82話 初心者
「む、そろそろいいですね」
宿題に集中していると、事前にかけていたタイマーが鳴り時間になったことを知らせてきます。
タイマーは六時半にかけていたので、今の時刻はそのタイマー通り六時半です。
「よし、早いですが夜ご飯の支度を済ませてきましょうか」
私はテーブルに出していた道具などをすべて片付け、綺麗にした後に自分の部屋から出てリビングに向かいます。
リビングにはまだ早いからか兄様は降りてきていないようで、がらんとしています。
「今日も結構暑いですし、冷たいものが良いですよね。…なら冷やし中華にでもしますか」
タレは市販のものがありますし、麺や具材も買ってあるので問題ありません。
では、作っていきましょう!
「美幸はもう降りてきてたんだな」
「あ、兄様!降りて来たのですね!」
そうして特に語ることもなく冷やし中華を作り終わり、MSOについての情報をスマホを使って調べていたところにそんな兄様の声が聞こえてきました。
すでに時刻は七時を超えているので、兄様も降りて来るのも納得ですね。
「今用意しますね!今日も暑いので、冷やし中華にしました!」
「おお、それはさっぱりと食べれて良さそうだな」
兄様の声を背に受けながら、私は二つ分のお皿に作った料理を盛り付けてテーブルへと持っていきます。
その間に兄様は箸やコップなどを用意してくれていたので、用意はすぐに終わりました。
「では、いただきましょうか」
「そうだな、いただきます」
そして兄様と二人でそのように声を出してからご飯を食べ始めます。うんうん、麺とタレは市販のものとはいえ、全然美味しく出来ていていい感じです!やっぱり市販されるだけはありますね!
「美幸は午後の時間は何をしていたんだ?」
パクパクと麺と具材を合わせて食べていた私へ、兄様はそのように聞いてきました。なので特に隠さないといけないことはないので、それに素直に答えます。
「そうですね、今日は港町と北の山の攻略をしてきて、港町と高原の転移ポイントを解放したくらいですね。そういう兄様は何をしていたのですか?」
「俺か?俺はソロでゴルブレン森林から東に向かった場所で狩りをしてたくらいだな」
私は食べている手を一度止めてから兄様にそう返すと、兄様はそのように返してきました。
「ゴルブレン森林の東、ですか…?」
「ああ、それはな…」
不思議そうな表情をしていた私を見て兄様が説明してくれたことによると、どうやら迷宮都市に向かうまでの道にもいたエリアボスであるゴブリンキングとはまた別のエリアボスが森の東にいるようで、兄様はそこの手前付近で一人狩りをしていたようです。
別のエリアボスということは、そこからさらに東にも新しいエリアが続いているのでしょうね。なら、今度私も倒しに行って新しいエリアの解放を目指してみましょうか。
そこからも兄様とたわいない会話をしながら食べ進めていると、気づいたら食べ終わっていたみたいでした。
なのでいつも通り食器洗いなどは兄様に任せ、私は先にお風呂に向かいます。
そして入浴中に洗濯物も済ませておき、お風呂から上がり次第洗濯物を干してやることは全て完了です。
「今の時刻は八時ですね。なら、九時くらいまでは色々なエリアを巡って食材を集めてきましょうか!」
部屋に戻ってきた私は時計を確認しながらやることを決め、再びゲーム世界にログインをして今までに行ってきた様々なエリアでキノコや野菜に木の実、お肉に魚などを集めていき、さらには最近も使った油に香辛料、小麦粉などの調理に使うアイテム類もお店で購入し、予定していた時間になったらすぐにゲーム世界からログアウトをして就寝としました。
朝になりました、今の時刻は七時です。今日は日曜日で特に予定はないですし、やることを済ませてきたらまたゲームでもしましょうかね。
まあそんな予定はさておき、とりあえずいつも通り朝の支度でも済ませてきましょう。それと寝汗も少しだけかいていますし、シャワーも浴びてきますか。
私はストレッチをしてから着替えを持ってお風呂に向かい、軽くシャワーで汗を流して着替えた後に朝ごはん、洗濯物畳みに洗顔などの諸々も全て片付けます。
それらを終わらせた今の時刻は八時より少し前くらいなので、ゲームが出来る時間はたくさんありますし、またログインしましょうか!
それと今日も兄様は私がリビングにいるうちに降りてこなかったので、先にいただきました、と書き置きを置いてから自分の部屋に戻り、早速ゲーム世界へとログインします。
「…では、初期の街へ向かいますか」
ログインを完了させた私は、まず今いる職人都市の広場から転移を行い初期の街の広場へと移動し、そこで待ち合わせの人物を待つことにします。
実は、ゲーム世界にログインしようとしたタイミングで現実世界の方でスマホに連絡がきてたのですよね。
それは連絡先を交換していたルミナリアからで、これからMSOにログインするから案内よろしく!と書かれていたのです。
私はそのメッセージに苦笑をしつつも了承を返したので、こうしてルミナリアがログインしてくる初期の街の広場で待機をしているというわけなんですよ。
「さてさて、ルミナリアはどんな姿で来るのでしょうかね…」
待っている間にクリアでも呼んでおきましょうか?でも、今からはルミナリアの案内をしますし、呼びたいですが我慢しますか。
そんなことを考えつつも広場の隅で待っていると、何やら一人の女性プレイヤーが目につきました。
その女性プレイヤーは肩辺りで切り揃えた金髪に青目の姿をして、身長160cm半ばくらいで初期装備を身に纏った……まあどこからどうみても、ルミナリアですね。
「ルミナリアー!」
「お、レア!久しぶりー!」
私がルミナリアに向けて声を上げると、ルミナリアもこちらに気づいたのかそんな声を返してくれました。
「レアはケモ耳と尻尾がある以外はあっちと変わってないんだね!」
「そういうルミナリアこそ、髪の長さが少し変わったくらいで顔も全然変わってなかったですし、すぐに気づきましたよ!」
本当にそうですよ。おそらくは私と同様に現実世界からほとんど弄っていないのでしょう。
ということは、ルミナリアはあちらでもこんな美少女なのですね。
それと名前もあちらと同じくルミナリアのようなので、間違えることはなさそうです。
「それとルミナリアの種族は何にしたのですか?見た限りは人間に見えますけど…」
「その通り、私は人間の種族にしたよ!種族を変えるとちょっと違和感があってね〜…」
どうやらルミナリアもクオンと同じように違う姿だと違和感があるらしく、人間のようです。
今まで見てきたプレイヤーの中にも種族は人間の方が多かったですし、やっぱり違和感を感じる人が多めなのでしょうね。
「じゃあ、レア。連絡はしてたけど、この世界の案内をお願いしてもいいかな?」
「任せてください!私の知っていることは全て教えてあげますよ!」
では、まずはこのゲームのメインの一つである狩りをしましょうか、と言葉を続けてルミナリアを連れて今いる初期の街の広場から東へと向かいます。
「そういえば、ルミナリアの使う武器は銃ですよね?」
「もちろん!それ以外は使えないしね!」
その道中でルミナリアとのフレンド交換とパーティ組みを済ませてから使う武器について聞いてみると、そう言ってルミナリアは初期武器である拳銃を取り出して私へ見せてきました。
やっぱり初期の銃は拳銃のようで、私と同じみたいですね。なら初期武器としてはかなり弱いですし、銃とそれに使う弾丸についても説明しておきますか。
「ルミナリア、初期の銃はかなり弱いですし、これから先はどこかで買ったりした方がよいのでそれだけは覚えておくとよいですよ」
「バレットフェスタオンラインでも言っていたことだね。了解、ならまあ一人の時にでも探してみるよ!」
「あ、なら私のフレンドでもあるアイザさんのお店に行くのをオススメします!なので狩りの後にそこに寄りましょうか」
「オッケー、案内は任せるよ!」
それが私の役割ですし、任せてください!でも、このゲームは私の知らないこともまだまだたくさんありますし、全てを教えたり案内を出来るわけでもないので、それだけは意識していてほしいですけどね。
っと、そんなことはいいですね。それに東門も見えてきましたし、早速ルミナリアと一緒に狩りをしますか。
「ルミナリア、狩りについてなのですが、簡単な兎と少しだけ手強い狼、どっちがいいですか?」
「んー…なら、狼かな?」
「了解です。では、このまま先に進めば森があるので、そこで狩りをしましょうか」
「オッケー!」
私はルミナリアの言葉を聞いて、すぐ外の草原にいる兎ではなく狼や蛇のいる森へとルミナリアと共に向かいます。
その道中の草原には、すでに第二陣の初ログインから結構な日数が経っているからか初心者プレイヤーは少ないようで、片手で数えれるほどしかいないみたいです。
なので結構広々としていますし、これはこれでほのぼのとしていていいですね!私とクオンが初めて来た時はプレイヤーで溢れかえっていましたし、なんだか新鮮です!
「そういや、レアの使う銃はどんなものなの?」
「私ですか?私はこれですね」
そんな森へ向かっている最中にふとルミナリアからそう聞かれたので、私はすぐにインベントリからいつもの双銃を取り出してルミナリアへと見せます。
「おおー!凄い綺麗でオシャレな武器だね!」
「ですよね!私もとても気に入っているのですよ!」
私の武器はユニーク装備でもあるからか性能も申し分ないですし、見た目も洗練されているデザインで芸術品のような感じなので、本当にこれを手に入れることが出来てよかったです!
ルミナリアは私の武器を見て羨ましそうにしてますが、私は自慢をするわけではないのですぐにインベントリへとその銃を仕舞います。
「っと、着きましたね」
「結構大きい森なんだね〜」
そうした会話をしているといつのまにか森の入り口へと着いたので、そこで私はルミナリアへと軽く説明をします。
「ルミナリア、ここからは狼や蛇などといったモンスターたちが出てくるので、警戒しつついきますよ」
「わかった!それらを狩っていくんだね!」
「そうです。そこで手に入れた素材を使えば新しい装備やお金に変えれるので、このゲームでの基本は狩りだとは私は思います」
まあ狩りだけではなく服や剣、薬などを作って売ったりも出来るのでそれだけが全てではないですけど、大体のプレイヤーは狩りを主にしているでしょうし、これが基本ではあるとは思いますけどね。
それはともかく、早速狩りといきましょう!
そして私とルミナリアは二人で森の中で出会ったモンスターたちを倒しつつ、散策を続けていきます。
ルミナリアは第二陣なうえにログインしたてなので、スキルのレベルなどが低いためステータスも同様に低いですが、私と同じで実力はかなりあるので出会うモンスターたちには特に苦戦もせずに倒すことが出来ています。
それでも私の時と同じように、出てきた猪や熊などは初期装備の拳銃では威力が足りずに倒しきれていませんでしたが、そこは私が自身の武器である双銃を剣の状態に変えてクオンのようにタンクの真似事をしたので、そこまで問題はありませんでしたけど。
「いやー、レアはやっぱり強いんだね!」
「ルミナリアよりもプレイ日数が多いですしね。ルミナリアも私のようにプレイを続けていけば、同じくらいにはなれますよ」
「そうだといいんだけど。それと、レアは銃だけではなく剣も使うんだね」
「そうなんです。私のはユニークアイテムなので、普通とは違う武器なのですよ」
ルミナリアも見た通り、変化させた見た目はそのまんま剣ではなく時計の針のような形をしているので、ちょっとだけ普通とは違います。
ですが使い心地は特に変わりませんし、そこまで気にすることではないので気にすることでもないですがね。
「そろそろいい時間ですし、この辺りで街に戻りましょうか」
「もうそんな時間かー」
そこからもしばらく森の中で狩りを続け、ふとしたタイミングで腰元の懐中時計を確認するとすでに時刻は十時半近くになっていました。
「では街に戻り次第、狩りの前に行っていたフレンドのお店を紹介しますね」
「了解!どんなお店かワクワクするね!」
少しだけルンルンしたルミナリアを見てフフッと微笑を浮かべつつ、私はルミナリアと共に森の中を歩いて街へと戻ります。
そうして二人で時折出会うモンスターは狩りつつ森の中を歩いていると、何やら女性らしき声が私たちの耳へと届きました。
それにその声はどうやら私たちへと近づいてきているようで、徐々にはっきりと聞こえてくるので私たちはその声のする方に視線を向けて警戒を強めます。
そして待つこと少し、視線を向けていたほうから草木をかき分けて一人の女性が私たちの方へと走ってきました。
「女の子っ!?二人も逃げて!」
女性のその言葉に、私たちはどうしたのかと聞こうとすると、女性が出てきた背後の森の中から一匹のブラウンベアーが現れました。
もしかして、あれに追いかけられていたのですかね?女性は初期装備をしてたので初心者なのだとは思うので、一人なのもあって倒せないから逃げていたのでしょうね。
なら、さっさと倒して安全な状態にしちゃいましょう。
私は逃げてきていた女性はルミナリアに任せ、手に持っていた剣を即座に銃へ変えてからユニークスキルの〈第一の時〉を自身に撃ち込み、加速した動きで一気にブラウンベアーに肉薄します。
ブラウンベアーは突如加速して迫ってきた私の動きに即座に対応が出来なかったようなので、そのまま隙だらけのブラウンベアーの頭、胸、お腹へと至近距離から連続で弾丸を放ちます。
その攻撃でブラウンベアーのHPが全て削れてポリゴンとなっていくのを見送った後、私は踵を返してルミナリアと女性プレイヤーの元へと歩いて戻っていきます。
「レア、お疲れ様!」
「す、凄い…!」
「ルミナリアも護衛ありがとうございます」
「私は特に何もしてないから、そんな感謝することでもないよ」
そう言って笑うルミナリアに、私も思わず笑みが溢れます。
「それで、あなたはもしかして初心者のプレイヤーですか?」
軽くルミナリアと言葉を交わした後、私は先程の女性に改めて視線を向けてそう問いかけます。
その女性はおそらくギリギリ身長160cmにいかないくらいで、ボブカットをした灰色の髪に青い目をして、体のところどころとよく見るとわかる瞳が機械のようになっている種族、機械人の女性でした。
「う、うん、そうなの。リアルの都合でログインが遅くなって最近始めたんだけど、もう同じような仲間もいないから一人で森に行ったら、さっきの熊に追いかけられてこんなことになっちゃったの…」
その女性は私の推測通り初心者プレイヤーのようでした。やっぱりそうだとは思ったのですよ、装備も初期のものでしたしね。
「ねえねえ、あなたはもしかして機械人ってやつなのー?」
すると話の途切れたタイミングでルミナリアがその女性にそう問いかけました。
私もそれは気になりますね!今までは機械人の種族の人とは出会ってこなかったので!
そんな女性の姿の通り、この世界でキャラを作る時の初期に選べる種族に実は機械人というのがあるのです。
その種族は魔法が一切使えない代わりに他の種族よりも初期のステータスが高く設定されているので、結構上級者向けのようには感じますが、どうなんでしょうね?
まあそんな細かいことについては今はいいですね。とにかくルミナリアのそんな機械人の女性への質問に、その女性は軽く答えてくれました。
「そうです!私はこういう機械系が好きなのでこの種族にしたんですよ!」
「いいねー!やっぱり機械はロマンがあるよねー!」
「分かりますか!」
そう言ってグッと手を組んでいる二人を見て、私は苦笑をしつつも言葉を発します。
「私たちはそろそろ街に戻ろうとしてましたが、えっと…」
「あ、自己紹介がまだだったね!私はマキっていうの!」
「ご丁寧にありがとうございます、私はレアと申します」
「私はルミナリア!よろしくね!」
「こちらこそよろしくです!」
名前をお互いに聞いていなかったので、言葉を続ける前にそう名乗り合います。
その後はマキさんも初心者なら、街で一緒に行動でもしますか?と聞いみると、ぜひ!と凄く乗り気だったので、マキさんを含めた三人で再び森の中を歩き、私たちは街へと戻っていきます。




