95話 過去を超えて
「…なんで、来たのですか」
自身の深層心理にいるからかいつもと違って心が抑えられず、拒絶するかのように私はクオンに向けてそう答えます。
それを聞いたクオンはヴァルドさんを警戒しつつもこちらに視線を向け、率直に言葉を口にします。
「なんで、か……なら逆に聞くが、いま目の前で苦しんでる親友を見て、助けないなんて選択肢を取る奴はいるか?」
「…っ!」
「素直な、美幸の思いを聞かせてくれ」
素直な、私の思い……そんなの…っ!
「…ほんとは悠斗に嫌われたくない!一緒に過ごしたい!それでも、私の心はこんなに醜くて…」
私は悠斗に嫌われるのも覚悟し、涙を頬に伝わせながらそう思いを吐きます。
そんな泣きながら言葉を紡ぐ私を見た悠斗は、今まで見た中でも一際優しそうな表情をしてこちらに言葉を返してきます。
「それがどうした。俺は美幸のことを醜いなんて思っていない。自分が許せないのだろう、過去を悔やみ続けているのだろう。だが、俺たちはまだ生きている。それならこれからいくらでもやり直せるさ。それじゃダメか?」
「……ずるいですよ。そんなこと言われたら、反論なんて出来ませんよ……こんな私ですが、これからも仲良くしてくれるのですか?」
「構うもんか。俺たちは親友、だろ」
「…はいっ!」
その言葉に自然と涙が溢れます。が、それは先程までの深い悲哀ではなく、嬉しさの証です。
そして座り込んで泣いていた私に向けてそっと差し伸べてくれた悠斗の手は、いつもよりも大きく、優しく、温かく感じました。
私は自身の思いを吐いたせいで少しだけ恥ずかしくなってしまいましたが、差し伸べてくれた悠斗の手を素直に取り、そのまま悠斗は手を引っ張ることで立ち上がらせてくれました。
「よし、なら、あとはあいつだけだな」
その言葉と共に悠斗はヴァルドさんへ視線を向けるので、私も同じようにそちらに視線を向けていつのまにか消えていた双銃を手に取り出して悠斗と同様に構えます。
「ちっ!ですが、増えたとしてもたった二人です!ならば、貴方を倒してその後にじっくりと楽しませてもらいますよ!さあ、やるのです!」
ヴァルドさんはこちらを憎々しげに見つつも背後にいた巨人へと指示を出し、その巨人と共にこちらへと向かってきます。
未だに恐怖は感じますが、自身の全ての思いを吐き、親友として仲良くしてくれるという悠斗の言葉を聞いたことで、少しだけ恐怖は薄れています。
なのでその状態なら行けそうとは思ったので銃を巨人へと構えますが、そんな私の動きを悠斗は一度止めて、何やら口にします。
「ここは俺に任せてくれ」
そう言って悠斗は右手に持っていた星空のような黒色の片手剣を両手で持ち直し、その状態で一瞬目を閉じます。
「〈星命の想剣〉!」
「なっ!?」
そしてすぐに瞼を開けたと思ったら、即座に何らかのスキルか武技を使用して、こちらに迫ってきていた巨人をその一太刀で切り捨てます。
「まだ完全な解放は出来ていないが、それでも威力は十分だ」
悠斗の放った攻撃で巨人が真っ二つになってポリゴンに変わっていくのを見て、ヴァルドさんは今まで見た中で一番驚いたようで、表情を驚愕に染めています。
「や、闇の力が…!?くっ、あいつのせいでこの空間内の闇が薄れていっている、だと…!?」
どうやらここは私の深層心理のようなので、私の心の闇が晴れていくのと同時に真っ暗な空間内も晴れていきます。
それに闇の力とやらも同様に少なくなっているようで、そのおかげで先程の巨人も簡単に倒せたのでしょう。
なら、やはり悠斗のおかげですね。悠斗が居なければ私はこのまま闇に飲まれていたでしょうし、この思いも抱えた状態で苦しみ続けていたかもしれません。
「なら、これなら…!」
巨人が簡単にやられたのを見て、ヴァルドさんは再びテロリストの影を生み出します。
おそらくは私のトラウマを刺激して、もう一度闇を引き摺り出そうという魂胆なのでしょう。悠斗はそれを見てすぐに倒しに行こうとしましたが、今度は私がそんな悠斗の動きを止めます。
「レア、大丈夫なのか?」
「はい。ここで、私のこの過去とは決別させていただきます」
私は未だに恐怖は感じてますが、一度だけ深呼吸をした後に両手の銃を構え、テロリストの影に向けて弾丸を連続して放ち、全ての影を撃ち抜いて倒していきます。
…よし、まだほんの少しだけ恐怖は感じますが、もう大丈夫です。これで、私の闇の元である過去を清算させてもらいました。
「ちっ、これでもダメだと…!?」
ヴァルドさんは私の反応に酷く動揺をしていますが、そんなヴァルドさんへ私は続けて弾丸を放ちます。
動揺しているからか、はたまた闇が少なくなっているからか。理由はいくつか考えられますが、それらのおかげなのか私の放った弾丸はしっかりとヴァルドさんの身体を連続で撃ち抜き、一気にダメージを与えます。
勇気あるものが妬ましいのでしょう?それでも、前を向き続けることは出来ます。
動けるものが憎いのでしょう?負の気持ちはなくならずとも、行動は出来ました。
動けない自分に嫌悪しているのでしょう?そして、こんな私にも好意を寄せてくれる人がいます。
ならば、もう迷いません!
「…レア」
「大丈夫です、私はもう迷いません。だから、悠斗。これからもこんな私と一緒にいてくれませんか?」
「…ああ、もちろんだ!」
私の言葉に、悠斗はニカッと笑ってそう返してくれました。
「ちっ、ならば私の力で貴方たちを倒しさせてもらいますよっ!」
私たちの様子を憎々しげに見ていたヴァルドさんはそう言葉を吐き捨て、両手に黒い爪を生やしてから一気に地面を蹴ってこちらに迫ってきます。
ですが、そのスピードは現実世界で戦った時よりも遅く、力強さもそこまで感じません。
おそらくはこの空間内の闇の力とやらが少なくなったせいで本領を発揮出来ないのでしょう。なら、二人でもいけるかもしれませんね…!
私はすでにこの忌まわしい過去を振り切れてますし、もう心配することはありません!
「じゃあいくぞ、レア!」
「はいっ!」
悠斗の言葉を合図に、こちらへと走ってきているヴァルドさんに向けて私たちからも駆けていきます。
「〈星纏い〉!」
「〈第一の時〉」
そして強化系のスキルをそれぞれ自身に使用して、私は悠斗よりも早くヴァルドさんに近づけました。
なので悠斗の武器の間合いに入るまでの間は、近距離からフェイントを混ぜた無数の弾丸をヴァルドさん目掛けて放ちます。
「くっ…!」
それらをヴァルドさんは両手の黒い爪で弾いていきますが、やはり力などが弱くなっているようで全てを弾いたりすることは出来ておらず、少しずつ傷を負ってHPが減っていってます。
それに私の動きが早いのと不規則なステップを踏んでいるのもあってか、ヴァルドさんからの攻撃については一切被弾しないで攻撃を繰り返せています。
「〈炎の豪剣〉!」
そのタイミングで遅れてやって来た悠斗の剣の間合いにヴァルドさんが入ったのを確認した私は、即座に僅かに後ろに下がり、その隙間を縫って悠斗が踏み込んでその手に持つ片手剣でユニークスキルらしき炎の武技を放ち、ヴァルドさんの肩から腰までを深く切り裂きます。
「ぐぁ…!」
「まだだ!〈風の吹剣〉!」
そこからは私と悠斗の息のあった動きで攻撃を繰り返し、どんどんヴァルドさんのHPを削っていきます。
ヴァルドさんは何とか反撃として両手の黒い爪を振るってきますが、動きの正確さが落ちてスピードやパワーも下がったその攻撃を私たちはチラリと互いの視線を交わし、阿吽の呼吸で捌いていきます。
そしてヴァルドさんのHPも残り僅かとなり、私たちは全く同時のタイミングで止めとして武技を使用します。
「〈第三の時〉!」
「〈水の流剣〉!」
私の弾丸が心臓を穿ち、悠斗の流れるような斬撃が首を深く切り裂き、それで残っていた僅かなHPほ全てが削れて今度こそ倒しきりました。
「そ、んな…私が、この私が、消える…!?なら、また…!」
ヴァルドさんはそのまま後方に倒れて足先から徐々にポリゴンとなっていきますが、まだ足掻くつもりなのかこちらへ手を伸ばしてきます。
ですが、私はもう後悔も引きずることもありません。
その伸ばされる手に一瞬記憶の中の手が重なりますが、私はそれを乗り超えて左手の短銃を構えて撃ち抜きます。
「ぐぁ…!?」
撃ち抜かれたことで怯んだヴァルドさんですが、それでも諦めきれないようで尚も手から瘴気のようなものを飛ばして足掻いてきます。
私はそれを躱そうとすると、横にいた悠斗に手を引かれてその胸元へ抱き止められることで飛んできた瘴気を躱します。
「が、あ…!」
そして最後の手段を躱され、足掻く力が全てなくなったようで全身がポリゴンとなり、今度こそ倒しきることが出来ました。
と、というか、今、私、悠斗に抱きしめられています…!?
「今度こそ、終わったか」
「そ、そうですね」
私は抱きしめられた状態に恥ずかしく感じて、悠斗の言葉に上の空で言葉を返してしまいます。
と、とりあえず悠斗に感謝の気持ちを伝えないとですね…!
「た、助けていただき、ありがとうございました」
「気にするな、俺たちの仲だろ?」
「…はい!」
そうして悠斗に抱きしめられながら、私は下からジッと悠斗を見つめながら考えます。
や、やっぱり、私は悠斗のことが好きみたいです。こんな深い心の闇も払ってくれて白馬の王子様の如き活躍で助けてもくれましたし、さらにこんな私を嫌わないで一緒にいてくれます。
「……こんな悠斗だからこそ、私は惚れちゃったのですかね」
「ん?なにか言ったか?」
ボソっと呟いたその言葉を悠斗は聞こえなかったようで、そう聞いてきました。
き、聞こえていないのなら、誤魔化しちゃいましょうか…?いえ、私のこの気持ちはダメかもしれませんが、隠すことはしたくありません。
「い、いいえ、なにも。ただ、助けてくれた悠斗はちょっとだけかっこよかったと思っただけです」
微妙に誤魔化しているか本音なのかわからない言葉を発してしまった私ですが、それでも凄まじい恥ずかしさです…!
私はその言葉を言って顔だけではなく耳まで真っ赤にしつつ、プイッと悠斗から顔を背けます。
「そ、それって…」
ほら、悠斗だって微妙に私の気持ちがわかってしまったかもしれないじゃないですか!悠斗も顔が赤くなってしまっていますし!
…それでも、私のこの気持ちに嘘偽りはありませんし、いつかは私の思いも素直に打ち明けられるとよいですね。
い、今はまだ恥ずかしいですし、すぐに悠斗に言っても困ってしまうでしょうしね!それに、こんな抱きしめられている状態で流石にこれ以上恥ずかしいことをしてしまったら、私の身が持ちません…!
「さ、さあ、さっさと戻りましょうか!戻り方はわかるんですか?」
「あ、ああ、このまま待っていればソロさんが気づいて戻してくれるはずだ。あ、それとさっきから抱きしめていてすまん」
「い、いえ、お構いなく…」
私の言葉のせいか、互いに顔を赤くして居心地が悪い空気になっていますが、それもすぐに地面に現れた魔法陣に興味がいき、すぐになくなります。
どうやら、これで戻れるのでしょうね。悠斗も驚いていませんし、このまま待てば良さそうですね。
「…この状況じゃ、好きだなんて言えないな。でもまあ、レアの闇も消せたし一歩前進、かな。これから先もまだまだ時間はあるし、いつか俺のこの気持ちも伝えられるといいな」
ふと魔法陣のせいか意識が朦朧としてきたタイミングで何やら聞こえてきましたが、すぐに意識がなくなることでそれを知ることは出来ず、私と悠斗は白い光に飲まれてこの空間から消えていきます。
「んっ…」
そして気づいたら私の深層心理による世界から先程までいた平原に戻ってきたようで、私の視界には空が映ります。空は悪魔との戦いまで曇っていましたが、今は雲の隙間から日が差しており晴れてきているのがわかります。それと、どうやら私は地面へ横になっているみたいですね。
「レア!」
「レアちゃん!」
「…!」
そんな空をぼーっと見ていると、ふと私にかけられた声と僅かな重さがお腹辺りに感じることで意識がハッとしました。
身体を起こして重さの正体を確認すると、それはクリアだったようで、私を心配していたらしく私へと擦り寄ってきました。
それと兄様やソフィアさん、アリスさんたちなども目を覚ました私に向けて駆け寄ってきて、具合はどうかと聞いてきました。なので私はそれにもう大丈夫ですと答えます。
「…何だか、今までよりもスッキリとした表情をしているな?」
「そうですか?いや、そうかもしれませんね」
兄様の言葉に、私は胸がすく思いを感じながらそう声を返します。
だって、私の闇はすでに祓われ、悠斗がそばにいるんです。それなら、私は過去を振り返ることはしても後悔はしません。
クスッと今までよりも自然に出た微笑を浮かべながらも、私はお腹あたりにいたクリアを肩に乗せてから立ち上がり、改めて兄様たちに感謝の気持ちを伝えます。
「兄様、それに皆さんも、今回は私の突然の頼み事を聞いてくれてありがとうございました」
「ふ、そのくらいはいつでもいいぞ?」
「そうそう、レアちゃんの頼みならいつでもいくよ!」
「レアさんはもう大丈夫なのです?」
私の言葉にカムイさんとソフィアさんが代表としてそう返してきて、続けてアリスさんからの心配の声もかかります。
ですが、私の闇はすでになくなっているのですでに心配されることはないですし、私はアリスさん以外にも心配そうに見つめてくる人たちに向けて、もう本当に大丈夫です、と答えます。
これは強がりでもなく本当に清々しい気分なので、それのおかげで私は自然な笑みが溢れており、心配そうにしてくれていた人たちもそんな私の表情につられるように笑みを浮かべています。
「それに、私のそばには悠斗がいてくれますしね」
「レア、ここではクオン、だぞ」
「あ、すみません。つい気持ちがそっちに逸れてしまってました」
私とクオンの会話を見て、ジンさんやネーヴェさんのような落ち着いた雰囲気の方も含め、皆さんは何だか不思議そうな表情をしつつもこちらを見つめてきます。
「何というか……あっちで何があったの?」
思わずと言った様子でそう言ったソフィアさんの言葉に、皆も気になっているようで気持ちが一つになっているのが伝わってきます。
私はそれに対して頬をほんのりと染めつつも、視線をあっちこっちに移動させながら恥ずかしげに口を開きます。
「べ、別に何もない、ですよ?」
「嘘だー!絶対何があったでしょ!」
「そうよ!今のレアちゃんは明らかに前よりも可愛くなってるし!」
「…本当に何があったのかな?」
サレナさんとマーシャさん、アオイさんはそう言って問いかけてきますが、私はクオンをチラチラと見つつも恥ずかしさが限界まできてしまったようで、顔を真っ赤にしながら言葉を濁します。
そんな私と、何があったかを聞こうとしてくる女性陣たちを見た兄様たち男性陣は、私ではなくクオンをターゲットにしたようで何やらクオンに問い詰めていますが、私は自分のことで精一杯でそちらには意識が向きませんでした。




