそう返してきました。
お兄さんは見た限り二十を超えたばかりに見えますが、その年齢でここまでの腕前を持っているなんて、凄まじいですね…!
「では、私はこの辺で行かせてもらいます!」
「おう!また来てくれよな!」
「はい!その時は私の家族と大切な人も連れてきますね!」
私はお金を払ってお兄さんに別れを告げた後、クリアを肩に乗せてからお店を後にします。




