87話 色を求めるは侵略の園2
「…今の、この身体は作り物、って…」
最後に残したシキさんの言葉に、私は神妙な顔でそう呟きます。
「まさか本物じゃないとはね…」
「道理で本体の強さがそこまで高くなかったのですね?」
確かに、アリスさんの言葉通りシキさん本体には特に苦戦はしませんでしたし、特殊な仕掛けに困ったくらいだったのでその通りなのでしょうね。
「…でも、私はあいつのこと嫌いね」
「…私も、まさか最後に抱きつきにくるとは思いませんでした」
魅了系のスキルみたいなものも使ってましたし、それだけ性欲というか色欲というか、そういった感情が強いのですかね?
それに私たちは女性のみだったおかげで特に問題はなかっただけで、ゴンゾウさんのような男性が一人でもいたらもしかしたら苦戦してたのでしょうか…?
あの甘い匂いで気は散らされましたが、魅了状態にはされませんでしたしね。
それに先程も思いましたが、本体の強さもそこまででしたし魅了系にパラメータを強く振ったタイプの敵だった可能性もありますね。
「まあとりあえず、このまま先に向かいますか」
私の言葉に皆さんはそれぞれの返事をしてくれたので、私たちは今いる場所からさらに奥に向かって歩いていきます。
その道中では、ここに入ったばかりの時と同様に何体かで固まって動いている人形たちが現れたりもしましたが、シキさんの相手をした時とは違ってそこまで数もいないので苦戦は一切していません。
ですが、やはり甘い匂いがするせいで少しだけ気が散ってしまうのが面倒くさいですけどね。
それでも私たちは出てくる人形たちを片っ端から倒して通路を歩き続けていると、なにやら細かい装飾で彩られている煌びやかで大きな扉の前に辿り着きました。
「これは、なんですかね?」
「こんなところに扉?」
アリスさんとソフィアさんの言葉通り、私たちは突然現れた不自然な扉を見て首を傾げます。
ここまでの通路は石のような見た目でしたし、こんなお城などにでもありそうなほど壮麗な扉が目の前に現れましたので、私たちが不思議に思うのも無理はありません。
こんな場所にはすごく不釣り合いですしね。それに大きさに対しても、私がおよそ三人分くらいの大きさでなかなか大きくもありますので、やはり場違いです。
「…この先がこのエリアの終着点だったりするのでしょうか?」
「あー、それもありそうだね?」
「ということは、先程のようにボスみたいなのが出たりするのですかね?」
そんな思考をしつつも発した言葉に、ソフィアさんとアリスさんが言葉を返してくれました。
うーん、アリスさんの言う通りボスが出てきそうではありますし、この扉を開ける前に先に何があってもいいように準備をしちゃいますか。
「皆さん、準備はいいですか?」
「私は大丈夫!」
「同じくです!」
「…まあ、私もいいわよ」
そうして準備も済ませ、皆さんは私の言葉に各々の返事をしてくれたので、では開けますよ!と言って私はこの大きな扉を押し開けます。
扉は結構な大きさをしていましたが、意外と重くはないようで私一人の力でも簡単に開けることが出来ました。
その扉を開けた私を先頭に皆で中へ入ると、そこはなんと通路とは違って豪華な見た目となっていました。
壁は汚れのない真っ白な姿で、床に対しても大理石のような綺麗な白色をしており、天井には黄金で出来たシャンデリアも存在しているおかげでなかなか明るく、とても綺麗で落ち着くかのような雰囲気を醸し出している空間となっています。
そしてそんな空間の奥には、一人の女性がこちらに背を向けて立っています。
「あれ、もう来たの?」
そのような声と共に振り返ってきたその女性は、身長150cm半ば辺りで照明によってほんのりと輝くかのような黒と白の混じった髪に、髪と同様に怪しく輝く桃色の瞳をしています。
それとシキさんと同じく服であるモノトーン調のドレスを着ていますが、球体の関節などからして人形でもありますね。
「貴方は誰ですか?」
「私?そうだねぇ…私は愛と審判の使徒、かなぁ?」
私の問いかけにそう返してきたその女性は、右手に持っていた天秤をこちらに向かって突き出すかのように動かすと、女性の周りからシキさんの時と同様に無数の人形たちが現れました。
どうやら、素直には答えてくれないようですね。
女性によって生み出された人形たちは、先程まで戦っていた個体たちと同じように甘い匂いを漂わせているみたいで、僅かにではありますがどうしても気が散ってしまいます。
それにまたもや人形たちの群れが襲いかかってきますし、先程のように複数の相手ならアリスさんとネーヴェさんに頼む必要がありますね。
そうして私たちはこちらに襲いかかってきた人形たちをドンドン倒していきますが、女性はそんな私たちを見てニコニコと笑みを浮かべながらも次から次にと人形を生み出しています。
「ちっ、いくら倒してもキリがないわねっ!」
思わずと言った様子で吐き捨てるネーヴェさんですが、私もそう思います。
さっきから倒しまくっていますが、出てくるスピードがシキさんの時よりも早いせいでなかなか女性の元へと行けません。
人形自体はそこまで強くはないので問題はありませんが、数が数だけにキリがないです。
「なら、レアさん!先程と同様に私とネーヴェさん、そしてソフィアさんで人形たちをなんとかしますから、レアさんはあの女性をお願いするです!」
「三人で大丈夫なのですか!」
「このままじゃジリ貧なので、それが一番いい作戦なはずです!」
「レアちゃん!こっちは任せて!」
「…ちっ、心配をしてないでさっさと行きなさい!」
「…わかりました。では、お願いします!」
私は皆さんの言葉を聞き、そちらは任せることにして次々と人形を生み出している女性の元へ〈第一の時〉を自身に撃って加速し、その状態で駆け抜けていきます。
そこまでの道中は三人の放った武技などで道が開けたので、そこを通っていけたので女性に近づくのには特に問題はありませんでした。
「愛と審判の使徒だなんて適当なことを言って誤魔化していましたが、本当はなんなのですか!」
「んー?その言葉は本当だよ?だって私はその力を持ってこの世界に生まれたんだしね?」
そのような声と共に女性に向かって両手の銃を乱射しますが、女性は右手の天秤はそのままに左手に生み出した灰色の片手剣で飛んでくる弾丸を全て切り捨てていってます。
それと先程の言葉は本当だと言っているうえにその力を持って生まれたとも口にしていますが、この女性は一体何者なのですかね…?
愛と審判の使徒……それが本当ということは、この世界にとって何か重要な立場なのでしょうか?ということは、なんらかの神の使い……とか?
「考え事とは余裕だね?」
「…っ!」
ほんの数秒の間思考を巡らせていると、いつのまにか私の目の前まで接近していた女性から左手の灰色の片手剣を袈裟斬りに振るってきたので、私はそれを姿勢を深く沈めることで回避し、続けて振るってきた切り上げに対しても横に半歩ズレることで避けます。
「〈第三の時〉!」
「おっと、危ないね?」
回避後は反撃として攻撃系の武技を女性目掛けて放ちますが、それも最初のように左手の片手剣で弾かれてしまいます。
「なら、〈第二の時〉!」
「んー?」
ですが、続けて放って遅延効果の弾丸を切り捨てた女性は、その弾丸の効果によって動きが一気に鈍ります。
「〈第六の時〉!そして〈第七の時〉!」
そこへさらに放った弾丸で遅延効果を伸ばし、その後に今度は自身へと撃った弾丸で私の分身を生み出すことで出来た合計四丁の銃による、フェイントを混ぜた弾丸の雨を女性に向けて放ちます。
ですが、動きが遅くなっているはずなのに大体の弾丸は左手の片手剣で弾かれたり切り捨てられたりされており、その中で身体に当たっている弾丸についても深い傷にはなっていないようで、HPはほとんど削れていません。
「…再生をしていないのはまだ助かりはしますが、それでも攻めあぐねてしまいますね…」
シキさんの時のように周りにいる人形たちからの魔力で再生などはしていないようなので、そこはまだ救いではあります。それでも私よりもはるかに強い相手だからかなかなかダメージを与えられていませんがね。
それに、私の背後で今も女性によって生み出されている人形たちはなんとかアリスさんたちが相手をしているのと、この女性が私の方へ人形を向かわせないのもあってか女性のみに集中が出来ています。
それでも時間をかけてしまうとこちらのMPなどが切れて倒されてしまいそうなので、早くしないといけないのですが、どうしても攻めきれません。
「うーん、なかなか手強いねー?それなら、これはどうかなー?」
分身が消えた後もそんな思考をしつつ攻撃を繰り返していますが、次の遅延効果の弾丸を当てることが出来ず、効果時間が切れてしまったタイミングで女性は後方にステップを踏むことで私から少しだけ離れ、そのような声とともに右手に持っていた天秤を天に向かって掲げます。
すると、先程まで私の後方でアリスさんたちが戦っていた人形たちが砂のような粒子になり、その天秤についている両方の皿へと集まっていきます。
そして、それと同様のタイミングで今までこの空間に漂っていた甘い匂いも消えていったので、少しだけ集中力がいつものように戻ってきてくれました。
「レアさん、突然人形たちが消えたのですが、何かあったのです?」
背後から聞こえたアリスさんのそのような声に、私は素直に答えます。
「はい、なにやら女性が天秤を天に掲げたと思ったら、急に人形たちの粒子があの天秤に集まっていったのです」
「…なら、あれを壊せばいいんじゃないかしら?〈飛び回る氷柱〉!」
それを聞いたネーヴェさんは、奥で天秤を掲げている女性目掛けてユニークスキルで生み出した無数の氷柱を問答無用で飛ばします。
が、それが当たる直前に発動が間に合ったのか天秤が輝き、それと同時にネーヴェさんの放った無数の氷柱が女性のすぐそばに張られていたらしい膜のようなものに吸収され、無効化されました。
そして次の瞬間には、先程ネーヴェさんが飛ばしたはずの無数の氷柱かこちらへと膜を通って跳ね返ってきました。
私たちはそれらをなんとか身体を逸らしたり弾いたりすることで回避が出来ましたが、なにやらバキバキグチュグチュと不快な音が聞こえたので外していた視線を女性に向けると、なんと女性の身体の形がドンドンと変化していき、気がついたら私の知っている人物の姿になりました。
「…この身体ではこのくらいしか出来ないけど、これで十分かな?どうだ?レア?」
「…っ!」
その姿は、私が一番よく知っている人物……クオンの姿でした。
「なんで、貴方がその姿を知っているんですかっ!」
手に持っている武器はクオンのよく使う片手剣とは違って女性が最初から持っていた天秤と灰色の片手剣ですが、見た目や声については全く一緒に変化しています。
そんな完璧にクオンの見た目に化けた女性に対して、私は声を荒げながら両手の銃を構え、そのまま弾丸を無数に放ちます。
「そんなの、俺がお前を知っているからさ」
「っ!もう貴方はなにも喋らずに死んでくださいっ!」
クオンの姿をした女性は私をニヤニヤとした表情で見つつ、左手の片手剣で飛んでくる弾丸を弾いて攻撃を防いでいましたが、私だけではなくアリスさんとネーヴェさんによる魔法にソフィアさんの放った咆哮による攻撃も混ざります。
しかし、女性は右手の天秤を動かすと、そのタイミングで飛んできていた全ての攻撃がまたもや謎の膜に吸収され、次の瞬間には再びこちらへ跳ね返ってきました。
しかも今度はネーヴェさんの放った氷柱だけではなく、私たち全員分の攻撃なので量が多くて完全に回避しきることは出来ません。
私とソフィアさんはそこまで当たってはいませんでしたが、アリスさんとネーヴェさんは魔法使いタイプであるので身体を動かすのは苦手らしく、結構な数の攻撃に当たってHPがかなり削れてしまっています。
「レア、仲間は大事にしないとだぞ?」
「っ、うるさいですっ!貴方はもう喋らないでくださいっ!」
「レアちゃん!一度冷静になって!」
またもや感情に任せて銃を撃とうとした私に、ソフィアさんは一旦落ち着けとばかりに声をかけてきたので、私は銃を撃つのを一度止めてその言葉に従います。
ですが、視線にはこれでもかと殺気を乗せて女性を睨んでいますけどね。
「…あいつ、私は嫌いね」
「…奇遇ですね。私もなんだか嫌いなタイプなのです」
ネーヴェさんとアリスさんも私と同様に心底嫌そうな表情でそうこぼしますが、私も無言でそれに同意します。
おそらくは変身系のスキルなのでしょうけど、私の大切に思っている人に化けて、尚且つその人物がしなさそうな表情と話し方で喋られるのは本当に嫌になります。
「あはは……まあそれは一回置いておくとして、あれ、どうする?」
苦笑しているソフィアさんはそう問いかけてきたので、私は女性から視線を逸らさずに小声でそれに答えます。
「…私とソフィアさんで近接攻撃をして、そこに遠隔からアリスさんとネーヴェさんの魔法で攻撃はどうでしょうか?」
「…そうだね、それが一番いいかな?皆で固まって攻撃をしても、また跳ね返されそうだし」
「では、それで行きましょうか」
私の締めの言葉に三人とも各々の返事をくれたので、早速私たちは行動を開始します。
「今度はレアだけでなく、そっちの子もくるのか」
「……」
私はもう女性の声には反応を見せず、それを無視してドンドン接近しつつ両手の銃を構え、弾丸を撃ちまくります。
さらにそこへ、私よりも早く女性へと接近したソフィアさんが武器である爪の攻撃を放ちますが、それは左手の片手剣で防がれます。
ですが、その攻撃は結構重たかったのか、片手だけでは抑え切れなかったようで僅かに後方へと下げられています。
その一瞬の間に私たちの後方からは、再びアリスさんとネーヴェさんの魔法による攻撃が飛んできて、今度は跳ね返されることもなく女性へと僅かに命中しました。
「〈第零 ・第十二の時〉!」
そんなソフィアさんたちの攻撃が当たったのを確認したタイミングで、私は切り札である一つの武技を発動して女性へと撃ちます。
それは他の攻撃に紛れていたせいで回避をされず、見事に女性へと命中しました。
「な、んか、変…?」
この武技は対象の動く時間を十秒狂わせるという効果なので、その影響で女性は先程までよりも遥かに動きを鈍くして、剣で攻撃を防ぐのが上手く出来なくなっています。
「今です!畳み掛けてください!」
私の声に、ソフィアさんたちは一気に自身の全力を込めて攻撃を放ったので、それなら続いて私も攻撃系の〈第九の時〉も撃ち込みます。
そしてそれらの全力攻撃が全てしっかりと当たったおかげで女性の残っていたHPがどんどん減っていき、HPゲージを削り切りました。
「く、はは……この姿とはいえ、まさかやられるとはね?」
HPがなくなった影響か、先程までしていたクオンの姿が崩れていき、元の女性の姿に戻りました。
それにHPを削り切ったはずなのに未だに立ちつつ、ポリゴンにもならないで喋っているので、思わず私は右手の長銃を構えて撃ち抜こうとすると、そのタイミングで女性は声を上げます。
「いや、もうこの状態通り死んじゃうし、攻撃をしても意味ないよー?」
「……」
私はその言葉を聞いて一瞬動きを止めますが、その言葉通りドンドン女性の身体が崩れていっているので、その言葉は本当でしょうね。
なら、死体撃ちをする趣味もないので攻撃の手は止めますか。
「…わかってくれて嬉しいよー?それに私、貴方のこと気に入っちゃった!」
ボロボロになりつつもそのような声と共に私に瞬時に近づいていきて、その手に持っていた天秤と片手剣をどこかへ仕舞ったと思ったら、その手を私の頬に優しく当ててきました。
ソフィアさんたちがそれを見て、女性を無理やり引き剥がすために動こうとしたのを把握した私は、大丈夫ですと言ってその動きを止めます。
どうせもうこの女性は死んじゃいますし、武器も消しているので何かヤバい方はないでしょうしね。
「…今の姿では触れた感覚もないみたい。…なら、私の本当の姿……凍てつく山の深層で待っているから、みんなで会いにきてね?」
そんな言葉を言ったと思ったら、女性は崩れかけの身体を無理やり動かして私の顔に唇を寄せると、そのまま額へと口付けをしてきました。
ええっ!?く、唇と唇ではないとはいえ、いきなりその、き、キスをしてくるなんて、なんてことをしてくれたのですか!?
驚きと羞恥心が混ざったかのような表情をした私へとニヤニヤとした笑みを浮かべながら、さらに女性は言葉を続けます。
「私はメラスクーナ、人業のメラスクーナって言うの。待っているからねー?」
そのような言葉を最後に、その女性…メラスクーナさんは全身がボロボロになってポリゴンへ変わっていきました。




