91話 過去
そうして私は攻撃は一旦やめて背後にこっそりと回り、危ない考えをしているらしい男の子を拘束しようとした瞬間…
「…っ、誰ですか!」
足元をしっかりと見てなかったせいで、地面に転がっていた赤黒い何かの液体が入った瓶を蹴ってしまい、その男の子に私がいるのがバレてしまいました。
ですが、バレたとしてもやることは変わりません!
私は振り返ってこちらを向いてきたその男の子の元へ一気に駆け抜け、そのまま足払いをします。
しかしそれは異常なまでの力強さで後方に跳ばれることで回避されました。
…見た目からは完全に成人前の子供に見えますが、明らかに身体能力などが大人と比べても遥かに強いですね。もしかして、なんらかのユニークスキルでしょうか?
「ちっ、さっきの女ですか…!」
「貴方は何をしているのですか!」
警戒を強めたその男の子に向けて私はそう問いかけますが、その男の子は何やら私を見て少しだけ驚いたかと思ったら、子供とは思えないほどの不気味な笑みを浮かべます。
「おや、おやおや、貴方はなかなかの逸材だったのですねぇ?」
「逸材ですか?」
「ええ、この私が貴方へと教えてあげますよ。貴方、深い闇を抱えていますねぇ?」
「…っ」
…なぜ、初対面にも関わらず私のことを把握しているのですか。
私は先程とは違って殺気の混ざった視線をその男の子に向けますが、その男の子はそんな視線を受けても何が楽しいのか演説をするかのように続けて声に出してきます。
「ああ、この私にこんな捧げ物をくれるなんて、なんと心が踊るのでしょう!」
「…貴方は、いったいなんなんですか」
「おや、私ですか?そうですね、貴方は私の糧となれるのですし、特別に教えて差し上げましょう!」
そう言ってその男の子は両手をバッと広げ、全身で喜びを表すかのように自信満々な表情で私に向けて宣言をしてきます。
「私は上位悪魔であるヴァルドと申します」
「上位悪魔、ですか?」
「おや、それすら知らないとは。まさに無垢なのに闇の抱えているという、私にとってとても相応しい存在ですねぇ」
こちらを嘲笑うかの如き表情をしてこちらを見つめてくるヴァルドさん。ですが、それを見た私はもしかしてと思い問いかけてみます。
「…悪魔ということは、もしかしてその男の子に何かしたのですかっ!」
リンネさんはこの男の子のことは知っていたみたいですし、ただ悪魔が子供姿でやってきたというわけではないと思うので、私は最大限警戒心を出しつつそう問いかけます。
「おやおや、そんなことですか?いえいえ、私は特に何もしてませんよ?ただ、ちょこっとこの身体に憑依して操らせてもらっているだけですよ」
そんな私の言葉を聞いたヴァルドさんは、少しだけつまらなそうな表情をしつつも素直に教えてくれました。
操っている……その言葉からすると、この子はまだ特に危害を加えられているわけではない、ということですかね?それなら、この悪魔を追い出すことが出来ればこの子の意識は元に戻るはずですね。
最初に見かけた時に攻撃をしないという手を取ったのは正解だったみたいです。ですが、憑依しているということは普通に戦うだけでは戻せないでしょうし、どうしましょうか…
「お話はこれくらいでよいですね?では、貴方はここで死んでもらいますよ!」
その言葉を合図に、ヴァルドさんは男の子の姿のままに両手から黒色の爪のようなものを生やし、私に向かって飛びかかってきます。
私はそれを後ろにステップを踏むことで回避して、続けて飛んできた攻撃に対してもインベントリから取り出した双銃を剣の状態にして対応しますが、こちらからの攻撃は躊躇ってしまいます。
悪魔本体というわけではなく憑依して操っているらしいですし、私が攻撃をしてしまえばこの男の子は怪我を負ったりしてしまいそうですしね。
「おやおや、攻撃はしてこないのですかぁ?」
そうして私に向けて黒色の爪による攻撃を繰り返していたヴァルドさんですが、そんな言葉を私へと問いかけてきました。
それに対して私は無言でヴァルドさんを睨みつけますが、その反応に気をよくしているのかニヤニヤと笑みを浮かべて言葉を続けます。
「まあ出来ないですよねぇ?だって貴方が攻撃をしたら、この子は傷ついてしまいますもんねぇ?」
やはり悪魔というだけあって、こちらの嫌がることを進んでやるようですね。
あちらも私がどうすればいいかわかっていないのを知ってか、防御の意識をなくしてガンガン攻撃を繰り返してきます。
まあそれらについてはゆらゆらとした不規則な動きでしっかりと回避は出来ていますが、それでもこちらからの決定打がないせいでどうしても手が出せません。
「…このままでは埒があきませんね?なら…」
「…っ!」
そこからの攻防を通してヴァルドさんは時間が無駄だと感じたのか、突如攻撃の手を止めたと思ったら、その次の瞬間には爪と同様に黒色をした闇属性らしき魔力の球を無数にこちらへと放ってきました。
私はそれを見て、自身に剣で軽く切りつけることで〈第一の時〉を付与し、加速した動きで無数に飛んでくる魔力の球を回避していきます。
しかし数が多いうえに今いる場所がまあまあの広さはあるといっても地下室なので狭く、〈舞い散る華〉と〈飛翔する翼〉も混ぜつつ細かい足捌きで回避をしていますが、それでもほんの僅かにあるリキャストタイムのせいで完全には避けきれません。
手に持つ剣で切り捨てたり弾いたりもしてスキルと同様に対応しますが、僅かに対応が出来なくて身体を掠めてしまっています。
「ほらほら、このままでは死んでしまいますよぉ?」
「くっ…!」
こちらからの攻撃が出来ず、あちらからの攻撃を防ぐのにしか動けないせいで、手が出せなくてどうしても苦戦を強いられてしまいます。
…これは、どうしたらよいのでしょうか?今の私には、どうしようもなくて対応が出来ません。
私が苦しそうな表情でヴァルドさんからの攻撃を捌いていると、突然この空間内に声が響きます。
「〈パージ〉!」
「なっ…!?」
そんな武技か魔法かは分かりませんが、そのような声と共に放たれた光によってヴァルドさんが憑依していた子供の身体から黒いモヤのようなものが溢れ、その次には子供からそこそこ離れた位置に黒いモヤが集まることで身長170cm半ばくらいで黒髪赤目の男性が現れました。
「これは…」
「レアさん、大丈夫ですか!?」
「……!」
「…リンネさん!?それにクリアも!」
どうやら先程の光を放ったのはいつのまにか地下室に降りてきたリンネさんのようで、そのような声と共に私に駆け寄ってきて、そのまま回復魔法を使用してくれます。
それにクリアも一緒に降りて来ていたようで、リンネさんと共に私に寄ってきました。
「どうしてここに?」
「実は孤児院の地下から激しい物音がしたのを感じて、何かあったのかと思って来たのですよ」
「……!」
「なるほど、道理で…」
確かにさっきから飛んできていた攻撃によって地下室から激しい戦闘音もしてたでしょうし、流石に何かあったとはわかりますか。
クリアも私を心配そうにして擦り寄ってきているので、それを見て少しだけ心に余裕が生まれます。
「ちっ、この女め…!せっかくの捧げもののための舞台が台無しではないですか!」
「あれは……もしかして悪魔ですか?」
「はい、先程まであそこで倒れていた男の子に憑依をしていたようなのです」
そんか私の言葉にリンネさんは納得したようで、そういうことですか、と呟きます。
それにしても、何故突然悪魔であるヴァルドさんが男の子の身体から剥がされたのでしょうか?まあ明らかに先程の光のおかげだとは思いますが、私が手を出せなかったのでこれは助かりましたね。
「ちっ、この状態では分が悪いですね……なら、一旦ここは引かせてもらうとしましょうか。ですが、貴方は必ず私が糧にして差し上げますよ」
その言葉と共にヴァルドさんは地面に沈むかのように闇の中へ消えていったので、私たちは警戒を強めながらも男の子の元へと駆け寄ります。
『ユニーククエスト【悪魔の宴】が発生しました』
そしてそのタイミングで何やらシステムメッセージが流れて来ましたが、それについては一度置いといてリンネさんと共に男の子の容態を確認しますか。
「レンくん、大丈夫ですか?」
リンネさんは倒れていた男の子であるレンくんを抱き起こしてそう声をかけると、レンくんはゆっくりと赤色ではなく黒色をした瞳を開けていきます。
「んっ……おねえ、ちゃん…?」
「よかった、無事みたいですね。どこか悪いところはありますか?」
「んーん、大丈夫…」
どうやら特に痛いところや辛いこともなさそうなので、大丈夫そうですね。改めて思いますが、武器で攻撃をしていなくてよかったです。
そんな私とリンネさんの視線を受けていたレンくんは見覚えのない私を見つけ、こちらに視線を向けて誰かと聞いてきました。
なので私はレンくんにも自己紹介をしますが、レンくんはどうやら人見知りな性格なのかリンネさんに隠れるようにしてこちらに視線を向けてきます。
まあヴァルドさんには逃げられてしまいましたが、ひとまずはこれで無事にここを守れたので良さそうですね。
それに突然発生したユニーククエストもありますし、こちらも確認しなくては…!
「…レンくんも無事みたいですし、とりあえずは上に上がりましょうか」
「あ、そうですね。いつまでもここにいてアレですしね」
思考を巡らせていた私に向けてリンネさんがそう声をかけてきたので、私は地面にいたクリアを肩に乗せてから、リンネさんとレンくん、クリアと私の四人で地下室の階段を上がっていきます。
そして逃げた悪魔が再び影から襲ってきたり罠を張っていたりもせず、何事もなく階段を上って孤児院の中から出ることが出来ました。
ですが、外の天気は未だにどんよりとした曇り空で気が落ち込んでしまいます。それに、先程の悪魔のことについてもまだ心にモヤモヤがあります。
あの悪魔は私の過去を見通しているのかあのように言ってきましたし、ちょっとだけ、過去を思い出してしまいます。
「悠斗、楽しみですね!」
「はは、そうだな」
あれは、私が中学生になったばかりの頃。私は悠斗と兄様を含めた三人で住んでいる街から少しだけ離れた場所にある、大型のショッピングモールに来ていました。
そこでは三人でワイワイと楽しくお店を巡っていた時……
「きゃあああぁ!?」
突如ショッピングモール内で悲鳴が上がり、何事かと思い三人でそちらに視線を向けると、そこではテロリストらしき人たちが銃を持ってショッピングモール内を暴れているところでした。
私たちはそれを見てすぐに逃げようとしましたが、周りにいたたくさんの人たちが悲鳴や怒鳴り声を上げながら我先にと逃げようとしており、そのせいで私は人混みに飲まれて地面へと倒れ込んでしまいました。
そんな私を見たテロリストらしき男性は、仲間たちと何やら話し合ったと思ったら、私に向けて手を伸ばしてきます。
私はそれに恐怖を覚えて動けず、ガタガタと震えながらも必死に逃げようとしますが、足がすくんで立ち上がれなくて背後にズリズリと下がることしか出来ませんでした。
そしてそのテロリストらしき男性の手が私に触れると思った瞬間、横から悠斗がその人物の手を蹴り飛ばします。
私はそれに対して驚きましたが、テロリストの男性も同じように驚いたようで目を丸くしつつ痛みもあってか動きを一瞬止めます。
そこへ兄様もこちらに駆けてきて、その背後にはたくさんの警察らしき制服を着た人たちを連れてきています。
他のテロリストらしき人物たちはそれを見て銃を構えたり逃げようとしますが、そんな中で先程悠斗に蹴られた男性は私を人質にでもする気なのか、銃をこちらに突きつけつつ迫ってきます。
その男性はニヤリと狡猾な表情を浮かべ、そのまま私に向けて構えていた銃を発砲したのです。
ですが、それは咄嗟に悠斗が庇うことで私に当たるのを防いでくれました。
しかし悠斗が受けたその弾丸は頭や胸などの急所ではなく脇腹辺りに命中したので、すぐさま死んでしまうほどの怪我ではありませんが、それでも悠斗は私を庇ったせいで痛みや苦しさが混ざったような表情で顔を歪ませつつ地面に倒れ、血がどんどんと流れていってしまいます。
それを目の前で見ているはずなのに、私はどこか夢うつつな状態でした。
この時の私はおそらく、現実を受け入れることが出来ていなかったのでしょう。
悠斗が私を庇い、今ここで死んでしまう。血が止まらない。私の手が真っ赤に染まる。
そんな思考が私の意識を全て染め切ったと思ったら、私は自分でも何がなんだかわからないくらいの大声で泣き叫び、悠斗の傷をハンカチで必死に抑えます。
しかし、ハンカチが流れる血で真っ赤に染まり、それでも血は止まらず、悠斗の命が、徐々に失われていきます。
私は自分の意思が曖昧になりながらもなんとかしようと動きますが、その間にも悠斗を撃った男性がこちらをニヤニヤとした表情を浮かべつつ近づいてきていましたが、私はそれに気づけていません。
そうして泣き叫んでいる私に向けて男性がこちらに手を伸ばした瞬間、その男性の悲鳴が漏れます。
ですがそんな男性には意識を一切向けずに、私は必死に傷を押さえていましたが、そのタイミングで警察と救急救命士の人たちが駆け寄ってきて、悠斗の応急処置を手早く済ませたと思ったら、すぐに病院に向けて救急搬送されていきます。
それに私も念の為にと一緒に搬送をされていますが、感情が全てなくなったかのような表情をしつつ悠斗のことのみを考えています。
私がすぐに逃げれていれば、勇気を持ってしっかりと動いていれば、こんなことにはならなかったはずです。
私のせいで、悠斗は大怪我を負ってしまっています。私のせいです。こんな私がいなければ、悠斗は今頃無事に逃げれていたのです。
どうして、どうしてどうしてどうして。
私は何がしたいのですか?なんで動かなかったんですか?大切な人を苦しめることしかできていない私なんて、生きている意味があるのですか?
それに悠斗や兄様など、すぐさま動くことが出来る勇気がある周りの者へと嫉妬の感情が沸々と湧き上がります。
そしてなによりも、動けず、力もなく、嫉妬しか出来ない自分に対して嫌悪の感情が埋め尽くします。
「……ゆき、美幸!」
「…ぁ」
そんな深い負の感情が私の心を埋め尽くすと思ったら、ふと聞こえてきたそのような悠斗な声に私の意識は僅かに戻ってきました。
「美幸、大丈夫か?」
「……それはこちらのセリフです。悠斗がこんな目にあっているのに、私は何事もなくのほほんとして…」
「美幸、俺は大丈夫だ。だから、そんな苦しそうな表情をしてないで笑っててくれ」
救急車にあるストレッチャーに寝転がりながら、悠斗はなんとか作った笑みを見せてきますが、それを見て私は自身への自己嫌悪がさらに湧きます。それでもその思いは一切悠斗に見せないようにしてなんとか作り笑顔を浮かばせます。
それを見た悠斗は私に向けて優しげな表情をしましたが、すぐに意識を失ってしまいました。
本当に、私は、最低な生き物です。
悠斗が私のせいで苦しんでいるのに、私は痛い思いを済まなくてよかったという感情が僅かに沸いているのです。
…こんな醜い私は、悠斗から離れた方が良いのかも知れません。