93話 悲哀が奏でる追憶の闇
「レア、助かった!」
「いえ、それよりもクオン、あれはただの悪魔ではなく上位悪魔というかなりの強さをもつ位らしいので警戒は強めてください」
憑依してた時と違って本来の姿なので迷いなく攻撃は出来ますが、最初に見た通り強さはかなりのもののようで今の一瞬の攻防からもその強さが窺えます。
「ふむ、やはり手強そうなのは無垢なる少女のようですね」
ヴァルドさんはそう言って私に視線を集中させてきますが、その視線はとても不愉快に感じ、私は思わず嫌そうな表情をしてしまいます。
それを見たクオンは私を背に隠すかのように前方に移動して、ヴァルドさんからの視線を遮ってくれました。
しかしその光景を見た私は、突如私を庇って傷ついてしまった悠斗による過去の出来事が鮮明に頭の中を巡り、まるで今その体験が繰り返されているかのように感じて息をするのすら苦しくなってしまいます。
「はっ……はっ…」
「…レア?」
そんな私の様子が何やらおかしくなったのを感じたのか、クオンはチラリとこちらに視線を向けて気にしてきますが、それを気にする余裕もなく私の視界が滲んできます。
「レア、レアっ!」
「…ぁ」
私の名前を強く呼ぶクオンの声に、私の意識はふと戻ります。
「…すみません、なんでもありません」
「なんでもないってことはないだろ?」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
私はクオンに普段とは違っていつもよりも強い口調でそう言ってしまいますが、クオンは私の意見を尊重するのかこれ以上問いかけてくることはなく、ならいけるか?と聞いてきました。
なので私は大丈夫ですと答え、私自身もクオンの背後からいつのまにか下げていた両手の銃を構え、戦闘の準備をします。
「くく、やはり貴方は素晴らしい闇を抱えているようですね。ああ、なんと心地よいのでしょう!」
ヴァルドさんはそんな私のことをニヤニヤと気味の悪い表情で眺めつつ、演説でもするかのような大袈裟な動きで自分の気持ちを表しています。
悪魔は皆こんな感じなのでしょうか?そうだとしたら、言葉だけではなく動きからも酷く不快に感じてしまうので、どうしても感情が揺さぶられてしまいます。
まあこの人は私の過去を見透かすかのように言ってもくるので、それも関係はしていそうではありますが。
「…クオン、前衛はお願いします」
「任せとけ、援護はいつも通り頼むぞ?」
「はい」
私とクオンは小声でそう言葉を交わした後に、同時に動き始めます。
私はクオンの後方から最初の時のように両手の銃を構えてフェイントを混ぜた弾丸を撃ちまくり、対してクオンは先程と同様に片手剣を構えつつ、地面を強く蹴ることでヴァルドさんに向けて肉薄していきます。
私の放った無数の弾丸たちはフェイントを混ぜてはいますが、どうしても両手の黒い爪で全て弾かれることでダメージを与えられていません。
なら、ユニークスキルなども使ってクオンをサポートする感じでやるのが良さそうですね。
「〈第零・第一の時〉!」
「ん、サンキュー!」
そう考えた私は左手の短銃で思考と反射速度を加速させる武技をクオンに向けて放ち、とりあえずのサポートをします。
続けてヴァルドさんに対しては右手の長銃を構え、〈第二の時〉を放ちます。
「おや?」
するとヴァルドさんはそれを弾いてしまい、そのおかげで一時的に動きがガクンと遅くなりました。
そこへ、剣の間合いに入ったクオンは加速した思考の中で手に持つ片手剣を連続して振るいますが、それらは遅くなったいるはずですが攻撃のほとんどを両手の黒い爪で逸らされたり弾かれたりとして、なかなかダメージを与えることは出来ていません。
さらに私もそこへ両手の銃で弾丸を撃ち続けますが、そちらについてもやはり決定打にはなりません。
「〈星纏い〉!〈デルタスラッシュ〉!」
「〈第六の時〉!」
そしてクオンは再び加速系のスキルを使用して、速くなった動きの中で高速の三連撃の武技を使用します。
私はそれをチラリと見つつも、その影からヴァルドさんに向けてデバフの効果時間を伸ばす武技を飛ばし、遅延効果を引き延ばそうとします。
「ふ、無駄ですよ!」
ヴァルドさんはクオンの放った三連撃は即座に両手の黒い爪を振るうことで弾きますが、私の放った武技は直前まで気づかなかったようで回避するのが間に合わず、しっかりと命中してその遅延の効果時間をさらに延ばします。
「クオン!」
「わかってる!」
そして私のあげた声にクオンは阿吽の呼吸で反応し、そのままヴァルドさんに向かって攻撃を繰り出していきます。
そんなクオンへ、私は後方から〈第一の時〉を撃つことでさらに動きを加速させ、その状態でクオンはすぐさま連続して片手剣を振います。
ですが、それでも両手の黒い爪で対応されることで僅かに傷をつけるくらいで、しっかりとしたダメージを与えることは出来ていません。
そうして後方から私もフェイントを混ぜつつ攻撃を繰り返していましたが、ヴァルドさんに付与されていた遅延効果とクオンの加速効果が同時に切れ、元に戻った瞬間にヴァルドさんは待っていたかの如くその両手の黒い爪をクオンに対して振います。
クオンはそれを手に持っていた片手剣を両手で持ちなおすことでなんとか防ぎますが、勢いは殺せなかったようで私のいる方向へと飛ばされてきました。
「クオン、大丈夫ですか?」
「ああ、HP的には問題ない。だが、かなりの強さでなかなか攻めきれないな」
まあそうですよね。後方から私が見てた限りでは、動きを加速させたうえに鋭い攻撃を何度も繰り返してましたが、それでも深いダメージを与える事は出来ていませんでしたしね。
明らかに今まで戦ってきた中でも最上位に値する強さですし、油断はしてなくても二人だけでは今のところは負けることはなさそうですが、同時に勝つのも難しく感じますね。
「…なら、私も一緒に近接戦闘に向かいますか?」
「大丈夫なのか?」
「はい、後方から弾丸を撃っていても有効打には一切なりませんでしたし、このまま戦闘をしているよりはマシでしょうしね」
私による遠隔攻撃はこの攻防から顧みてヴァルドさんに対して決め手に欠けていましたし、近接戦闘もクオンだけでは結構辛そうにも見えましたので、私もクオンと同時に攻めればクオンの負担も下がって何とかなりそうには感じます。
「…じゃあ、頼む」
「了解です。では、いきましょうか」
私たちはそう言葉を交わしてから今いる場所から同時に駆け、ヴァルドさんに向かって二人で攻めに動きます。
「おやおや、今度は二人でですかぁ?」
剣の間合いに入るまでの間でヴァルドさんはそう言葉を発しつつも闇属性の魔力の球を無数に放ってきましたが、それらはクオンと一緒に躱しながらどんどん近づいていきます。
その中で私は両手の銃をお返しとばかりに乱射しますが、先程と変わらぬ感じで両手の黒い爪で全て弾かれたり魔力の球で相殺されたりしてダメージにはなりません。
しかもそこに〈第二の時〉を混ぜていますが、それだけはしっかりと把握されているようで爪で弾かずに魔法で対応したり身体を逸らしたりすることで回避させてしまいます。
まあ、私のユニークスキルは一度見た後は躱す選択を取るのは当然ですし、そこまで驚きはありませんが。
「〈星纏い〉!」
「〈第一の時〉!」
そして互いに近接攻撃の間合いに入り次第即座に加速系のスキルと武技をを使用して二人で一気に攻撃を放ちます。
が、ヴァルドさんは魔力の球を飛ばすのをやめてこちらに向かって黒色の爪を連続で振るって攻撃に対応してきました。
クオンによる連続した斬撃の攻撃にヴァルドさんは爪で弾き、身体を逸らして避けつつ、攻撃によって出来たほんのわずかな隙を見てさらに爪による反撃まで返してきたので、クオンはそれをヴァルドさんと同様に手に持つ片手剣で捌きます。
「くっ…!」
「ほらほら、その適度ですかぁ?」
クオンに挑発らしきことをしているヴァルドさんに向け、私は〈第七の時〉を自身に撃つことで生まれた分身と共にクオンと同じく近距離から無数に弾丸を放ちますが、ヴァルドさんはそれにすら即座に反応して、無数の弾丸は爪で弾き、デバフ効果持ちの弾丸だけは触れないように躱し、お返しとして爪による攻撃が飛んできました。
ですが、それに対して私は身体をほんの少しだけズラすことで回避して、続けて横薙ぎに振るってきた爪による攻撃も身体を深く沈めることで難なく回避します。
分身についてもしっかりと操作をしているので、そちらも危なげなく回避しながら攻撃を放っています。
「ちっ、やはり貴方が一番手強いですねぇ!」
クオンと同時に攻撃をしているからかちょっとずつヴァルドさんへダメージを与えられており、徐々にHPゲージが減っていっているのがわかります。
HPが減らされているのをヴァルドさんも感じているのか、後方に跳ぶことで一度クオンと私から距離を取った後に両手の黒い爪を一度消したと思ったら、その次の瞬間には先程までよりも深い黒色をした爪を再び両手に顕現させました。
それに前にもユニーククエストで見た黒い瘴気のようなものも纏っているようで、ここから先はさらに気をつけた方が良さそうですね。
それとその間に分身も消えてしまったので、ここからはクオンと私の二人だけです。
「ふぅ、これを使うのは久しぶりですねぇ。では、次からは本気でやらせてもらいますよぉ!」
どうやら先程までよりも力などが強くなっているようで、地面を蹴ってこちらに迫ってくるスピードも速くなり、その勢いのままに前方にいたクオンへとその両手の爪を振り下ろします。
「ぐっ…!」
「無駄ですよぉ!」
クオンはそれを両手で持った片手剣で防ぎますが、その勢いは殺せなかったようで後方に押しやられ、その次に放たれた瘴気を纏った足による蹴りをお腹に受け、そのまま背後へと吹き飛ばされてしまいました。
「クオン!」
「よそ見は厳禁、ですよぉ?」
ついクオンへと視線が向いてしまった私に向けて、ヴァルドさんはそのような声と共に黒い爪を振るってきました。
私はそれに反応が一瞬遅れてしまいましたが、〈舞い散る華〉を攻撃が当たる直前に間に合わせて使用が出来たおかげで何とか回避が出来ました。
「それはすでに見ましたねぇ?」
しかし、花びらから元の体に戻った瞬間に再びヴァルドさんはこちらに肉薄してその両手の爪を振るってきたので、私はそれに対応しなくてはいけなくてクオンへと注意を向けることが出来ません。
「ほらほら、これでどうですかぁ?」
「…っ!」
連続して放たれるヴァルドさんの爪による攻撃と合間に挟んだ魔力の球による二種類の攻撃を、私はゆらゆらと不規則な動きをしつつナンテさんから教わった細かい足捌きも活かして、それらを躱しながら両手の双銃で反撃である弾丸をフェイントを混ぜながら撃ち返します。
ですが、それでも両者共に傷をほとんど負わず攻防を続けていますし、互いに攻め手に欠けてしまっているようですね。
それに瘴気を纏ってもいるせいで爪や足による攻撃は触れないように大きめに躱しているので、少しだけ体力の消耗が大きくて長期戦は厳しそうです。
「…ふむ、素晴らしい反応速度ですね。やはり貴方が一番の障害のようです。なら、いの一番に貴方を倒して糧にさせてもらいましょうか!」
そうしてそこからも攻防を続けていましたが、少しだけ後方に下がったヴァルドさんがそのような声をあげつつ右手を空へと掲げたと思ったら、その掲げた右手付近の空中に何やら赤黒い色をした無数の槍らしきものが浮かびあがります。
出現した赤黒い色をした魔力で出来たと思しき槍のようなものを私が視認した次の瞬間には、その赤黒い槍たちがこちらに向けて飛んできました。
それを見た私は即座に自身へ〈第一の時〉を付与することで動きを加速させ、地面を強く蹴ることで勢いをつけてから地面を駆けることでそれらを全て回避していきます。
そして私は〈第零・第十一の時〉を自身に付与することでさらに加速し、超加速した状態でそのままヴァルドさんの元へと走り抜け、その勢いのままにヴァルドさんに向けて飛び蹴りを放ちます。
しかしそれにも両手の黒い爪で即座に防がれ、続けて黒い爪を振るって私の足を切り裂こうとしてきたので、私はその爪を蹴ることで一旦ヴァルドさんから距離を取ります。
が、すぐさまヴァルドさんは爪を構えてこちらに迫ろうとしてタイミングで、突如私の後方から氷の氷柱と雷の攻撃、そして斬撃が飛んできたことでヴァルドさんはそれに対応したせいで距離を詰められはしませんでした。
「レア、待たせたな」
「兄様!それに、皆さんも。あちらはもう大丈夫なのですか?」
「うん、もう倒しおわったよ!」
後方から私へとかけられた声に振り向くと、そこにはまたモンスターの大群を殲滅したようで兄様たちとクリアがこちらに来ているところでした。
それにクオンも無事なようで、ホッとしました。勢いよく飛ばされていましたが、何事もなかったようですね。
「ちっ、もう全滅ですか。使えませんね」
ヴァルドさんは舌打ちをしてそう声をこぼし、その顔には余裕がなくなっています。
「なら、また引かせてもらいますよっ!」
「いや、それはさせないよ」
ヴァルドさんが初めの時と同様にここから逃げようとすると、ソロさんが上げた声と共に何やら結界のようなものが貼られ、逃げようとしていたヴァルドさんが顔を驚愕に染めて驚いています。
「ソロさん、何をしたのですか?」
「簡単なことですよ。ただ転移が出来ないように封印結界を張っただけです」
ソロさんは簡単なことと言ってますが、間違いなく高位の魔法かスキルなのは把握出来ますね。
戦っているところを見たことはまだありませんが、おそらくは私の暗殺者としての師匠であるナンテさんと引けを取らないほどの強さはありそうです。
「くっ、ならば、その無垢なる少女を喰らい、その力で貴様らを皆殺しにしてやる!」
ヴァルドさんは逃げれないのを悟ったようで、今まで使っていた敬語を崩して本来の自分を表し、その目に映っている私に向かって飛びかかってきましたが、もちろんそんな単純な動きに対応出来ない人はここにはいません。
なので皆さんの攻撃がヴァルドさんへと集中し、ヴァルドさんはそんな攻撃全てに対応することができず、その影響で残っていたHPがドンドン削れていき、そのままHPが全てなくなって徐々に身体の淵からポリゴンに変わっていきます。
「かは…っ!こんな、こんなところで私は…!?」
「よし、これで倒し終わったね!」
ソフィアさんがそのように声をあげますが、ヴァルドさんは皆の攻撃を全身に受けましたが、悪魔だからなのかHPがなくなったのにも関わらずまだその身体を動かし、何やら足掻いています。
「くっ、ならば、最後の手段だ!」
そんなヴァルドさんはその言葉と共に徐々にポリゴンと化していく身体を無理矢理動かし、ドス黒い色をした魔力がこもったその手を私へと伸ばしてきました。
「レアっ!」
「レアちゃん!」
「……!」
それを見た皆さんとクリアは咄嗟に私を庇おうと動きますが、私自身もその声を聞いて即座に回避をしようと動こうとした瞬間。
過去にあったテロリストから伸ばされる手がその手と重なって見え、なくなったと思っていたはずのトラウマが脳内を巡り、身体が硬直してしまいます。
そうして皆の悲鳴や声を背景に、伸ばされた手に飲み込まれた私の意識は深い闇へと沈んでいきますーー




